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『破軍』の衝突。神槍斑鳩


「どうしてですか……イカルガ。何故今になって、貴方が」

「無論、長年のお戯れに終わりをご報告する為。私がお迎えに上がった次第」

「戻りません! あそこはもうわたくしの帰る場所ではないのですから!」

「どう仰られようと、私の為すべきことは変わりません。あの時とは、違う」


 制止しようとする白鷺(ハクロ)さんの言葉に耳を貸さず、話は平行線を辿った。

 ちからずくで連れ去る気だ。


 これ以上の問答は無意味とばかりに踏み出す鳥人に反応して、俺は彼女の前に進み出る。

「は、話はまだ終わっていません!」

「あの様子じゃ無理ですよ。下がってください。俺が抑えます」

 彼女を狙う以上、敵対は避けられない。


 撤退するか? 鳥人の能力は未知数。

 外見から奴の精霊獣の格位は中位以上天上位未満と見て良い。

 だが、さっきの奇襲を見るに飛行能力に長けていることは推察出来た。


 空を飛べる可能性のある相手に、彼女を連れて逃げるのは難しい気がする。大人しく応援を呼びに行かせてくれはしないだろう。下手すれば周囲を巻き込み被害を産む結果になるかも。



 どちらにせよ、俺にはみすみすこの人を差し出すという選択肢はない。

 現状に無い物をねだっていても仕方がない。此処で迎え撃つ。


 身構えると、斑鳩(イカルガ)を名乗る鳥人は煩わしそうにこちらを睨みながら言った。


「ほう、やる気か。いいんだな人間?」

「そっちこそ『北斗』の代表を狙ってタダで済むと」

「奪還に責められる筋合いは無い。貴様らと関わり続けて良い御方ではないのだ」

「彼女の意思を無視して偉そうに」

「……偉そう、だ?」


 全身の羽毛が膨れ上がった。見えない気迫が辺りを包む。

「おこがましいにも、程がある。人間風情が、我等を軽んじるとは良い度胸だ。そうして何百年その方の厚意に胡座を掻いていた……!?」

 何だ、急に豹変した?


「失言の報い、受けて貰おうか」

 距離を取って様子を伺っていた俺の視野で、斑鳩の姿が瞬きの内に拡大された。

 否、一瞬で間合いにまで音もなく踏み込んで来たのだ。


 振り上げた腕。剥き出しの殺意。先程のベンチの末路が、俺に迫る。

「おおおおおッ」

 地面に降りた鉄槌が砂塵を巻き上げた。奴の拳は空を切るも、その余波が身体を叩く。


 間一髪、後退することが出来た俺は奴の脅威を改めて認識する。

 手加減なんて、考えられる余裕は無いか。


 身軽なステップで前後に動きながら、間合いに戻って決定打の為に重い震脚を踏む。

 拳で俺は鋭い突きを打ち出す。

 伏虎(ふっこ)。嘴のある顔面目掛けて放つも、咄嗟に防御に回った翼の腕に吸い込まれた。


 構わない。ありったけの体重を込めた震脚と最大限に振るって突出した膂力、それに精霊力が上乗せされた渾身の一撃が、ガードを上向きに吹き飛ばす。体格差をもろともせず、鳥人の体勢を崩した。

