4.
淡々とした口調で竜紅人が話す。
それは竜紅人が香彩から読み取った、思念だった。伝わってきたと言った方がいいだろうか。言葉に出さずとも、その真率な思いは竜紅人の心の中に直に入ってきて、勝手に紫雨の思念とせめぎ合う。
紫雨とは、麗国の官の統括である大宰であると同時に。
香彩の実の父親だ。
両者の思いが分かるからこそ、竜紅人は敢えてふたりを引き離したのだ。
竜紅人の言葉を聞いて、咲蘭はまるで氷に触れたかのような、はっとした思いを味わっていた。心の中に冷水を落とされて、広がっていく波紋の如きざわめきが、今の彼を占めていた。
先程の激昂とまではいかないが、熱い思いが嘘のように、すっと冷めていく。
思い出したのだ。
酒に酔い、やけに軽口だった紫雨が、咲蘭に話した事柄を。
その事実が発覚した時、紫雨は一瞬香彩に目を向けたが、無言のまま香彩の前から去ったのだ、と。
香彩を見るその目は、あの時と同じ憎しみの目だったのだ、と。
「……だから、ですか」
自分の目の前で、城主が制裁という名で香彩に植え付けた妖気。
それは、どうあがいてもふたりを会わすために仕向けた種。
だが、竜紅人は敢えて間接的に城主に背く形で、香彩を連れ去ったのだ。今は時期ではないと判断して。
「全く……畏れ多いといいますか、無謀といいますか」
「叶的には結果が良ければ、過程なんかどうでもいいからな」
要は城主、叶が描いた結果の通りになれば、それは謀反にはならないということだ。
それは決して悪い方へは向かないだろう。
両者とも失えば、叶にとって痛手でしかないのだから。
「……分かりました。私は何も見ず知らず、薬を受け取って城へ戻ることにしますよ」
しばらくの沈黙の後、咲蘭はそう返答をした。
本当ならばここにいてふたりの今後を見届けたいところだが、大宰の使いで来ている以上、戻らなければかえって怪しまれてしまう。
「ただし、どうしても状況が許さない場合は、香彩を無理にでも紫雨に会わせてください」
「……ああ」
少し思案した様子で竜紅人がそう返事をした。
「感謝する」
そう言って竜紅人が差し出した手を、咲蘭は思いを込めて強く握り返したのだ。