改名
まさかのハイファンタジーで日刊2位!(5/6時点)
これも皆様のお陰です。ありがとうございます。このまま日刊1位を目指し、更新していきます。
「よし、これでもう大丈夫かな」
ぐっぐっ、と何度もストレッチを行う。コキコキと固くなった関節から音が鳴り、身体が解される。
あれから心機一転、他の村に向かおうとした俺だが、少し歩くだけで傷口が疼き痛くなったので元の洞窟にとんぼ返りした。
その後アイリスちゃんが『聖女』の力で癒してくれたり、ご飯を用意してくれたりしてくれた。「身体もわたしが洗ってあげます!」と布を用意して鼻息を荒くしていたけど、それは流石に拒否した。だって……ねぇ?
そんなこんなで大事を取って安静にしていたら、もう三日は経っていた。
今ではこの洞窟の天井もすっかり見慣れたものだ。
「フォイルさん、もう動いて大丈夫なんですか?」
洞窟の入り口から、きのみと蓮の葉に蜜を汲んだアイリスちゃんがやってくる。
「あぁ、だいぶ良くなったよ。これなら初日みたいにいきなり傷口が開くみたいなことはないと思う」
「あの時はびっくりしました……もしわたしが治さなきゃ死んでいましたよ」
「あはは、ごめんね」
「全く……ふふ、きのみを取ってきたので食べましょう」
ここ数日はアイリスちゃんが外から取ってきてくれたきのみや魚を食べていた。時にはキノコも取ってきた。アイリスちゃんは森に住むエルフなので、そういった果実や毒の有無については詳しいらしい。
取ってくれた食べ物はどれもこれも栄養満点で、俺は順調に体力を回復することができた。本当にアイリスちゃんには感謝しかない。
魚が焼けるのを待つまでの間話していると、一つの話に俺は首を傾げた。
「名前?」
「はいなのです。フォイルさんの名をそのまま使うのは、可能性は低いとはいえ正体がバレる恐れがあります。そうでなくとも、もし変なイチャモンをつけられたら面倒なのです」
確かにアイリスちゃんの言うことにも一理ある。
手配書に髪色と名前まで一致した人物がいたら、人は何かしら疑問を抱くだろう。それが有名人ならなおさらだ。
『偽りの勇者』フォイルは死んだのだ。ならばその名は使わない方が良いだろう。
……勿論、思う所がない訳ではない。親から貰った名だ。出来るなら大事にしたい。しかし背に腹はかえられないだろう。俺のワガママでユウ達に、そしてアイリスちゃんに迷惑をかけられない。
「確かにその通りだ。だけど、改めて名前を考えるとなるとすぐには思いつかないな……」
「はい、ですのでわたしの方で少し考えたのですがアヤメって言うのはどうでしょう? 」
「アヤメ?」
「はい。わたし達エルフの名は基本的に花にあやかってつけられています。わたしのアイリスもそうですし、母様と父様も金蓮花と射干といった花の名前です。花にはそれぞれ言葉があるのですが、アヤメは『希望』という意味なので、これから沢山の人を助けようとしているならピッタリなのです」
「なるほど、アヤメか……。うん、いいね。ぴったりだ。これから俺はアヤメと名乗ることにしよう」
別にフォイルの名を捨てる訳ではないが、恐らくもう名乗ることもないだろう。俺は新しい名であるアヤメを何度も何度も口にして覚える。
アヤメ……悪くない。
まぁ、『希望』を奪っていた俺がその意味を持つ名を持つというのは何というか皮肉な気もするけども、アイリスちゃんはきっと必死になって考えてくれたのだろう。その気持ちを無下にはしたくない。
「やった。やった。これでフォイルさんとわたしは親しい仲であると公言できたも同然です。他のエルフならその事に気付くかもしれませんが、エルフは引きこもり。だからこの事を知ってるのは私だけ。えへ、えへへ」
ーー因みに、アヤメは植物分類上アイリスと非常に近しい存在となっている。それ故に、他のエルフに対して自分と彼はこれだけ深い仲なのだと主張できるのだ。
仮に人間の女でアヤメと仲良くなる女性がいれば、さりげなくその事を伝えて牽制する気満々である。勿論アヤメには教えない。だって恥ずかしいから。
自分と近しい名前ということでアイリスは笑みを堪えきれなかった。
いつの時代も恋する乙女は計算深い。
「アイリスちゃん、何をボソボソと言っているんだい?」
「な、なんでもないのです!」
「そうか? ならいいけど……あとは顔かな。髪型はある程度変えられても顔が指名手配としてばら撒かれているだろうから、死んだとなっているとは言え気付く人がいないとは限らない。何処かでフード付きの服を買う必要が出てくるな」
「あ、任せるのです! こうなるだろうと思って沢山の木の仮面を夜なべして作ったのです!」
「えっ、そうなの? エルフってそんな事もするんだ……」
マフラーみたいな物かなと思っていると、アイリスちゃんはドバドバと背負ったリュックから中身を取り出す。
多い多い! 君は仮面屋さんか何かか!?
