ぺいどさまーばけーしょん。その1
燦々と照り付ける太陽。からからの砂で覆われた浜辺。
普段は嗅ぎ慣れない潮風が鼻をつき、目先に広がる広大な海原が立ちはだかる。
ビーチは数キロに及ぶ規模の広さがあり、少し海面に行けば珊瑚礁も見えるようで、シュノーケリングやダイビングといったアクティビティまであるとのこと。
あまり海で遊んだ経験の無い俺は、地元人や観光客で賑わうリゾートに少し戸惑い気味になった。休日とはいえ、こんなに人が集まるんだなぁ。
一旦着替えるということで三人と別れた為、待ち合わせの場所で戻ってくるのを待つ。
「アルフさん。お待たせ、しました」
「あ、白鷺さ──」
後ろから声を掛けられて振り返った矢先。
天使ではなく、清らかな泉に住まうような精霊……いや彼女は精霊獣だからその比喩は変わってない。では、幼い女神様がいた。
人形のように透き通った純白な肌、ブロンドは光を浴びてキラキラと輝き、上下のフリルをあしらった白い水着をもじもじした仕草で曝け出している。
普段は露出の少ない服で全身の曲線がハッキリ分からなかったが、彼女の体つきはあまりに細くて華奢だった。
極端に言うと一目見ただけで危ない人に目をつけられてしまわれそうで、とても庇護欲を掻き立てられる。
流石に大勢の人がいるせいか背中にある筈の小さな羽は引っ込めているようだ。
「やはり変、でしたか……?」
釘付けになった俺の反応を見て、ネガティブな解釈をしそうになる白鷺さん。誤解を解く為に慌てて首を振る。
「凄く、似合っています。女の子らしくて可愛いと思いますから安心してください」
「ほんとですか」
「ええ。そのまま一人でいたら危ないです間違いなく狙われます絶対」
「それは大袈裟ですよ。それより二人ももうじき来るかと」
なんてやり取りをしていると、水着で露出している人だかりの中で制服シャツの着用で目立った人物が砂浜を革靴でずんずん進んでこちらに一直線にやって来る。
「君達、少し待ちなさい」
警帽を目深に被り、ふくよかな体型で髭面にサングラスの男性は突然俺達に声を掛ける。現地の巡回に出ている警官のようだった。
「どうかしましたか」
「君はこの子とはどういう関係かね?」
「どういう、とは?」
「まさか保護者がいない内に怪しいところに連れて行こうとかしてないだろうね。そういう事件も珍しくないんだ。身分を証明出来るものは? 名前を言いなさい」
「ええっ……!」
どうやら、俺が白鷺さんをナンパしている児童好みの危ない若者に見えているらしい。
確かに、他人からすれば見るからに接点の無さそうな組み合わせだ。身長も20センチぐらいは軽く離れているし。
「ち、違いますよお巡りさん。この方はわたくしの部下にあたります。それにこう見えても社長ですから、保護者なんていりませんし」
「いやいや白鷺さんそれじゃこの界隈知らない人は見た目で信じてくれませんよ!」
「部下? 社長? 何を言っているんだ、もういいからちょっと署まで来てもらおうか海岸から上がってすぐの道路にパトカー停めてあるから」
「ほんとなんですよぉ!」
抵抗する訳にもいかず、このままでは本当に連行されてしまいそうな時だった。
「おっ待たせーってあれ? ……どうかいたしましたお巡りさん」
救いの声は最初は陽気な調子で、警官に気付くなり落ち着き払ったものに塗り変わる。
「誰だね──むぉッ!?」
「リ……!」
「そちらの連れですよ。スイミングスクールでの仲ですが、今日は天気も良いから海にでも泳ぎに行こうという話になって……何かトラブルでも?」
鮮烈な赤ビキニ姿で耳と尻尾無しの鈴狐が抜群のプロポーションを余すことなく見せつけて、その場に介入した。狐と巫女、どちらのワードも属さない状態である。
そんな彼女の誰も文句のつけようのないワガママボディが、警官や周囲の目が凝視する。
俺も、彼女の露出には見慣れていた筈だったがそれでも魅了されてしまう。
それは水着との相乗効果と言えようか。名画に荘厳な額縁、三ツ星シェフの料理を高級な陶磁器で盛り付けといった組み合わせによる凄まじい破壊力である。
そうして周囲の時間が止まる中、鈴狐だけが動けるとでも言うように優雅な仕草でやって来る。
「この様子だともしかしたらもしかして、あろうことかいつもは大人しい二人が悪いことを働いてしまったんですか?」
「……い、いや」
「うん? では、他に何かありまして? 少し此処で待って貰っていたところでしたが」
普段よりもゆったりとした口調は交渉による時のもの。
そして人当たりの良い微笑に含まれた色香と優美さは、少しの自信を添えれば怪しいという感情を拭いさってしまう。
「……ちょっと、気になって聴取しただけだよ。団体客なら、大丈夫、だね」
「それなら安心しました。すいませんお手数を御掛けして」と目の前で向日葵のように咲き乱れた破顔に、生唾を呑む音が聞こえる。
「せっかく楽しく海へやって来たのにお巡りさんのお世話になってしまっては台無しですものね。きっとこの子達の歳が離れていたから心配して来てくれたのでしょう? お気遣いどうもありがとう」
「ところで、オホン、この後時間──」
「では失礼します。さぁ、ストレッチは済ませた? 泳ぐ途中で足がつったら大変だから念入りにやってね」
話が終わるなり、鈴狐は俺達の背を押して海の方へと促した。
