ロクでもない奴ら
俺はクレープ屋に並ぶ。
人気な店なのか六人ほど並んでいたけど意外と直ぐに捌けて、俺の番になった。
「いらっしゃい、ウチのクレープはどれも美味しいよ。中でも苺を中にいれた奴は苺の甘さとクリームが合わさって蕩けるような味になるし、それを包む生地がまた優しいんだ」
「そうなんだ。ならそれと蜜柑の入ったヤツを貰えるかな?」
「はいよっ、2つで銅貨30枚だ」
「…意外と高いね」
「まぁ、クリームも新鮮な果実も沢山使ってるからな。その分味は保証するよ?」
「確かにそうだ。これで足りるかい?」
金は魔族を撃退した時に金白狼の討伐分も含めて村の村長から貰えたものがある。だからこの程度の支出は何の痛手にならない。
「毎度! ほれ、ご注文の品だ」
暫くして俺はクレープを受け取る。
おっとっと。生地に対してクリームと果実が多い。溢れないよう注意しないとな。
確かに見た感じとても美味しそうだ。早くアイリスちゃんに持って行ってあげよう。
そんな風に考えながら戻ると何やらアイリスちゃんがいたところに人集りと揉めるような声が聞こえる。
「ちょっとすみません」
俺は謝りながら人の群れを抜ける。
見るとやはりと言うべきかアイリスちゃんと、やたらと豪華な服を着た男性が複数の護衛を背後に話しかけていた。
「だから私の元に来るのがお前にとっての幸せに繋がるのだ。なぜそれがわからん?」
「何度聞いてもお断りなのです。それよりもわたしは人を待ってるので早く何処かに行ってください。人が集まってこれじゃアヤメさんが戻ってくるのに邪魔になるじゃないですか」
「この、言わせておけば」
<ガルル…!>
「なんだ、獣風情が無礼だぞ!」
ジャママが男性に向けて威嚇する。
すると男性の護衛の方も剣の柄に手を当てた。
それを見た俺はこれはマズイと思って二人の間に割り込む。
「失礼します」
「何だお前、仮面をつけて怪しい奴であるな」
「えぇ、私の名はアヤメと申します。その身のこなしと作法、さぞ名の知れたお方だと思いますが不遜ながら私は名を知りません。お教え貰えないでしょうか」
俺は丁寧な言葉と態度で話しかける。
勇者として王族貴族とは会うことがあった。だから礼儀作法もそれなりに身についている。本職の執事やメイドには劣るだろうが最低限の礼儀としては十分及第点だ。
男性は横から入られた事に不愉快げにしていたが、俺の言葉に少しだけ機嫌良さげに鼻を鳴らす。
「ふん、私の名を知らないとはな。良いか、私はディアス・アル・ディーターである。誇り高いディーター家の当主であり、ここら一帯の平民どもを我が地に住まわせてやっている」
「つまりこの地一帯を統治する領主様であると。そのような方とお会いできて光栄です。ところで、そのお方が何の用なのでしょうか?」
「ふん、この娘が不敬にも私の誘いを断ったのだ。これから先の人生を見てやるというのに」
「つまり娶られるということですか?」
「話が早いな。そういう事だ。光栄であろう」
「…わたし別に嬉しくもなんともないんですが」
アイリスちゃんがボソリと呟く。
なるほど、読めてきた。
確かにアイリスちゃんは綺麗だ。だけど自らよりも幼い見た目の彼女に対して、こんな白昼堂々と娶るとか宣言するとか…。いや、俺も昔パーティで良く貴族に娘をどうかと紹介された事があったな。
とりあえず、この話を受けると言う選択肢はない。
「男爵様に見初められるなど、身に余る光栄であります。しかし、それは謹んでお断りさせてもらいます」
「なに!? 貴様この私が男爵家の当主と分かっているのか!?」
「私は今この子の保護者としてエルフの里の者と約束事を交わしておりまして、とある目的地まで送り届ける予定なのです。下手に手を出してエルフからの報復を考えないほど、男爵様は愚かではないしょう? 貴族位を持つ程なのですから何とぞ、冷静な判断をお願い致します」
「むぅ…!」
「ディアス様。残念ですがここは引いた方が宜しいかと。エルフから何かしら反応があった際には我々には手が余りすぎます」
「分かっておるわ!」
御付きの人の言葉にディアスは怒鳴りながらも納得してくれている。
こちらの正当性と、ほんの少しだけの脅し。
これなら穏便に諦めてくれるだろう。
「要は無理矢理でなければ良いのだろう。そこの娘、改めて言おう私の側室となれ」
全然諦めてなかった。
