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疾風の爪

 北東にあるオーロ村の木材で造られた関所。

 そこに居るラティオは周囲を警戒しつつも今日何度目になるか分からない溜息を吐いた。


「はぁ〜……」

「おう、何を落ち込んでいるんだラティ坊」

「ラティオだ。いつまでも坊主扱いするな」


 いつものように自分を揶揄う中年の兵士にラティオはぶっきらぼうに言葉を返す。そしてまた溜息を吐いた。

 中年の兵士はやれやれと、酒をくびりと飲み口を開く。


「ま、そんなに落ち込むなよ。相手はあの『森の大狼』だったんだろ? ひよっ子のお前が気絶したって仕方ねぇよ」

 ラティオが落ち込む原因はあの金白狼、それも子ども相手に気絶してしまったからであった。元々非番だったのだが、何処からかアヤメ達が村の外に出ると聞きつけたラティオが無理矢理着いてきたのだ。

 あの後、アヤメに背負われたラティオを中年の兵士が見て驚き、理由を聞いたがアヤメは彼の名誉(プライバシー)を守る為黙秘した。が、そのあと詰所で目覚めたラティオがついポロリと言ってしまい村の兵士全員に知られてしまったのだ。

 その事を今でもラティオは悔やんでいる。今もからかわれているのだから。その為苛立ちからか素っ気ない態度を取ってしまう。

「うるさい。僕はこの村を守る為に兵士になったんだ。【神託】で職業が兵士だと分かった時から、ずっと努力してきたんだ。そして16になって成人して、それなのに一匹の魔獣、それも子ども相手に気絶するなんて……」

「相手が悪かったと思うけどなぁ」

「そういう問題じゃないんだよ……」

 項垂れているラティオの様子に他の兵士も集まり出す。

「ん、なんだなんだ。まだラティオの奴落ち込んでるのか?」

「あぁ、ったくラティ坊は真面目すぎるよな」

「全くだ、俺なんて毎日酒を飲んでるぜ」

「門番っつってもたまに来る小さな魔獣追い返すくらいだしな。あの狼の時は相手がデカすぎるっつー判断で防御だけ固めて国からの援軍を待つって感じだったし、それももう解決したしな」

「おまけにこんな村だ。滅多に観光人も旅人も商人も来るこたぁねぇ。おかげで暇で仕方ないから詰所でポーカーばっかしてるわ」

「俺も寝てばっかだ。ま、こんな辺境の村襲う奴なんていないからな。魔王軍との戦いの前線では多くの死者が出てるらしいぜ。それに比べて気楽なもんだ」

「違いない」


 他の兵士はがははと笑う。

 明らかにやる気のない兵士達、ラティオはそれを聞いて情けなさやら不甲斐なさやらでより一層落ち込む。

 村とはいえ魔獣が襲ってくる可能性があるのにこの体たらく。狼の時も防御を固めるだけでそれ以上は何もしない。

 緊張感も兵士としての誇りも何もない。本当に情け無い。


「……ん? あれはブラストじゃないか。アイツあんな所で何してるんだ?」

「本当だ。おーい。ブラスト。そんな所でなに……を…………」


 遠くで仲間を見つけた兵士が呼びかけるも何やら様子がおかしい。一人が近付こうとして絶句する。

 ブラストと呼ばれた兵士は血だらけで、倒れた。


「おい!? しっかりしろブラスト!?」

「何があった!?」

「ま……ぐ………………んが……」

「何だ? わからねぇよ」

「あ……あぁ……!」

「なんだラティ坊! 何処を見て」



「にゃぴ、にゃぴ、にゃぴ。人がわんさか、向こうからやって来たのね」


 いつのまにかそこに一人の直立不動の猫のような生物が立っていた。

 手には鋭く長い爪が生え、滴る血がそれで兵士を切り裂いたことを如実に物語る。カチカチと全員の歯が鳴らす。

 ーーこいつはやばいと。


「さぁさぁ、血祭りにしてあげるのねん。魔族の恐ろしさとくと味わうのねん」

「敵襲ぅぅぅぅ!!!」


 叫び、村に警鐘を鳴らす。

 兵士達はすぐさま魔族を取り囲んだ。


「ま、魔族がこんな所に何の用だ!」

「わちしの名前はオニュクスって言うのねん。何の用って、決まっているのねん。人間どもを血祭りに、切り刻むためにわちし達(・・・・)はきたのね」

「何故この村なんかに……ここには魔族が狙うようなものなんか何もないぞ!」

「だからこそ、なのねん。戦とは程遠い平和を享受する村。それを壊すのが楽しくて楽しくて仕方ないのねん」

「くっ! 全員かかれぇ!」


 一斉に槍を突き出す兵士達。

 だが次の瞬間穂先(ほさき)が全てオニュクスに到達する前に落ちた。


「ば、ばかなっ」

「にゃぴ、こんななまくら、わちしの爪以下なのね。さぁ、次はお前らなのね【微塵(みじん)切り】」

「ぎゃあぁぁぁ!!」


 風が吹いたと思った瞬間。

 一瞬で兵士達が切り裂かれる。


「いてぇ、いてぇよぉ……!」

「い、いぎ……」

「あぁぁぁ! 良い! 良い悲鳴なのね! か・い・か・ん♡ やっぱり弱者をいたぶるのは気持ちが良いのねん! 態々こんな辺境な村に来たかいがあったのねん!」


 オニュクスは幸福絶頂と言わんばかりに身体をくねらせる。誰一人として死んでないのは彼がワザとそうしたからだ。加虐主義とも言える、残酷な彼の性質は他の兵士達に恐怖を抱かせた。


