詐欺師カンパニージャ、サバトで妖しげな魔女達と出会う
この作品は、戯曲形式で書かれていて、しかも途中途中に詩を挟み、ミュージカル(30曲の曲つき)になっています。その為、小説として読むと、読みにくい箇所があるかもしれません。その辺はどうかご了承下さい。
■■■第四幕■■■
<場面変わって、深夜、南フランス郊外の山奥。
様々な魔女達が集まり、祭りを開いている>
<幽霊や魔女達が歌う>
**幽霊達**
悲しみこそが我らの世界
魂凍える明かり無き夜は
楽園に辿り着く事を夢見
死んだ仕立て屋が唄歌う
**魔女達**
古き扉が今夜も開く
昔日に置いてかれた 過ぎ去りし日々の
哀れな者たちの忘れられた声が
今も癒されず笑っている
**生け贄の子牛**
失くした事を嘆いても駄目さ
聖書の祈りもここでは無駄さ
愛しい母のぬくもりを探して
娘は今夜もすすり泣く
**幽霊達**
悲しみこそが我らの世界
魂凍える明かり無き夜は
ほころびた運命のほんのスキから
虚しい世界へと続いてゆく
**幽霊達と魔女達**
悲しみこそが我らの世界 (古き扉が今夜も開く)
魂凍える明かり無き夜は (昔日に置いてかれた過ぎ去りし日々の)
楽園に辿り着く事を夢見 (哀れな者たちの忘れられた声が)
死んだ仕立て屋が唄歌う (今も癒されず笑っている)
**全員**
今夜 青い月の出る夜に
■「無題」(未録音)■
<大勢の魔女達が、語り、歌い、踊る>
**墓場の支配人**
全く、感謝しよう!!
今宵、このスペイン墓地に、
芸術の墓場に、
糞ったれな者共が集まった事を!!
相も変わらずの顔ぶれじゃないか。
ここにいる者は皆、芸術家なのだ!!
誰にも認められない作品を作っては、
自分だけの納屋に入れておくのだから。
まぁ、それで満足できる者は、まだマシな方だ。
しまいには、不満が糞虫のように這い出てきて、
神に対して妖術だの、
悪業だのやらかすものだから、
見よ!!
この異端の墓場に追いやられたというわけだ!!
<笑いが起こる。
墓場の支配人が、
道化から濁ったぶどう酒を受け取る>
**墓場の支配人**
おっと、失礼。もう、酔いが回ってきた。
さてさて、とは言え、
ご立派なご身分の方々が集まっておられるんですからな。
こういう場合、道化役は大変だ。
方々を駆け回り、
旦那方を退屈させないようにするのが仕事なのだ。
ああ!! ムカデ、埋葬虫、糞蠅に、ヒキガエル、
そして、そいつらの女主人共よ!!
錬金術師、葬儀屋に、小賢しい百姓女、
トルコ人に、仕立て屋、花売り娘、ユダヤ人に、ムーア人、
金貸しに、アルビ派、グノーシス主義者共に、フランス人共!!
これだけのろくでなし共が、
よく集まったものだなぁ。
どうやら、お上もヤキが回ったらしい。
**妖術使カルポッチャ・カポ**
頭にまで娼婦の毒が回ったのさ!!
<再び、笑いが起こる>
**墓場の支配人**
おお、我らが卑屈な軍勢に乾杯!!
**全員**
乾杯!!
<魔女達がイタリアギターや、リュートをかき鳴らし、
方々で踊ったり、語り合ったりしている>
**老獪な百姓娘**
ああやって、いつも、
スペインでもポルトガルでも、
祭りと言うと名乗り出て、
頼んでもいない演説をして、
仕切りたがるのです。
しかし、とどのつまり、ただの威張り屋という奴で、
讃えられない限り、
人と交わる事もできないものだから、
前へ前へ出ようとする。
おたくの若い連中みたいなもので。
**社会主義者**
まぁ、まぁ。賢いお嬢さん。
そう、うちの若い者を軽蔑しないで下さい。
血気盛んで、口先だけで、
一人ではろくに吠え方も知らないような連中でも、
大きな謀を動かすのに
ああいう手合いが必要なのです。
本当ですとも。
真っ先に相手の肉に食らいついて離さない。
そういった心意気だけは一人前なのですから。
だから、我々は何かを謀る時に、
まず小さな犬を飼うのです。
奴らは土俵を自分で把握していなくても、
いつか自分達に与えられる肉の質は、
もっと良くなると思っている。
だから、主人が待てと言えば待つし、回れと言えば回る。
そういった犬を飼育していないで、小賢しい猫ばかり集めて、
自分達は優秀だと思っている奴らは、
身内の中で、質のいい肉を取り合いになって、
にっちもさっちもいかなくなる。
こういった事は、おたくら毒草屋には、
理解できない事かもしれませんが。
**老獪な百姓娘**
毒草屋は、どんな物事からも
距離を置いて観察するのが性分です。
子犬と思っていたものが、実は黒いキツネだったり、
あるいはいつの間にか成長して、
小賢しい野犬になるのではないですか?
