ある賭博場で詐欺師カンパニージャがしでかした事について
この作品は、戯曲形式で書かれていて、しかも途中途中に詩を挟み、ミュージカル(30曲の曲つき)になっています。その為、小説として読むと、読みにくい箇所があるかもしれません。その辺はどうかご了承下さい。
■■■第一幕■■■
<ボティーガス墓地で骨や屍達が歌う>
■歌■
**骨や屍達**
木々のざわめき、
夜と死のにおい、
孤独な夜、
棺桶の朽ちる音、
骨のすすり泣き、
苔むした髑髏、
湿った静寂アルマ、
これが答え・・・
これが俺達の人生の答え、
ウジ共よ、傲るな
俺達の指が健在だった頃、
弾いていたギタラの旋律よりも美しく動けないのならば
朽ちたビウエラ、
腐敗したマテ貝、
悠久の音、
土虫の囁き、
倒れた十字架、
かびた聖書、
虚無の悲鳴、
これが答え・・・
これが俺達の人生の答え、
カニ共よ、傲るな
俺達の喉が健在だった頃、
歌っていたカンテの響きよりも遠くに行けないのならば
打ち捨てられた屍達の
ああ、歌う、墓場のシギリージャ
ギタラの響き、
朽ちたイワシのにおい、
古きマラガの過去の栄光、
這い回るカラコル、
売られた女、
割れたバンドゥジャ(パサド)、
これが答え・・・
これが栄光の人生の答え、
犬共よ、傲るな
俺達の足が健在だった頃、
踊っていたパソで優雅に踊れないのならば
生きる事、死ぬ事が、全て虫の供物、
栄華も、虚栄も、優しさも
むなしい暗い穴の中へ
友よ、虚ろで、浅ましい夜は
歌え、墓場のシギリージャ
例え全て幻だとしても
ああ それでも主の信仰にすがりつく為に
■「イワシの埋葬」より
(ユーチューブで「墓の魚 イワシの埋葬」と検索すると聴けます)■
<スペイン・セビージャ県カルモーナの小さな賭博場。
博打打ち達が深夜までゲーム(オンブル)にふけっている>
**カンパニージャ・デ・ウトレーラ**
ああ、世間じゃ、博打やオンブルは、
浮気や異教徒と同じ位、ろくでもないものと言われているがね、
兄弟。全くその通りさ。
ある意味、フラメンコよりもろくでもない。
そりゃ、フラメンコは決して神に祝福されちゃいないし、
ジプシー共の行儀の悪さを増長させるような、淫らな踊りだがね。
だけど、フラメンコにはある程度、節度っちゅうもんがあるね。
まっ、俺が思うに。
へへ。だけど博打にはそれがないんだ。
節度の神様ってやつがいないんだな。
誰も俺に銃を突きつけて、
「その辺でやめとけ、相棒」とは言っちゃくれないのさ。
下手すりゃ地獄にまで行っちまうぜ。
万事、自分の責任という奴なんだ。
博打はろくでもないってのは
カルデロンの時代から全く変わっちゃいない普遍の法則って奴だね。
だけれど、人間はろくでもないものにこそ惹かれるものだ。
なぜって?
だって、人間がろくでもないものだからさ。
それだって普遍の法則だ。
<賭博場の隅のテーブルで、
5人の男達がカードゲームをしている>
<「アラルコス」が、向かいの席の「ヒリポジャス」と
カンパニージャ・デ・ウトレーラに話しかける>
**アラルコス**
いい頃合いだ。
そろそろ引き上げた方がいいんじゃないか?
ご自慢の顔色も、幸運も、それだけ悪いとなりゃあ。
**ヒリポジャス**
そうか?
確かに潮時というもんを俺は信じる方だが。
そうだな。マリア様の次くらいにはね。
だが、今回はおまえの負けだぜ。
ほら、10と6。
14ペセタ支払ってもらおう。
<「ヒリポジャス」、カードを広げる>
**カシケ**
あがりかよ。シラケる奴め!!
<「カシケ」、
自分の持っていたカードを机に投げ、渋顔を作る>
**ヒリポジャス**
そいつは申し訳ないがね。
勝負事って言うのは、何もおまえさんを楽しませる為に
どいつもこいつも盛り上がっている訳じゃないのさ。
おーい、景気がいいぞ!!シェリー酒をこちらにも一杯!!
