望まぬ結婚式をぶっ潰せ
町の外れにある教会。周りを塀で囲まれ、何処からも逃げ出す事は出来ない。まるで今の自分を囲む鳥籠みたいだとジュリエは思った。
結婚式は粛々として行われ、今は最後の誓言を誓うため、神父の元へ歩く所まで進んでいた。
そこでつい、ジュリエは口を開く。
「…本当に、彼は無事なんですね?」
「心配するな。結婚式が終わったのならば解放してやる」
ディアスは不遜に笑う。
どれだけ怪しくてもジュリエはその言葉を信じるしかない。
「やっとだ。ピュレット家に伝わる秘薬の秘術。それが手に入る。そうすれば、我が家はより品位を高めることが出来る」
俯き暗い雰囲気のジュリエと対照的にディアスはこれからの明るい未来に昂揚していた。
その間も結婚式は進んでいく。
そしてとうとう神父の前に来た。
「新郎ディアス・アル・ディーター。貴方はジュリエ・ピュレットを妻として愛する事を、女神様の下で誓いますか?」
「誓おう」
「新婦ジュリエ・ピュレット。貴方はディアス・アル・ディーターを夫として愛する事を、女神様の下で誓いますか?」
「わたくしは…」
神父の言葉に、ジュリエは口が詰まる。
彼女の脳裏に浮かぶのは、平穏な館での日々。そしてそこに現れるロメオ。
『あの、貴方の為に好きな花をいれてみたんですけど、ど、どどど、どうでしょうか!?』
真面目で、ちょっと頼りないけど凄く優しい人。
今わかった。自分は彼に恋していたのだと。
「わたくし…は……」
目尻に涙が溜まる。本当はこんなのは嫌だ。
だけど言わねば彼の命がない。
そう思いジュリエが言葉を紡ごうとした時
「その結婚式、ちょっと待ったー!」
一人の男性が結婚式場に乗り込んできた。
「はぁ…はぁ…! 間に合った…! ジュリエさん!」
「ロメオくん!?」
「何!? 馬鹿な…家の者は何をしていたのだっ。構わん、奴をひっ捕らえよ! 神聖な結婚式を邪魔をした犯罪者だ! 」
ディアスの声に結婚式場に配備されていた兵士達が殺到し、長槍を構える。
「あがっ!」
「ぐっ!?」
そこへ素早い動きで兵士達の懐に飛び込んだ俺はロメオの前に立ちはだかる兵士達をなぎ倒した。
「行きなっ!」
「はいっ!」
「待てっ、行かせるな、ぐお!?」
俺の言葉にロメオは駆け出す。
追おうとする兵士達と、すぐさま俺は戦闘に入り倒していく。
その隙にロメオは、ディアスとジュリエの前まで来た。
「ジュリエさん!」
「ロメオく…」
「おっと、下がってもらいますよ。ふん、どうやって抜け出したかは知らないが、貴族の結婚式に割り込むだなんて許されることではないとしれ。おい、剣を」
「はっ」
兵士の1人がディアスへ剣を渡す。
「ふん、たかだか『花屋』の貴様が貴族であり『剣士』の職業を授かるこの私…否、俺に敵うものか。俺自らの手で剣の錆にしてくれる」
「っ! ジュリエさんは返してもらう! うぉぉ!!」
「はっ! 自ら駆け出すとは馬鹿め!」
ロメオは勢いそのままにディアスへ吶喊した。
ディアスは余裕で剣を構える。
普通ならロメオはディアスに勝てない。普通なら…ね!
既に兵士を倒していた俺は側にあった小石をディアスの目に向けて弾いた。
「ぐぁっ!?」
「うぉぉぉぉ!!」
「げっはぁ!」
痛みに目を瞑ったディアスの横っ面にロメオのパンチが炸裂する!
