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飛竜

 アイリスちゃんの案は、ジャママに飛竜の臭いを覚えさせて追跡するというものだった。


 狼の嗅覚は鋭い。確か一説には、貴族が飼う犬よりも鋭いと言われていたのを聞いた事がある。

 恐らくジャママはそれでバディッシュ達の血の臭いを嗅ぎつけたのだろう。

 なら飛竜の臭いを辿るのもそう難しくはないだろう。



 俺達はバディッシュ達に貸して貰った、戦った際に一枚だけ拾った鱗の臭いを辿って探し続けた。虱潰しよりかは格段に追跡できる。

 とは言え相手は上空を飛ぶ竜。臭いが途中で途切れたり、魔獣との不意遭遇があったり、険しい道のりを迂回(うかい)したりとしていると早くも二日経過した。


 バディッシュ達冒険者はともかく、シンティラさんの方が限界に近い。聞けば最初に戦った時も二日休憩を挟みつつ探し回ってようやく見つけたらしい。

 それでも「親方達の扱きに比べたら全然大丈夫です」と言っていた。どうやら根性はあるらしい。

 だがそれだけ頑張っても努力が実らない事もあるのが狩りだ。二日が経過していることもあるし、疲労の方もある。


 そしてそろそろ諦めようかと考えているとついに飛竜を発見した。





 場所は急勾配の坂で大小様々な岩がゴロゴロとしている場所。数少ない植物が生えるだけで、余り魔獣の住処としても適さないであろう。

 そんな中で赤い鱗の飛竜は毛繕いならぬ、鱗繕いをしていた。


「あの額の傷…間違いねぇ。俺が傷つけた飛竜だ」

「成る程、あれが君達を襲った飛竜か…あれは若い個体だね。それがこんな何もないところにいるだなんて縄張り争いにでも負けたのか…? でもこれならこの剣でも何とかなりそうだ」


 飛竜は年齢を重ねるごとに硬くなる。飛竜の鱗で作った鎧が、鉄の剣を弾いたという逸話からその強度が伺える。

 しかし若い個体ならば頑丈さを重きに置いたファッブロの剣でも通じるかもしれない。

 飛竜の背後も急勾配の坂。大きな岩がゴロゴロしていて隠れる場所にも、ジャンプ台にも困らない。


 うん、いけそうだ。


 余り時間をかけて飛び去られたら厄介だ。

 早速俺はバディッシュ達に近くの森に隠れてもらい行動に移した。





 気配を殺し、息を潜める。『暗殺者』の【隠密】には劣るけれど、それでも飛竜は俺に気付けていなかった。

 老齢の竜なら気付くだろうに、周囲への警戒が浅いこの竜はまだまだ若い証拠だ。老齢の竜は幾度となく繰り広げてきた戦いからあらゆる感覚が鋭敏になっている。この飛竜にはそれだけの経験がない。だからこそ、隙がある。

 手に小石を持ち、飛竜の顔の斜め前に放り投げる。


≪ギィウ?≫


 飛竜の注意がそっちに向いた。

 その隙に俺は最小の動きで岩に登り跳躍する。そしてそのままの勢いで鱗の隙間を狙って、緋華を繰り出すことで鱗の隙間、肉を切り、骨を断つ事で尻尾を切断する!


≪ギャオォオォォッッ!?≫


 突如として尻尾を切断された飛竜は悲鳴をあげる。そして俺に気付いた飛竜は爬虫類特有の目を見開く。


≪ギャオォォ…!≫


 飛竜は突進し噛み付いて来た。サイズの違いからかなりの質量を持つ、噛みつきを躱しても、体に当たればタダではすまないであろう突進を、俺は冷静に回避する。

 すれ違い様に、更に翼膜を傷つけておく。こうなればもし飛んでも上手く飛行できずに墜落する。


「どうしたんだい? 天下の竜が人間一人に手間取るなんて、軽率が過ぎたかな?」

≪ギ、ギィィ!! ギャガァァァァッッ!!≫


 俺の物言いに怒った飛竜は口内に炎を溜め、吐き出した。

 これが飛竜を最強の種としてその名を知らしめる火炎ブレスだ。

 すさまじい熱気の炎が襲いかかる。だけど俺はそれを身を低くして躱し、飛竜の頭の下に滑るように走り込み、そして


「ブレスってのは威力は高いけど自らの視界を狭めるのが弱点だよ! 緋華(ひばな)!」


 顎下から剣を突き刺す。顎下は鱗に覆われていないから狙いをつける必要がない。飛竜が悲鳴をあげる。竜種の中でも飛竜は顎の力が弱い。地竜や水竜と比べればかなりの差がある。そしてこうすれば得意のブレスを撃てなくなる。