<「ヒリポジャス」、
カウンターに手を振る>
**カシケ**
おい、フランスでは、
そいつはあがりじゃねぇんだぜ。
**ヒリポジャス**
そうかい、先生。
だが、空威張り屋共は、おまえにスペインでの勝ち方を
教えてくれなかったってわけだ。
さぁ、さっさと払いな。
**カシケ**
ああ、払ってやるよ!! ほら。
全く、イカサマ師共が!!
ギャンブルで財産をすって、地獄の悪魔に売られるがいい!!
ああ、俺は人よりちょっとばかし賢いからな。
この辺でわざと負けておさらばするのさ。
引き際を知らないおまえらは、
負け時を忘れた社会主義者みたいに、朝にはサン・ジェルマン墓地の住人だな。
「カシケ」が、お札を机の上に投げる。
**アラルコス**
さて、俺はここで上がらせてもらう。
さっきの言葉は、おまえに言ったんだぜ?カンパニージャ。
そろそろ引き上げた方がいいんじゃないか?
**カンパニージャ・デ・ウトレーラ**
おいおい、 馬鹿を言うなよ。
勝負はこれからじゃねぇか。
帰るんならさっさと帰るんだな。
俺の勝負の女神ってのは、最高に負けてる時にこそやってくるもんなんだよ。
ギリギリの所まで粘れねぇ奴は、そもそも最高の勝ち時を逃がしているのさ。
人生って奴はそういうもんだろ?
**カシケ**
人生を語りだしたぜ。
こいつは始末に終えねぇ。
酔っぱらったザリガニ共だ!!
<机の男達が笑う>
**カンパニージャ・デ・ウトレーラ**
ふん、さっさと帰って、残った金を数えるんだな。
そんな人生がお望みなら?
**アラルコス**
望みか。
望みなんてのは、いつも叶うとは限らないって事を知っておくべきじゃないかね。坊や。
おまえがどんな人生がお望みかは知らねぇけどよ、
これだけは言えるってもんだ。
いいか?
負けを受け入れられない奴にも、負けはやってくるもんだぜ。
人生って奴は上手く出来てるよな。
<「チリパ」が二人の会話に口を挟み、
カンパニージャ・デ・ウトレーラに話しかける>
**チリパ**
これでおまえの負けは80ペセタなわけだが、
もちろん払えるんだろうな?
どんなに粘ったって、勝負は夜明けまでだぜ。
**カンパニージャ・デ・ウトレーラ**
おい、こいつはたまげた!!
俺の心配をしてくれるとはね。
博打の世界も情け深くなったというもんだ?
違うかい?
何度も言わせるなよ、勝負はこれからじゃねぇか!?
**チリパ**
よし、なら、俺とおまえさんと、
旦那はもう一勝負だ。
おまえらは帰んな。
<「アラルコス」「カシケ」が立ち上がり帰っていく>
<「チリパ」、カードを集め直しながら、
立ち上がった男達を手で追い払う>
**カンパニージャ・デ・ウトレーラ**
へへ・・・そう来なくっちゃな。
その前に厠へ行かせてもらうぜ。
ずっと我慢していたんでね。
こいつは最後まで持ちそうにないや。
<カンパニージャ・デ・ウトレーラ、席を立って、立ち去る>
<「カシケ」が、「チリパ」に顔を向ける>
**カシケ**
おい、行かせていいのか?
あいつ・・。
**チリパ**
ああ?
ギャンブルで負けてる奴を、厠に行かせないって法はあるめぇよ。
あいつが逃げる心配をしているのなら、まぬけな話だぜ?
逃げ場なんてないさ。
賭博場の厠で逃げられるものなら、
俺だって、三日前の晩の勝負の途中に
もよおしたに違いないからな。
**カシケ**
ああ・・、そうだな。
だが、あいつはまじないを一つだけ使えるんだぜ。
と言っても、ドン・シモンみたいな見事なやつじゃなくて、
低俗なもんだがね。
ヌエバ通りのジプシー共が使うようなやつだな。
自分の姿をくらますようなものだったと思うが?
**チリパ**
おいおい、しっかりしろよな。
妖術なんていうのは、あれはそれこそ
まっとうな明かりの元では大道芸の手品みたいなもんに過ぎないんだよ。
神への祈り一つで掻き消えてしまう。
カタランのまじないも、ジプシーの占いも、そういう意味では恐れるもんじゃねぇ。
そんな低俗なまじないで、一体どれだけの効果があるっていうんだ?
