番外編1 幼子たちの慟哭
<キュルルル>
「よしよし、キュアノス。今鱗を磨いてあげるからなー」
宿に併設された魔獣舎。そこから藍色飛竜のキュアノスを撫でるユウの仲間のひとりーー『魔獣使い』のファウパーンがいた。
キュアノスの鱗をブラシで擦りつつもファウパーンの頭には未だに部屋に引きこもる兄貴分として慕っているユウの事が頭から離れなかった。だからだろうか、いつもより少しばかり乱雑に鱗を拭く。
<キュウ! キュルル!>
「っ! ご、ごめんよ。オイラちょっとぼーとしてたみたいだ」
雑に拭かれ、痛かったのかキュアノスが非難じみた鳴き声を上げた。
その事に謝りながらも丁寧に鱗を拭く。するとピクッと彼の耳が動いた。
「何だファウ坊、まだ起きていたのか」
現れたのは厳つい刈り上げの『戦士』オーウェン・ローパストだった。
「……なんだ、おっちゃんか。不審者かと思ったぜ」
「嘘つけ。オメェは足音で誰かわかるだろ。なんたって獣人の血を引いてるんだからな」
「まぁ、そうだけどさ。おっちゃんは何してたんだ?」
「ん? そりゃあ、決まっているだろう。かわい娘ちゃんたちと仲良く楽しく酒を飲み交わして」
「……嘘つけよ、酒なんて飲んでないくせに」
「……なんだ? バレちまったか」
「酒の臭いがしないからな。オイラ、鼻が良いから」
へへっと鼻の下を擦り、頭上の獣耳を動かすファウパーン。何時もの癖だが、今日のは何処か態とらしく見えた。
「何時もなら浴びるほど酒を飲むんだが、そんな気分じゃねぇからな。……旦那まだ部屋に閉じこもってるのか?」
「そうだよ。クリス姉がずっと話してるけど全然反応がなくて、それでついさっきメイ姉も行った。オイラは……何も出来ないからこうしてキュアノスと触れ合ってた」
「そうか。俺もそんな感じだ。何処をブラブラしても、なーんにもする気が起きなくてな。それで戻ってきたら、外にいるお前らが見えてなっと」
オーウェンはどかっとファウパーンの隣に座る。
そのまま暫し無言になる両者。飛竜のキュアノスだけがキュルルと気持ちよさそうにファウパーンの撫でる手を堪能している。
「ユウ兄はさ」
「おう」
ぽつりとファウパーンが口を開いた。
「あのフォイルって奴の話をする時、複雑そうにしながらも最後は嬉しそうに語っていたんだ。メイ姉も視線は厳しかったけど、それでもやっぱり何処かで優しく、懐かしむ目になっていた」
昔一度だけどんな人物か聞いたことがあった。
その時二人は上記の通りの反応を示した。確かにファウパーンには三人がどんな風になってしまって枝を分かつようになったのか分からない。
フォイルがどんな人間なのかも知らない。
だけどファウパーンにも分かる心情が一つだけあった。
そこにあったのは親しみ。それもとても深いものだった。
「そうか……。なぁファウ坊」
「なんだ」
「お前は自らの職業や『称号』について何か後悔したりしたことはあるか」
「……ないよ。少なくともオイラが『魔獣使い』じゃなきゃ、こうしてキュアノスと一緒にいることはなかった」
<キュルル♪>
撫でると嬉しそうに手に身を委ねるキュアノス。
オーウェンは頷く。
「そうだ。大抵の奴は自らの『職業』に沿って人生を送ってる。誰もそこになんの疑問を抱きやしねぇ。何故だかわかるか?」
「いや、わかんない」
「俺は思う。決められた人生ってのはな。安心できるんだ。先行きの見えない未来より女神様から決められ通りに行けば間違いない、全てうまくいくって。まぁ、実際はそんな事はねぇんだがな。……大抵の人間は間違える。それでも少なくともその『職業』は間違いじゃねぇ。大丈夫だって、心の支えになるんだ。だから俺も『戦士』の『職業』を与えられて戦士になったことを後悔してねぇし、竜を殺して『竜殺し』の称号を授かった時も特に疑問を抱かなかった」
