フィオーレの町
今回から新しい章に突入します。
「はぁ!」
<ギッ!? ジィィ…>
関節の隙間を狙って俺が振るった剣により、頭と胴体が二つに泣き別れになった巨大な百足は崩れ落ちた。そしてそれでも蠢く頭に向かってトドメとして剣を突き刺す。
これは"巨殻百足"といって体長5〜10mに育つほどの巨大な魔虫だ。食性は肉食。その大きさで獲物に絡み、大きな毒牙を使って動きを封じて貪り食う。
因みに今倒したのは6m程の大きさだ。"巨殻百足"はその体長も脅威だが、何より毒牙と毒尾が非常に危険な魔虫であるのだ。
魔虫という種類は、頭と体が切り別れてもしばらくの間は動き回る。例によって"巨殻百足"も頭部を失っても暴れまわっていた。しかし、それはメチャクチャな軌道を描くだけで攻撃の意思はない。ない…が毒尾がついたままだともし当たれば致命傷になりかねないので、俺は予め尾を切っておいた。
頭と毒尾を失った"巨殻百足"は、後は変にのたうち回る事しかできず、やがて動かなくなった。
「た、助かったよ。もうダメだと思っていました」
馬車の後ろに隠れていた商人が護衛の一人を伴って話しかけてきた。
俺が"巨殻百足"を倒した理由、それは途中で襲われている馬車を発見したからだ。"巨殻百足"が巻き付いた馬車から遠のけ、すぐさま尾を切り飛ばした後、アイリスちゃんに負傷者を頼み、俺は"巨殻百足"と対峙した。
「助かったよ。俺ではあの化け物相手でも最早どうしようもなくて、クラマーさんを連れて逃げるしかなかった。あんた達、それだけの腕を持つって事は冒険者か何かか?」
「冒険者…? いや、おれはただの旅人さ。それよりも災難だったね、"巨殻百足"に襲われるなんて」
「あぁ、全くだよ。普段ならこんなところに現れる事はないんだが運が悪かったんですよ。はぁ、馬車も傷ついてしまった。馬に被害が出なかったのだけ幸いか...」
商人は心底嘆くように溜息を吐いた。
すると戦闘が終わったのを見届けたのかアイリスちゃんがトコトコとジャママを抱えて寄ってくる。
「"巨殻百足"も通常なら今は寝ている時期のはずなので、恐らくお腹を空かした個体が、山中から降りて来てしまったのでしょうね」
「アイリスちゃん、そっちはどうだった?」
「牙に引っ掻かれた護衛の方なら、もう大丈夫ですよ。ただ毒の方は町に行って治療しないと少し危ないかもしれません」
「十分だ。心から感謝する。職業がら仲間を失う事があり得るとは言え、実際にそうなると辛い」
護衛の男性は深く頭を下げる。仲間を失う辛さは俺にもよくわかった。
商人は一歩前に出る。
「本当にありがとうございました。何かお礼をしたいのですが、何か望みがあるでしょうか? ある程度なら融通させていただきますよ」
「お礼なら、よければ馬車に乗せてくれないか? ずっと歩いて来たんだけど、流石に少し疲れてね」
「それくらいで良いなら喜んで。ただ余りスペースがないので荷物と一緒になってしまうのですが」
「全然良いさ。こっちとしては座れるだけでありがたい」
オーロ村からずっと俺たちは歩き続けた。
平らな道だけでなく途中山中なども通ったのだが、険しい道のりで流石に歩きだけでは疲れた。
そもそもオーロ村は辺境とも言われるくらい遠い地なので馬も村長宅くらいしかなく、借りることはできなかったので歩きで進むしかなかったのだ。
許可をもらえた俺たちは商人の馬車の中のスペースに座り込む。
