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孤独をあげたい  作者: 森 彗子
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終わりよければすべてよし

ぼくは大切な友達が困っていることを放っておけない。

どこかで死なれるぐらいなら一生ぼくが近くにいたい。


家族になりたい。





 結婚してから恋愛が始った人はどれぐらいいるのだろう。


 ぼくらは手紙を通して心を通わせ合ったけれど、そこには嘘も本当もまじりあっていて、どの顔も君の一部だった。


 親友、恋人、それを定義する要素はすでに経験済みで、足りないのは子作りの方法ぐらいなもの。




 破水から出産まで二時間。

 初産にしてはかなりハイスピード出産だった。


 それは巴が母さんと毎日、近所を歩いていたおかげでもある。


 立ち合い出産に参加させてもらったぼくは、生まれたばかりの女の子を抱いてしっとりと濡れた黒い瞳をじっと見つめた。


 穢れのない瞳には、うすい涙の幕が張られていて、また睫毛がみえない。

 ぺちゃんこの鼻、赤ん坊にしては小さな手の指が一本一本細く長く、きれいな形をしていた。


 ぼくは生物学的にはこの子の父親ではないけれど、ぼくの戸籍に入ってくれた巴の許しを得て、父親にさせてもらった。


 世間では時々こうした縁が起こるらしい。

 知らない男の遺伝子を継いだ娘を抱くと、ふんわりとしていて頼りなかった。


 愛する巴が一人でも産むと決めた大事な娘を、ぼくも一生かけて共に守ってあげたい、と思っている。



 大仕事を終えた巴にねぎらいと愛の言葉をかけると、彼女はえくぼをくぼませて少女のように笑う。


 その笑顔が何よりも一番、ぼくには大切なものだ。



 ぼくは自分の情けなさも欠点も知っている。

 できないことはできない。

 でも、そこからなにができるのか探し始める。


 巴もしばらくは慣れない育児に追われていた。

 でも我が家には内職で元気になった母がいて、ぼくよりも遥かに有能な弟がいる。

 腕が疲れたら代わりばんこで赤ん坊のゆりかごをして、ほそぼそとだけど幸せな日々を送ることはできているつもりだ。


 巴は地元の古い友達と再会をしてぼくらの結婚を報告し、祝福された。もちろん誰も本当のことは知らない。みんな子供がぼくと巴の子だと疑わなかった。優等生で非の打ち所がないほど人気者だった彼女は、寂しさを埋めるように当時の友達とおしゃべりを楽しんだ。


 旧友達はぼくらが結婚するなんて予想外だと口々に言っていた。ぼくも同じ気持ちだ。


 巴はぼくが仕事に行って赤ん坊の静が眠っている時に、銀色の缶の中のぼくが書いた手紙を見つけてこっそりと読んでいた。


 十五歳から四年間。


 日記のようにほぼ毎日書いた短いものから長いものまで、気持ち悪がることなく、一言一句をかみしめるように読んだ、のだそう。


「へへへへへへ」と、気味の悪い笑い声もぼくは気に入っている。


 私の宝物と言って、彼女は無機質な缶にレースやリボンを施して全く別物を完成させた。女の人は装飾したり、きれいなものに触れていることが必要みたいだ。



 最近はぼくよりも料理が美味しくなってきた彼女は、家族が優しすぎて幸せだ、こわいぐらい幸せだ、とぼくに何度も言ってくれる。時には言葉足らずになると、巴は素直な言葉をぼくに遠慮なくぶつけてきて、ぼくに「愛してる」と言わせようとする。表情と言葉が連動して、自分から触れてくる彼女の想いに応えてあげたいと思わされる。

 


 一か月検診で静が順調に成長し、巴の体も問題なく産褥期を乗り越えていることを確認した後で、巴のほうから打診された。



 ぼくらはデートをしたことがない。


 母さんとまことが三時間だけ静を引き受けてくれたから、ぼくらは一緒に映画館に出かけた。でも巴は観たい映画がもう終わってしまったと言うから、軽自動車で巴が死ぬつもりだったという有名な崖までドライブをした。