一体、そういった手合いの何人が、
数年後、左手の世界で
千年王国を唱えているか、当ててみせたいものです。
みんな、一度、首輪がとれれば、
熱病から治ったように、夢中になっていた昔を恥じて、
どうせここには戻ってこないのです。
さて、素質と気骨のある本当の忠犬は、
一匹残らず戦場で散るんでしょうな。
**社会主義者**
左様。左様。
自分を、人より賢く、
人より大きい狼だと思い込んで、
その実、中身は何も無い
唯の臆病な野良犬ばかりというのが
昨今の現状ですからね。
目も当てられない有様ですよ。
それというのも、多くの群れには、
私のような老獪な飼い主がいないからです。
犬達は訓練しなければ、ただの野犬ですからね。
**老獪な百姓娘**
ならば、ジプシーや魔女、
あるいは赤鼠などの方が、
全くマシというものじゃないですか。
栄誉の為に死に、
栄光の為に死に。
普段、仲は悪くても、
そういったものを最も嫌う点では、
彼等は同じムジナなのです。
山火事なんて、起こそうと思えば
どんな場所でも起こせるという事を
知っているからです。
彼等にも、彼等流の誇りがありますが、
そんな自然災害みたいなものの為に、
死ぬ事は決して名誉ではないという事を知ってるのです。
鼠だって、火を逸早く察知して
逃げ延びるんですからね。
**社会主義者**
変革という奴が、いわゆる鼠の空腹を
満たしたいがゆえの夢に過ぎないのならば、
私もそうしている所でしょう。
しかし、実際のそれは、
ものすごく気の長い時間をかけて
行わなければ果たせないものなのです。
若い連中のように、
やれ、飴をなめてはいけない。
肉を喰ってはいけない。では、
身が持たなくなってしまう。
私なぞは、こうしてこのように美酒を嗜みながら、
いざと言う時を待っているんですな。
若い者は、そこの所を理解しないのですが、
何、飼われている犬でも、
自分が偉大な野犬だと思っていられるのなら、
その牙は使えないでもない。
◇
**ラ・メルド・ラタン**
ちょっと、
アルマンドなんて、
古くさいものはやめて下さいな。
フランスにはフランスに似合った
舞曲というものがあるでしょう。
**商人**
最近、流行りなのは、
こうしたドイツ風の曲なのですよ。
**いじわる羊飼いの娘**
あら、ちょっと前までは、
四拍子のものがお得意だったじゃない。
**商人**
ちょっと前の事など、言わないで下さい。
ちょっと前なんて、商人には全く不快なものです。
過去の栄光にすがっても、金にはならないのです。
オリュンポスの山の物語など、誰も聞きたがらない。
だからといって先の事なんてのも駄目ですよ。
商人にとっては、いつだって、今が最高なのです。
今を見据えないで、過去ばかり見ている者に
金を運ぶ名曲など作れないのです。
**犬の道化**
多くの者に囲まれていれば、
それで芸術家気取りなのだから、幸せなものだ。
無駄で知られざる芸事にこそ、
神の名誉は宿るという事を知らないのだ。
上品で品性がよく、
全てに無頓着でなくてはならないのだ。
そして、人知れずに死んでいく者こそが
芸術家と呼ばれるべきではないか?
