ダンジョンの謎
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後日、俺たちはダンジョンの二階層に訪れた。
「多少、広場が広がったか? だが、それ以外は特に変わったようには見えないな」
「そうだよ、2階層は一階層と比べて広い空間と魔獣が数多く現れるのが特徴なんだ。だから、"蔓延りの間"って呼ばれているんだ」
シルの言葉の言う通り、見渡す限り複雑に入り組んだ構造が見えた。
更には魔獣達も、上には見られなかった姿が確認できた。
「"蔓延りの間"か。確かに、そう呼ばれるのも納得だな」
ダンジョンの階層にはいくつかの名称が名付けられている。
1階層"始まりの間"、此処は比較的魔獣も弱く、道もわかりやすい。
2階層"蔓延りの間"、ここから魔獣の種類が増え、道も入り組む様になる。
3階層"気象の間"、突然環境が変化する事が多く、過酷な環境が探索者を拒む。
4階層"未知の間"、此処は魔獣の数は少なくなるがその代わりに悪辣なトラップが多数存在する。そのせいで探索も進まず、いまだに謎に包まれている。
大まかだが、このように区分されている。
これが今現在のダンジョンの把握されている構造だ。
俺たちはシルの案内の元、先に進みながら襲い来る魔獣を退治する。
「今の所、昨日の一斉に襲ってきたことは兎も角として、此方達の脅威になるような魔獣はいないわね」
「あぁ。だけど、確かに下に行くに連れて確実に強くなっていっている」
キキョウの言う通り、今の所命の危機を感じるほど手強い魔獣とは出会っていない。だが、実際に1階層と2階層を比べると明確に現れる魔獣の差というものを感じた。
牙の持つ魔獣はより、鋭い牙を。
動きの速い魔獣は、より素早い動きを。
その他差異があれど、必ず上の階層よりも強い。
「確かにそうですよね……。ぼっち、魔獣を生きたまま足を止めることはできませんか?」
「え? 別に良いけども、【蠢く大河】」
こちらに接近する魔獣をキキョウが、魔法により大地を凍らせる。それにより魔獣が足を滑らした所で更に氷によって四肢を封じる。
<グ、グ、グ>
「やっぱりこの魔獣、上にいたのとおんなじ種です。でも、上のよりも確実に牙が伸びています。体躯も、大きくなっています。額にある魔石も、ちょっとだけ大きい」
氷に囚われた魔獣の額を、アイリスはマジマジと観察する。
その時、魔獣は自らの脚を厭わず、ぶちぶちと力任せに突撃し、アイリスのことを噛みつこうとした。
「えっ!?」
<ガゥッ!>
幸いジャママがすぐに噛みつこうとした魔獣を噛み伏せ、コロコロと"不純なき魔石"だけになった。
「大丈夫か!? アイリス!」
「は、はい。ジャママ、ありがとうございました」
<ガウンッ!>
ふんす、と鼻息荒く誇らしげにするジャママをアイリスが撫でる。
「しかし、まさか脚を引きちぎるだなんてな」
「自傷すら厭わないとは、なんという執念。何があの魔獣を駆り立てるのか」
エドアルドが疑問を呈する。
確かに魔獣からは何が何でも噛み付くという意思を感じた。
「気にはなるが……あまりそればかりに気を取られる訳にはいかないか。それにしても、シルの言葉通りなら、階層の下へ行けば行くほど強くなる。何とも変な話だ」
思わず、ひとりごちる。
その言葉を聞いていたのか、アイリスが大きく頷いた。
「確かにその通りです。生物とは多様性。弱い生き物も強い生き物も、関係ないように見えてそれぞれが支えあって自然というものは形成されています。……でも、此処は下に行けば必ず全ての生物が上の生物よりも強いなんて」
<グルゥゥ>
ジャママが唸る。
彼もまた、アイリスへの思いから急成長したのだが、そんな彼から見ても此処に住む魔獣は異質に見えるのだろう。警戒するように鼻と耳を動かす。
「でも、修行にはもってこいだよ! 深く行けば行くほど強くなれる!」
「またこの子は……アヤメ達から聞いたけど"黒瑪瑙蛇"相手に手痛い反撃を受けたんでしょう? 己の力を過信し過ぎよ」
「あぅ、こなちゃんが厳しい……」
「こなちゃん呼びはやめなさい」
無邪気にはしゃぐフィアだが、キキョウに指摘されしょんぼりとする。
無論、弱いからこそ天敵のいない上層を住処とする事自体には、何の違和感もない。
魔獣とて、生き物。
生き抜く上で過酷な所へ居続けるのは厳しい。もっと繁栄できる場所、この場合上層を目指すのも理解出来る。
そうなると問題は、何故強い魔獣が下層に拘るのか、だが。
「しかし、イフィゲニア殿の言葉もまた強ち間違いではないかと。事実、新たな技能を得、より強くなるためにこの街に訪れる者も少なからずいるとのこと」
「ほら! やっくんも言ってるよ! あたしの言うことは間違いじゃないって!」
「一部、です。あまり楽観視するのはよろしくないかと。実際、大怪我を負った人も多数確認されています。死者も出た事があります」
「死者? 妙だな、この街でダンジョンに入っていく人間での死者はいないと聞いたが」
俺は冒険者ギルドで得た情報との齟齬に、首を傾げた。
「あまり聞いていて気持ちの良い話ではありませんが」とエドアルドがちらりとシルを見た。
「大丈夫だよ、おれに気を使わなくて。それはこの灯都じゃ常識だから」
「……左様ですか。では」
エドアルドは前置きして語り出す。
「ダンジョンに潜る際、死人は出ております。しかしながら、その死者というのは全て獣人なのです」
「獣人? それってシルさんみたいな人のことですか?」
「左様です。不思議なことに、普通の人であれば怪我こそあれども命に関わることはありません。しかし、獣人のみは死んでしまう。だからこの街で、獣人とダンジョンに行くと不幸が起きると噂され、敬遠されているようなのです」
「なんですか、それは! 噂程度で差別するだなんて酷いです!」
話を聞いたアイリスが憤慨する。
だが、当事者であるシル自身がそれを否定する。
「実際に、獣人のみが亡くなっているんだ。ならば、この話自体は事実だと周囲の人々が思うのも無理はないことだよ」
「シルさん、そんな」
「大丈夫。もう諦めたから。……だから、そっちのにいちゃんが庇ってくれた時は嬉しかったよ」
シルの顔には諦観の表情が浮かんでいたが、それでも笑みを浮かべていた。
あの時、デイフットが言っていたのはこうことだったのか。
俺はこの灯都を取り巻く環境の歪さに、不快感を抱いた。だが、同時にそうなってしまっていることにも納得がいってしまう。
「気分が良い事なはずがないが、現に事が起こっているのならば他の人がそれを信じるのは仕方のない事なのだろう。人は、自分にとって都合の良い事実を信じたがるからね、良くも悪くも。……問題は、何故獣人のみがってことだけども」
獣人は得てして、人よりも身体能力が高い。
ランドルフだって、あのヨゼフ・ドクトゥルによって造られた歪められた命、"合成獣"に囲まれ、襲撃された際にも食い下がった。
ダンジョンは、力がものをいう世界。
なら、その中で力がある獣人のみが死ぬだなんてあり得るのか?
