ショッピングの寄り道。『風牙』の姉御
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「ねぇねぇ真噛、これなんか似合うと思うんだけど」
「うん、気に入った」
「やっぱり? だったら買いましょう。一緒に精算して良いから」
「でもわたし、お金出せる。それに服も自由に変えられるけど」
「良いの良いの、せっかく奨めたんだからたまには買ってあげる。見るだけ見てお金を出さないと、お店の人困っちゃうじゃない」
アパレルショップで私と狼少女は一度では目を通しきれない衣類を掻き分けている真っ最中。足繁く通っているせいか店員さんに顔を覚えられてしまっているようで、狼少女も衣服を定期的に買わないと怪しまれるかもしれない。
チップを弾んで店を出ると、紙袋を持った真噛が隣で尋ねてきた。
「アリス、お嬢様だよね」
「う、うーん、まぁ人並み以上には良い暮らしをしているとは思う。でも急にどうしたの」
「さっきも、お小遣い沢山。わたし、貰えるけど使い道あんまりない」
そうだった。彼女も『北斗』の一員、そして見かけとは裏腹にとても強い。
「でも真噛だって働いているんでしょ? ちゃんと貯めておいて正解。そうやって貰っていた方が無駄遣いしなくて済むから」
「まだお手伝い程度。でも、もうじき称号貰える」
「称号、って天朧みたいなの?」
頷きながら彼女は鼻を鳴らした。
「それは楽しみね」
「バリバリーって、感じの呼び名がいい」
「ば、バリバリ?」
他愛ない話をしながら道端を並んで歩く。思いの外お洋服を買う時間が早く済んだ。寄り道する余裕は結構ある。
「この後どうしよっか? 近くにクレープ屋さんとかあったと思うけれど」
「むっ、行ってみたい」
食指を沸かせた真噛の同意を受け、即決で行き先を兄さんの借家からお店に変更する。
だがそんな街中の真ん中で、彼女は急に立ち止まった。
「真噛?」
「……」
キャップを外し、頭部の犬耳をピンと立てる。耳を済ましている。
人の聴覚では拾えない音をどうやら彼女は聞き取り、気にしているらしい。
「やっぱり!」
「どう、したの」
「ごめんアリス。これ、お願い」
「えっちょっ真噛!? 何処行くの!」
弾かれたように彼女は動き出した。荷物をこちらに手渡すなり、クレープ屋さんとは違う方向へと飛び出す。
ぽつりと取り残された私は、あまりに突然のことに声にならない呻きをあげる。
「~~っ、虎土」
すぐに決心を固め、相棒を呼び出しその背にまたがる。
あの子を放っておくわけにもいかない。
「真噛を追って!」
「分かった」
もし荒魂が現れたのなら、今回弓と矢を持ってきていないけど虎土が闘える。
上位以上が相手でなければ及ばずながら力になれる筈だ。
距離を離されつつもどうにか路地裏に入った彼女についていく、人気のない場所に差し掛かりようやく追い付いた。
影が二つ、縦横無尽に踊っていた。目で追うのもやっとだ。
片方はきっと真噛だろう。では、もう片方は?
幾度となく交錯し、時に火花を散らしている。
私は入り込む余地のない戦闘に目を奪われた。何が起きているの? あれは荒魂なの?
風を切る物音とともに、苦戦する狼少女の声が混ざった。
「いい、加減、止まれ……!」
「フッ」
正面衝突を起こし、真噛の動きが宙で鈍る。
相手はそのまま彼女の背後を取るなり、重い一打を加える。
地面に叩き付けられるより早く受け身を取り、すぐに顔を上げる。
「お前ッ何で此処にいる!?」
「お前とは随分な言い様じゃないか、マカミ。ようやく人型になれたとはいえ、まだまだ未熟だな」
建物の上から見下ろすその人物の声が反響した。
その正体はピンクローズの長い髪をした、美しい女性。
まず独特な民族衣装。放牧とかで暮らしていそうな恰好は、この都市では非常に浮くだろう。
そして何より目を引いたのは真噛と似通う身体的特徴だった。
イヌ科の耳と尻尾。紛れもなく人を象った精霊獣だ。
「狗桜姉さんと呼べといつも言っているだろう?」
「断る! 絶対呼ばない!」
あっ、と私は思い出す。前に海で彼女が名乗った偽名、確かクオウだった。
実在する人だったんだ。
狗桜と名乗る狼女は、十数メートルはある高さから難なく飛び降り、身軽に着地。この人、足に包帯みたいな布を申し訳程度に巻いているだけでほぼ裸足だ。
身構える真噛に構わず近寄り、躊躇いなく飛び付いた。
「久しぶりだなぁ! 元気にしてたか!? 召喚に呼び出されて以来『風牙』に戻って来ないものだからどうしているのかと思っていたがまさかたまたま訪れた人間界で会えるとはなぁ! 嬉しいぞ成長した姿をわたしにもっとよく見せろほぅらそんなに照れるなうい奴うい奴!」
「キャインキャイン!」
狗桜さんの魔手に捕まった真噛はそのまま頬擦りをされて悲鳴をあげた。すさまじく激しい猫可愛がりだ。どっちも狼だけど。
「む? ところでそちらの令嬢はもしやマカミの契約主かな?」
「い、いえっ私は彼女の友人で。その子の契約しているのは兄の方でして……」
「そうか、わたしは狗桜だよろしく。後でその御仁にもご挨拶しておきたいものだ」
「余計なこと、しないで! 離せ——キャワンッ」
抵抗する狼少女を抑え込み抱き枕扱いにするところを見るに、かなりの実力者であると窺える。
毒気を抜かれ、「戻ろうか?」と申し出た虎土に中へ入って貰う。
「アリスと言います。あの、狗桜さんは真噛のお姉さんですか?」
「いや、そういうわけではない。わたしもマカミも『風牙』という一族の出自で、単にわたしが年上だったというだけだ」
「姉ぶるの迷惑! いい加減離れろ!」
「おいおい人目を気にしているのか? 恥ずかしがることないぞおーよしよし」
「ウウウウウウウゥゥッ」
嫌がってますよ? と言おうか迷っている内に狼少女はもがいてどうにか引き離した。
「クオウ、何しに来た!? 遠吠えなんかしてわたし呼んだ!」
「いやすまん。別にお前を呼んだわけじゃないんだ。他に仲間を探していたんだが、どうも呼び掛けに応えてくれないかと試したんだ」
どうやら、真噛が聞き取ったのは彼女が発した遠吠えだったらしい。都内の騒音で掻き消されてしまうような大きさでも、やはり狼達には聞き分けられるようだ。
「丁度良い、心当たりがあるなら教えて欲しいんだが」
狗桜は改めて問う。不貞腐れた様子を見せながらも狼少女は「何を?」と返した。
「精霊界からこちらに呼び出されたと思わしきシロウを知らないか? 実は先日、アイツが召喚に選ばれた時の様子が明らかにおかしかったんだ」
「召喚の時、ですか?」
「ああ。普通は人間界への呼び出される際に穴が空き、応じるか否かで我々精霊獣と人間の契約が成立するのは周知だろう。だが」
続ける彼女の勝気な緑眼には、獣らしい瞳孔が走っていた。
「仲間は引き摺り込まれたんだ。本人の意志とは関係なく」