名残惜しそうにとぼとぼと踵を返す警官の姿を尻目に、一段落ついたところで、
「んもう、私がフォロー入らなかったら海水浴どころじゃなかったよ?」
「ごめん助かった」
「す、すいません。ビジネス絡みの相手なら話は違ったのですが」
「──ハクロ姉、見た目で聞いてもらえない」
「うわっ」
思わず仰け反ったのは、いつの間にか息が掛かるほどの傍らで狼少女が発言したからだ。
「脅かすなよ、最近気配消して隣に来るの癖になってない?」
「そんなことよりあるじ、早速お願い」
「早速って?」
「んっ、これでどう?」
言うなり真噛はポーズをとった。
浮き出た鎖骨の下で膨らみかけの胸を抑えるブラは中央のリングで繋がり、きゅっと引き締まった腰にはバレオを巻いている。
彼女の発展途上のしなやかな身体つきが、そんな上下の水着によって上品かつ背伸びした大人のような包装に仕立てられていた。
つばのある白い帽子をクイッと傾け、ハネ気のあるショート髪とその色に映える水色の格好で腰を捻る。
「あれ? 尻尾なくなってる」
「違う! 耳か尻尾を隠せるようになったけど今は違う!」
「ああなるほどそれで頭隠して尻尾引っ込めたと」
「わたし! 水着! 見せてるの!」
堪えきれずに解答を迫られ、たじたじになる。
もう一度見返して、きちんと返事をした。
「あー、うん、とても似合ってるよ」
「何で!? 見とれてない、反応薄い!」
「んふふー、マカミさんマカミさんや、そういうアピールではね如何にギャップが大きいかに左右されるんだよ」
「ギャ……ップ……!」
「たとえばー──アルくん、ハクロの水着見て」
「え?」
「良いから良いから、もーっとじっくり上から下まで舐めるように隅々と凝視してごらん。ほぅら華奢で細いハクロの腕太ももがこんなに露に!」
「な、何でだよ」
「わ、わたくしもそこまで言われると恥ずかしくなってきます……」
見慣れぬ白い肌を隠す所作に、俺も気まずくて目をそらす。
すると鈴狐は見計らったように口を開いた。
「と、いう風に水着って普段は肌を見せない人ほど破壊力を誇るのさ。マカミさぁ、普段から動きやすいからとかで肌面積多い服ばっかり着ているでしょう?」
「あっ……」
確かに彼女は普段からチューブトップやホットパンツなど、身体の各所が剥き出しになった装いを至極好んでいる。
だから、要するに、真噛の肌は常日頃からこの中の誰よりも露出していたが為に、水着に着替えても大きな変化に思えなかったということだ。
「勿論それでも組み合わせて魅力を引き出せることは出来るけど、少なくとも水着という開放感アピールで新鮮さはイマイチかな。つまり──最初から勝負は決まっていた!」
それって、勝ち戦と知った上で勝負を持ち掛けたのか。
なんて冷静に考えれば分かるような話も気付かずに愕然とする狼少女は、この世の終わりが来たように膝をつく。
「もうダメ……勝負水着……失敗……おしまい」
「あちゃー、マカミがへこんじゃった」
「アルフさん、フォローですよフォロー」
「そうですね」
促され、砂地で挫けている彼女と視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
肩に手を置いて、慰めに入る。
「真噛、別に良いじゃないか。皆それぞれ魅力的ってことじゃダメかな。その勝負だって二人には意表を突かれたって話なんだからさ」
「うぅ、でもぉ……」
「落ち込んでたらその明るくて可愛い水着が台無しじゃないか。せっかくの海水浴なのに楽しい気分でないと損だよ?」
「……可愛い、ほんと?」
「ほんとうだとも」
帽子をかぶった頭をあげる狼少女は、瞳をウルウルと潤ませていた。魅力は、服装だけじゃない。
「喜んで貰いたくてバッチリ決めた水着だもの、似合うに決まっているじゃないか」
「わーんあるじーっ、くぃんくぃんくぃん」
「うわっ、くっつくのもそうだけど尻尾出てる!」
人前で抱き着いてスリスリする彼女の後ろで、せっかくしまっていた狼の尾がフリフリ踊るのが見えて俺は慌てて指摘する。
「大丈夫大丈夫、この前みたいに認識阻害を掛けているから大きな騒ぎでも起こさなきゃ気にも留められないよ」
「だと良いけど……ほら、そろそろ放して行こうよ真噛」
ビーチパラソルや敷物を設置した後、さっそく波打ち際に俺達は向かった。
「さーて気を取り直して何しよっか? ボールに水鉄砲、おっきなイルカの浮き輪と色々あるぞぉ」
「どれだけ買い込んだの……」
「ビーチバレー! ビーチバレーやってみたい」
という真噛の提案で棒と簡易ネットを用意する。
「──おっビーチバレーやろうとしてる奴いんじゃん。さっきレイチェルがやりたいって言ってたから丁度良いじゃん。混ぜて貰おうぜ」
「言ったけど、先輩張り切ってるなぁ」
「そりゃ良いとこ見せないとな! すんませーんそこの人ー」
と、何やらこちらに聞き覚えのある声がやって来た。
すっごく、嫌な予感がする。
「これからバレーするなら数多い方が良いだろうし良ければ俺達も……」
「……嘘だろ」
「あれ?」
呑気な調子でやって来たのは、海パン姿にトレードマークのヘッドバンドを残したままのダリオ・バードンその人。
互いがクラスメイトであることを認識した途端、時間が止まるような感覚が訪れた。
やがて、どちらかともなく口を開く。
「お前何で」
「此処にいるの?」