そんな堂々と妾にとか、いくらなんでも女性を口説くにしては乱暴すぎるだろう。
どうする。断るのは当たり前だが、断り方と言うものがある。ここは穏便に、相手を刺激しないように…。
「いやです。絶対に嫌です」
なんでこの子二回言っちゃうかな。ほら、目の前のディアス男爵がピクピクとこめかみを青くしてる。
「こ、この…!」
「ディアス様! エルフとの間に遺恨の残せば最悪家の取り潰しの可能性もあります! それにディアス様が望む女性は別にいるではありませんか。此処は潔く引くのが貴族たる者の優雅さです」
「ぐ、ぐぬっ…わかった」
「はっ、寛大なお心に感謝します」
勝手に納得したようだけど、俺はこれ幸いと頭を下げておく。
「ふんっ、平民め」
ぺっと仮面の無い方へ唾を吐きかけてディアスは去っていった。
彼らの乗る馬車が見えなくなるまで俺は頭を下げ続けていた。
はぁ、と溜息を吐く。
「やれやれ、やっと行ったか」
「アヤメさん! なんであんな奴に下手にでる必要があるのですか!? アヤメさんなら戦っても負けないのに」
「いいかい、アイリスちゃん。力を持つという事は簡単に人を害する事ができるというものだ。だからこそ、力を自制する必要がある。枷の外れた力はただの暴力だ。それではただの獣と違わない」
思い浮かぶのはグラディウスの事だ。彼は自らの力を笠に好き勝手してきた。その時の恨みが彼が腕を失った際の民衆からの報復だ。
力があるから、好き勝手にして良いと言う理屈にはならない。力があるからこそ、気を使うのだ。
「でも…、そんな向こうが勝手に理不尽な事を言ってきたのにそれを黙っているだなんて」
「確かに身勝手な事を甘んじて受けるのは間違いかもしれない。でも、力で物事を解決するのもまた正解とは言えないんだ」
力で全てを解決するのならば世の中はもっと単純だっただろう。それこそ魔獣の世界みたいに。
「とは言え力でしか対抗出来ないことは確かにある。もし向こうが実力行使で来たんなら君の事は全力で守る。約束しよう。だからアイリスちゃんも出来うる限り堪えてくれないか?」
「っ! そ、そういう事なら仕方ないです。えぇ、寛大な心で許すです。けどその前にちょっと屈んで下さい。顔についた汚れをとってあげるです」
アイリスちゃんは拭いたハンカチを汚いとでも言いたげにぽいっと近くのゴミ捨て場に捨てた。まぁ、他人の唾液なんて実際汚いんだろうけどさ。そこにはアイリスちゃんのディアスへの嫌悪感がありありと見て取れるね。
<カァゥ>
「ジャママも、わたしを守ろうとしてくれてありがとう。お礼に頭をよしよししてあげるです」
<ガァゥ! クゥ〜ン>
よしよしと頭を撫でる。ジャママは嬉しそうにしっぽを振る。
「確かにそうだね。俺も褒めて…」
<ガァウ!>
俺に撫でられるのは嫌か、そうですか。
…へこむなぁ。
おっといけない、忘れていた。
「それよりもほら、クレープだ。ちょっとクリームが溶けちゃったけど」
「この程度なら問題ないです。ありがとうございます」
気分直しに噴水の前の椅子に座る。
アイリスちゃんはクレープを受け取り、口を開けて果実と一緒に食べる。と、アイリスちゃんが青い瞳をキラキラと光らした。
「これすっごく美味しいです!」
「本当だ。生地もしっとりしていてそれでいてクリームも滑らかだ。流石銅貨30枚しただけはあるね」
「えっ、そんなの飲食店で普通に食事出来るくらいの値段じゃないですか。でも、これだけの味なら確かに納得出来ます」
<ガゥガゥ>
「あ、ジャママも欲しいですか? はいどうぞ」
<ガゥッ!>
アイリスちゃんは指にクリームをつけてジャママにもあげていた。
「狼に甘いものって大丈夫なのかな?」
「余り沢山与えなければ大丈夫です。それにジャママも美味しいものは食べたいですよね?」
<ガゥッ>
「それもそうだね。さっきのことは忘れて町を散策しよう」
「そうですね! まだ宿も決まっていませんし」
アイリスちゃんも機嫌が直ってきた。よかったよかった。
そうだこのままさっきの事は忘れて町を散策しよう。
…そう思っていたんだけどなぁ。
「おらぁ! 調子に乗るな!」
「かはっ」
通った路地の裏で一人の男性が複数の男に囲まれて殴られていた。
どうやらまた厄介ごとの気配がする。どうしてこう、立て続けに物事が起きるのかな。
