EP2 新しい嫁
異世界ファンタジーと言えば女騎士。
急いで執筆&推敲したので今回は前回の約半分くらいの分量。
奇跡がなされようとしていた。
奇跡を施す側としては、結果は既に確定している。
それ故に、これは奇跡では無かった。
しかし、奇跡を受ける側にはソレはまさしく奇跡だった。
『汝を癒そう』
それらしいセリフを口にし、青年は傷ついた少女の頭上で果実を握りしめる。
元の世界では一般人であったが、この世界での成長が握りしめた果実を粉砕する握力を与えていた。
少女の頭上で粉砕された果実は果汁を振りまき、直下にいる少女に降りかかる。
降りかかった果汁は傷ついた少女を癒していく。
火傷により爛れた肌、奴隷商に反抗した際に刻まれた鞭の痕。
そして、癒しは盗賊に奪われた彼女の利き手にも及ぶ。
『手が・・・』
『さて、もう一度問おう。騎士セクトリア、私に忠誠を誓う気はあるか?』
失われた利き手が蘇るという奇跡。
御伽噺の類だが騎士の家系に生まれたセクトリアには、そういった奇跡をなすアイテムが実在する事を生前の父から学んでいた。
そして、過程がどのような物であったとしても、契約がなされたのは紛れもない事実。
『修行中の身ですが、我が槍を捧げます』
セクトリアは青年の前で跪き、騎士の礼をもって青年の問いに回答する。
捧げるべき家宝の槍は既に失われ、彼女自身も正式な騎士ではない半端者だ。
しかし、主となる青年はソレを承知で契約を持ちかけている。
ならば、非才の身ではあるが精一杯の忠誠で恩義に報いるのが、騎士として生きた敬愛する父の娘としての務めだろう。
これが奴隷として仕えろ、という契約なら熟慮の上で断った可能性もあるが、騎士としてなら何の問題も無かった。
奇跡をなした青年としては神様チート、それもクールタイムはあるが無制限に使えるチート一つで女の子との縁が出来た。
彼女の騎士としての力量は不明だが、彼女を一流の騎士に成長させる手段を持っている青年としてはお買い得な買い物だった。
『騎士として生きる。それが亡き父との約束であり、父の汚名を晴らす事にも繋がります』
騎士としての汚名を着せられ死んだ父。
その汚名を晴らす機会は、かつて主家からは与えられなかった。
お家断絶と奴隷階級への降格が答えだった。
正確にはお家断絶後、屋敷を盗賊が襲撃。
幼い妹と母を守る為、彼女は槍を振るった。
しかし、非才の身では数の暴力を跳ね返す事は出来なかった。
この襲撃で彼女は利き手を失い、屋敷に放たれた火によって全てを失う事になる。
かつての主家は盗賊の襲撃を仲間割れ、盗賊と通じていた父が原因と断定。
火災の責任を彼女達に課し、結果として奴隷階級への転落へと繋がっていく。
『なら、これは不要だろう』
青年はセクトリアの首にある、奴隷階級の証を手にする。
それは主が奴隷に対して絶対優位を誇る証、奴隷に対する命令と生殺与奪の権利を主に与えるマジックアイテム。
『そして、貴女が振るうに相応しい槍は用意しよう』
『っは』
絶対の服従を彼女に課していた、隷属の首輪。
これが外される時は死んだ時のみ、そう考えていたセクトリアにとっては思わぬ僥倖。
だからこそ願ってしまう。
同じように隷属の首輪に支配される、母と妹の解放を。
しかし、その願いは口に出せない。
主からの恩に対して、セクトリアは何も返せていない。
騎士と認められた事が、彼女の行動を縛る。
もし彼女が奴隷のままであれば、母と妹も解放してくれと懇願しただろう。
美人と近所で評判だった女としての魅力を使ってでも願っただろうが、騎士として女を使うのは下劣の極。
亡き父も、騎士として自身を教育してきた母も、そして騎士であろうとしている自分自身も許す事が出来ない行為だった。
『頂いたご恩は我が槍にてお返し致します』
そして願うのだ、母と妹の自由を。
騎士として槍働きの功を持って願う。
それ以外に騎士となったセクトリアに、奴隷に落ちた母と妹を救う術は思いつかなかった。
『非才の身故、何のお役にも立ちませぬゆえせめて夜伽を務めさせて頂ければ』
『へ?』
それは騎士としては許せない行為。
しかし、セクトリアには願わずにはいられない理由もあった。
奴隷階級にある者に対して、主人がどのような行為に及んでも妨げる法は存在しない。
まだ12歳になった妹に夜伽を命じたとしても、セクトリアにはソレを阻む方法は無い。
もし母が病で床に臥せっていなければ、恐らく自身の身を挺して幼い妹を守ろうとするだろう。
母が妹を守れないのであれば、姉である自分が守るのが当然。
それが騎士の家で生きてきたセクトリアの常識。
己の体で母と妹を解放を願いたいが、それは騎士の誇りが許さい。
体で報酬を得るのは娼婦で会って騎士では無いのだ。
