氷空に咲く大華
劈くような発射音の後、"4尺玉"が遂に撃ち出された。
その大きさはこれまでの花火の玉が小さく思えるほどに巨大であった。
普通の花火ですら、【動く氷巨像】を崩壊まではいかずとも溶けかけさせるまでいったのだ。
更にはミリュスによって発火性の粉や金属粉がスウェイの周りを覆っているのだ。ランカによる"炸裂の実"も至る所にある。
そこに先ほどよりも強力で、火種となる花火が炸裂する。
どうなるか?
答えは火を見るよりも明らかだった。
【塵旋風】 により周囲が見えないスウェイに対し、4尺玉がぶつかった。
爆音が響き渡った。
【動く氷巨像】すら上回る巨大な炎の華。
更には迸る火花が小麦粉と金属粉に着火し、猛烈な焔と爆炎をあげる。
今までの比ではない大爆発であった。
飛竜の火炎ブレスを生成する特殊な粘液がある"爆裂炎袋"によって従来の4尺玉よりも強化された花火。更にはミリュスが視界封じの為に巻き上げた粉も加わり、炎の温度を上げた。
瞬間襲いかかる熱風、烈風、爆風、衝撃。
『く、あぁぁぁぁぁっ!!!!』
これまでとは比べ物にならない熱と衝撃の嵐。
初めてスウェイは悲鳴をあげた。
ジュゥ〜と初めて氷が氷らしく溶け始める。
更にはシンティラが埋め込んだ"爆裂の実"。強い衝撃により、これらが連鎖的に破裂した。
至る所から亀裂が入り始めるのにスウェイは気付くも、余りの威力にどうしようもない。
ついに全身が融解し、ヒビが入り始める。余りの熱に再生も間に合わない。
炸裂の実による破裂が、深い亀裂をあらゆる所に生じさせる。
だがそれでも。
まだ【動く氷巨像】は倒れない。
ボロボロになりながらも倒壊しない。
確かに先程の花火は強力だった。
粉塵爆発と金属爆発も、身体中至る所から氷の体に亀裂を入れる炸裂の実だってそうだ。
だけど、それだけ。
融解しかけながらも【動く氷巨像】は健在。
これに耐えれば、後はすぐさま再生すればいい。
たかだか焔と衝撃、それで倒れる程魔王軍八戦将は弱くない。
『ま、だっ。此方はっ』
「悪いけど」
ーーだからこそ、トドメの一撃がいるのだ。
屋根から飛び上がった俺がスウェイのいる氷の薔薇の目前の空中で、剣を構える。
氷の薔薇の中にいたスウェイが、爆炎の中現れた俺にフード越しに初めて驚いたような気配を見せた。
「これで終わりだよ! "落花狼藉"」
両の手で柄を握り締め剣を突き刺し、重い一撃が氷の薔薇に入った。
【城破刺突】を模倣し、落下する威力と一点にのみ力を集中させた。"緋華"以上に、錐揉み回転させながら突く事により、刺すのでなく相手を穿つ。
そんな俺なりに改良を加えた絶技ーー"落花狼藉"
左腕が痛む。焼けた皮膚が裂けた。
右腕が軋む。凍った皮膚が砕けた。
更には全身の骨と傷口の至る所が悲鳴をあげる。
でも、だからどうした?
より深く、より強く、より重い一撃を!
ここまで来るのに色んな人の助けを借りた。
バディッシュ、ランカくん、ミリュスちゃん、ダルティス達工房のみんな。
今此処で奴を倒さないと被害が出る。みんなが死ぬ。
だからこれで決める。
終わらせる!
「ウオォォォオォッ!!!」
届け。
届けーー!!