倒れるディアス。
「え? あ、当たったの?」
「ロメオくん!」
「ジュリエさん!」
ポカンと口を開くロメオに駆け寄るジュリエの手を取り、ロメオは意を決して自らの想いを言葉にした。
「今だから言います! 僕はっ、貴方を愛しています!!」
「っ! わたくしも貴方を愛しています」
神父さんもオロオロと倒れたディアスと抱き合う二人を見比べる。そして一言「えっと、お幸せに?」と言った。
やれやれ情熱的なのは良いけどここはまだ敵地真っ只中だよ?
「おのれぇっ! 許さんぞ! 兵どもあいつを殺せ!」
「なっ!? お、お待ち下さい! 拘束ならともかく神聖な、女神様に誓う儀式の場でこのような血を流すようなことなど」
「やかましい! 奴は貴族である俺に恥をかかせたのだ! これ以上の侮辱があるものか! 貴様ら早くしろッ!!」
頰を抑えディアスの言葉に新たな兵士達が現れ、二人に向かって走り出す。
「させるか!」
「ぎゃあっ!」
俺は近くにあったテーブルを蹴飛ばし、兵たちもそれに巻き込まれる。その隙に二人を呼ぶ。
「二人とも! こっちに来るんだ!」
慌ててロメオとジュリエが俺の方に寄ってくる。俺は二人を背後に庇いながら塀の方に追い詰められるフリをした。
別に倒すのは問題ない。だがそれとは別の狙いが俺にはあった。
…まだか? まだなのか?
ディアスは勝ち誇った顔をする。
「ふん、幾ら意気がろうとこの人数に勝てるものか。もう許さん。貴様ら覚悟はできているのだろうな?」
「何をもう勝った気でいるんだい?」
「貴様こそ状況がわかっているのか? 兵士ども、花嫁も多少傷つけても構わん! さっさと制圧せよ!」
「はっ! 【突貫】」
兵士の一人が槍を突き出す。
【突貫】は槍に速度を上げて放つ技能だ。その威力は薄い鉄板なら貫通する威力を持つ。今の俺なら、仮にまともに受けたら大怪我は免れないだろう。
だけど
「当たらなければ意味はないんだよッ!」
「何!? ぐほっ!」
突き出された槍を躱し、穂先と持ち手の間を切断する。驚く兵士に蹴りをかまして吹き飛ばす。
「怯むな! 囲めば倒せる!」
「それは悪手だな!」
次に同時に槍を突き出す兵士。俺はそれをジャンプして躱す。
同時にさっきの穂先を切った長槍を拾って、柄で兵士の額を思いっきりうちつける。そこから更に横薙ぎに払うことで他の兵士達も倒した。
あっという間に五人、兵士が無効化される。
「ッ、えぇい! 貴様ら何をしている!? たかが相手は一人、それも技能をまだ使ってない相手に何を手間取っている!!?」
「ディアス様! 至急耳に入れなければならないことが!」
喚くディアス。
そこへ老齢の使用人が焦った顔で現れた。
「後にしろ! 今は忙しい! 奴らを根切りにしてくれる!」
「そ、それが我が家の税を誤魔化した事がバレているのです! 更には例の植物の本当の目的が何処からか漏れ、本邸の方にも国の衛兵が詰め寄っているとのことです!」
「な、なにぃ!?」
お付きの人に報告された内容にディアスは心底驚いた。
やってくれたか、アイリスちゃん。
俺は一人ほくそ笑んだ。
途中で会った商人、彼らの荷物の中には普段は無害だが、特殊な用法で乾燥させると途端に禁止指定の麻薬になる植物があるとアイリスちゃんは言っていた。
癒しの秘薬と呼ばれたものの正体は、一時的にだが生命力は増す強心剤としての力を持つものだが、かなりの中毒性があり、それ以上に副作用の大きい、結果使うとより身体を破壊する魔薬だったのだ。
一度使うと身体が元気になったと思った患者はより薬を求めるようになる。だがそれは嘘で後は使えば使うほど死に向かっていく。