称号は基本的に職業の後に付属されるものだ。
それが例外なのは『勇者』と『聖女』くらいだ。或いは、元よりその才に恵まれた者か。
だがもしも。
フォイルのあの言葉から初めから、彼はそうなるように称号で仕向けられていたとしたら。
初めからあぁなると決まっていて。
それに沿って生きる事を定められたというのならば。
それは何て悲しく、虚しい人生なのだろうか。
「俺は初めて思うぜ。世の中ってのは理不尽なものだよなぁ」
ポツリと噛み締めるような調子で話すオーウェン。
脳裏には仲間で、弟のような、ユウの事を思い浮かべていた。
何度も押し寄せる後悔に苛まれる。
無力、後悔、悲哀、虚無、絶望、悲痛、憂い。
ありとあらゆる負の感情が心中で何度も何度もぐちゃぐちゃに沸き起こっては傷つける。
ユウはあの日からずっと部屋に閉じこもっていた。
コンコンと扉をノックする音が鳴る。
「ユウさん、宿の方から夕食を貰ってきました。食べませんか?」
部屋の外ではパンと水を抱えたクリスティナが心配した声色でユウに話しかけた。
だけど扉から返答はない。
「ユウさん、せめて水だけでも...」
やはり身動ぎの音一つの反応もない。
「…………ユウさん、失礼します」
クリスティナは決意をして、扉に手をかける。
扉に鍵はかかっていなかった。不用心なのか、それともそんなのを気にする余裕もなかったのか。
後者だろうとクリスティナは思った。
そしてそのまま扉をあけて中に入った。
ユウは居た。
暴れた様子はなく、ただベットの上に座っていた。だが身動ぎを一切しないその姿はまるで生気がなく彫刻のようだった。
憔悴はしている。
だけど生きてはいる。
その事実にクリスティナは少しだけ安堵する。最悪の事態も想像していただけにその安堵は深かった。
ちらりと見れば勇者の象徴である聖剣が無造作に地面に放られていた。
女神からの贈り物をぞんざいに扱う事に思う事はある。『神官』としてなら窘めるのが正解なのだろう。
だけどそれよりも彼女はユウが心配だった。
クリスティナはすぅと空気を吸う。
「ユウさん、今回の結果は残念に思います。あの後私も教会の方で付近の捜索を依頼しましたけど彼の『偽ーー失礼しました。フォイル・オースティンを見つける事が出来ませんでした。……捜索も打ち切ったとのことです。ユウさんが、傷ついている事も知っています。だけどそれでも言わせて下さい。こうしている間にも、魔王軍は人々に対して危害を加えています。だからこそ、勇者であるユウさんが必要なのです。だからどうか人々を、魔王軍から救う為に旅に出ませんか……?」
「......勇者、勇者……か。はは、ははははは……」
乾いた笑いだった。
自嘲気味な、とても自信に溢れる勇者のようには思えない。
ユウはクリスティナを見た。
瞬間クリスティナは後退りそうになった。
何時もの優しげな顔は何処にもない。
あまりにも無気力で無色な、生気も何の色も宿さない瞳だったからだ。
「クリスティナちゃん……なんで、フォイルくんが『偽りの勇者』だなんて役目をしなくちゃならなかったの? 女神さまはどうしてそんな役割を押し付けたの? 彼が一体何をした? なぁ、なんで? どうして? 『神官』だったらわかるだろう?」
「そ、それは……ユウさ」
「お願いだよ……教えてくれよ…………、僕は、幼馴染を殺してまで勇者になんか、なり、たくなかったっ…………」
よろよろとクリスティナに近付き、彼女の肩を掴みながらユウは膝をついた。
最後の方は言葉にならず、嗚咽になっていた。