ピシリ。
パッキャン。
今度こそ【動く氷巨像】は頭部の華が割れたことで、伝染するように全身へより大きな罅が入り、割れた。俺はそれを確認してすぐさまそこを離れる。
そこに再度、多数の花火が撃ち込まれた。
花火の爆音。この熱と衝撃に、もう【動く氷巨像】は耐えられない。
終結はあっという間。
轟音をあげて今度こそ【動く氷巨像】は崩壊した。
【動く氷巨像】が砂埃をあげて崩れ落ちる。
花火の煌めきと壊れた氷が空にキラキラ光り、幻想的な光景が広がる。
それはまるで勝利を祝福しているように見えた。
俺はそれを見ながら息を整えつつ、油断せず【動く氷巨像】の崩壊跡を眺める。
「はぁ……はぁ……倒したか……?」
俺はまだ警戒していた。
確かに【動く氷巨像】は倒れた。
だが剣の感覚からしてスウェイ自身を斬った感覚がない。氷は倒壊したが、本体が無事であるならば本当の意味で倒したことにはならないだろう。
だからこそ俺はまだ剣を構える。
動く姿があればすぐさま、トドメを刺す為に。
だけど氷が再生する様子もない。
どれだけたっただろうか。
幾らたっても氷は再生しなかった。
油断させてという訳でもなさそうだが……
「本当に倒したのか……?」
やはり実感がない。
と、そこへ
「やったな! ついにあの野郎くたばりやがったぜ!」
「まさか本当に倒せるだなんて……」
「は、ははは、震えが止まりません。僕たちでやっといて何だが信じられませんね」
俺に近寄って来るバディッシュ達。
だが俺は未だに、喜ぶ彼らとは対照的にスウェイが倒れた方向を睨んでいた。
「ん?どうしたんだ? 険しい顔しやがって、まだ左腕が痛むのか?」
「いや、奴がもしかしたらまだ生きているんじゃないかと思って」
「おいおい、あの砲撃……じゃねぇや、花火を見ただろ? でっけぇ花火も炎も上がった。生きてるはずがねぇよ」
「そうだろうか……」
どうしても俺には疑惑が晴れなかった。確かに巨人は倒したがそれがスウェイを倒したことに繋がるとは思えなかった。
しかしいつまでだっても再生する気配も何か動く気配もない。
……本当に杞憂だったのか?
「はぁ〜、それにしても働いた働いた。最近じゃ一番働いたぞ」
「本当ですよ……飛竜といいここ最近死ぬような目にあってばかりです」
「あたしも、あの手に掴まれそうになった時ダメかと思った……」
「だが俺たちは生きている。それだけじゃねぇ! あの魔王軍の八戦将も倒した! ならギルドの方で昇進は間違いないぞ! 4つ星……いや《光星》も夢じゃねぇ! そうなれば俺たちはこの街初めての《光星》冒険者だ!」
「待ってくださいよ。魔王軍を倒せたのはアヤメさんと、あとダルティス工房の皆様が居たからですよ」
「おぉ、そうだったな。おいアヤメェッ! お前も喜べよ! あの勇者様以外で初めて、別の奴が魔王軍幹部を討ち取ったんだぜ!」
「え? あぁ、うん。そうだね」
ふと、周りを見る。周囲の建物は倒壊している。街としての傷は浅くはないだろう。
だけどそれ以上に救われた命があった。
俺が救いたかった命が。
「俺は……救世主になれたのかな?」
「あ? 当たり前だろ。お前はこの街を救ったんだからよ」
バディッシュはそんな俺の疑問に笑顔を持って答えてくれた。
「……そうか。なら、よかった。本当に」
俺はかじかんだ右手を見ながら、グッと握り締める。
今度こそ俺は、この手で守りたい人達を守れたんだ。
「……? 何やら騒がしくなってきましたね」
「どうやらあれを見ていた兵士達が今になってやってきたらしいな」
「へへーん、今更来てももうあたし達が倒したのにね」
「そうか。……あ、やばい」
会話を聴きながら重大な事に気付く。
今の俺は仮面がない。
一応アイリスちゃんお手製の外套があるが、そのフードだけじゃ限界がある。
どちらにせよ不特定多数の人に素顔を見られるのは不味すぎる。俺が俺だと、気付く人がいないとは限らない。
「それじゃ、あとはよろしく!」
「はっ!?」
「えっ、ちょ、アヤメくん!?」
「ここで逃げるとか嘘でしょう!?」
判断はすぐだった。
俺はその場から逃げるように立ち去った。
後ろから三人の声が聞こえるけど俺はそれを振り払って直ぐにその場から逃げ出した。
ごめん、だけどもし俺の正体がバレたら君達にも迷惑がかかってしまう。
だから俺は振り返る事なく、途中で落とした仮面を回収して、その場を去っていった。
裏路地を走り、フードを被りながら俺は腕輪にある通信魔法具でアイリスちゃんに告げる。
「アイリスちゃん、終わったよ。今からそっちに行くから合流しよう。あと、ダルティス工房の皆には御礼を言っといてくれ」
『はい、わかりました。あとアヤメさん』
「ん?』
『かっこよかったですよ』
