EP22 魔境大乱 ハジマリ
更新が遅くなり大変申し訳ありません。
「姫様」
「言うな、爺。あれは私の敗北だ」
獲物を狩れなかった。
それだけでなく、部下を失ってしまった。
それらの事実が彼女を苦しめる。
「しかし、あれは手柄を焦ったゆえの暴走。姫の責任では」
「あの者を狩りに同行させたのは私だ」
自身の敗北と責任を噛みしめ、彼女は修練を続ける。
その激しい修練は周りの人々を心配させ、こうして今日も彼女が幼い頃から傍で仕えている爺が修練を止めに来ていた。
「しかし、王も民も姫を責めていません! 寧ろ皆が姫の身を案じています」
「別に罰を求めている訳では無い。私が求めるのは何時も『勝利』のみだ」
彼女は同族の中では最強だった。
親である王を超え、彼女は最強の戦士だったのだ。
しかし、それは狭い世界での話であった。
種族ランクという絶対的な壁があるこの世界において、彼女は今まで同ランクの敵としか戦った事が無かった。
格下や同ランクの獲物が相手であれば、彼女は最近までは最強であったのだ。
「あの者に勝利する。それ以外は不要だ」
「しかし姫様」
「不要だと言ったぞ、爺」
修練を止めようとする爺を振り切り、姫と呼ばれる彼女は修練を続ける。
今までの彼女は姫という立場と、それに相応しい容姿を守る為に修練などしてこなかった。
それは下の者に努力する姿を、修練により汚れた姿を見せない為。
しかし、そのような見栄を気にする彼女はもういない。
今の彼女は、自身に敗北を与えた存在に勝利する事で頭がいっぱいなのだ。
「ならば護衛をつけてください。最近はこの辺りも危険なのです」
「オークが目撃された件は報告を受けている。なに、豚鬼など良い獲物ではないか」
「何をおっしゃるのです! 相手はオーク、格上の相手なのですぞ!」
「ふん、豚鬼など私の耳で斬り裂いてくれよう」
彼等にとってオークは格上のモンスターだった。
それはレベルが上などという差ではなく、種族ランクが上というこの世界では絶対的な差だ。
集団で戦えば絶対に勝てない事は無いが、それなりの損害を覚悟する必要のある相手だった。
「オークの脂肪を甘く見てはいけません! あの者共の脂肪は我等の耳を鈍らせます!」
ここで言う耳とは、聴覚器官としての耳では無い。
彼等の種族、アサシンラビット最大の特徴にして武器である耳の事だ。
彼等の耳は魔力を通す事で、鉄の剣以上の斬れ味を持つ武器になるのだ。
そして、その武器はオークとの相性が悪い。
アサシンラビットの耳はその鋭さから、相手の動脈などを斬り裂き失血死させる事を目的にしている。
その為、動脈を分厚い脂肪で覆っているオークが相手では分が悪い。
仮に動脈を断てたとしても、その脂により斬れ味が鈍ってしまうだろう。
「だから私に逃げろと?」
「お一人で立ち向かおうとしないでくだされ! 聞けば人間との闘いもお一人で臨んだとか」
「一人で奇襲したのは事実だが、ちゃんと囮はいたぞ」
「囮ではなく、護衛をつけてくだされ!」
爺の説教を聞き流しながら、彼女の修練は続く。
彼女の修練の主な目的は二つ。
一つは耳の斬撃の強化と、機動力の強化。
彼女は己に斬り裂けないモノは無いと自負しているが、人間との闘いで当たらなければ意味が無い事を彼女は学んだ。
そこでより速く、より鋭く斬り裂けるよう修練を続けた。
その結果、魔力伝達の効率、纏う魔力量の増大により彼女の耳はより鋭い刃となり、より速く振るわれる事でより鋭い斬撃へと進化した。
そして振りが速く鋭くなることで、獲物が回避や防御をする前に相手を斬り裂く事が可能となっている。
そしてアサシンラビットのもう一つの武器、機動力の強化にも余念が無い。
こちらも、より速くより素早くを目標に立体的な機動を生み出す脚力と、木々を利用した立体的な高速機動を可能とする空間認識能力の二つを重点的に鍛えていた。
「護衛をつけようにも、誰も私についてこられないではないか」
「姫様が無茶な軌道で跳ぶからです! そもそも、最速と謳われる姫様について行ける者などいないに決まっています!」
「私もそう思っていたよ。あの人間と出会うまでは、だが」
ウサギと人間なので、本当の意味で彼女の立体高速機動に着いてきた訳では無い。
そもそも人間に彼女達の立体高速機動を真似するのは無理だ。