 …とは言えこれで俺は武器がなくなったわけで。

 俺は短剣を飛竜の目に投げつけると同時に、アイリスちゃん特製のあの煙玉を巻いてその場から離れる。片目を失い、傷口に染み、痛みに悶える飛竜を他所(よそ)にこちらを見ていたバディッシュらの肩を叩く。


「それじゃ、後は頼むよ。俺は武器が無くなっちゃったから。一応相手の攻撃と飛行手段は無くしたからあれなら君達でも狩れると思う。後、あの煙は吸わない方が良い。吸えば痛みでのたうち回る事になるからね」

「えっ!? ここまで来て投げるの!?」

「よっしゃ! いくぞお前ら! 飛べない飛竜なんぞ、ただのデカイ蜥蜴だ!」

「そうだね、ブレスも撃てないなら怖いものは何もない。火傷の借りは返させてもらう!」

「バディッシュさん! ランカくん! あぁ、もうどうして男ってのはこう血の気が多いのかな! どうなっても知らないから!」


 駆け出す三人を尻目に俺はシンティラとアイリスちゃんの所まで戻ってきた。


「す、すごい。あの飛竜相手に殆ど完勝だなんて」

「お疲れ様ですアヤメさん! やっぱりアヤメさんは凄いです!」

「ん、ありがとうアイリスちゃん。でも彼らもすごいよ。焚きつけたとはいえ、人々が恐れる竜に向かってあぁも果敢に攻めにいけるなんて」


 飛行も、火炎も撃てなくなった飛竜など彼らにとっても造作も無い相手らしい。見事な連携で飛竜を追い詰め、遂にはバディッシュのハンマーが飛竜の頭を砕いて倒した。

 三人は武器を上に掲げて喜んでる。


 人ではなく、魔獣相手に戦う彼らは遠くから見て非常に洗練され協調性に優れていた。俺がお膳立てしたのもあるが、それ抜きにしても彼らの連携は卓越していた。


 バディッシュが言っていたけど、冒険者(・・・)か。勇者として働いていた時代は余り意識した事はないけど魔獣との戦いに関しては向こうの方が手練れかもしれない。

 俺は少しばかり冒険者というものに興味が湧いた。







「ほら、アンタの剣だ」

「ありがとう」


 バディッシュから剣を受け取り、血を拭き取り、暫く刃こぼれがないか確認した後、鞘に納める。

 討伐した飛竜はバディッシュからの提案で三人が解体してくれていた。シンティラさんも一緒になって手帳と内臓を見比べている。


「これじゃないかな?」

「いえ、それは腎臓です」

「こっちじゃないの? よくわかんないけど」

「それは膀胱らしいですね。因みに破れるととても臭いらしいです」

「えっ!? いやぁ! 手についた!!」

「ちょっ、こっちに飛ばさないでくださいよ! 臭っ。何するんですか!」

「だって! だってだってぇ!」

 途中ミティスちゃんとランカくんが喧嘩しながらも解体は進んでいく。

「ありました"爆烈炎袋"!」


 パァッと明るい顔でシンティラくんがそれを引きずり出す。手には一抱えはある皺々とした内臓があった。…うへぇ、こうして見るとやっぱり内臓ってのはぐろいね。

 取り出されたひと抱えはある内臓は丁寧に瓶に入れられた。


「飛竜のブレスの源にもなっているこの器官は、中の魔力が溶け込んだ液体の成分によって、より強力になるといいます。これを花火の玉に少量加えることでより花火を大きくすることができます。更にその分花火に詰められる色を多くすることが出来、より多彩な色を引き出すことができるんです」

