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サービス回と不穏な影


「まさか本当に討伐するとは……」


 開口一番ファッブロはあんぐりと口を開けて目の前に横たわる金白狼を見ていた。

 あの後俺は討伐した金白狼を見せるため寝ていたファッブロを叩き起こして、裏手にある解体場に案内した。ファッブロは文句言ってたが放置する訳にもいかないから許して欲しい。

 そしてその際の一言がこれだ。


「いや、頼んでおいてそれはないだろう? 」

「確かに兄ちゃんの腕ならもしかしてとは思ったさ。だがこうも容易く討伐するとは……」

「容易くは無かったさ。もしこの個体が万全の状態なら今の俺の武器じゃちょっと厳しかった。倒せたのは隙をつけたのと、既にこの個体が弱っていたおかげだ」

「……確かに色んなところに傷があるな。首の傷は兄ちゃんの剣だと分かるがそれ以外のこれは剣じゃなくて、鉤爪(・・)のようなものの傷痕だ」

 そっと毛皮に触れるファッブロは一体何で傷ついていたかわかるようだった。

「流石に何の魔獣によって傷つけられたかは知らんが、まぁ大方縄張り争いか何かがあったのだろう」

「俺もそう思うよ。それとその狼だが、実は子どもがいたんだ。今はアイリスちゃんが一緒にいてどうも飼うって聞かなくてね……」

「何? 危険性はないのか?」

「今は子どもだからね。人の幼子ならキケンだが、大人なら殺されることはないだろう」

「そうかもしれんが……」

「それにもしジャママが人を襲うように成長したら……俺が殺す」


 そこだけは譲れない。

 もし仮に見逃して逃げ出したあの狼が人を襲うようになれば無関係の人が傷つく事になる。

 同じ惨劇を繰り返す気はないから。


「ま、そこまで言うなら俺はもう何も言わねぇよ。そもそも魔獣を討伐した後の権利はお前さんにあるしな」

「信じてくれるのか?」

「男が自らのケツをぬぐうって語ってんだ。なら余計な事を言うのはヤボってものよ」

「すまない、感謝するよ」

「気にすんな。それでコイツだがどうする? なんなら、防具も作ってやるぞ?」

「それは有難い。けど、遠慮するよ。ジャママの親の素材で作った防具を俺が着ていたらきっとジャママは親の事を思い出してつらい思いをすると思うから」

「あぁ、そうだな。そうかもしれない。こっちも少しばかり無神経なこと言っちまったな。すまねぇ、兄ちゃん」

「こっちこそ、折角の好意をすまない」

「良いってことよ。なら明日にでも村長に話して金にでも変えておこう」

「良いのか? 元々ファッブロの店を滅茶苦茶にしてしまった詫びのつもりだったんだが」

「この魔獣には村全体が悩まされていた。なら兄ちゃんは俺たちの村の恩人さ。金だって出るだろう。最もあんまりこの村にはないんだけどな……」

「そんな大金を求める気もないよ。それじゃ俺は一旦宿に戻るよ。もしもはないと思うけどアイリスちゃんも心配だ」

「へーへー、本当にお(にい)ちゃんだな」

「ははっ、揶揄(からか)わないでくれ。それじゃまた明日」


 それだけ行って俺はファッブロと別れた。

 この村唯一の宿に戻ると朝用の料理を仕込んでいた女将さんが挨拶してくれる。


「お帰り、あんたの連れなら二階の奥の部屋だよ」

「あぁ、ありがとう女将さん」


 女将さんに言われ上がっていくと廊下の奥からドタドタと何やら走る音が聞こえてきた。

「待って〜! 待つです!」

「あぁ、アイリスちゃ……いっ!?」


 とてとてと走ってくるアイリスちゃん。

 一糸纏わぬ姿から見える肌は瑞々しく、張りがある。

 少し濡れた髪は年不相応な色気と艶があった。



 そんなアイリスちゃんは全裸。そう全裸なのだ。


「捕まえたです! もー、勝手に逃げ出して!」

<キャゥンッキャゥンッ>

「いやがっちゃ駄目です。ジャママは汚れていますから綺麗にしなきゃいけないのです。エルフ秘伝の樹脂石鹸! これを使えばお肌ツルツル、髪の毛しっとりになるのです! ……あれ、アヤメさん?」


