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2.

 

 彼がここへやってきたのは、夕闇迫る、日も沈みそろそろ部屋の灯火を点けようかといった頃合だった。

 竜特有の翼音が聞こえ、無礼にも呼び鈴無しに乱暴に引き戸を開け、文字通り飛び込んできたのだ。


『麒澄医生!! こいつ……こいつを早く!!』


 血相を抱えて、というのはこのことだろう。

 竜の角や翼、尾を出したままという、かなり目立つ格好で少年は、自分の腕の中にいるもう一人の少年を診てくれと頼んだ。



 麒澄は目を見張る。

 よく知っている人物だった。

 だがこの変わり様はどうだ。



 元々白衣だろう服は、酸化したどす黒い血で染まり。

 さらりと切り揃えられて腰へと落ちるはずの藤の花のような色をした髪は、ひどく乱れ、血糊で固まり。

 背には肩から腰にかけて、鋭い何かで切り裂かれたような三筋の傷があり。

 

 そして、この妖気。


 麒澄はこの妖気の主を知っている。

 少年を取り巻くようにして妖気は彼に憑いていた。これではたまったものではないだろう。

 服についている血は怪我のものだけではないはずだ。

 妖気は時間とともに気管支を侵していく。ついには炎症を起こして咳とともに喀血する。発作のように、何度も何度も。

 麒澄は少年を病室の寝床に寝かせて、中途半端な竜族を別の部屋へと追い出し、処置を行った。

 だが行えたのは傷の手当てと、妖気を薄くすることだけだった。



 



「……聞かないのか? 何があったのか」

「お前達とは知らない間柄じゃないからな。気にはなるがな、竜紅人りゅこうと


 麒澄は短くなってきた葉煙草を皿に押し付けて火を消す。

 そして新しい一本を取り出し、再び火をつける。


「あの妖気は『意思のある妖気』だ。あの御方が何らかの意図を持って植え付けた妖気に、俺はどうこうする権利を持たない」


 意思のある妖気という言葉に竜紅人と呼ばれた少年は、思い当たる節があるのか、無言のまま病室の方を見やる。


 咳が聞こえた。

 肺の奥から搾り出すかのような、強い嫌な音のする咳だった。

 荒々しい息遣い。


  ひゅ、ひゅ、と砂が混ざるような息を少年はしていた。時折胸が苦しいのだろう呻く声が聞こえたが、しばらくすると安定し眠りにつく。

 これでも幾分かましにはなったのだ。

 決して殺すわけではない、だが妖気を払わなければ序々に体が弱り、やがて死に至る、そんな力加減で妖気を植え付けたのは、他ならぬ自分達の主。


(そう、全ては香彩かさいを、紫雨むらさめに会わせるため)


 妖気は払わなければ決して治ることはない。

 だが妖気を払える術力を持つ人間は限られている。

 紫雨か香彩か。

 香彩が術を使える状態であれば、どんなに辛くても紫雨に会うことなく自力で治そうとするはずだ。だが妖気に侵された体はだんだんと衰弱し、ついには香彩から人の気配を『視』る力と、術力を行使する体力を奪っていった。


 それほどまでに。

(香彩は……会いたくないのだ)

 紫雨に。

 その理由を竜紅人は知っている。


「俺にできることと言えば、これで薬を作ることぐらい、だな」


 物思いに入っていた竜紅人は、麒澄の出した品物にはっと我に返り、目を見張った。

 卓子の上に無造作に出されたもの。


「何で……これ」


 それは透明感のある蒼い色をした、鱗だった。

 自分はこれをよく知っていた。叩けばこつこつという固い音がするのに、曲げようとすると驚くほど弾力よく、くにゃりと曲がる、この鱗を。

 何故ならこれは。


「オレの……」

「ああ、お前の鱗だ」


 竜紅人は呆然と自分の鱗を見ていた。

 蒼竜は現在麗国に竜紅人しか存在していない。確かにこれは自分の鱗なのだ。

 覚醒を成した竜の鱗は魔払いの妙薬になると聞いたことがある。これで薬を作って貰い、妖気払いの儀式を行えたなら、たとえ魔妖の王の妖気といえども、名残を感じさせることなく一掃できるだろう。

 だが自分はこれをどこで落としたのか。

 心当たりはあった。


(……あの衝撃の時……か)  


 麗城中枢楼閣。  

 主君館から陰陽屏へと続く、展望台で。  

 香彩の策略により『鬼』と化した仲間に自ら喰われて。  

 六層もの高さから落ちた香彩を。  

 飛びながら受け止めた、あの衝撃。


(けど……これがここにあるということは)



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