しかし、主の欲望が母と妹に向かう事は家族として防ぎたい。
『騎士として生きてきた為、乙女の柔肌とは申せません。しかし、捧げる槍を失った身、せめてマスターに処女を捧げさせて頂ければ幸いです』
『いや、その理屈は可笑しくない? その理屈だと男の騎士だったどうするの』
タダの夜伽であれば良い。
権力を持つ上位階級の中には、幼い子供を拷問し、その嘆き苦しむ様を楽しむ下種もいる。
短い奴隷としての生活、奴隷商で過ごした経験がセクトリアから人の善性を信じる気持ちを失わせていた。
すなわち、目の前の青年の性欲が母や妹に向かう前に自身が処理する。
それしか母と妹を助ける術がセクトリアには思いつかなかった。
『それより、早く君の母親と妹の所に行こう。回復したセクトリアの姿も見せたいし、彼女達も早く解放してあげたいし』
『母と妹を解放して頂けるのですか?』
『うん。奴隷ってどんな風に接すれば良いのか分からないし、それなら普通に接してもらった方が気が楽だ』
それに体育会系って苦手なんだよね。
セクトリアには聞こえない青年の呟きは、TV画面を見ている視聴者にのみに聞こえた。
『私達が裏切るとは思われないのですか?』
『その時は僕の人を見る目が無かったと呆れるさ。でも、君達は裏切らない。そんな気がしているよ』
『・・・』
この方は裏切れない。
セクトリアは心にそう刻んだ。
裏切りの騎士と汚名を着せられた父。
裏切りの騎士の家族と疎んじられ、仕えてきた主家に捨てられたセクトリア。
奴隷商で半年も売れず、鉱山送り直前まで行ったのは火傷により女としての魅力を失った以上に、裏切りの騎士の家族という悪評があったからだ。
隷属の首輪があるので主を裏切れないのだが、買い手はソレでもセクトリア家族を裏切るだろうと断じ、誰も信じようとしなかった。
主からの信頼を誉とする騎士として、主から向けられる不信は毒その物。
そのような中で自分達を信じると言った主を裏切る事は、一度信を失った騎士として絶対に出来なかった。
『・・・永遠の忠誠を貴方に』
『え?』
今度は先程とは逆に、青年にはセクトリアの言葉は聞こえない。
聞こえたとしても、青年には理解出来なかっただろう。
何せ彼は現代日本に生を受け、忠誠という概念を知ることなく生きており、部下や後輩といった存在も未体験。
セクトリアの奴隷からの解放も、彼女の行動を全て命令する事を苦行と断じ、彼女の自由意志で行動して欲しいという願望の現れなのだった。
奴隷は主人が指示した行動しか出来ないが、奴隷で無ければ主人の心を忖度して自身で行動してくれるだろうと。
こうしてセクトリアの母と妹も奴隷階級から解放され、セクトリアと同じように青年に対して忠誠を誓う事となる。
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「・・・セクトリアは俺の嫁」
TVから目を話した瞬間、ふと願望が口から出てしまった。
「アニメと現実の差って怖い」
異世界に転生してから一週間。
ダラダラとアニメを見続け、積みゲーを消化する毎日。
異世界に転生したはずなのだが、生活は転生前と変わらない日々。
変わった事と言えば、会社に出勤しなくなったことくらい。
「アニメだとヒロインとの出会いもあるのに、現実だと出会いゼロだからなぁ」
転生特典にヒロインとの出会いを要求すれば良かった。
異世界でもアニメが見られる転生チートも良いが、やはり生身の女の子に憧れる時もたまにはあるのだ。
「寝るか」
まだまだアニメは続くのだが、別作品も合わせれば既に18時間以上連続してアニメを視聴している。
現にオープニングに寝落ちしてしまっている。
「会社無いし、毎日が休日だから急ぐ必要も無いか」
明日が会社なら無理にでも全話視聴しただろうが、幸いな事に明日も明後日も休日だ。
ここはアニメを万全な体調で見る為にも、寝た方が良いだろう。
自身がTVに映るセクトリアのようなヒロインと出会える未来を夢見て、男は寝室へと足を向けるのだった。
「・・・歯磨きしてない」
異世界に転生したと言っても、やはり歯磨きは必須。
いざと言う時は歯医者に駆け込むという方法もあるが、歯医者には極力行きたいとは思えない。
何の為に転生特典に歯医者の他、現代日本と変わらぬ医療を受けられる環境を自分は整えたのか?
疑問は尽きないが寝室に踏み入れた足を戻し、健康的な生活の為に洗面所へと方向転換する。
「俺、本当に異世界転生しているんだよな?」
異世界に転生したはずなのだが、現代日本と同等の健康的で文明的な生活を続ける男の最近の悩みだった。
一応捕捉、『 』は主人公が見てるアニメのセリフ。
転生時のやり取りは次回に
上手く行けば、8/29の15時にはアップする予定です。