連携と意地の張り合い。漁夫の利
吊り上げた巨馬の片脚が地面に影を差す。
それだけの所作で空気が震え、不穏な音が広がった。
そして勢いよく振り降ろされた蹄が爆心地となって、地面を揺るがした。突風が巻き起こり、周囲の障害物が遥か後方に飛び散る。
だが、それを受け止める者の介入によって被害は最小限に抑えることに成功していた。
「う、ぐぐ」
地盤の盾となった狼少女は、自らの体格より数十倍もある相手の踏みつけと拮抗している。
恐らく今の攻撃を回避していれば、都市中の建物がいくつも倒壊していただろう。
そして、余計な移動を抑え込む意味でも一役買った。動き回られると、色んな物を踏みつぶしていく規格だ。
その隙に奴の背中を目指す。横合いの建物と胴体を交互に跳躍し、後ろ脚からあっという間に上り詰めた。
到達直後、馬の尾が幾重にも枝分かれした鞭の如くしなって飛んできた。後ろでまとわりつく虫を振り払う感覚だろう。
事前に察知することにより、どうにかかいくぐる。そして腰に当たる部位にまで接近。
俺達と荒魂の体格差はさながらネズミと象だ。生半可な攻撃は通用しない。正攻法では仕留めるのに日が暮れるだろう。
でも真噛が身を呈して奴を抑えている。この機会を逃すわけにはいかない。
赤き馬の背に立った俺は振り落とされるよりも早く攻撃に移った。
殴打ではなく手をその厚い皮膚に押し当てる。
一点集中。確実な一撃を加える為に外部ではなく内部へと直接威力を届ける技で行く。
精霊力を籠めた暗勁。波濤暗勁を小さな山のような荒魂に繰り出した。
中心から全体へと行き渡る衝撃を流した直後、重心が揺れるのを体感する。
苦痛を孕んだ鈍い嘶きが奥の頭部から漏れ、効果があったことを確認。
怯んでいる隙に俺達は攻撃を加えた。真噛は脚を狙っての膂力にものを言わせた攻撃を始め、俺は動きを阻止するべくこの衝撃を送り続ける。そうして馬はバランスを完全に崩し、膝を折った。
だがそれだけ畳み掛けてもやはり大きさが大きさで決定力に欠ける。この攻勢も、いつ覆されるか……
「下がれ。もうじき火の海になる」
地上から注意の声。俺は狼少女を呼び掛け、すぐさま荒魂から離れた。
その時、巨馬を囲うように熱した線が引かれていたことに気付く。
それを描く為に先程から周囲の地面スレスレを旋回していたと思しき炎の鳥が、合図と同時に遥か頭上へと急上昇する。
そして炎鳳と繋がっているからか、渾身の精霊力を送るようにゼムナスは手を結ぶ。
「煉刻円図」
描かれた線から炎の壁が一斉に立ち昇った。荒魂は大規模の大火事に包まれる。
態勢の復帰もままならない最中で火の海に放り込まれた荒魂は、たまらず絶叫する。中で地面を踏み鳴らし、身をよじってもがいていた。
「嵐玄」
「分かっとる!」
こちらにまで熱波が届くほどの鮮烈な光景を目の当たりにしていると、ゼムナス達は次の工程に移っていた。老亀が応じるなり、大気が不自然な様相を見せた。
風が逆巻き、渦を生み出す。この亀は風を操る力を持っているらしい。火の海に目掛けて、嵐を呼んだ。
そして炎鳳の起こした炎と入り混じり、火災旋風となって塔のようにそびえ立った。
風によって火の勢いが増し、生きたまま焼かれる速度が加速する。
それはあの怪物が自分のいる地面を踏み均していなければ建物に火事が広がる為、実現出来なかった合わせ技だろう。
足止めありきとはいえ、奴を調伏する上でゼムナス達がめざましい貢献をしたことは認めざるを得ない。
「取引にきたつもりが、火葬を手伝う羽目に遭うとは」
「土葬がお好みか? あのサイズは骨が折れるぞ」
たまらず倒れ伏して絶命の兆しを見せつつある巨馬の荒魂を警戒しながら見届けた。この調子で早々に決着が着くのなら幸いである。被害拡大を防げたのだから。
「炎鳳の炎は対象が滅べば消えるだろう。鎮火次第、店内でそっちの社長と合流する。まだ清算もしていない」
「こんな事態になってまだ代金を考えているのか」
「筋は通す。私が設けた席だ、全額払っておこう」
「ふざけるな、アンタに奢られるくらいなら俺が出す……いや、それ以上に財布をスられた方がマシだ」
「微々たる損失だな。こちらは資産の半分を喪失することにも天秤を掛けられる」
「だから何だよ。偉大なシェークリア家はガキに後れを取ることを恥と思うように代々教わるのか」
「生憎だったな。お前が学ぶ機会に巡り遭わなかったものを虚仮にするとは厚顔もいいとこだ」
仮面越しに奴と睨み合った。この野郎、俺に対して張り合う気か。
「おおいゼムナス、口ぶりから良く知る間柄のようだがそいつ誰なんじゃ?」
問答を足元で聞いていた嵐玄が訊ねる。
「さぁな、行きずりの他人だ」
「そうなる前はシェークリアの人間だったんだが、追い出された身でね」
「……まさかあの小童かっ」
俺の嫌みに感嘆を漏らした。俺は記憶にないがこの亀の精霊獣は知っているみたいだ。
「驚いたわい……お前とおるっちゅーことはゼムナス、ちゃんと言ったんじゃな……!? エリーゼが——」
「黙れ嵐玄」
「うっこりゃ藪蛇かいかん……!」
低い声音で男は自らの精霊獣の言葉を遮った。それもいつになく鋭い。
エリーゼというのは母さんの名前だ。その本人に違いない。どうして此処で出てくる?
