EP8 ダンジョンマスターのお仕事③
今明かされる転生者とダンジョンマスターの収入の仕組み。
世界設定の成分が多すぎて、主人公の話が出来ない。
「とは言え、先程の話は私の考えた目標。ちょうど休憩時間ですし、マスターの考える目標を確認させてください」
「僕も元社会人、to be(あるべき姿)とas is(現状)くらい考えています。この14日間、ただ遊んでいた訳じゃ無いんです」
アニメ配信サービスでアニメの一気見をしていた14日間。
OPとEDを見ている時間で考えた、レグニルスのto be(あるべき姿)とas is(現状)。
「まあ、as is(現状)は現実と違って数値化されているんで分かりやすいんですけどね。幸いにもぼっちで関係者いないですし、周辺環境も殆ど分からないですし」
レグニルスの社会人時代はよく問題意識を持て、と言われてきた。
そして問題とはto be(あるべき姿)とas is(現状)のギャップとも教わっている。
つまり、現状を把握出来ていないと、あるべき姿とのギャップが見えずに問題に気が付かない。
「そういった意味も含めて、今後の活動方針も考えてみました。ちょっとレビューというか、相談させてください」
「かまいませんよ。モンスター討伐やダンジョン防衛など直接的な手助けは禁じられていますが、助言などの間接的な手助けは推奨されていますから」
「三人寄れば文殊の知恵では無いですが、僕だけの知識では穴があるかもしれませんからね」
社会人時代から資料のレビューを行ってきたレグニルスとしては、今後の活動方針という重要事項のレビューを行いたいと思うのは必然だった。
最もドキュメント化していないので社会人時代に行っていたレビューというよりは、事前相談に近いのだが。
「収入面では借金完済、月収50万をダンジョン収入にしたい。後、生き返る費用1兆円貯めたいですね」
「ダンジョン収入は、ダンジョンが収集した魔力量に依存します。収集する魔力を増やすに単純に収集する範囲を広げるか、同じ収集範囲でも収集する量か質を増やす方法があります」
「後者の収集する量を増やす方法って、具体的にはどのような方法なんです? やっぱりダンジョン攻略者をダンジョン内で殺害するとか、ネット小説で流行っているダンジョン内に街を作って長期滞在させるとかですか?」
レグニルスはオタク趣味でネット小説を好んていた。
何しろ通勤時間に無料で楽しめる趣味なので、レグニルスにはよくあるダンジョン経営のノウハウは知っている。
しかし、そのノウハウがこの世界で有効だと決まった訳ではない。
だからこそ、この世界の知識を持っているコーチに相談をお願いしたのだ。
「ダンジョン攻略者の殺害は一時収入にはなりますが、定期収入にはなりません。また、ダンジョン内に街を作る案は有効ではありますが、住民は魔核を持った者でなくては意味が無いでしょう」
「魔核の無い人種が長期滞在しても収入にはならない?」
「収入にはなりません。まず、ダンジョン収入の仕組みを説明した方が良いでしょう。原則として、マスターの収入という事は、それは誰かの支出という事です」
「・・・なんだろう、ファンタジー世界なのに現実的な話が」
一応社会人という事で、経済学系の初心者入門本くらいは読んだ事のあるレグニルス。
特に仕事に活かされた事は無かったが、似たようなフレーズが印象に残っていた。
しかし、そのフレーズを剣と魔法のファンタジー世界でも耳にするとは思いもよらなかった。
彼はファンタジー世界という事で、心の中でキラキラしてゆるゆるでふわふわした世界を想定していたのだ。
「そもそもダンジョンマスターの役割は、魔力が枯渇しているマスターの元の世界に魔力を補給する事です」
「外貨を稼ぐ出稼ぎ労働者、又は原油を採掘して自国に輸送する企業って所ですね」
「イメージ的には温室効果ガス排出権取引に近いですかね?」
温室効果ガス排出権取引。
簡単に言えば温室効果ガスの排出量があらかじめ決められており、決められた排出量より実際の排出量が少なかった場合、削減した分の排出量を他者に売る取引だ。
つまり、排出量100のAは80の温室効果ガスを排出し、同じく排出量100のBは120の温室効果ガスを排出した。この際にAがBに20の排出権を売る事が出来る仕組みなのだ。
「マスターが生まれた世界は魔力濃度を限りなくゼロ、それこそ世界維持に必要な最低限に設定された世界です」
「魔法文明が育たないようデザインされたらしいですね」
「さらに言えば、この世界のように魔力過多になった世界を救済する為でもあります。所謂、慈善事業ですね」
レグニルスがこの世界に来る前、中堅公務員からも概要説明としてその辺りの説明は聞いた。
その説明は、魔力を最低限にする事で魔法文明の発達を阻害している事、温室効果ガスのように増えすぎると害となる魔力を異世界から引き受ける役目を持っている事、神話と呼ばれるような時代や中世時代に大量の魔力を引き受けた事で一時的に魔法文明が花開いた事など、関係者でなくては知らないであろう裏話の数々だった。