 次いで攻勢に出る。反射的に掴み掛かろうとする斑鳩(イカルガ)の腕を弾きながら、体当たりが可能になるほどの懐にまで迫った。

「むっ──!?」


 近接戦にもベストな距離というものがある。己がそれ以上に踏み込まれると、十二分に発揮出来ないことも。そこを詰め入れば動揺も誘発出来る。

 故に、奴は無意識に後退した。その対応の遅れを狙う。


 ゼロ距離だからこそ、最大限に効果を持つのが肘撃。

 巨漢とも言うべき相手の五体がくの字になって浮き上がる。


 だが、浅かった。胴体を守るより飛翔を選択したのか、寸前で引っ張られるように下がって直撃を避けられる。

 数メートル程先の地面に落下して手を付き、苦しそうに顔を歪めながら斑鳩(イカルガ)はひとりごちる。



「……なるほど、護衛者なだけあって、並の人間とは違うようだ。油断は禁物、か」

 すぐに復帰した彼の戦意は衰えない。むしろ、こちらの脅威を再認識したようだ。


「なれば、手心は無用。容赦を無くす塩梅で事を為せると認識した」

「まだやるか」

「当然だ。だが、まさか人間相手に用いることになるとは」


 ぐっと、前で繋いだ握り拳の間から、柄が伸びて現れた。

 奴が取り出したのは一見何の変鉄もない棍だった。棒術に長けているのか。

 だが、持ち方を見て考えを改める。

 棒術特有の親指を内側にした鉄棒握りではなく、腰を落として柄の半分までを引っ込めて先端の突きに特化した構えを見せた。


「槍使い……」

 だが肝心の穂先は落とされている。だから最初は棍としての用途に思い違いをしたのだ。

 ああ言って置いて、槍の本領である刺突による殺傷力を利用しないのか。


 対峙する両者の間に、今まで以上に緊迫感があった。

 もう互いに何も言葉を交わさない。少しでも注意を逸らしでもすれば、決着がついてしまいそうな錯覚を俺は覚える。


 しかし、火蓋を切るべくして先に俺は地を蹴った。言うまでもなく槍はリーチのある武器。接近しなくては勝機は無い。

 どうにかして懐に入らなくては——


「踏突(ふみづ)き」

 だが斑鳩(イカルガ)の迎撃は、俺の想像を絶する結果を招く。

 気が付いた時には腹部に弾けるような衝撃が襲い、視界の空と陸が逆転する。


「が……はっ…………!?」

 それは、突きの一打によるもの。宙に打ち上げられてそのまま一回転。そう理解したのは砂浜に落ちてからだった。

 警戒していたのに、見えなかった! いつの間に?


「アルフさ——あっ!」

「駄目だよハクロ」


 駆け寄ろうとして捕まった白鷺(ハクロ)さんの声に、混濁し掛けた意識を強引に覚醒させた。

 うつ伏せのまま顔をあげると、そこには新手の人物が彼女の腕を背後で掴んで抑えている。

「驚いたかい? 君の知る昔の彼とは比べ物にならないレベルアップを果たしていることに。今のイカルガは神槍と呼ばれる程の実力者で、恐らく今最も天上位の高みに近い精霊獣さ。人型を好まないから、そのままの姿でいるようだけどね」

「ハヤ、テ……! やはり貴方の差し金ですか!?」


 先日、『北斗』の社長室に飛び入り彼女をプロポーズした『破軍』の君主、隼手(ハヤテ)が遅れて現れていた。

 同じく名乗り出た斑鳩(イカルガ)が奴の手先であることと自然に結びつく。


 白鷺(ハクロ)さんはただの精霊獣に対しては少女も当然だ。ましてや何かしらの信念を元に行動している相手をどうすることも出来ない。

 不味い……! このままでは、あの人が……!


「グッ、うぅ……」

 起き上がろうとして、芯を砕かれたように力が入らず這うだけの芋虫同様になった。

 酩酊状態に陥っている。


「まだ動くか」

「イカルガ、その手腕で意識を刈り取り損ねるとは。いや、彼がそれだけの実力を備えていたのかな」

「のようですな。改めて思い返すと、微妙に手応えがよろしくなかったことから軽減したのかと」

「へぇ、そこまで君が評価するとはなかなか……」


 この前の清涼な笑顔とは打って変わり、至極深刻な面持ちでこちらを見下ろす。

「……悪いね少年。彼女は精霊界に連れ帰らせてもらおう。好都合だったんだよ、彼女があそこを離れてくれるのは僥倖としか言いようが無い」

「な、に?」

「いくら強引な手段を取るにしても、墓を荒らすのは気が引けるからね」

「い、嫌! 放して、ください!」

 抵抗も意に介さず、小さな天使の腕を掴んでいる隼手(ハヤテ)。

 墓を、荒らす? 何の話だ?


「行こうか」隼手(ハヤテ)と斑鳩(イカルガ)が踵を返し、白鷺(ハクロ)さんを引っ張っていこうとする。

「お願いです! わたくしの話を……!」

「話は後だよハクロ」

「待、て……」

 死力を尽くして、俺は両足に踏ん張らせる。こんなに、脆い自分が不甲斐ない。


「まだ思い知っていないのか、我等と人間の彼我(ひが)の差を」

 得物を構え直す斑鳩(イカルガ)が立ちはだかった。


「どこまで足掻こうと、貴様は俺に勝てぬ」

「足掻くに、決まっている」

 身体が揺らぐのを堪え、一歩ずつ追い掛ける。


「その人は俺の上司で、友人で、恩人だ……」

「アルフ、さん……」

「待っていてください、助けます」

「人間がァ」


 柄を締め上げるようにして握った音が、鈍く海岸に広がる。

「この御方に馴れ馴れしく! 関係を構築した気でいるなよ猿が!」

「……ぅ、オオオオオオオオ!」

 吠えた俺は鳥人に向かって行く。神槍と銘打たれた斑鳩(イカルガ)の本領を垣間見た。


「逃げてくださいッ!」

 悲鳴のような呼び掛けと同時に、奴の突きが無数に枝分かれして伸びる。


「見無突(みなづ)き!」

 それは滅多打ちとしか言いようが無かった。

 顔、胸、手足。全身に回避不能の乱れ突きをモロに受けた。

「かっ……!」


 呼気が止まる。思考はもうまともに働かない。

 それでもフラフラになりながらまだ進み続けた。無防備であっても俺は接近する。

 そして、一際引いた渾身の一閃が待ち構える。

「貫鳴突(かんなづ)きッ!」


 胴体を打ち抜かれ、あばらの軋む嫌な音が耳に残る。

 遅れて、抗いようのない力が俺を遥か後方へと追いやった。海辺の方へと投げ出された。



「あ、ああ、あアルフさぁあああああああああああ――」

 白鷺(ハクロ)さんの叫びと、海中に着水する感覚を皮切りに、記憶が飛んで行く。

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