「ひぃぃ! もう駄目だ!」

「魔族なんて敵うわけがねぇ!」

「逃げろ! 逃げろぉ!」


 士気は瓦解し、我先にと村の方へ兵士達が逃げ出す。そんな中ラティオだけが反対に、オニュクスの方向へ歩き出した。


「おい! 何をしてるラティ坊! 逃げるぞ!」

「いやだ」

「はぁっ!?」

「僕はこの村を守る兵士だ。兵士が逃げたら、誰が村人を守るんだ!」

「馬鹿野郎! 少しは力の差を考えろ! 死ぬぞ!」


 中年兵士の制止も聞かずオニュクスの元へとラティオは歩く。


「ん? 何、少しは骨のありそうなのがいるのねん」


 紫色の瞳がラティオを捉える。

 そのせいで震える身体をラティオは叱咤した。


 本当はラティオとて怖い。逃げて良いのなら他の兵士と同じ背中を見せて逃げ出しただろう。

 しかしそれはダメだ。

 自分は兵士だ。

 弱い人を守る為に授った職業(ジョブ)なのだ。

 16で成人となりやっと就けたのだ。

 だから逃げる訳にはいかない。


(それに……)


 ラティオの脳裏に浮かぶのは仮面の男(アヤメ)

 あの不審な男はこの村の人間じゃないのに、あの恐ろしい魔獣に立ち向かった。

 だったら村の危機に自分が立ち向かわなくてどうする? 


「僕は……この村を守りたいんだ!」


 ラティオは槍を握りしめ、制止の声にも耳を貸さず突撃した。


「うおぉぉおぉ!! 【刺突】」

「ニャピピッ、弱いのねん」

「ぐはっ!」


 突き出す槍をオニュクスは容易く爪で止め、逆の爪で肩を切り裂かる。

 焼けるほど熱い痛み。ラティオは泣きそうになりながらも立ち上がる。


「村に……手出しは……させない……!」

「にゃぴ、アンタみたい人間好きなのね。不屈の精神で決して諦めない、そういった輩を何度も、何度も地べたを這いずり立ち上がるたびに切り傷を増やしていく。そしていずれは心が折れるのを見るのがわちしは大大だ〜い好きなのね! さぁ! さぁさぁ! もっと足掻いてみせるのねん!」

「うわぁぁぁ!!」


 オニュクスに向かって突進する。またも、躱され足を切り裂かれる。

 それでもラティオは諦めず勇猛果敢に攻めていく。だが悲しきかなラティオの攻撃はオニュクスには当たらない。攻撃のたびに傷が増えていく。


「がはぁ!」

「にゃぴぴ……もう立つのもままならないのねん。所詮、お前ら人間は弱者なのね。わちし達魔族のオモチャとなって壊れるまでいたぶられるのがお似合いねん」

「違う……! 僕たち皆一生懸命生きているんだ。お前ら魔族なんかのオモチャなんかじゃない!」

「ふ〜ん、ま、良いねん。その気概も足でも切断すれば折れるのねん。さぁ、貴方の悲鳴を聞かせーー」

「「「うおぉぉおぉ!!」」」


 突然ラティオの背後から勇ましい咆哮が聞こえた。

 見れば逃げたはずの兵士達がラティオの姿を見て戻って来ていた。


「やってやる! この村はおれが守る!」

「あの坊主が戦ってるのに大人の俺らが逃げてたまるか!」

「妻と娘を傷つけさせやしねぇ!」

「魔族の好きにさせねぇ!」


 普段は飲んだくれの兵士達が、一斉に奮起し、目の前の敵に立ち向かう。

 これまでの姿からは想像もつかない、村を守る為に戦おうとしている。その姿に目が熱くなる。

 しかし


「無駄なあがき、ご苦労なのねん【旋風刻(せんぷうきざ)み】」


 圧倒的な速さの旋風に全員が切り裂かれる。決意も無駄に、力という暴力で踏み躙られた。


「が、がは……」

「う……ぐ……」

「雑魚が群れようと雑魚は雑魚。大魚にはなれないのねん。それにアンタたちの狙いは分かっているのね。村人が逃げるまでの時間稼ぎでしょ? けど、アンタたちが時間を稼いだ所で意味ないのねん。村の背後にはわちしの同胞が回り込んでいる頃なのねん」

「なっ……!」


 その言葉にカッと全員が目を見開いた。

 オニュクスはニヤニヤと意地悪く笑っている。


「そんなこと……嘘だ!」

「嘘じゃないのねん、今頃逃げ込んだ人間どもを血祭りにあげているのねんけどなぁ。……そう考えたらわちしも早く参加したくなってきたのねん。大丈夫、貴方たちもすぐに会えるのねん。でもその前に、刻んで、切り裂いて、みじんであげる。さぁ、悲鳴を聞かせてほしいのねん」


 兵士達の心に広がる絶望……。

 余りにも圧倒的な人と魔族の差を痛烈に感じた。

 人では魔族には敵わないという事実。

 両者に広がる実力の差。


 そんな現実の前に、ラティオは心が折れそうになる。涙を流しながら弱音を吐く。


「やっぱり……僕たちじゃ魔族に勝てないんだ。僕たちのやっていることなんか」

「ーー無駄なんかじゃない」


 暗くなる心にその声は何よりも強くはっきりと響いた。


「君達の稼いだ時間(・・)は、たしかに村人たちを救った(・・・)。だから胸を張れ。誇るんだ、己のことを」


 一人の男が村の方から歩いてくる。その歩みは力強く、そして何よりも決意に満ちていた。

 そしてそんな男に寄り添うようにいる一人の少女。


「君達は自分達の仕事を全うした。なら、あとは俺に任せろ」


 ラティオの前に立ち塞がるその背中は何よりも大きく見えた。


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