**商人**
誰にも相手にされないのに、
わざわざ服を全て脱ぎ捨てて、
それを天使の姿だと妄想を抱き、
ただひたすら馬小屋の中で作品を作るのなんて、
紙の無駄ですな。
無頓着だと言うのなら、歌う事すらやめて、
墓穴に入ればいいのです。
**墓地の魚**
ああやって、互いにコンプレックスを抱いていて、
結局、何処にも行けやしないのね。
**犬の道化**
お嬢さん。
それは違います。
ごらんなさい、
古き時代の美しき文化人達による作品を。
ああいった手合いは、
いつだって低俗なものとは無縁だったのです。
**墓地の魚**
いいえ、あの文化人達は、無欲なフリをして、
その実、遊ぶべき所では遊んでいたのだわ。
それで、お偉いさんに媚を売った詩集を渡して、
見栄っ張りなその名を後世に残したのに違いない。
だって、本当の芸術家の作品なんてさ、
人々の耳に届かないのだから。
サバトで流れる雑音みたいによ。
◇
**見習い魔女**
これからは私達は、
もっと高い志を持って生きるべきだと思います。
私は、こんな程度の低い人達に合わせる事ができないもの。
私もまだまだ未熟だけれど、
あんなアルビ派の人達よりはマシというものだわ。
だって、ホラ、こんなに純粋なのだもの。
**男を喰い物にする魔女**
あらあら、若いというのは、それだけで自惚れで、
身の程知らずなものなのね。
でも、今の時代は、
ああいった若造を教育しようという
先人もいないんだわ。
<イエスとカンパニージャ・デ・ウトレーラが登場>
**カンパニージャ・デ・ウトレーラ**
なんですか、この連中は。
互いに互いの悪口ばかり言い合って、
相手のしっぽに噛み付き合う野良犬みたいだ。
**イエス・キリスト**
ふむ、確かにな。
だが、正直な連中でもある。
しかもタフだ。
君達のようにストレスをためて、
参ってしまうと言う事もないのだ。
実に愉快な連中だと思わないかね。
奴らにとって人生とは、
糞ったれで最高においしいものなのだ。
それというのも、彼等に社会性が無くて、
皆、自分を愛しているから。
**カンパニージャ・デ・ウトレーラ**
自分を愛す?
こんな肥だめのような連中が!?
悪趣味だ。
**ファド歌手**
あら、お兄さんは
世の中を面白可笑しく生きる方法を知らないみたいね?
肥だめの虫ですら、それを知っているのに。
**カンパニージャ・デ・ウトレーラ**
いや、お嬢さん。俺だって、自分を愛している。
しかし、当時に憎んでもいるのだ。
こんな糞ったれな自分を。
自分への愛なんて、度が過ぎれば、
水に映った己の姿に惚れる男と変わりゃしない。
**ファド歌手**
水に映った己の姿に惚れる事ができるのなら、
それで充分じゃないかしら?
人生において、他に一体、何が必要だと?
おかしな話だと思いませんか?
自分に毒を盛る愚か者が
後を絶たないんですから。
**イエス・キリスト**
自分に毒を盛る男の話は聞いた事がある。
そういった男は、社会の通念とか、
義務感だとか言ったものから、
逃れられていない為に、
自由なようで、自由じゃないのだ。
それというのも、そういった者は、神に呪われる前に、
己が己自身を呪っているからだ。
例えば、いくら賭博場に火を放っても、
何からも逃れられていないのと同じ理屈でね。
**カンパニージャ・デ・ウトレーラ**
そうおっしゃいますがね。
社会の通念だとか、義務感だとかを、捨てられますか?
皆がそれに足並みそろえて、
讃えたり、貶したりして、騒いでいると言うのに。
それらを捨てたら何が残るのですか?
**イエス・キリスト**
恐らく、自らがやらねばならない事が残るんだろうな。
君がもっとも苦手としているものだよ。
**カンパニージャ・デ・ウトレーラ**
というと?
**イエス・キリスト**
人を愛したり、自分を愛したり、
何が人生において、
真実に愛おしいものなのかを探したりする
そういった作業だ。
**カンパニージャ・デ・ウトレーラ**
女のやる事だ。
**イエス・キリスト**
さよう。
だが、不思議な事に、
女のやる事に、誰も勝てはしないのだ。
<「罪の蛾」が、
イエスとカンパニージャのいる机に近づいてくる>
**罪の蛾**
これは、これは。
ずいぶんと盛り上がって。旦那様方。
**イエス・キリスト**
お嬢さん。
こんな所で、再びお会いできるとはね。
これまた奇妙な事じゃないか。
何はともあれ、非常に嬉しいぞ。
あれでおしまいでは、少々、悪いと思っていた。
その・・・怯えさせてしまったからね。
**カンパニージャ・デ・ウトレーラ**
なんと!?
あの恐ろしいジプシー女だ!!
