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誰かのプロローグ。精霊界の忌み子

 彼にとって関係を持つということは敵対か踏み台にすることしかなかった。



 父と母の顔を知らず、気が付けば親代わりの野蛮な男の家で身を粉にして働かされ、暴力などの手酷い仕打ちを覚えることも億劫な数ほど経験した。


 殺すぞ。虫けら。役立たず。何度そんな罵声を受けただろうか。

 更にはひとつでも気にくわない態度やミスをすれば、男はいつも同じ決まり文句を発しながら体罰を加える。


 ――こんなことならあの村に置いておきゃよかった!


 どうやら自分は滅んだ人村の跡地で見つけられた生き残りであったらしく、運がよかったのか悪かったのか男に拾われてこの苦境の中で生きている。

 しかも彼はそこで他の住民達にも忌避の視線に晒され、隠すことなく罵声や嘲笑を浴びせられた。石だって飛んできたこともあった。



 奴隷も同然の安価な労働力と集団で吐き出すことが許された感情の捌け口。この二つが彼を生かし、この集落の中に縛り付ける役割だった。


 原因は自分が余所者だからというだけではない。その村が滅んだ理由もこの一帯を統治していた精霊獣達の権威を大いに損ねることをしでかしたのが事の始まりだったようで、制裁を一番に受けた結果だったそうだ。その影響は、此処にも及んでいる。