「これで次の町まで楽が出来るね」
「歩くのも好きですけど流石に常に警戒しつつは疲れますね。此処はまだ比較的馬車が通れるくらいに道が舗装されていますけど」
「う〜ん、次からは馬を借りた方が良いかもね。それか、ジャママが大きくなってあの親狼くらいになれば、背中に乗せて貰えたりして、だいぶ楽になるとは思うんだけども」
<ガァゥッ! ガァウガァウ>
「アヤメさんは乗せたくないって言ってるです」
「まぁ、そうだろうとは思ったけどね。残念だ」
魔獣の背に乗って戦うのは何もおかしいことではない。例えば『竜騎士』や『魔獣使い』の職業を持つ者はその名の通りに竜と魔獣に跨り、共に戦ったりする。
アイリスちゃんは『魔獣使い』ではないけれども、何も乗れないって訳ではない。何故ならそうなると『竜騎士』や『魔獣使い』以外に誰も馬に乗れなくなってしまう。
勿論特有の技能は使えないけれど乗って移動する分には何の問題もないのだ。
ジャママが嫌がるのは俺が親の仇であるからだろう。だからあっさりと諦める。
…なんだけどやっぱり残念だなぁ。ユウ程じゃないけど、何かの背に乗って駆け抜けるのは中々にカッコいいと思う。読んだ英雄譚とかでもそういったシーンは山ほどあった。
やっぱりそういうのに憧れがある。そう思うと残念だなぁ。
「あれ、ジャママ?」
「どうしたんだい? ジャママあんまり中を荒らしてはだめだよ」
<クゥン………ガゥガゥッ! >
そんな風に思っていると何やらジャママが馬車内をふんふんしながら動き回る。そして一吠えする。見ればその先には植物が積まれていた。
俺もアイリスちゃんもそれを覗き見る。至って普通の植物に見えるが…。
騒ぎに気付いたのが商人が覗き込む。
「どうしました?」
「あのこれは荷物ですか?」
「あぁ、これはこの先にある男爵様宛の荷物ですね。あそこの貴族はやたらとこの植物にご執心でね。今回で3回目なんだよ。まぁ、こっちとしては代金が貰えるから悪くはないですけどね。それが何か?」
商人の言葉を聞きながら、アイリスちゃんはじっと積まれた植物を見ていた。どうしたのだろうか。
俺は「ありがとう。大丈夫です」と言うと、商人は馬車から出て行く。
「それでアイリスちゃん、ジャママもだけどその植物がどうかしたのかい?」
「いえ、何でもないのです。ただの観賞用なら問題ないはずです。それよりもアヤメさん、ちょっと足を開いてくれませんか?」
「うん? 良いけど」
アイリスちゃんはジャママを抱えたまま、宿で髪を梳いてあげた時みたいに俺の膝の上に座って来た。
「え、なんで?」
「座り心地が悪いので、アヤメさんの上に座ってるんです」
「いや、うん。アイリスちゃんは痛くないかも知れないけど俺は馬車の振動で尻が痛いままなんだけど…」
「良いじゃないですか。こんな可愛い子の椅子になれるんですから。それよりも、さっきがんばったからいい子いい子と褒めて欲しいです」
アイリスちゃんは頭をぽすんと俺の胸に押し付ける。こちらを見上げる碧の瞳は凄く綺麗だ。
「…ま、良いか。アイリスちゃんには世話になってるしね」
「えへへ〜」
アイリスちゃんの頭を撫でつつ俺は馬車の外の景色を見た。
馬が歩き始めた際に見る景色は楽しかったが、俺の尻はやっぱり痛かった。
「それじゃ、本当にありがとう。もし何か入り物があったら是非ともこのアーノルド商会のクラマーにお申し付け下さい。出来うる限りの事はさせていただきます」