彼女が問題視しているのは、彼女の必殺の一撃が二度も回避されたことだ。
一度目は獲物が囮に気を取られている隙を背後から狙った一撃。
しかし、正体不明の助言により獲物は背後から迫る彼女に気が付き、彼女の必殺の一撃は獲物に届かなかった。
これはまだ良い。この一撃は背後からの奇襲に重きを置いた一撃の為、奇襲で無ければ必殺たりえない。
問題は二撃目。
囮と連携した背後からの一撃。
獲物が体勢を崩した瞬間を狙い、さらに高所から襲い掛かる地の利。
そこに己の最高の一撃を放つ。
必殺を確信するには十分な一撃だったと、彼女は今でも思っている。
「まさか、あの状態から反撃されるとは」
剣を振り上げ硬直していたはずの獲物は、流れるような動作で体を反転させつつ剣で斬りかかってきたのだ。
剣と耳の間合いの差により、流石の彼女も自身の敗北を予感させた。
「しかし、その反撃を避けた姫様は流石です」
「見てもいないのに良く言う」
「見ていなくとも、姫様の偉大さは分かります」
爺は姫と呼ばれるアサシンラビットを褒めたたえるが、褒められている姫は無関心。
ただ無心に耳を振り、己を鍛え続ける。
「まあ、咄嗟にあの一撃を避けた動きは我ながら素晴らしかったが……」
自身の敗北を予感した次の瞬間、彼女は対処方法を思いついていた。
大きく耳を振り、わざと空中で体勢を崩し剣を避けるという方法。
この方法について、彼女は新たな可能性を見出していた。
「空中で機動を変えるこの方法、極めれば立体機動をさらなる高みへ昇華させられるかもしれない」
今の彼女の立体機動は、木々を蹴って移動する事で実現している。
つまり、何か蹴る物が無ければ彼女の立体機動は成立しない。
「つまり、この方法を上手くモノに出来れば、何処でも方向転換出来るはずだ」
こうして彼女は今日も修練を続けている。
全ては彼女に初めて敗北を実感させた人間を討つ為に。
「そのような夢物語みたいな事を」
「なに、話に聞く上位種族ならば、これくらいの事は出来よう」
秘境の森に住む者として、彼女も種族ランクB以上の上位種族の噂は聞いている。
曰く、その攻撃は天を斬り、地を砕き、海を割る。
曰く、その体は何物も通さず、斬れず、砕かれず、永遠に不変である。
曰く、その足は地を、空を、海を自在に駆け、その速さは如何なるモノも追い付く事が出来ず。
「またそのような夢物語を」
「夢物語かどうか、どうやら確かめる機会が来たようだぞ」
「機会ですか?」
耳を振り続けていたアサシンラビットは動きを止め、目の前の茂みを睨みつける。
爺もそんな彼女の姿に感じるものがあったのか、好々爺の雰囲気を消して茂みに目をやる。
「まあ、上位種族では無いだろうが、それでも我等よりも格上なのは間違い無い」
「なっ、オーク!」
茂みから出てきたのは、種族ランクCのオークだった。
体は脂肪の鎧で覆われた身長2メートル程の巨体であり、顔は豚鬼の呼び名通り豚であった。
その体は脂肪で覆われている為、一見すると動きが鈍く筋力も無いように見える。
しかし、その体は実は筋肉を分厚い脂肪が覆っており、見た目以上に俊敏に動き、パワーも発揮する。
特筆すべきは防御力と生命力であり、脂肪の鎧は大抵の攻撃を無効化してしまう。
「ちょうどよい、色々と試させてもらおう」
「何を言っておるのです! 相手はオークですぞ!」
鋭い攻撃を得意とするアサシンラビットにとって、分厚い脂肪の鎧は相性が悪い。
そもそも、爺はオーク出没の話を聞いて姫を連れ戻す為にここに来たのだ。
当然、爺は姫を諫める。
「なに、危うくなったら逃げるさ。あの人間のように、な」
こうしてアサシンラビットの姫がオークに戦いを挑もうとしている時、レグニルスもまた闘いに挑んでいた。
「今回も攻略者はしょぼい」
戦士として戦うアサシンラビットの姫と違い、ダンジョンマスターとしての闘いだったが。
そしてレグニルスのダンジョンマスターの闘いは、ただ見守るのみ。
「最初の攻略者が一番凄かったな」
最初のダンジョン攻略者は、大剣使いのハンスをリーダーとした冒険者パーティーだった。
パーティーメンバーにレアスキルである【アイテムボックス】持ちがいた為、異空間に保管された大量の物量でダンジョン攻略を行ったパーティーだった。