 アイリスちゃんがこちらに気付く。

 まずい。一度だけメイちゃんの裸を見たことあるがその時は叫ばれ、部屋に閉じこもってしまった。その後、罰として顎に一撃食らわされて朝まで気絶していた。ユウが介抱してくれなかったら俺は情けない姿を路地に晒していただろう。

 女子にとって裸を見られるというのはそれだけ嫌ということなのだ。

 案の定、アイリスちゃんもそのままとことこと(・・・・・)近寄って(・・・・)……いや、待て!?


「おかえりなさい、アヤメさん。どうでしたか?」

「いや、待ってなんでそんなに冷静なの!?」

「何がですか?」

「だって、アイリスちゃんは、ははは裸じゃないか」

「あぁ、その事ですか。ふふふ、アヤメさんは初心ですね。わたしはアヤメさんになら見られても良いですよ。何故ならからだはぱぁふぇくと! 何処も恥じる要素などないのです! びゅぅてぃふる!」


 ドヤァと薄い胸を張るアイリスちゃん。その身体は確かに線が細く肌もきめ細かい。金髪も相俟って西洋人形のようだ。

 だがその姿は大人の魅力とは程遠く、身体は凹凸がなく、お腹もイカ腹と呼ばれる幼児腹だ。


「確かに君の容姿は可愛いかもしれないっ。誇れるだろう。けどだからといってそのままの姿でいるのは些か以上に不味いから! 世間的にも俺が犯罪者になっちゃうから」

「えぇ〜……、あ、ならアヤメさんも一緒に水浴びを」

「入らないから!」


 グイグイとアイリスちゃんの背中を押して部屋に入れた後バタンと扉を閉める。そのままずるずるとドアを背に座り込んだ。

 そのまま俺は片手で仮面のない方の頭を覆う。


「もしかしてエルフって貞操観念が低いのか……? いや、貞淑さが何より求められるって聞いた事も……ならアイリスちゃんのあれは一体……まさかそんな性癖という訳じゃ、いやしかし」