俺達を追ってきたのだ!!
**罪の蛾**
アンタ、
魔女の集会に、魔女がいる事がご不満?
農家の女は、台所にいるものかもしれないけど、
魔女は、どこにでもいたい場所にいるものなのよ。
**ファド歌手**
ただのケチなカタルーニャ女だよ。
**罪の蛾**
ポルトガルの娼婦に、ケチと言われても
仕方ないかしらね。
誰にでも体を売らない程度には、私はケチだもの。
**ファド歌手**
あら、誰があんたなんかを買いたいと思うのかしら?
**イエス・キリスト**
自らの誇りを主張する事が、言い争いに発展するのなら、
時として、思う存分、それをする事も必要だろうなぁ。
もちろん、聖書にはそういった事は書かないがね。
それというのも、書かれていない事を
あえて学んで行く事が人間には必要だから。
**カンパニージャ・デ・ウトレーラ**
恐れを成して逃げたのだと思ったのに!!
**罪の蛾**
もちろん、恐れも、たまげもしましたとも。
あんな奇術を使われちゃあ、
こちらの手札なんて全て壊れたガラクタです。
それというのも、私らジプシーは、妖術には強くても、
魔術にはめっぽう無知なんですから。
しかし、あんな事ができる旦那は、
ただ者ではないとみました。
魔術師か、教皇様かは存じませんがね。
何か身分の高い旦那様なら、
ジプシーにとっては、どっちだってかまわないのですよ。
つまり、そういった方々は、ホラ、
何か我々に落としてくれるかもしれないじゃないですか。
ああ、どうか、このカタルーニャの乞食にも、
そういった奇跡の断片でも、破片でも、
つまりは人生の光明というか、嗜み方というやつを
少々、恵んでいただけないものでしょうか?
**イエス・キリスト(独白)**
(ふむ、なかなか鋭い娘だ。
何やらそれなりの勘が働いてると見える)
**イエス・キリスト**
光明か・・・。
それは、あるかもしれないし、無いかもしれないな。
黄金とかね。あるいは理想の恋人とか、
用意しようとして、できなくもないが、
そういった月並みなものなら、
悪魔にでも頼んだ方が早いだろう。
しかし、そんなものが欲するものかね?
何年も墓場に住み着いて、
虫や骸の言葉ばかり上手くなり、
魔女の集会でオペラを披露する。
そうなった理由が、そんな月並みなものを
欲していた結果だったというのなら、
なかなかお笑い草じゃないか?
お嬢さんのような者達の間では、そんなものを魔法と呼ぶのかね?
一体、君のような小賢しい魔女が
真に欲するものとは何なのだ?
**罪の蛾**
月並みのものですとも!!
多くの魔女が欲して、魔法と呼ぶ代物は、
全て月並みの物なのです。
そもそも、サバトというのは、
そういった月並みの物が、
何一つ手に入らなかった者達の作った
幻想じゃないですか!!
奴らは、黄金とか、理想の恋人とか、
そういったものを欲しているのであって、
決して、犬の哲学やら、ギリシャの美酒やらを
探してるわけじゃございませんよ。
なぜなら、黄金は、手に入れた後に、
自分でもどうにか管理できますからね。
自分で管理できないような
大きな品物ばかり欲しがって、
延々と説教台や寝台で駄々をこねるのは男だけです。
**イエス・キリスト**
なるほど、なるほど。
では、そういった物を手に入れた後、君達はどうするのだ?
黄金を換金し、豪華な家を建て、
あるいは恋人と過ごし、七面鳥を食べる。
確かに幸福だが、やがてはまた、そういった幸福に飽きて、
違うものを欲するようになるんじゃないのかね?
思うに賢い魔女ですら、
己の事を全てわかっているわけではないのだ。
君達は、欲するくせにあきらめるのが早いゆえに、
なかなか、その本性が己自身、
つかみ取れていないのだ。
どうにも自分を呪い、
自らを持て余している所がある。
**罪の蛾**
己自身の本性を全てつかみ取るなんて、
そんな恐ろしい事、全く御免ですものね。
そういった事は、精霊だとか、坊主とかに
好きなだけやらせておくようにしますわ。
七面鳥に飽きたなら、
今度は豚の丸焼きに手を出す、
豚の丸焼きに飽きたら、
今度はトルコ人の珍味にでも
手を出すのがジプシーの流儀です。
そうしているうちに、人間なんて、骨となり土となりです。
賢者とは、ろくでなしの事ですが、
愚者とは、夜空の星をつかみ取ろうとする者の事です。
身分相応な者こそが、
世の中を楽しむ事ができるのですから。
**イエス・キリスト**
全くその通りだ。
ろくでなしだとて、いや、ろくでなしだからこそ、
世の中を楽しむ事ができるのだ。
しかし、それでも、君達もまた満たされぬ者なのだ。
妖術で出した肉や快楽が、
一体今まで、どれだけ君達に
月並みの幸福とやらをもたらしたのかね?