「……はは、ありがとう」
戦いで冷えた体だったけどその言葉だけで胸の辺りが暖かくなるのだから俺は案外単純なのかもしれない。
☆
バァンと花火が夜空に上がる。
キラキラと人工の華が空を鮮やかに彩る。
商業都市リッコは魔王軍の侵攻にあった。
街の被害は確かに出た。その被害は決して少なくはない。
だが奇跡的に死傷者はいなかった。
人々はこれを女神のご加護と考え、行われるはずだった《大輪祭》、その名物の花火を予定通り打ち上げることにしたのだ。延期しようとする行政を押しのけて。
ダルティス工房には幾ら【動く氷巨像】を倒すのに使ったとは言えまだまだ花火はある。玉には困らなかった。
夜空に輝く、大小様々で赤から黄、緑、オレンジ、青、紫と色とりどりの人工の華。
人々はそれを見て、生きていることに感謝し、助かった事に涙を流した。
勿論街に被害はある。だけどそれは明日から復興すれば良い。今はこの幸運を噛み締めよう。
商業都市リッコでは何時迄も音が鳴り、花火は上がり続けた。
「やぁ」
「……お前か」
ダルティスさんは花火のよく見える工房より少し離れた位置で花火を眺めていた。
俺はその姿を見てやっと見つけたと安堵する。
「てっきりダルティスさんもあの花火の下で打ち上げていると思ったんだけど」
「ふん、ワシは確かにあそこの工房長だが、教えるべきことは大体教えていたんだ。ならば口を挟まずにどかっと構えて後は奴らの仕事ぶりを見ておくのがワシの役目ってもんよ」
「そうなんですか」
俺にはわからないが彼にとってはそうらしい。
改めて礼を申し上げようとして、ダルティスの言葉に固まった。
「ワシはもう花火師をやめる」
「え、それは一体」
「花火師の花火ってのは人を楽しませるためのものだ。違っても人に向かって撃つものじゃない。あれを指示した時点でワシは既に花火師としての手を汚しちまったんだよ」
「それは……」
俺のせいじゃないか。
確かにスウェイを倒すのに彼らの力は必要不可欠だった。もし彼らがいなかったら氷を突破する事は出来なかっただろう。
だがその代わり俺はダルティスさんの花火師としての道を閉ざしてしまった。後悔が沸き起こる。顔が苦痛で歪む。俺はとんでもないことをしてしまった。
「おい」
「なに……痛ぁっ!!」
ガンッと助走も含めてジャンプしたダルティスさんのゲンコツが俺の頭に落とされる。
痛い、本当にめっちゃ痛い!! シンティラくんは毎回これを受けていたのか!!?
「言っとくがお前のせいではないからな。ワシはお前のことを恨んでおらん」
「痛っっ……えっ、なんで?」
「お前のおかげでワシは街を守れたんだ。感謝こそすれども恨みはねぇよ」
「だがその代わり俺はダルティスさんの花火の道を」
「どの道ワシはもう歳だったんだ。誤魔化してはいたが、最近花火を作る時に手が震えてな。いつ事故を起こすのか、正直気が気でなかった。だからこれは良い機会だったんだ」
ダルティスさんは自らの両手を見つめる。
老い。人が逃れる事の出来ない宿命。
いつまでも現役ではいられない事を、俺も理解している。そしてそれはダルティスさんも同じだった。彼は自らの老いと戦いながらも花火師を続けてきたのだ。
「これからは後進の育成に力を入れる。シンティラも一皮向けたとは言えまだまだだからな! わはははっ! さぁて、まだまだやる事はあるぞ! あの氷が壊れた時に新たな花火も思い浮かんだんだ。それの設計図も描かねばな! わははははっ、楽しみだ!」
ダルティスさんは豪快に笑う。
その笑顔には新しい夢を見つけたことへの輝きがあった。
俺はそれを見てほっとした。
彼の人生の目標が新たに見つかってよかったと安堵していた。
「ダルティスさん」
「あん? なんだ」
「ありがとうございました。貴方のおかげでスウェイを倒す事が出来ました。"ダルティス工房"の皆にも感謝を申し上げます」
「こっちこそ、街を守ってくれてありがとよ」
俺達はお互いに笑い合い、グッと握手した。
<ガゥ……>
「あれジャママ。どうしたんだ? 君はアイリスちゃんと……」
俺とダルティスさんが握手していると、そこへジャママが現れた。彼は工房近くの臭いが嫌で、少し離れた所でアイリスちゃんと待機していたはずだ。
悔しげに唸るジャママ。
そしていないアイリスちゃん。
嫌な予感がした。
ドクドクと心臓が鳴り、身体が冷えてくる。
ドタッと倒れるジャママ。
慌てて駆け寄り、抱き上げるとその首輪に付いていた氷で固定されたメモにはーー
『貴方の大切な彼女、攫わせて貰ったわよ? ねぇ、偽物さん?』
そう記されていた。
氷の巨人を倒す事が出来たアヤメ。されどまだ戦いは終わらない。
第二章、残り二話。
どうか最後までお付き合い下さい。