「へぇ。なるほどなぁ」

「あの、シンティラさん。飛竜の内臓は、もう他のはいらないのですよね?」

「ん? えぇ、そうですが…」


 アイリスちゃんは取り出された内臓の方に近寄る。


「はーい、ジャママ餌ですよ〜」

<ガウッ! >


 爆裂炎袋以外の内臓はシンティラさんが要らないとのことでジャママの餌となった。食べきれない部分は後で地面に埋めておく。魔獣が寄ってきても困るしね。


 ジャママはガツガツと内臓を美味そうに食べていた。こういう所は魔獣らしいな。普段は犬っぽいけど。

 見ればジャママは特に心臓を美味そうに食べていた。

 一応飛竜の心臓は珍味として知られているんだけど、それを好むとか中々に美食屋だね、こいつ。


「…なんか見てると美味そうに見えてくるな」

「ダメですよ、前に鹿の肝臓生で食べて当たったの忘れたんですか?」

「いいなぁ、いいなぁ。触りたいもふもふしたいなぁ。ね、ねぇ触っちゃダメ?」


 ジャママの食べっぷりに感化されたのかバディッシュが物欲しげにするのをランカが苦言する。

 そしてミリュスちゃんの手つきが怪しい。初日からジャママをアイリスちゃんの許可を取って触っていたが触り過ぎて嫌われたのだ。それから自重していたがまた触りたくなったらしい。


 こうしてジャママが内臓を食べ尽くす頃には解体は終わっていた。というかジャママ食べ過ぎだろ。何処にあの量の内臓が詰まったんだ…?


「よし、これで血抜きは完了だ。後は荷台に載せて運ぶだけだ」

「見ていて惚れ惚れする解体の手際だったよ」

「それはまぁ、冒険者ですから。魔獣を解体する技術は必須スキルです」

「そうだな。下手に中身のあるまま持って帰ると腐ってるとか臭いが染み付いたとかで安くなっちまうしな。それでだがアヤメ、飛竜を売却した分の金の8割をアンタに渡したいと思う」

「え? 良いのかい? それだと君達の取り分が殆どないんじゃ?」

「あぁ、どのみち俺たちじゃ飛竜を倒せなかったしな。そのくらいは当然だ。だから飛竜の素材で欲しい所があったら先に言ってくれ。全部…はギルドへの報告と多分素材を売って欲しいとギルドの方で言われるから全部は無理だが優先的に渡すからよ」


 んー、どうしようか。飛竜の素材の武具は確かに魅力的だけども今の所どうしても欲しいと言うわけでもない。そもそも加工する事が出来る人材がいるかも不明だ。

 それよりもお金が欲しい(切実)。確かに金白狼の討伐とオニュクスの退治でオーロ村からお金は貰ったが、装備を買うとなると厳しいものがある。

 アイリスちゃんは「足りない分はわたしが払いますよ?」って言ってくれてるけど、このままアイリスちゃんのヒモとなり続けるのは色々と男としても大人としても俺のなけなしのプライドがチクチクと痛む。


「いや、いいよ。俺は金が貰えればそれで。君達が欲しい部位があれば予め貰っといたら良い」

「本気か? 飛竜の素材だぜ? 中々手に入るものじゃないと思うけど」

「装備を作るツテがあるわけでもないし、今の所は何か入り用なものがないからね。それよりもちょっと懐事情がね」

「そうか、ならわかった。だとよミリュス、ランカ。お前らはどうする?」

「僕は弓を打つ時にゆがけ(弓を射る際に装備するもの)としての分の鱗をもらうだけで良いよ」

「アタシもお金の方が…あ、でもでもアタシはちょっとばかし翼膜と鱗が欲しいかな。ほら、飛竜の素材は炎に耐性があるし」

「んー、使える翼膜がそんななさそうだし、その辺はギルドと相談だな。俺はどうするかなぁ。まぁ、あとで考えるか。それじゃ、帰るか。シンティラさんも帰りますぜ」

「ふむふむ、やはりこの袋の粘液は他に類を見ない特殊な物であるには違いない。流石は飛竜。この中に七輪花と青色鉱石を混ぜたら一体どのような色合いの花火が出来るだろうか…」

「ダメだ聞いてねぇ」


 やれやれと肩をすくめるバディッシュに俺たちは皆笑った。


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