「オイ、一体何の話だ。どういう意味か答えろ」
「私の妻の話だ。お前には関係ない」
「俺の母親でもあるんだぞ。関係ないわけあるか」
「知ったところで既に過去の出来事。応じる義理も無い」
「逃げるな、まだ俺に言っていないこと……って、コラそこの亀! 意味深なこと言った本人が何引き籠っているんだ! 言えよ!?」
甲羅の中に隠れた嵐玄に問いただす。だが、だんまりを決め込む気だ。
恐らく俺に起因する上で知らない隠しごとがコイツにあると考えるだけで苛立ちが募る。
いや、それはダメだ。頭を振って冷静さを取り戻すことに努める。
思い通りにいかないからとムキになるのは悪循環だと頭で理解している。
切り替えろ。こっちが執着してどうする。
「……もういい。追求してもキリがない」
「フン、諦観したのなら何より」
「言ってろ。あくまで仕事で仕方なくアンタといるんだ。でなきゃ会うことだって無かった。今更何を聞いたって変わりはしない。お望み通り墓まで持ってけよ」
半ば、自分に言い聞かせるように吐き捨てた。
「調伏を見届け次第、とっとと……」
「むっ」
首を引っ込めていた老亀がいち早く異変を察知して呻く。
「終わっとらんぞ!? 奴はまだ生きとる!」
甲高い嘶きが、街中に反響する。炎の中、シルエットがそびえ立った。
弾かれるように身を起こし、文字通り死にもの狂いで巨馬が飛び出した。蹄で路上を砕いて突進してくる。
至るところが焼け焦げ、いまだに一部が燃えていた。仕留め損なったか。
「どいてろ。動きを止めて、確実にトドメを刺す」
「嵐玄、暴風壁を」
「無茶言うなっあんな巨体ワシの力で止められるわけなかろう!」
こっちに迫っているのに避難する気のない後方の為にも前に出た。どうにかして侵攻を抑えないと。
だが迎え撃とうとしたところで、横合いに人型の影が先駆した。荒魂のもとへ一直線に向かう。
真噛が先に行ったのかと思ったが、違う。黒ずくめの見知らぬ人物だ。
それが馬の頭部に張り付いた途端。苦痛を伴った奇声があがった。襲い掛かって動きを止める。
振り落とそうと顔を激しく揺さぶる巨馬から鮮血が舞い散った。
「……な」
思わず声が出たのは、近づくにつれその攻撃手段の異様さに戸惑ってしまったからだ。
あろうことかその乱入者は、巨大な怪物の片目を潰して腕を突っ込んでいた。急襲からの恐ろしい行動力である。
血が飛び散るのも、馬が呻くのもそれが原因だろう。俺も思わず足を止めた。
「火々尾甲ッ」
眼孔の中に入れた腕が赤熱の輝きを見せたかと思うと、内部から爆発が巻き起こる。
まるで火薬でも仕込まれていたかのように炎が噴き出し、馬の頭部は破裂した。
命懸けとはいえ、此処まで非情で容赦のない……それでいて実に合理的な調伏を目の当たりにする。
その衝撃から程なくして馬は抵抗を止め、ぐらりと真横に転倒した。
建物を巻き込み、盛大に倒壊させて巨大な荒魂は完全に沈黙する。
白煙をあげる腕を引き抜く。その外見は通りすがりの一般市民とはけして言えた姿ではなかった。
黒のボディスーツにマント。きわめつけに鳥みたいなフォルムのヘルメットを被っている。まるで鳥の怪人だ。
そんなコミックの登場人物のような出で立ちをした人物は怪物から身軽に飛び降りる。
手に掛けた荒魂にも目もくれず、こちらへと近寄ってきた。
「お前が、天朧だな」
バードヘルメット越しから見える素顔には、見覚えのある顔が見えた。とても記憶に新しい。
もうひとつの退魔士企業『鴉』のアイン。この現場での遭遇をとても偶然には思えなかった。




