水着。
まもなく訪れる夏休み。
嬉しいはずなのに、ちょっと来て欲しくない気もする。
『彼』に会えなくなるから。
恋じゃないと言いながら、間違った方向へ走る『私』。
軌道修正しようとする理性。
最後の砦のはずの理性も、ちょっとズレている?
救いの見えない1学期最終日。
――――7月中旬
終業式。
いつもの電車で学校へ向かう。
少し離れたところには『彼』。
いてくれるだけで安心する。
あの時、変な事しなくてよかった。
朝の見慣れた光景。
約1週間ぶりに見た『彼』。
やっぱりかっこいい。
『彼』のつま先から、頭の上までチラチラ見る。
補給完了。
なにを補給したの?
チラ見しないと死ぬの?
9月の始業式の朝どうなるの?
ガン見するの?
ていうか、9月まで体もつの?
『彼』も今日、終業式だけかな。
終業式の後、どこか遊びに行ったりするのかな。
家に帰るだけなのかな。
まさか、彼女とデートとか。
『彼』をチラッと見る。
うーん。
彼女いそうな気がするなあ。
普通にカッコイイしなあ。
いるかなあ。
いないかなあ。
もしいないなら私とかどうですか?
タイプじゃないですか?
ある程度までの御要望にお応えしますよ。
服装とか、髪型とか。
性格を変えるのは中々骨が折れますが。
努力しますよ。
こう見えて結構尽くすタイプですよ。
お嫌いですか?
個人的には悪い物件ではないと思いますよ。
いかがでしょう、お客様。
……。
朝から何言ってんだろ。
明日から夏休みか。
『彼』ともしばらく会えないのかあ。
いやだなあ。
私の癒しの時間なのに。
やっぱりこの前、隠し撮りしとくんだった。
まあ、しょうがないよ。
赤の他人なんだもん。
私に出来るのはコッソリ愛でるだけ。
9月の学校が始まるお楽しみが出来たってことにしよう。
そうだ。
明後日みんなと買い物だった。
楽しみだあ。
何買おうかなあ。
ミニ買おうかな。
夏だし。
『彼』をチラッ。
あの。
ミニスカートは好きですか?
ミニスカート嫌いな男子はいるの?
なんか男子が見てるアニメのキャラってミニ率高くない?
私が見たのがたまたまそうだったのかな。
男子の中では、萌え要素のひとつなのかな。
チラリズムとか。
わからん。
ああでも。
ギャルが嫌いな男子は結構いるよね。
んー。
よし。
念のため買っておこう。
念のためって何。
『彼』がミニ嫌いなら着なければいいだけ。
好きだった時の事を考えて動こう。
なんで話した事もない人のために服買うの。
あ、水着わ。
『彼』に問いかけるようにチラ見。
買っておいたほうがいいですか?
わかりました。
買います。
お金足りるかな。
可愛い水着がいいですか?
セクシーな方がいいですか?
セクシー好きと読んだ。
じゃあセクシーな方で。
待って待って。
例えばさ。
付き合って初めてのプールで、彼女がセクシーな水着で来たら。
それは男的にはどうなの。
嬉しいのかな。
逆に引きそうじゃない?
セクシーが好きなのに、セクシーで行ったら引くって、ずるくない?
じゃあ私にどうしろと。
君たち男子は、私たち女子にどうして欲しいのよ。
怒らないから言ってみ。
全裸で来いと。
それ私が捕まるだけじゃないの?
ただの痴女じゃないの?
痴女じゃないです。
ノーマルです。
ノーマルって。
ある程度までは合わせます。
何を?
さじ加減が難しいなあ。
なんで男って、好みと行動がチグハグなの。
君たち男子は、いったいどこを目指してるの。
そもそもなんで、水着買う事になってんの。
『彼』をチラッと見る。
お前か。
お前だったのか。
イケメンの『彼』に免じて、可愛い水着で手を打ちましょう。
それで文句ないわよね。
これで文句言うなら、もう知らん。
ていうか、『彼』とプールに行くわけじゃないんだから。
私の好きな水着買えばよくない?
そうだよ。
いつもどおり友達と選びながら。
好きなの買えばいいじゃん。
なんで『彼』の好みに合わそうとするのよ。
話した事もない他人だよ。
私が『彼』に合わせる意味がわからない。
むしろ『彼』が私に合わせるべきなんじゃないの?
『彼』に対して不満点があると?
『彼』のどこ改善して欲しいの?
顔?
いやいや、いきなりそこ?
どうやって顔改善するの。
整形。
整形して欲しいのか。
あの顔がいいです。
かっこいいです。
素直ね。
『彼』をチラリと見る。
いやでもさ。
最寄駅は一緒じゃん。
夏休み期間に偶然駅で出会って。
恋のロマンスが始まるかもしれないじゃん。
ロマンスって。
私、いつ生まれなのよ。
昭和生まれのお母さんとかが使う言葉じゃないの。
まあ確かに。
夏休みに出会って知り合いになる可能性が無いわけでは無い。
80%位でありそうな気がする。
どんな方程式に当てはめたら出てきたの、その確率。
この3か月半、毎朝会って。
話した事ないっていうのに。
『彼』の行動の法則がわからない夏休みに。
どうやって知り合いになるのよ。
それこそ限りなくゼロに近い確率でしょ。
1日中、駅で待ち伏せする。
それは偶然知り合うとは言わない。
待ち伏せしたとして、どうせ声かけるわけじゃないんだし。
結局無駄でしょ。
じゃあ、駅から出てくる『彼』を待ち伏せ。
夕方から夜くらいに、駅で待ち伏せ罠。
罠って言ってるし。
そして、家まで後をつける。
家を特定する。
お巡りさんこっちです。
なんで思考が変な方向にいっちゃうんだろ。
もっと常識的一般人の思考にしないと。
水着を買う。
これは常識的一般人だよね。
『彼』のために水着を買うことに疑問を持ちなさいよ。
どんな水着を買うか。
自分の好きな水着を買う。
これも常識的。
買った水着が『彼』の好みじゃなかったら?
それは困る。
では何か妥協点を探す必要がある。
私は自分が好きな水着が良いと言っている。
『彼』はセクシーな水着が良いと言っている。
言ったっけ?
『彼』の好みじゃない水着はダメ。
セクシー過ぎると『彼』が引く。
つまり。
セクシー寄りの可愛い水着。
どうですか?
折衷案としては悪くないのでわ。
保険かけてパレオ付きにしますよ。
だからなんで『彼』ありきで考えるの。
『彼』とプール行かないって言ってるじゃん。
いつまでやんのこれ。
もうすぐ『彼』の駅着くよ。
これはあれだよ。
念のためだよ。
念のため?
たぶん夏休みに友達とプール行くし。
この夏休みに私に彼氏が出来るかもしれないじゃん。
そのためだよ。
さっきの折衷案はなんだったの。
男子はセクシー過ぎたら引くんでしょ。
そのためにさっきの折衷案を使うんだよ。
だから『彼』は関係無いの。
よし。
考えがまとまってスッキリした。
『彼』をチラッと見る。
……。
……。
色どうしようかなあ。
まだやるの……。
高校1年。
一学期終了。
自分で考えていると思っている『私』。
気付いていない。
完全に『彼』に影響されていることに。
話した事もない『彼』に支配されていることに。
美少女にこんなに影響を与えるなんて。
イケメンは罪ですね。
次話『夏休み特別編』 第一部完結予定。