せいぜい、自分の靴くらいしか消せまいよ。
なんたって奴程度の男が使う妖術なんざな。
**カシケ**
ご立派な自信だがね。
あんたの言ってるのはさ、
まっとうに教会に通ってる奴の話だよな?
食事の前にはお祈りし、
巡礼の旅に出かけても女房の誠実を疑わないようなさ。
俺たちゃ、博打打ちには神のご加護は無いんだぜ?
旦那、まさかご自分がまっとうな明かりの下に生きてるなんて思いやしないだろうね。
それに、あいつは臆病で、弱虫で、どうしようもない三流だが、
それを自分で自覚している奴ほど、面倒な男はいないよ。
ロマの女共にしても、ユダ公の金貸しにしても、カタランのまじない女にしても、
連中、自分が臆病で、弱虫で、どうしようもない三流だという事を自覚していて、
そういった類いの奴が、一番やっかいなんだ。
わかるか?
なぜならそういった連中は、自分が奇跡なんか起こせないって事を、
嫌って程、思い知っているか、楽しんでるかしてるからさ。
前者は不幸な境遇で、後者はイカレた頭でな。
そういう奴は祈りなんかしないもんだ。
いつだって小狡く自分だけが逃げ仰せる方法、
自分だけがノアの方舟の漕ぎ手から、どうやって漕ぎ棒を奪い取れるかを考えてる。
俺達は分が悪いぜ?
なぜなら俺達は祈るからだ。
その時間に連中は遠くへ行っちまう。
お宝を持ってね。
ああ、つまりな、油断できないって事さ。
**チリパ**
全く、見上げたご高説だ!!
おーい、誰か、奴の様子を見にいってこいや。
鉄格子にひっかかってやしないかをな。
<場面変わって、賭博場の厠の中。
カンパニージャ・デ・ウトレーラが一人、苦悩している>
**カンパニージャ・デ・ウトレーラ**
ああ、なんて事だ!!
また、やっちまった!!
金なんかありゃしないってのに。
ああ、1ペセタも持っちゃいないぜ。正気じゃない!!
ついつい、熱くなっちまうんだ。
もうやめようと思ってもね。へへ。
運の女神に見放されてるぜ。全く。
何度、繰り返しても懲りない、どうしようもない男。
それが俺さ。
だが、俺にはあのまじないがあるんだ。
酔っぱらった夜に、3ペセタでフランス女から買った呪文。
だが、あの呪文だけじゃ逃げ仰せるのは難しいだろう。
こいつは俺の体を完全に消してくれるわけではない。
気配を薄めてくれるだけだ。
まぁ、手品みたいなものさ。
だが、へへ。そう、あわてたもんでもないさ。
逃げる方法なんていくらでも思いつく。
手品師って奴は、閉じ込められた檻から出てこそ一人前ってわけさ。
<カンパニージャ・デ・ウトレーラ厠の扉に火をつける。
みるみる間に、火が燃え広がって行く>
魔術師カンパニージャ様の一大ショーでござい!!
さぁ、刮目してくれよ!!
神でも、大天使でも、詐欺師でも、
見物したら料金は払っていただきたいものさ。
だが、お金でなくっても結構。
神なら活路を、天使なら幸運を支払っていただきたいものだね!!
だが、詐欺師は何も支払わないぜ?
活路も、幸運も、情けも、魔術も、お客も、全部かすめとって、
最後に笑うのは、詐欺師カンパニージャ様だ!!
■■続く■■
賭博をしている男達の名前をぜひ楽しんで下さい。
本名の者もおりますが、多くの者達はあだ名で呼ばれています。
ヒリポジャスは糞野郎という意味ですし、
チリパはまぐれ当たりという意味です。
カシケは田舎豪族という意味で、成金とか、お大臣のような意味合いでここでは使われています。
ちなみに、主人公のカンパニージャ・デ・ウトレーラという名前は、
「村の小さな鐘」という意味です。
他にも空威張り屋=フランス兵や、
ザリガニ共=イギリス兵
カタラン=カタルーニャ人
のようなスラングも登場しています。
こうした言葉の隠された意味などを探していく事も
楽しめる作品にしたいと思っております。
続編もまた読んでいただけましたら嬉しいです。