自分の目や心に魔法をかけ、誤摩化した所で、
決して幸福にはなれなかったじゃないか!!
泥棒は、盗み方は知っているが、
盗んだ物で幸せになる方法を知らず、
放火する者は、火のつけ方は知っていても、
その火で暖をとる方法を知らないのだ。
なんで、そんなに呪い、わめき散らしているのかね?
せっかく持っている素晴らしい力も、
結局の所、何一つ使えていない。
だが、それは魔女も、信仰心に厚い者も、
詐欺師も、同じ病なのだ。
すなわち、月並みの幸福を味わえていない。
それに必要なちょっとしたコツを知らないからだ。
**罪の蛾**
ですからね、月並みの幸福こそ、我々の求める物なのです。
この国の女王になりたい訳ではなく、
賢者になりたい訳でもないのです。
月並みの幸福。
しかし、それがどんな物かすら知らないのです。
色も、形も、匂いすら、誰も教えてくれなかったのですから。
そんなものが、本当に存在すると言うのなら、
どうか、それを得るコツというものを、
本当に教えていただきたいものです。
**イエス・キリスト**
無論、それが不可能な事などあるものか。
どんな者にも、要領一つで、
全ての魔法が使えるように、神は世界を作ったのだ。
**罪の蛾**
では、あたいも、あなた達に同行して、
その素晴らしい方法を盗み・・・いや、
ご教授いただく事にしたいものです。
それというのも、こんな人生に嫌気がさしてきたもので。
卑しい野良犬が、果たして聖獣になれるのか、
この歳になると、賭けてみたくなりました。
そうしたら、私みたいな日陰者の人生にも、
光が射すって事じゃないですか!!
そうなったら、全く、夢のようじゃない?
**イエス・キリスト**
好きにするがいいさ。
そもそも、神は選択をしないのだ。
選択をするのは、いつだって君達なのだから。
**カンパニージャ・デ・ウトレーラ**
なんと!? 正気ですか!?
ああ、まったくひどい事になった!!
**カンパニージャ・デ・ウトレーラ(独白)**
俺の約束の報酬は1ペソたりとも渡さないぞ。
ジプシー女め!!
一体全体、この男は俺に何を見せる気なのだ!?
どんな手品をやらかそうというのだ!?
ええい!! 俺は騙されないぞ!!
詐欺師がペテンに騙されるようではおしまいだ!!
それとも、俺は騙されたいのだろうか?
この男の見せる幻想に、
自分の中の何かをかき消してほしいのだろうか?
火をつければ、始めはあった勢いもやがて衰え、
後に残るのは、くすぶる炭だけだ。
あと少しで、俺の中にあったその何かが
炭になる所だったというのに!!
今更、なぜ、俺の心の炎をかき乱すのだ?
罪悪感?
そんなものはとうに燃え尽きたのだ。
信仰心?
まだ、俺は神に頼っているのか?
ああ!! 何処かで、
俺は神に救いを求めているのだろうか?
<カンパニージャ達が退場する>
**ファド歌手**
月並みの幸福・・・
あの邪悪で残忍なジプシー女に、
そんなモノを欲する気持ちがあったとはね。
だが、思えば、それを欲しない者などいるのだろうか?
古き王、聖職者、どんな悪党でも、
いや、悪魔ですらも、
それを求めたが故に、身を滅ぼして、
己を呪い、落ちていったのではないか?
月並みの幸福・・・
ああ!! なんと贅沢で、途方も無い幻想なのだろう!!
あの連中は、それを探しに行こうというのだ。
なんと、恐れ知らずで、身の程知らずな連中だ。
全く寒気のする話だ。
しかし、遅かれ早かれ、
いつかは私も、それを探しに旅立つのではないか?