「先ずはこれです。これはもう会心の出来です。"芳香千年樹"と呼ばれるわたし達の間でも病気から身を守ってくれると言われている樹から作りました。実際何かぱわぁを感じませんか? 先進的なデザインもわたしが考えて作りました。どうでしょうか?」
アイリスちゃんが自信満々に仮面を手に取る。
一言で言うと、怖い。
仮面はまるで鳥の嘴のように尖っていて、黒い模様は見るものを不安にさせる。
俺はヒクつきそうになる顔を何とか抑えながら、やんわりと断る。
「い、いやぁ。それは俺には少し勿体無いと言うかなんというか……」
「そうですか……ならこれはどうですか? とある地方の儀式に使われるものを模倣してみた、椰子の実で作った魔除けのお面です!」
「悪魔召喚の儀式にでも使うものかい? 悪目立ちしちゃうよ」
「ならばこれ! はんにゃ!」
「寧ろ魔王軍の一員として討伐されそうだね」
「これはどうですか? 目元が完全にかくれてしまいますが、醸し出す騎士道精神は隠れきれません。例えるならばミスター・ブシドー!」
「何だか都度誰かの邪魔しそうだね」
「ならこれはどうでしょう? 私の里にあった”黒精樹”と呼ばれる精霊が宿るとも言われる木から作ったものです。名付けてラジュムの仮面です」
「すごく、呪われそう」
その後も色々な仮面を被ってはこれじゃないあれじゃないと試行錯誤を繰り返す。
しかしアイリスちゃんは幾つ仮面を作ったのやら。楽しそうだから良いけども。
「まぁ、これが一番無難かな」
何度か試した後、俺は一つの仮面で落ち着いた。
仮面は顔の右側を隠すくらいの大きさで簡素な花の模様が印された物だ。完全に隠すとそれはそれで怪しいが、これなら傷を負ったからといった理由で誤魔化せる。
そういえば、髪色は元の赤のままで良いのかな。とはいえ今すぐ染めるとかは出来ないのだけど。
「むぅ、でもそれじゃアヤメさんの凛々しい顔が殆ど見えないのです」
「いやいや、他の奴は奇抜だったり寧ろ目立っちゃうから。アイリスちゃんには悪いけど」
どうやらアイリスちゃん的には不満らしい。
というか、顔の露出度なら最初の仮面の方が全くないと思うのだけど。
それに余りに変な仮面だと直ぐに拘束される可能性が高い。これくらいが丁度良い。
後は髪色は無理だけど、髪型は変えておこう。大丈夫、髪を弄るのは慣れている。
「そうですか……あとは、ハイどうぞ。エルフ直伝の特製マントです。軽い切り傷なら防ぐ程度の強度がありますよ。これも私が夜なべして作りました」
「え、そっちがあるんなら仮面はいらなかったんじゃ……」
「…………」
「あぁ、ごめんよ! 別にこれがいらないってわけじゃないから! うれしいなぁ、大切にさせてもらうよ」
しゅんとするアイリスちゃんに罪悪感が湧き、慌てて喜ぶ。少し大げさに喜びながらマントを着る。
「ありがとうアイリスちゃん。どれもこれも嬉しいよ」
「いえ、そんなっ。わたしも作っていて楽しかったですから」
アイリスちゃんはそれを見て嬉しそうにした。何だかんだ言って、これら全てはアイリスちゃんが俺の為に用意してくれたのだ。
ならばお礼を言わないのは失礼だ。
「本当にありがとう」
「あ、あぅあぅ……」
顔を赤くして頭を抱え出すアイリスちゃんを見ながら俺は仕度を済ませる。
「さて、と。それじゃ心機一転、早速救世主としての旅に出るとしよう!」
「おー! なら任せてください。近くに村があってそこで食料や新聞を調達して来たのです。まずはそこを通って街に向かいましょう」
「そうだね。早速向かうとしよう」
アイリスちゃんの提案で俺は近くの村、オーロ村に向かうことにした。
ザッと洞窟の入り口に向かうと強い光が差し込んできた。空は晴れ模様、風も吹いて気持ち良い。
まるでそう、詩人じゃないけど祝福してくれてるみたいだ。
旅立ちには良い日だ。
これからは勇者の時に救えなかった人々を救う。たとえそれがどんなに困難な道であろうとも。
そんな気持ちを胸にして俺は洞窟の外へ踏み出した。
……と意気込んだ俺だが、オーロ村に入った際に早速拘束された。
初となる救世主としての第一歩、俺は不審人物として拘束所で拘束されることになったのだった。
フォイル改め此処からはアヤメになります。以下アヤメの解説(wikiより拝借)
アイリスはアヤメ科アヤメ属の属称らしい。花は両性で、1個または多数の花を総状につける。花被片は6個で、3個の外花被片と3個の内花被片の形が異なる。
因みにアヤメは日本、作中のアイリスはジャーマンアイリスを由来としており、ドイツに生えているらしいです。実はジャーマンアイリス、葉っぱがアヤメとはかなり異なります。
因みにアヤメが咲くのは五月から。今の時期ですね。