これはあの商人が度々ディアスに頼まれていたとも言っていたから分かっていて輸入させた可能性が高く、アイリスちゃんに男爵の家に侵入した時にその証拠となる資料と現物を探してもらった。結果予想通りディアスは植物を溜め込み、数多く栽培していた。後は"癒しの秘薬"としての他の貴族相手への売買予定の書類もあった。
恐らくジュリエさんを狙ったのは彼女の家に伝わる癒しの秘薬の作り方を手に入れようとしたのだろう。それを独占する事で莫大な利益を得ようとしたのだ。
どちらにせよ余りにも杜撰な計画だ。
国にバレたら死は免れないし、植物もクラマーさんらに運んでもらった後、自らの領で育てていたから証拠も思いっきり残ってしまっている。
「おやおや、どうやら表にばれちゃヤバい事があったらしいね。駄目じゃないか。隠しておかなきゃ」
「貴様、まさかこれも…! 」
「さて、こっちの目的は果たしたから退散させてもらうとしようか」
「逃すか! 兵ども、さっさと…うごぉ!?」
俺は手に持っていた特製の煙玉をディアス達に投げつけた。初めは何の痛痒も感じていないディアス達だったが直ぐに効果は現れた。
「うぎゃあぁぁぁぁぁあ!!」
「痛い痛い痛い痛い痛いっ!!」
「ぐはっ、いぎぃぃ」
「目がっ、鼻がぁぁぁ!」
突然大声をあげて兵士達がのたうち回る。
その様子にロメオがビックリしていた。そしてそれ以上に俺もビックリした。
「な、何をしたんだい!?」
「うっ、けほっけほっ」
「アイリスちゃんお得意の煙玉…なんだけどエグいな、これ」
いや、本当にエグい。食らったディアスと兵士は咳き込み、涙と鼻水を流し地面をのたうちまわっている。離れている俺でさえ少しばかりピリピリする感覚があるのだから、破裂した中心地にいる彼らは正に地獄を味わっているだろう。
間違えても自爆しないように気をつけようと俺は心に誓った。
「今のうちだ。ここから脱出するよ」
「でも、目の前は粉塵と人で塞がっているしどうやって」
「簡単さ、こうする」
背後の塀に向け剣を抜き払う。石の塀はいとも簡単に切れて崩れた。
「言っただろう? 道は俺が切り開くって」
「あ、あはは...切り開くって、そんな物理的に…」
「ロメオくん…」
「あ。そ、そうだねっ。早くここから逃げよう!」
ロメオとジュリエは手を握り、見えた森の方に駆け出す。勿論俺も。
「ま゛、待てっ」
「いいや、待たないさ。じゃあね」
俺は最後に木を切り倒して障害物を作り、その場を後にした。
こうして花嫁は乱入して来た闖入者に奪い取られ、花婿は一人取り残された。
後にはメチャクチャになった結婚式場に乗り込んで来た衛兵らが麻薬密輸及び栽培の件でディアスを拘束した。
その場から逃げた俺たちは途中でアイリスちゃんと合流する予定だった大きな木の下に訪れた。そこには既にアイリスちゃんがジャママと一緒に待っていた。
「お疲れ様ですアヤメさん」
「そっちこそお疲れ様。どうだった?」
「大丈夫です、アヤメさんに言われた通り様々な所に証拠と植物の現物を出してきました。植物については一番詳しいエルフであるわたしが言った事なのですぐに衛兵達も動きました。衛兵は国の組織なのであの貴族の影響も及んでいませんし、流石に男爵家であろうともはや揉み消せません」
「そっか、ありがとう。よくやってくれたね」
「えへへ〜」
頭を撫でるとすごく嬉しそうにアイリスちゃんが笑う。暫く撫でた後、後ろにいるロメオとジュリエさんの方に振り返る。
「さて、逃げて来たわけだけど。二人ともこれからどうするつもりだい?」