妖術で、いかに強大な闇を夜空に張り、
その幕に、魔王の黒馬の舞う幻想を見せたとしても、
そんなものは、やがて来る朝日の元に消え去り、
寒空の下、一人取り残されるのだ。
いつかは、誰もが旅立つのだ!!
ああ!! 神様!!
私は、その日が来るのが恐ろしい!!
真実を見るのが恐ろしい!!
希望というのは恐ろしいものだ。
なぜなら、それは同時に
絶望も含んでいる道化の果実だからだ。
だが、それでも、やがては探索の旅に出ねばならない。
自分の中の真実を見ぬ振りするのは、
自分に対する冒涜にも等しいのだから。
ああ!! 神様!!
私は、その日が来るのが恐ろしい!!
どうか、夜よ!! 私を盲目にしておくれ!!
光を見る事で、昔、自分が本当に欲していた物を知り、
それが、決して手に入らないであろうという真実を知る位なら!!
全てが暗闇の世界で、盲人として生きていく方が、
私にはマシなのだ!!
■■続く■■
魔女の集会で語られる
社会のつまはじき者達の様々な会話・・・
魔女が単に魔法を使う者ではなく、
社会的に異端として、追放された者であるという
作者のテーマがここでも表現されています。
以下、簡単に
作中に登場する
いくつかの単語を解説させていただきます。
■アルビ派
キリスト教は、聖書という一冊の文献を、
その信仰の教科書としているのですが、
聖書は、そもそも比喩が多く、
はっきりと教義が書かれている訳ではないので、
その解釈、受け止め方を巡って、
たびたび歴史上、意見の分裂が起こりました。
本家の解釈と異なる聖書の解釈をしてしまった集団は、
破門され、異端として攻撃されました。
プロテスタントも発生初期の頃は、
カトリックから見れば、当然、異端でしたが、
あまりにも大きく育った為、
異端とは言われなくなっただけに過ぎません。
アルビ派は、そうしたキリスト教の異端の一つです。
ちなみに、どんな風に聖書の解釈が違うか?という事は、
一冊の本が書ける位、長くなるので詳しくは書きませんが、
あまりにも厳しい修行や、真面目な教義を作り、
当時の権力者の政治にとって不都合な教団は、
基本的に異端として叩かれたという背景があります。
■グノーシス主義者
グノーシス主義者は、同じ異端でも、
アルビ派のような聖書の解釈のレベルではなく、
この世の知恵、神秘、神の秘密を解き明かし、
神の様な力を持とうとした思想家達の一派です。
カバラや錬金術師の様な類のものだと
考えていただければいいと思います。
もちろんキリスト教から見れば、
異端として叩かねばならない罰当たりな存在でした。
■犬の道化(犬の哲学)
作中で「犬の道化」という人物が登場します。
また、「犬の哲学」という言葉も出てきますね。
犬の道化とは、古代ギリシャのキュニコス派の哲学者の事です。
人間は自然の中で生かされている一生物に過ぎない故に、
人間社会のしがらみや、価値観は無意味であると考え、
犬のような生活を送った為、犬儒派と呼ばれました。
社会や人間に対して冷めた態度を取り、
シニカル(冷笑、皮肉)の語源になりました。
黒実は作中で、そうした背景から、
諧謔的に彼らを「犬の道化」と呼んでいます。
■ファド歌手
ファドとは、ポルトガルの酒場などで歌われる大衆音楽です。
昔の女性ファド歌手は、娼婦がやっていた事もあり、
またファド歌手を意味するファディスタの語源は、
元々あらくれ者の自警集団の事だったなど、
ファドという文化が、場合によっては、
支配者層ではなく、大衆側の
はぐれ者達の文化であった事は想像できます
(ファドが一時期、支配者の庇護を受けた事もありますが)
これはタンゴや、場合によっては、
イタリアのマフィアの文化背景にも言える事で、
こうした芸術の背景に、南欧やラテン世界の、
支配者と、大衆の対立を見て取る事ができるわけです。
■ラ・メルド・ラタン
「ラテン語の糞野郎」という意味の一種のスラングです。
ラテン語の糞野郎・・・つまり聖職者の事です
(ラテン語でミサを執り行うからです)。
作中では、ただの魔女のあだ名として使われています。
サバトで登場する
「老獪な百姓娘」や「罪の蛾」「墓地の魚」などの魔女達は、
黒実の絵や他の作品にも登場するキャラクター達です。
今回は歌はありません。
(ごめんなさい)
続編もまた読んでいただけましたら嬉しいです。