「あぁ、此方こそ。ありがとう」
最後に握手を交わし、助けた商人とは別れた。
俺たちはそれを見送ると改めて町中を眺めた。
「さてと、やっと町に着いたね」
馬車に乗って約四時間、俺たちは町に着いた。意外と早く着いたのは思ったよりも歩いてきたのとやはり馬車の存在が大きい。
見渡す限り、多くの建物と人が行き交っている。
町ともなるとやはり活気も違う。この町…名はフィオーレだが、クラマーさんによれば町の中でも田舎の方らしい。それでも前のオーロ村に比べたら雲泥の差がある。
先ずは道。村の時はほぼ全ての道が地面丸出しだったが、ここは重要施設などはきちんと石畳などで舗装されている。
小さいながらも城壁があるが、やはり重要な施設のある所だけらしい。それ以外は町を囲うように柵が二重にある。魔獣もどうやら付近では"巨殻百足"が最大でそれ以上は強い魔獣はいないらしい。だからこんな薄い防御で大丈夫だとクラマーさんが教えてくれた。
「…活気もあって良い所だ。とても魔王軍との戦争中とは思えない」
「ここは前線から離れていますから」
「そうだったね」
俺が思い浮かんだのは。とある場所だった。
魔王軍との抗争地帯である"トワイライト平原"、あそこでは常に魔物が国境を越えんと蔓延る。当然それを防ぐ為に太陽国ソレイユの兵士達もいる。
魔物が死ぬ事から瘴気も酷く、常に神官達が浄化に努めていた。それでも尚、あの土地はひどい。だけど退く事は出来ない。
なぜならもしあそこを抜けられたら太陽国ソレイユはすぐそこだ。つまり多くの市民がいるのだ。だからこそ数多くの兵士があそこで戦い、散っていく。
俺もそこに派遣された事があるのでその凄惨さは身に染みてわかっている。
俺は今尚魔王軍と戦っている兵士達がいる事にいかんともし難い感情が湧いてきた。
俺はこんな風に平和に過ごしていて良いのだろうか、と。
「アヤメさん見てください! あそこで焼き鳥が売ってますよ。…? アヤメさん?」
「えっ、あ、うん、そうだね。良い匂いだ。お腹が空いてくるよ」
「そうですね。思えばそろそろお昼なのです」
「そうだったね。なら昼食を取るところを探すのも兼ねて散策しようか」
「はい! ジャママも良い匂いの店があったら教えるのですよ」
<カゥッ!>
俺達は昼飯を食べるのも兼ねて町中を散策し始めた。
「いらっしゃい! 名物の白林檎はいかがかな!? 甘みがギュッと詰まって美味しいよ!」
「"白の都"と名高いソドォムから送られて来た大理石で出来た壺だ。これだけでも25金貨は堅いよ。そこの人、どうだい?」
「さぁさぁご覧下さい! 上質な魔石を嵌めて作ったこの短杖! 魔法使いであれば自らの魔法をより強めることが出来るよ! 今あるのだけで終わりだ。是非ともどうだ!?」
「新聞はいらないか〜! たったの20銅貨だ!」
「甘〜い生地で出来たホットケーキはいかがかな? 安くしとくよ〜」
何処も彼処も元気よく人が往来している。
皆が皆希望に満ちた顔をして楽しそうにしていた。
「アヤメさんすごいですね! 店が沢山ありますよ!」
「うん、そうだね」
アイリスちゃんは楽しそうに周りを見回す。楽しそうなその姿を見るだけで俺も自然と楽しい気持ちになった。
ふと思った。
こんな風に観光みたいに町を見たのはいつ以来だろうか?