そこにいるのはただの子どもだった。泣きじゃくる幼い子供。
クリスティナはどうしたら良いか分からずにただただ狼狽え、困惑する。
「……やっぱりこうなってたのね」
「え、あっ、メイさん」
いつのまにか背後にメイがいた。メイはユウの顔を見、憂いを帯びた瞳をするも直ぐに彼の行動を正す。
「ユウくん、クリスティナちゃんに詰め寄るのはやめなさい。彼女は『神官』だから女神の言葉は伝えられてもその心までは全て知ることはできないの。そして否定する事も出来ない。それでクリスティナちゃんに責めるのは筋違いよ」
「……」
メイの言葉にユウは力なく、ゆるゆるとクリスティナの肩から手を離した。
「あの、メイさん」
「ごめんねクリスティナちゃん。でも大丈夫、だから今は少し二人きりにさせて」
「……はい、わかりました」
クリスティナはちらりとその後ベットに戻り項垂れるユウを見、悲しそうにしながらも部屋を出て行った。
廊下の灯りが遮られ、部屋には月光だけが差し込む。
メイは何も言わずに隣に座りユウが喋るのを待った。
「……………………僕はフォイルくんの事を何もわかっていなかった」
どれくらいの時間が経ってからか、ユウが呟いた。
彼の胸に沸き起こるは後悔、悲哀、絶望、喪失感。いずれもマイナスの感情だ。
メイはその言葉を直ぐに否定した。
「そんな事ないと思うな。二人ほど仲が良くてわかり合っていた人はいないと思うけど。村でも一番仲が良かったじゃない」
「ううん、僕もそう思っていた。だけどそんなことなかった。あの時……フォイルくんから語られるまで僕は彼の本心に気付く事ができなかった。………………本当に、彼が変わってしまったと思っちゃったんだ。そんな訳ないのに。僕は彼を信じられなかった」
どうして彼を信じられなかったのか。
他人ではなく、自分ならそれが出来ただろうに。
その事ばかりがユウの心を締めつける。
友達なら、親友なら、幼馴染なら彼の心情を慮ることが出来たはずなのに。
「彼はいつだって前にいてくれた」
『よぉ、ユウ! 何ボサってしてんだ早く行くぞ!』
「いつも僕に勇気を与えてくれた」
『失敗なんて誰でもすんだから気にすんな。だからよ、ユウ。お前はお前の早さで成長すりゃいいんだ』
「どんなっ……時も…………ぼくを……たすけてくれた」
『情けないぞ。ま、お前の努力はわかっているよ。だから、後は俺に任せろ。ユウ』
「かれは……いつだってまえにいてくれて……」
『何泣いてんだよ。ったく、本当に泣き虫だな。ユウは』
ポタポタと涙が滴り落ちる。
「………………なんでこんなことになっちゃったのかなぁ」
か細く、弱々しい呟きだった。
「僕が『真の勇者』じゃなければ、あの時の、故郷の時みたいに三人でずっと一緒にいられたのかな……。フォイルくんも、あんな、あんな……。僕の、僕のせいだ。僕が勇者になりたいだなんて思ったからこんな事になったんだ。だったら『名無し』でよかった。僕はただ三人でいたかっただけなんだ。それだけだったんだ。なのに、僕が、僕がこの手でフォイルくんを」
「ユウくん」
遮るように一言だけ名前を言われ、ユウは突然メイに抱きしめられた。
柔らかな感触と人の温かい感触がユウの体を包み込む。
「メイちゃん……?」
「本当、ユウくんもフィーくんも変わらないよね。二人ともいっつも自分を責める時は誰にも頼らない。フィーくんはがむしゃらに一人で解決しようとして、ユウくんはずっと一人で自分の事を責め続ける」
「……そんなことないよ」
「ううん。絶対そう。私にはわかるもん」
しみじみとメイは呟く。
その間もメイは優しくユウの頭を撫でる。