 怒りを買った連中への恨み。それらは大人から子供にまで伝播して寄ってたかって自覚のない彼に向けられたのだ。


 幼少期の中で彼は切望する。暴虐を尽くしこんなに惨めな目に遭わせた奴等を踏みにじる日を。

 全員いつか絶対に復讐してやる、何も無かった彼はそんな想いに縋りながら息を潜めて暮らし続けた。


 ――こんにちは。君、面白いものを持っているね。見込みがあるよ。今日はなんて、ついている(・・・・・)日だ。


 そんなある日、これまでの生活を塗り替える転機が訪れる。


 それは変わった衣装の男が村に訪れ、何故か自分に声をかけたことが始まりだった。忌み嫌われた黒髪黒目の特徴のある少年の噂を耳に、はるばるやってきたらしい。

 男は自身を別の世界の人間だと名乗っていた。精霊獣達の統治が為されていない、人が大半を占める世界を教えてくれた。

 それだけではない。


 男が言う見込みという物の正体は、精霊力の素養だった。

 元来精霊獣達が持つ強大な力。こちら側の人間には、それを膨大に内包する者が輩出されやすいそうだ。


 ――これまでは無価値と断じられてきたかもしれない。覆すには相応の成果が要されるとは思う。けれど、十二分に可能性がある。

 提言するのは誰もが認めざるを得なくなる偉大な称号。かつて人を蔑むこの世界を震撼させた範例の再起こそ、男は目標としている。


 男は自らを『英雄崇拝』という結社の盟主を名乗った。

 彼は選ばれた。そして、目利きの通り英雄となりうる人材として才能を開花させる。


 ――道を用意しよう。君次第だけどね。

 ――だったら、俺を強くしろ。誰にも否定させないのなら、英雄にでも何でもなってやる。


 仮初めの故郷を出る際、彼はそれまでの御礼(・・)として即席ながら身に付けた力でこれまで虐げてきた者に振る舞った。

 特に彼を手放す気のない彼の主人であった男には、暴力を働こうとしたことで躊躇いなく攻撃を仕掛けた。


 用いたのは木の匙。乱暴に扱えば容易く折れてしまいそうなそれも、精霊力で補うなり柔らかい土に刺すように人体を抉ることが出来た。


 死なない程度に痛めつけた後、彼は育った大地を離れた。



 そして現在。

 彼は高度な人間社会の中にいた。かつて暮らしていた場所とは比べ物にならない文化と数を誇る人間の世界。

 ストリート系のジャケットとジーンズ姿の少年は人々が行き交う公園でベンチに座っていた。


 すると途中からサングラスをかけた浅い壮年と思しき男がやってきて隣に腰かけた。

 ガジュアルな装いと人のよさそうな男性とは顔も合わせず、挨拶も交わさずにやり取りは始まる。


「調子はどうだい」

「退魔士を二人、潰した」

「うんうん。絶好調だね。『朱獅子(ヴァーミリオン)』レオと『蜥蜴の顎(リザードヘッド)』ヴェルゴを路地裏の闇討ちとはいえ打ち倒したか。ニュースでも乗っていたよ、荒魂(あらみたま)という怪物を差し置いて君という名も知らぬ通り魔に病院送りにされた彼等の名誉は失墜したも同然だろう」

「次はどいつに勝てばいい」

「そうだねー、名を広めていた有数の実力者達もぼちぼち片付いてきたところだ。でも」


 ポケットからまさぐった後、一枚の写真を取り出して空いた席の間に置く。

 面を被った黒衣の人物が写っていた。誰も身元が分かっていないにも拘わらず、この都市でも有名な退魔士。


天朧(アマオボロ)は別格かな」

「……」

「単身で上位レベルの荒魂(あらみたま)を調伏し、これまで応援に駆けつけてから都市の遵守を破ったことは一度たりともない。現状、世にとってもっとも英雄に近い人物だね」

 最後の言葉に、ピクリと少年は反応する。


「素性は割れたのか」

「からっきしだね。現場には現れるものの所属する『北斗』には姿を見せない。内部事情に探りを入れようにも、身内でさえ末端じゃあ何も知らない。送り込んだ人材も精霊獣の社長という特異性と力から見事に弾かれてしまうんだ。お手上げだよ」

「『北斗』……」

「でも近い内にアクションを起こす予定さ。これから楽しい催しを考えていてね」


 そこの社長も、かつて英雄の一人と契約した生ける伝説の精霊獣。一筋縄ではいかないようだ。

 そして確かもう一人、凄腕の人型精霊獣がいると聞く。


天金(アマガネ)だったか? その二人なら俺の精霊獣に相応しいんだろうな?」

「二体もかいっ、欲張りだなあ。まぁ、君次第さ。その価値を証明出来るなら、融通しよう」


 傲慢な物言いに、男は笑いながら言う。 

 すると少年は息巻いたように退魔士の写真をぐしゃりと握り潰し、拳の中に納めた。


「決まりだ。俺が最強の英雄を誇示して、手に入れる」

 次いで解放した手から炎の塊が溢れた。写真を跡形もなく焼き尽くす。


「用意しろジェクトール。天朧(アマオボロ)を潰しに行くぞ」

「えっ、アインくん? 彼が『北斗』にいるとは限らないよ?」

「関係ない。単純な話だ」


 立ち上がった少年はそびえ立つビル群を見据える。

 その切れ長の黒い瞳は、凍りつくように冷たい。

「巣が荒らされて、怒らない奴はいない」

「フフ、自信満々だね。そんな君に」


 そう言って次に取り出したのはプレイングカードの束。ポーカーなどで使われる変哲も無いカードを慣れた手つきでシャッフルする。

 そして裏返した状態で一枚一枚を羽のように開いて少年の前へ。


「引きたまえ、相応しいカードが出れば今日はついている(・・・・・)日になるさ」

「いつもの手品だろ。当たりを引かせて何の意味がある」

「はははは、心外だな。これはただの占いで種も仕掛けも無いよ。僕の少ない趣味に付き合ってくれる相手が中々いなくてね」


 中から無造作に一枚、引き抜く。

 めくって出た絵柄は、スペードのA。それはいつも男が引かせる絵柄だった。

 そして、デッキの中で最高ランクとして有名な一枚である。


 また、死のカードとも呼ばれている。


「エース・オブ・アイン。今日は当たりだ」

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