 崖は観光地だった。思いのほか、それなりに人がいて記念撮影をしている。

 ぼくは決まってこうした場所では、見知らぬ人達のためにシャッターボタンを押す仕事を仰せ付けられることが多い。思った通り、ぼくは頼まれて連続四つのボタンを押した。


 そしてやっと、二人きりになれた。



 地球は丸いのだと思い知るその見晴らしは最高だ。

 強い風に煽られ、はためく服の裾にむき出しの腕を叩かれているような感じがなんともいえない。


「こんな観光地で飛び降りだなんて、そんなことする人いるの?」


 吸い込まれそうな荘厳とした崖をほんの少し覗いてからは、遠くに見える漁船群やフェリーがつけた白い傷を眺めた。


「いるよ。私のおじいちゃん」


 ……巴の闇は思った以上に深いのかもしれない。


「おじいちゃんと同じ場所で飛び降り自殺しようって、本気で考えてたの?」


「うん。そうだよ。だって、本当に自分が最低過ぎて笑えなかったんだから」


 笑えないのは、独りだからだ。

 ぼくはそう思う。


 海の上にかかる分厚い灰色の雲から光の矢が何本も飛び出して、海面に突き刺さっていた。風に凪ぐ草原のような海を眺めながら、ぼくは巴の手をきつく握りしめた。


「複雑な気持ちだったよ。巴がぼくに嘘をついて、でもその嘘が慰めになっていたって聞いた時は……」


「そうだよね。バカだよね、私。なんかもう追い詰められ過ぎて……」


 巴の声に悲しみが差し込んできた。


「マッチ売りの少女みたいだなって思った」

「え?? マッチ売りの少女?」


 巴はそう言うと、ふふふとまた笑い出した。


「天に召される前に、思い切ってたかしくんを訪ねて良かった……」


 消え入りそうな声で、そんなことを言う巴をぼくはきつく抱きしめた。


「捨てる神あらば、拾う神あり。本当だったね」と、彼女はまた涙声で言う。


「……ずっと好きだったから」


 ぼくは初めて秘めてきた想いを言葉にした。

 手紙じゃなくて、声で発した。


 巴はぼくに顔を向けて、手を伸ばしてくるとぼくの首の後ろを掴んだ。

 力が込められた手から、彼女の想いを感じながらされるがままに顔を寄せていくと、彼女は瞼を下した。同じ身長のぼくらは背伸びも前屈みも必要ない。互いの首やあごに手を添えて、掻き寄せるように体をくっつけながら、初めてのキスをした。



 はじめは一人が当たり前だった。

 寂しさなんて知らなかった。


 でも、君が現れて

 すぐに君が居なくなって

 目の前にいない君とぼくを結ぶ手紙が

 ぼくたちの赤い糸だった。


 君が嘘をついたと知ったとき

 ぼくは目の前が真っ暗になった。

 本物の寂しさを知った。

 君が行方知れずになったとき

 ぼくは本当の孤独を知った。

 


 のろまで不器用なぼくが

 誰かに必要とされる日が来るなんて思えなくて。


 でも、今は「終わりよければすべてよし」

 そんなセリフが、心の中に浮かんでいる。




 重ねあう唇の向こうにある君の本心を

 いつも感じ取れるぼくでありたいと願う。


 君がくれた孤独があれば

 ぼくはこの先絶対に君以外の誰かに

 心を奪われることはないと信じていて、

 その自信が今のぼくを支えている。


 君にも同じ孤独をあげたい。


 でも君はたぶん、もう知っているのだろう。

 大事なものを失いかけた君だから、

 ぼくらはこれから末永く幸せに暮らす家族であり続けられる。



 願いは叶えられた。

 


 叶えたのは、君とぼく。






 完



別サイトで現在、コンテストに応募している作品です。


思い立ってから三日で書き上げましたので、拙い部分がありますが一番に込めた想いは表現できていると自分では思っています。同じテーマで、一年後書く小説がどれほど成長しているのかを考えると、下手さもメモリアルと思えます。最後までお読み下さってありがとうございました。

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