「二人はいっつも何処かにいっては、怪我ばっかりして帰ってくる。私が無茶しないでーって言ってもちぃっとも聞いてくれない。いつか私も二人を止めることはなくなっちゃった。でもずっと私はそれを見ていた。本当、私がどれだけ心配しているのか二人はまったく気付いてくれないんだもん」
「そうだね……怪我をした時はいつもメイちゃんが手当てをしていてくれてた」
「そうだよ? どれだけ心配していたのかわかる?」
「うっ、ご、ごめん……」
メイの言葉にユウは本当に僕はみんなに迷惑をかけてばかりだと呟く。
メイはそんなユウをもう一度大きく撫でる。
「ユウくん、私ね。フィーくんがユウくんを追い出す前に一度会っていたの」
「え?」
「あの時のフィーくんはまだ私たちの知るフィーくんだった。あの時は直ぐにユウくんを追い出したって話を聞いて怒りで気付けなかったけど今なら分かる」
何処か思いつめたような顔をしていたあの時。
最後にユウを頼むと行った時少しだけ見えた何やら泣きそうな顔をしていたあの時。
どうしたの?ってその一言が言えたなら。
「わかっていなかったのは、私も同じ。だから一人でそんなに責めないで、泣かないで。抱え込まないで。だから……だか、ら、泣か、ないで」
ユウは頰に落ちてくる液体に気付き顔を上げる。
メイも泣いていた。
ポロポロと透明な雫を流しながらも、それでもユウを元気づけようと笑っていた。
ユウは己を責めた。
自分だけが辛いと思っていたのだ。そんなわけがない。
辛いのはメイも同じだった。
「ごめんっ……! メイちゃん……! ごめんっ……フォイルくん……! 僕は、ぼくはぁっ…………!」
「あぁ、もうユウくんは昔から変わらないなぁ。すぐにないちゃうんだから……。でも、今日は、今日だけは……わたしもなきむしでも、良いよね……? う、うぅぅぅ……」
「う、あ、あぁぁぁ……。うぁぁぁぁぁ…………!」
「ひっく、……えぐっ、ふわぁぁぁん。うぇぇぇん、グスッ、ふぃ〜くん……ふぃ〜くん…………!」
二人揃って声を押し殺して泣く。
そこにいたのは『真の勇者』でも、『大魔法使い』でもなく、ただただ幼馴染を喪った悲しみに嘆く子ども達だった。
「……メイちゃん目元真っ赤だ」
「ユウくんこそ。あーぁ、明日になったら腫れ上がってるだろうなぁ。またオーウェンさんにからかわれちゃう」
「僕も言われそうだ」
二人して苦笑する。
先程までの空気はない。空元気だが笑えるくらいには暖かい空気だ。
それでも悲しみが無くなったわけじゃない。ある程度発散出来ただけ。今もなお胸の奥をジュクジュクと蝕むようにいたみがはしる。
きっとこれからも一生この心の傷みは消えることはないんだろうなと、ユウは思っていた。
「メイちゃん」
「なぁに?」
「僕は魔王軍を倒す」
「うん」
「それだけが、僕にできる唯一の償いだから」
「………………うん」
ユウは置いてあった聖剣を空へ掲げる。月光に反射した聖剣の刀身が、何処か悲しげに煌めいた。
かくして『真の勇者』は誕生する。
聖剣を振りかざし、その聖なる力を以てして世界を蝕む魔王を討ち果たさんと。
しかし世界を救う勇者の奥底にある思いが果たして純粋な意思だけなのか。
それはわからない。
真の勇者のユウ・プロターゴニスト
魔法使いのメイ・ヘルディン
神官のクリスティナ・シュビラ
戦士のオーウェン・ローバスト
魔獣使いのファウパーン
その魔獣である藍色飛竜のキュアノス
以上勇者パーティです。
因みにプロターゴニストは「主役」、ヘルディンは「ヒロイン」のそれぞれ英語とドイツ語になります。
次回は番外編2 八戦将 です。べシュトレーベンも新たな魔王軍幹部も登場致しますので是非お楽しみに!