 真面目にアイリスちゃんの情操教育を考える俺だった。






 あの後「もう入って良いですよ」という言葉に若干警戒しながら入った俺だが、アイリスちゃんはキチンと寝る為の洋服に着替えていてホッとした。 


「ふわぁぁ、やわらか〜い」

<カゥゥ>


 暫くしてアイリスちゃんは恍惚とした表情で乾いたジャママの毛並みを堪能していた。

 満更でもないのかジャママも気持ちよさそうに目を細めている。


「むふふ、もふもふです。もっふもふのもっふもふ〜

「そんなにか?」


 何度も顔を埋めたり、撫で回し恍惚とした表情を浮かべるアイリスちゃんに好奇心をくすぐられ、思わず手を伸ばし触れようとする。

<ガァゥッ!>

 だが、ジャママは俺の手を自らの手で弾いた。おまけに野生全開で睨まれる。


「やれやれ、つれないよ」

「しょうがないのです。アヤメさんはジャママの親の直接的な仇ですから。……この子も言われた事自体は納得はしているのです。でも、言い方が悪いです」

「事実は事実だからね。俺はもう嘘をついたりする気はないから」


 嘘ばかりをついてきたんだ。だからもう嘘はつきたくない。

 少しばかり自嘲気味に笑う。


 アイリスちゃんは、そんな俺の様子をじっと見つめた後立ち上がる。


「しょうがないのです。ジャママは毛並みを触らせるのが嫌だと言うので代わりにわたしの髪を触らせてあげます」

「え、待って話の飛躍についていけないんだけど」

「安心してください。わたしの髪は高級な天蚕糸(てぐすいと)に勝るとも劣らないと自負しています」

「そこは絹糸とかじゃないんだ。というか、天蚕(てぐす)ってなんだい?」

(かいこ)の親戚です」


 いや、蚕も知らないんだけど。

 アイリスちゃんはジャママを抱えたまま、無理矢理俺の膝に座る。そして「んっ」という声とともに後頭部をぐいっと近付けてきた。

 これ以上拒否するのは失礼かと、髪に触る。サラサラとした感触だ。その感触に昔一度だけ撫でたことがあるのを思い出した。ふと俺はアイリスちゃんの髪がまだ湿っているのに気がついた。


「アイリスちゃん、少し髪の毛がまだ濡れているよ」

「そうですか? ジャママを乾かすのに夢中でちょっとおざなりだったかもしれません。でも、そのうち乾くのです」

「ダメだよ、折角綺麗な髪をしているんだから大切にしないと。何か、髪を梳く道具はあるかい?」

「それなら小道具入れに入っているのです」


 アイリスちゃんがポーチを渡す。

 そのまま中にあったタオルで水気を取りつつ、手で軽く解し、櫛で梳いていく。アイリスちゃんは気持ちよさそうに左右に軽く揺れる。


「アヤメさんうまいです。母様以外に梳いて貰った事はないですが、それに負けず劣らずです」

「はは、どうもありがとう。幼い頃からメイちゃんの髪(・・・・・・・)をよく解した経験があるからね。この手のことには手慣れているんだ」

「メイちゃん……?」

「あ」


 やばい。地雷を踏んだかも。顔は見えないが、圧を感じる。

 ダラダラと冷や汗が出る。


「なんですか、なんですか! わたしという女がいるにも関わらずいつまでも過去の女ばっかり! こうなったらわたしの髪で上書きします、あっぷぐれぇどです!」

「いたたたたっ! 頭を顎に押し付けないでくれ! って痛い! ジャママも噛まないでくれよ!」

<ガァゥッ!>


 アイリスちゃんは「ほらほらわたしの髪をよーく覚えてください」と頭を押し付けて来る。

 飼い主(アイリスちゃん)に同調したのかジャママも俺の頭を齧ってくる。

 痛い痛いっ、頭を噛むな、禿げるだろう!

 あっ、なんか良い匂いする。って、痛ぁっ!?


 その後騒ぐ俺たちは、うるさいって隣の部屋から怒られた。女将さんにも注意され誠心誠意謝罪した。

 いや、救世主目指してるのに人に迷惑かけてばっかりだな俺……。






 その日の夜。


 今だに人々が眠りにつき、静かなオーロ村。

 そこに何か(・・)が小高い丘からオーロ村を見下ろしていた。


「にゃぴにゃぴ、見つけた見つけた見つけたのねん。人がわんさか、戦場を知らない長閑(のどか)な村なのね。態々街を避けた甲斐があったのね」


 顔は猫に似、尾は縞々で長く、人にはない特有の紫の瞳(・・・・・・)を持つ人ならざる者。

 それを表す言葉は一つ、魔族であった。


 彼は吟味するように舌で唇をなめとる。

 背後には彼と同じく紫の瞳を持つ魔族と異形の生命体……魔物が沢山いた。


「ハヤクコロシマショウ!」

「ソウダソウダ!」

「グルラァラァ」

「待つのねん、落ちつくのねん。今攻めても夜じゃよく絶望した顔が見えないのねん。完全な朝まで待って、人達がいつもの日常を謳歌しようとした時に全て壊すのがもっと気持ち良いのねん」


 はやる彼らを宥めながらも、語っている彼自身も興奮したように何度も爪を研ぎ澄ます。


あの変な金の犬(・・・・・・・)をいじめるのにも飽きてたし、久々にこのオニュクス様が愚かな人間たちに血と絶望を与えてやるのねん」


 ジャキンと伸びた魔族……オニュクスの爪は鉤爪の形をしていた。


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