そしてレグニルスの収入に最も貢献したパーティーでもあった。
「UFOキャッチャーもなかなか慣れないし。冒険者だからって順応性が高い訳じゃ無いのか」
レグニルスが覗き込むモニターの向こうでは、ダンジョン攻略者がUFOキャッチャーを前に悪戦苦闘する姿が映し出されている。
彼等はなけなしの魔核を換金し、UFOキャッチャーに挑んでいた。
しかし、その結果は芳しくない。
そもそも異世界で誕生したUFOキャッチャーを見た者は無く、初見でプレイしているのだから仕方ない。
それはハンス達も同じだったのだが、彼等は飲み込むが早かった。
ハンス達というより、盗賊職でパーティーの斥候役だったクルトが持ち前の手先の器用さ、冷静に状況を分析する観察眼をフルに使った結果だった。
彼は数回UFOキャッチャーをプレイしただけで、そのコツを掴み次の試練への鍵を手に入れていた。
「まさか数十回近くプレイしても、一個も鍵が入ったカプセルを取れないとは」
今回の攻略者は残り少ない魔核を湯水の如く使うが、それが全く結果に繋がっていない。
むしろ精神的なイライラが溜ってきているのか、プレイがだんだんと荒くなってきていた。
「くそっ! なんで落ちるんだよ!」
「代われ! 次は俺がやる!」
「おい! この魔核は俺が出したんだ、俺がやる!」
と、レグニルスが覗き込むモニターには、UFOキャッチャーを前に争うダンジョン攻略者パーティーが映っている。
怒りからかUFOキャッチャーに台パンをする者もおり、見ているだけのレグニルスも徐々に怒りのボルテージが上がっていく。
「一応はお客様だけど、人の財産に台パンは許せん」
神様のチートな力で保護されているので傷一つ付かないのだが、台パンされたUFOキャッチャーの持ち主として、台パン野郎に一言言わなければ気が済まない。
「しかも態度がデカい割に金落とさないし」
長距離行軍してきた攻略パーティーは手持ちの魔核が少なく、その結果レグニルスのダンジョンに落とす魔核の数も少なかった。
落とす魔核、ダンジョン攻略の為に支払われる魔核が少ない。それはすなわち、レグニルスの収入も少ないという事だ。
「客としては最悪だけど、追い返す手段が無いんだよな」
お金を落とすお客様と思っているのはレグニルスだけで、攻略者から見れば普通のダンジョン攻略。
ダンジョンマスターが帰れと言っても、言われた攻略者が帰らなくてはならない決まりはない。
「いや、帰れの一言で済むならダンジョンマスターも楽な商売なんだけど」
帰れと言われて帰るダンジョン攻略者などいない。
寧ろ、嬉々としてダンジョンに群がってくるだろう。
そんな攻略者達を追い返す為、ダンジョンマスターはモンスターやトラップを設置するのだから。
「ま、楽な商売は無いってね。とは言え、ダンジョンを攻略される不安は無いけど」
どちらにしろ、UFOキャッチャーでのミス程度で台パンする攻略者では、このダンジョンを攻略する資金力は無いだろう。
なにしろ、現在のダンジョン最終関門は挑戦するだけで500万もの大金が必要になるのだ。
数百円の損失にカリカリしているような資金力では、仮に最終関門にたどり着いたとしても挑戦など夢のまた夢。
「結局、今日も日々平穏なんだよな」
遂に魔核、ダンジョン攻略の為の資金が尽きたのか、モニターの中の攻略者は悪態をつきながら道を引き返していく。
それを見ながら、今日もレグニルスは平穏を満喫していた。
「さて、昼休憩の時間も終わりだし、コーチとの訓練に戻るか」
ダンジョン攻略者というダンジョンの一大事でも、レグニルスにとっては昼休憩の合間に確認する程度の雑事でしかない。
そう、コーチとの訓練という日常の中の出来事でしか無いのだ。
しかし、事態は静かに進行していた。
この時点で気が付いているのは、恐らく神製ホムンクルスとして高い戦闘能力を持つコーチのみであった。
数年に一回、その程度の頻度でしか人が訪れない秘境にして魔境。
そんな秘境に立て続けに人が足を踏み入れた影響は決してゼロでは無かった。
その影響が顔を見せるまで、あと少し。
ちょっとプライベートがどったんばったん大騒ぎしてました。
変わらず週刊更新で頑張っていくので宜しくお願いします。
今回の没ネタ
姫アサシンラビットの名前がティッピー