そして慈善事業として大量の魔力を受け入れる為、レグニルスの元の世界は極端に魔力が少ない事を知った。
風船に空気が中途半端に入っているより、入ってない状態の方がより多くの空気を他所から貰えるのと同じ理屈だ。
「最近までは慈善事業だったのですが、最近は科学文明の発達とコンテンツ産業が盛んになり輸出事業になっているのですが」
「著作物で勝手に利益を得ると著作権団体が五月蠅いですよ」
「高度に政治的なビジネスですから問題無いですよ、クールアースという奴です。勿論、異世界での再販は認められていません」
ちなみに、とコーチは小声で続ける。
「【遠い昔、遥か彼方の銀河系】を舞台にした映画の新作が制作される事になったのも、喋るモトラドと少女が旅する物語が再アニメ化されたのも、女子高生が戦車に乗って廃校の危機を救うアニメの最終章公開が決まったのも、全ては神の見えざる手が物理的に働いたからです」
「神様にファンがいたんですね」
「熱狂的で経済的に大変豊かなお客様がいらっしゃったようです。それとラブライバーと呼ばれる方達の中には、本物がいらっしゃるので粗末に扱ってはいけません」
聖地巡礼する神様、ライブで隣にいる観客が実は神様。
なんてシュールで世紀末な光景だろうと、オタクだがラブライバーでは無いレグニルスは率直にそう思うのだが口には出さない。
下手に口に出せば、それこそ文字通りの高度な政治問題に発展してしまう可能性がある。
「話を戻しますが、マスターの元居た世界は魔力が最低限に設定されていますが、その最低限は多くても人口20億人を想定していました」
「20世紀の人口爆発により、現在は70億ですからね」
「当然魔力を必要としているのは人間だけでなく、他の動物や植物も微量とは言え生存に魔力を必要としています」
「結果訪れた、世界規模での魔力不足。解消する為にも異世界、特にこの世界のような魔力が多すぎる世界から魔力を輸入する必要があった」
「根本解決として、自前で魔力を精製するように世界を創り変える方法がありますが、これを行うと所謂ドル箱事業となっている文明が滅んでしまいますからね」
世界を創り変えると既存の文明が滅ぶ。
そう言われても最初は理解出来なかったが、PCのOSをWindowsからMacに変更するようなモノだと言われてIT系の人間としては理解出来た。
Windowsに特化したソフトウェア(生物)が、Mac上で動作(生存)する訳が無いのだ。
「世界維持に必要な魔力を採掘し、元の世界に送る施設がダンジョンという訳です」
「そういう意味では、モンスターを討伐して魔核を送る転生者は所謂出稼ぎ労働者ですか」
「この時の元の世界が魔力を購入する費用と、この世界が魔力を廃棄する費用がダンジョンマスターの収入となる訳です」
「魔力って石油みたいな物だから購入費用は理解出来るけど、廃棄費用って必要なんですか?」
ダンジョンは魔力採掘場で、ダンジョンマスターは採掘業者の社長。
そう理解したレグニルスには、この世界が廃棄費用を支払っているのが理解出来ない。
それは中東の産油国が原油を廃棄物としているような取引だからだ。
「増えすぎた魔力は劇物ですから。魔力過多は世界のバランスを崩し、世界崩壊の引き金となる災害です。そして若い創造神は得てして管理を誤り魔力過多になりやすいのです」
「その為の慈善事業、でも無償では無いと」
「廃棄場所の提供だけで十分な慈善事業です。ちなみに購入費用はマスターに直接支払われるので、ダンジョンマスターに対する補助金の意味合いが強いですね」
資源不足の日本が、資源を開発する機関に補助金を出すような物のようだ。
「でも、その理屈だとダンジョン攻略者を撃退しても収入にはならないような」
「そちらは別口です。生物には魔核の他、必ず魂があります。肉体、魔核、魂の三位一体が基本なのです。ちなみにマスターの元世界でも基本は同じですが、魔力が最低限の世界なので魔核は電子顕微鏡でようやく見られるサイズです。ちなみに死亡と同時に無くなってしまいます。」
レグニルスの元の世界のとある科学者が、魂の重さは21グラムと発表した事がある。
科学者は死後に失われる体液やガスなどを考慮し、死後軽くなった21グラムを魂の重さと考えた。
その中にコーチが言った魔核の重さが含まれているのか、それはレグニルスには分からない。
もしかしたら体液やガスとして扱われたかもしれないし、扱われず21グラムの中には魂以外のナニカの重さが含まれていたのかもしれない。
「殆ど無いも同然だから、ちょっとした処置で転生者は【職業】の力を手に入れられる」
「無いも同然なので転生という手段の他、肉体をそのままに転移という手段が取れた訳です」
無いも同然なので、自身の魔核を代償にこの世界の住人が得た【職業】の力が手に入ったのだ。
ちなみに電子顕微鏡でようやく見られる地球人の魔核だが、魔法文明が発達していないのでタダの石としか認識されていないらしい。
「そして肉体、魔核は生物が誕生する際に自然に作られますが、魂だけは【神】が生み出す必要があるのです」