記憶を探るも思い出せない。
脳裏に浮かぶのは瓦礫の都市、悲嘆に暮れる人々、そして正体が明らかになった時の俺を罵る民達。
そんな光景だった。今の光景とは似ても似つかない。
そう思うと、何故か俺は心臓がひどく痛んできた。
わからない。わからない…いや、本当は分かっている。怖いんだ、俺は。人の視線が。村の時は人数が多くなかったから何とも思わなかった。
正体がバレた時、瞳の色が変わったあの時。あれがまたなるんじゃないかと思うと、酷く怖い。
俺はスッとフードを深く被る。こうすれば少しでも誤魔化せると思って。
「ねぇ、あれ見て」
「っ!」
「エルフよ、エルフ。すごい初めて見た…」
そんな声が喧騒の中でも聴こえてくる。婦人達が見ているのは隣を歩くアイリスちゃん。俺じゃない。
その事に少しだけ安堵した。
「見てくださいアヤメさん! あそこに"極甘バナナ"売ってますよ。珍しい…アヤメさん?」
「えっ、あ、うん。そうだね」
アイリスちゃんが小首を傾げている。俺は曖昧に頷いておく。
更に町を散策していると目の前から二人組の兵士が歩いてきた。まずい。俺は僅かに顔を逸らす。
「なぁ、あんた」
横を通り過ぎた後、話しかけられた。
俺の体に緊張が走る。まさかバレたか?
「エルフとは珍しい。初めて見た。それに可愛い子だな。大切にしろよ」
「…あ、あぁ。勿論さ」
どうやら単に話しかけてきただけらしい。安堵の息をする。
「何をさっきからちょくちょく身構えているのですか?」
「いや…ははっ、情けないけど少しばかり他人の目が怖くてね」
アイリスちゃんの手前嘘をつかず正直に話す。
『偽りの勇者』であると発覚した後、それまでの周囲の目は一変した。誰もが俺を殺そうと武器を取り、不信の目で見てきた。
こうなる事は分かっていたし覚悟もしていた。けれども心の奥底では自分を信じてくれる人はいないだろうかとも思っていた。自らそうなるよう演じたのに何を思っているんだとは思うけれど。
そのせいか、少しばかり他人の目が怖い。トラウマになっているのだろうか。
「気にすることはないのです、貴方はアヤメさんなんですから。胸を張って堂々と歩けば良いのです」
「うん、それはそうなんだけどね。心ではそう思っていてもつい体が…」
「そうですか...。なら仕方ないです。えぇ、これは仕方ないことなのです。決してわたしがしたいからとかじゃないのです。怖いならわたしが手を引いてあげますよ」
アイリスちゃんは全く仕方がないという風に自然に俺の手を握ってくる。
いや、確かに怖いとは言ったけどそんな子どもじゃないんだから…。
けれど少しばかり気持ちが軽くなった自分がいた。我ながら単純だと呆れるほかない。
「アイリスちゃん、ありがとう。少し楽になったよ」
「えへへ、もっと私に頼って良いですよ? 私はお姉さんなんですから!」
確かに年齢的にはアイリスちゃんのが上だけど、身体的には俺の方が上だと思うんだけど。
ほら、側にいるおばちゃんとか微笑ましそうに此方を見ている。
「まぁまぁ、妹ちゃんの手を引いてあげるだなんて良いお兄ちゃんね」
「ほんとだわ、微笑ましい」
「むぅ…わたしの方がお姉さんです!」
「俺はちゃんとわかってるからさ。だからアイリスちゃんもお姉さんの余裕として軽く流してあげてくれよ」
「アヤメさんがそう言うのなら…。そうですね、わたしはおとな! ならおとなのよゆーでその程度のこと柳に風なのです」
<カゥカゥ!>
アイリスちゃんちょろいなぁ。
とにかく心に余裕が出来た俺は先程とは違って町を見ることが出来た。
その後も色々と見て回る俺たち。
すると隣からくぅ〜とお腹の鳴る音が聞こえた。
「あ」
「ははっ、どうやらお腹が空いたみたいだね。俺もだよ。丁度良い、あそこのクレープ屋で小腹を満たそうか。アイリスちゃんは此処で座って待っていて。買ってくるよ。何か、好きな味はあるかい?」
「なら蜜柑がよいのです! ジャママもそれで良いですか?」
<ガウッ>
「良いそうです。アヤメさん、お願いできます?」
「わかった」
俺はクレープ屋へと歩き出した。