なんだか、もやもやする。違和感を感じて仕方ない。
「考えても答えは出ない。だが死者が出てるのは間違いないのだから、注意していこう」
死者が獣人のみだから自分達は大丈夫だと慢心するつもりはない。
俺の言葉に、皆思う所があったのだろう。先程よりも真面目な顔で頷いた。
◇
"蔓延りの間"と呼ばれていたが、俺たちの進みを止められる程の魔獣はいなかった。俺たちは順調に先に進み、そして3階層へと向かった。
そこに足を踏み入れた俺は、漂って来る熱気に思わず足を止めた。
「これは……暑いな」
直射日光がある訳じゃない。
ただ、階層全体が熱い。地面から、熱された鉄板みたいな熱さが襲って来る。これは、転んで皮膚などが触れてもまずいかもしれない。
「1階層、2階層までは単に魔獣が強くなっただけだけれども、此処からは環境も変わってくる。だから"気象の間"って言われているんだ。今日は、灼期みたいだ」
シル曰く雨期、灼期、風期、霧期……色々とあるらしいが色んな周期があり、この3階層の特徴らしい。
「あ〜づ〜い〜……。中に入って涼しくなったと思ったのに何でまた暑くなるの……っ!」
<ガウゥゥ……ッ!>
キキョウが文句を言う。ジャママも辟易したように唸った。
元々暑さに弱い二人が何かしら言うのはわかっていたが、俺はもう一人心配な人がいた。
「エドアルド、君は大丈夫か?」
「……この程度であればすぐ根を上げるほど柔ではありません。『灼熱』と比べれば遥かにマシです。ですが……短期間ならば兎も角、これが続くとなれば厳しいかもしれません」
全身を鎧に身を包んでいるエドアルドは特に環境に影響を受けやすい。
特に暑さはだめだ。これではすぐに鎧に熱が籠り、彼の身を蝕んでしまう。
「一度退くか? シルが言った通り時期によって変わるのならば、別の時に来た方が良いだろう」
「いえ、戦いとは常に自らが有利な土俵では戦えぬモノ。しからば、多少不利であろうと戦える心構えを身につけるべきかと」
「うっそでしょ!? いくの!? この暑さの中を!?」
信じられないとばかりにキキョウは目を見開く。
対してエドアルドは冷静に理由を述べた。
「この先常に万全な状態、環境で戦えるとは限りません。であるならば自らが不利な状態であろうと冷静な判断が出来るように経験を積むのは悪いことではございません。特にキキョウ殿とイフィゲニア殿。貴方方は己の力を、過信しています。無論、それに相応しい力を備えているのは事実ですが、だからこそ──」
「堅物! 頭までカチコチじゃない!」
「やっくんは、最初からこんなのだよ。諦めようよ、こなちゃん」
キキョウがエドアルドの言葉を遮りながら非難する。フィアに至っては、諦めの境地だ。
まぁ、エドアルドの言うことも一理ない訳ではない。
「大丈夫さ、俺達は仲間だ。カバーだってするさ」
「アヤメェ……うぅ、でも暑いのはいやぁ……」
よっぽど嫌なのか、キキョウはしょぼくれた顔で弱々しく否定する。よほど嫌なのか、嫌がる様はいつもより幼く見える。
「やれやれ、この程度で根をあげるだなんて。普段は何も言ってなくても自信満々なのに、強がりだったんですか?」
「は? 何よ、このくらい余裕よ! 早く来なさい、置いていくわよ!」
アイリスの言葉に、キキョウはかちんときたらしい。
そのままずんずんと先へと進む。どうやら、行く気にはなったようだ。
「アイリス、きみわざと揶揄っただろ?」
「ふふっ、なんのことでしょうか?」
さらりとすまし顔でとぼけるアイリスに苦笑いを浮かべる。この娘も、中々良い性格しているな。
「何してるのよ! はやく先に行くわよ!」
「あぁ、そうだね」
行く気にはなったが、熱さが苦手であろうキキョウをフォローすべく俺は駆け出した。
「……二日で、ここまで来れた。このパーティなら、もしかして……」
背後で誰にも聞こえないほどの小さな声でシルが呟いた。