「元の世界も魂をリサイクルしていましたよね、地獄は魂を洗浄する施設らしいですし」
「その通りです。そして肉体を離れた魂は魔力の影響を受けやすく、魔力過多となったこの世界では魂のリサイクル、いえ魂の循環が上手くいっていないのです」
「もしかして、ダンジョン攻略者討伐で得られる収入は魂の回収費用ですか?」
魔力過多により完全な形での魂回収が出来ず、回収後に修復作業を行わないと魂循環が出来ない世界。
その世界にあって、ダンジョンは魔力回収の影響で比較的魔力濃度が安全域にある。
この為、ダンジョン内で回収した魂は修復作業が不要で、結果的に回収費用を支払った方が修復費用を削減できる分安くなるのだった。
「それと人種の長期滞在が収入にならないのは、魔核が無いから。魔核は存在進化の為の魔力を貯め込む器官なのと同時に、極僅かですが魔力を精製する機能があります。精製した魔力は戦闘に使用したり、魔核に貯めたりしますが、貯めきれなかった魔力を微量ですが放出しているのです」
「つまり、放出分だけ魔力が濃くなる?」
「生命活動を行っている事が前提ですが。モンスターの生息地の魔力濃度が高い理由の一つでもあります」
「そして魔核の無い人種は、魔力を精製しないのでプラマイゼロ」
「正確には生きるために周囲の魔力を使用していますし、戦闘で使用しますのでマイナスですね」
レグニルスは今までの情報から、月50万の収入を手に入れる方法を再度検討してみる。
現状、レグニルスの収入源は三つ。
一つはダンジョン収入。
収入はダンジョンが収集した魔力量に依存する。
二つ目はダンジョン攻略者の撃退。
ダンジョン内で息絶えた攻略者の魂を、綺麗な形で回収する事で得られる収入。ダンジョン防衛の為に辺境に位置するダンジョンなので、この手段を当てにする事は出来ない。
三つ目はダンジョン外のモンスターを討伐し、手に入れた魔核を元の世界に送る方法。
「思ったんですけど、モンスターの街を創ればダンジョン収入が増える?」
「住民になったモンスターが極力魔力を使わず、魔力の充足率が100%を超えていればモンスターの精製する分はマスターの収入になる」
レグニスルはネット小説でお馴染み、ダンジョン建国を人間ではなくモンスターで実施する案を考える。
【貴族】の特別職を取得した事から分かるように、レグニルスには出来れば一国一城の主という野望がある。
正確には既に持ち家を手に入れ一国一城の主にはなっているので、具体的には一国一城の主+メイドハーレムが彼の野望だ。
ダンジョン内にはメイドカフェもあるが、彼女達はあくまでもメイドカフェの従業員。
レグニルスに忠誠を誓ったメイドでは無い。
メイドスキーなレグニルスには、厳格な拘りがあるのだった。
「その言い方だと、モンスターが魔力を使った場合は収入が減る?」
「所謂、維持費というモノです」
「よく考えたら、普通のダンジョンマスターって、防衛の為にモンスター召喚してますもんね」
モンスターに限らず、この世界の生物は魔力を生命エネルギーとして利用している。
特に戦闘などの激しい運動、特にスキルや魔法の使用は魔力を多く使用する。
使用した魔力は補給されるので、生物に補給された分だけ自然界に存在する魔力が減る事になる。
「とは言っても、種族ランクC以下の維持費なんて誤差ですけど」
扱える魔力量は種族ランクが高くなる程多くなる。
逆に種族ランクが低いと扱える魔力量が低いので、自然界から補給する魔力も少なくなる。
また、己が扱える魔力量を超えた魔力を使用した場合、RPG風に言えばMPが0の状態から魔力を使用した場合、魔核が無い人種は良くて失神、最悪の場合は死亡する。
魔核があるモンスターの場合は魔核に貯めた魔力を代用使用する事が出来るが、それは【存在進化】の為に貯めていた魔力を使用するという事だ。
この為、知恵あるモンスター程魔力の使い過ぎを恐れ、魔力の省エネ技術や高効率化を熱心に習得していたりする。
ちなみに魔核が元の世界に輸出出来るのは、モンスターが存在進化の為に貯め込んだ魔力があるからだ。
現代風に言えば、老後の為に貯めていた貯金を巻き上げて祖国に送金しているようなモノだ。
この方法は転生者の一般的な稼ぎ方なのだが、中々極悪非道な稼ぎ方なのだった。
「やっぱり地道にダンジョン拡張して、月50万を目指すしか無いんですね」
「人生、そうそう近道は出来ないと言う事だね」
こうして、レグニルスが脳裏で妄想していたダンジョン建国して収入アップ計画は、計画段階で頓挫したのだった。
リアルはクソゲーと言うが、それはファンタジー世界でも変わらないらしい。
今、皆さんがコレを読んでいる頃、私はとある試験会場で爆死しているでしょう。
※2018/9/9 1530時頃
継続は力なり、と言いますがコツコツ勉強するの大事。
更新止まったり、更新速度が遅くなったら作者は仕事の他に勉強も頑張っていると思ってください。
そんな訳で、次回更新は9/12 15時を予定しています。