だが俺は救世主なんだ。理不尽で人が傷つけられるのは見過ごせない。
「アイリスちゃん、俺の側から離れないでくれ」
「はい! 一生離れません!」
「いや、そこまではしなくて良いけど」
さっきはアイリスちゃんを一人にしちゃったから変な奴が話しかけて来た。なら多少危険だけどアイリスちゃんには側にいて貰おう。
むぅ、とアイリスちゃんが顔をむくれるも、今は目の前のことの方が大事だ。
「一人の男に寄って集って、乱暴とは穏やかじゃないよ」
「あぁ? なんだお前?」
「通りすがりの救世主だ」
男達は変な奴を見る目でこっちを見る。…ちょっと心折れそう。今後名乗るの控えようかな。
「なんでそこの男性に暴力を振るう? 見た感じ彼が何かした感じではないのだろう。八つ当たりだったら恥を知った方が良いよ」
「テメェッ。はんっ。これを見て分からねぇか? さっさとこの場から消えな。ガキが首突っ込むんじゃねぇよ」
「これでももう二十歳なんだけどね。…ん?」
茶髪の男が、これ見よがしにナイフを向け得意げな顔をする。周りの男達もにやにやと嘲笑うように見ている。
あぁ、そういうことか。
「言っておくが俺に脅しはきかない。それに町で得物を抜くということは、勿論自分もそれを向けられても仕方ないと理解しているんだよね?」
八戦将や魔獣の殺意に比べれば目の前の男達の殺意など赤子に等しい。潜ってきた修羅場が違うと断言出来る。
戦場を渡り歩いてきた俺と町で生きるだけの男がどうして同列で語れるものか。
だが逆上されても厄介だ。だから少しばかり本気で威圧する。案の定男達は顔色を悪くした。
「く、くそっ! 調子に乗るな!」
「ふっ」
「あがっ!」
茶髪の男がナイフを振るう。それを軽く躱し、手首をひねり、ナイフを落とした瞬間に顎に向けて掌で殴る。茶髪の男は仰向けに気絶した。
「なっ、嘘だろ!?」
「引いてくれないか? これ以上は互いに無利益だ」
あくまで穏便に告げると、暴漢達は慌てて逃げていった。っておいおい仲間は放置か。
「ちゃんと連れて行ってあげなよ、仲間だろ?」
「ひぃっ! は、早く退くぞ!」
怯えながら男達は茶髪の男の足を持って運ぶ。
いや雑。頭ゴリゴリ行ってるよ。あれは禿げるだろうなぁ…。
「情けないです。立派なのは体格だけですか」
「まぁ、幾ら身体を鍛えても死ぬ時は死ぬからね。死の恐怖を感じることは悪いことではないよ。生物の生存本能だから。それよりも大丈夫かい?」
「うっ、ごほごほっ。し、しまった花がっ」
起き上がった男はこちらには目もくれずに何かをかき集めている。
後ろからそれを覗き見てみる。彼が集めているのは花弁か?
「あぁ、なんて事だ。花が…」
眼鏡の男の人は、暴漢達に踏み躙られた花束を見て嘆く。そしてすぐにハッとしてこちらに頭を下げて来た。
「す、すまない。助けて貰ったのにお礼もまだだったね。僕はロメオ・モギュー。この町で花屋を営んでいるんだ」
「俺はアヤメ。こっちはエルフのアイリスちゃんに、金白狼の子供ジャママだ」
「よろしくです!」
<カァゥッ!>
「うわっ、お、狼!?」
ロメオは見るからに平凡と言って良い男だった。そして普通の人であった。現に子どもとはいえジャママを見て驚いている。
「大丈夫です。ジャママは無闇矢鱈に噛み付いたりしません。するとしたらアヤメさんにです」
「俺は噛まれたくないんだけど…。それより傷は大丈夫かい?」
「あぁ、一発殴られただけでそれもじきに痛みがなくなるよ」
「それなら大丈夫そうですね。でも一応後でガーゼは貼っといてあげます。それでロメオさん。何であの暴漢達に襲われていたんですか?」
「それが分からないんだ。町を歩いていたら突然因縁をつけられて…別にぶつかったとかないんだけど、肩を掴まれて路地裏に連れ込まれて、後は暴力さ。アヤメさんが直ぐに助けてくれたから大丈夫だったけど、もし誰も来なかったらと思うと…ぞっとする」
つまりは向こうが勝手に因縁をつけてきてロメオに暴力を振るったということか。金の要求とかされた様子がないからカツアゲって訳でもなさそうだし、本当にただ因縁をつけられたってだけかな。
思ったよりこの町の治安は悪いかも知れない。あの兵士とかを見てると気が良い人の方が多そうなんだけどな。
「そうだ、良かったらお礼をしたい。僕の家に来てくれないか?」
ロメオはそう提案した。