「そうだね、新しい町でやり直すよ。僕はもうあの町には戻れないし」
「私も、もうあの家には家族もおりませんし、ロメオくんと一緒に生きていきます」
二人は睦まじそうに手を握り合っている。
想いが通じあったからか二人の目に迷いはなかった。
「そうか、なら行く当てと金はあるのか?」
「ここから半日南に歩いた所に別の町があるんです。そこから馬車を借りて更に遠くにいこうと思う。お金も、国の共通銀行に預けていたからおろせるはずだよ」
「魔獣も街道がしっかりしているので現れることがありませんから、わたくしたちはもう大丈夫です。これ以上は貴方に迷惑はかけられません」
「…そうか。でも念の為にこれを渡しておくよ。ディアスに投げたのと同じものだ。何かあったらこれを撒いて逃げるといい」
「本当にありがとう、それじゃあ」
「ありがとうございました。アイリスちゃん、貴方も頑張ってね。ジャママちゃんも、またね」
「はい!」
<カゥッ!>
二人は街道に沿って歩き、去っていた。
それを見えなくなるまで俺は見続け、息を吐いた。
この世界では職業と称号による身分が全てだ。
ロメオは平民で、ジュリエは貴族。
メアリーの言葉を借りると文字通り住む世界が違う二人だ。
だが彼らは『身分』という壁を乗り越えた。ならばこれからの試練もきっと超えられるだろう。
二人は去っていく時まで手を握りあっていた。そこには深い信頼と親愛があった。そのことに少しばかり俺は羨望してしまう。
ふと思う。
…もしあの時メイちゃんに告白していれば何か変わっただろうか。
「いや、そんなことないか」
だってメイちゃんはユウの事をーー
「ていっ」
「いたいっ、な、何? アイリスちゃん」
「何だか昔の女を思い出しているような顔でしたので。で、その後自分で勝手に落ち込んでいる見たいな感じでした」
「いやに具体的だね」
この子は読心術でも持っているんだろうかと考えているとアイリスちゃんはちょいちょいと屈んで欲しいとジェスチャーする。
「アヤメさんにあげたいものがあるのです。ここに来る前にロメオさんの家からちょっとばかし失敬してきたのです」
アイリスちゃんは俺の頭に何かを被せてきた。良い匂いと感覚からこれは…花か?
「これは昨日言っていたベゴニアって花だよね。そしてこれは花冠かい?」
「そうです、待ってる間にわたしが作りました」
「へぇ、凄いね。そう言えば前に花には花言葉があるって言っていたけどこれはどんな花言葉なんだい?」
「…」
「えっ、何の花言葉なの?」
「ふふん、秘密です。ほら行きますよジャママ」
<ガァゥ>
「え、待ってすごく怖いんだけど。ちょっと、アイリスちゃん!?」
鼻歌を歌うアイリスちゃんの後を慌てて追いかける。アイリスちゃんは何故かご機嫌だった。
整備された街道をロメオとジュリエは歩く。
「大変な目にあいましたね…」
「うん。だけども僕たちは生きている」
「そうね。生きている。ふふっ、あの時の貴方本当に王子様みたいだったわ」
「えっ、そ、そんな。あの時は無我夢中だったというかなんというか。それにあの時もアヤメさん達がいなければ僕一人じゃできなかったことだしっ」
ワタワタと慌てるロメオをくすくすとジュリエは笑って見ていた。からかわれたロメオは顔を赤くするも、そこから真剣な表情になる。
「ジュリエさん」
「はい」
「愛してます」
「えぇ、わたくしもです」
二人は互いに確認し合うように手を握りなおした。
アイリスが渡した花と、二人の間に咲き乱れて散る花の名はベゴニア。
その花言葉は"片思い"、"愛の告白"、"親切"、そして"幸福な日々"。




