計画と乱入。『破軍』の君主
「休暇についての相談、と?」
「はい……実はこれまでこれといった理由も無くお休みを頂いたことがありませんでしたので、どういうことに使えば良いのかわたくし自身皆目見当がつかなくて」
「と、言われましても……」
大切な相談だと持ち掛けられ、どんな悩みだろうかと気を引き締めていた俺の肩は心なしか下がった。
この人、俺が産まれる遥か昔から此処で仕事をしているのに今までそういう休みをとった事が無いのか。
「でも白鷺さんだって普段も決まった休日があるじゃないですか。いつもはどうしているんですか?」
「奥で言葉通り『休んで』います。必要な買い出しに外を出ることはありますが、基本外出はしていません」
「では、特に理由が無ければ同じように過ごしていればよろしいのでは? テレビを見るとか」
「駄目なんです! 労働の義務が発生していた日をお休みするのに用事が無いだなんて!」
「は、はい」
両拳を握って訴えかける天使の言葉にたじろく。
俺だってまだ此処に来て一年とちょっとで、休暇取ってないしなぁ……
「ハクロは真面目だねー。一週間くらいダラダラ過ごしてたって別に良いじゃない」
「ハクロ姉、働きすぎ」
「『北斗』を牽引している手前、有耶無耶な消化などしていれば示しなどつきません」
「んもう、『生きるために働きましょう。ても働くために生きるのはダメ』って言葉知らない?」
「だってそれがワークライフなんですもん!」
珍しく二人の説得にも頑として譲らない彼女。前々から思っていたけど、自分に厳しい。
精霊獣達の問答から離れ、しばし黙考。
白鷺さんを休ませるのにはある程度納得出来るだけの動機が必要だ。
だが自分だけの話となると、大概が「それで休暇にして良いのだろうか」というクッションが阻害してしまうのだろう。
となると、理由を自分だけにしなければいいのだ。
「では、誰かと出掛けるのはいかがでしょう」
「旅行ということですか?」
「はい。ちょうど夏ですから、森林でキャンプや海のビーチはもうじきベストな時期ですね」
「おーっアルくんそれ良いねぇ! ビーチにいこーよぉ」
「あるじ、わたしも出掛けたい。海見たこと無い」
鈴狐と真噛がしきりに賛同する。いや待て、別に俺達の要望を挙げる話題では……
二人の言葉に天使の目が活気付き、スケジュール帳を手早く開き始める。
「アルフさん達はそちらに行きたいのですね。分かりました」
あれ? いつの間にかこの部屋にいる面子で旅行することになっているぞ。
ハッとした様子で顔を上げた白鷺さんは言った。
「ああいけません、お聞きするのを忘れていました。お伺いしますが、休日に何かご予定は?」
「いや、あの、これは白鷺さんが休暇をどうするかって話で……」
「ご予定は?」
「……特に、無いです。ちょうど来週から学校もまとまった連休に入ります」
ニッコリと微笑みながらも押しの強い彼女。俺は素直に折れる。
まぁ本人がそうしたいならそれで良いか。
「旅行、そうですね社員旅行。では今回の企画に掛かる出費はわたくしが御用意致しましょう。では海の方向性で。やはり最寄りの方が良いですよね……近日中にプランを……」
「何か、楽しそうですね」
「初めてですから! 社員の方達に向けて年々企画はすれども、わたくしは参加していなかったもので」
まるで遠足行事を心待ちにするような子供っぽさを窺わせる。
こういう所だけを見ていると『北斗』の社長だなんて誰も信じられないだろう。
「ではアルフさん、此処なんて如何でしょう? このビーチは観光地としても――」
引き出しにあったパンフレットを開いて写真を示唆しようとしていたところで、
「ん? あるじ、何か来る」
「え? 此処ビルの上層だけど」
「だってあそこ」異変を察知した真噛が指差したのは、部屋の外――社長室の窓。
都市のビル群と空の景色が展望出来る窓に目掛け、飛来する影。
「どぉおおおおおおおおおおおうッ!」
豪快にガラスを破って何かが『北斗』の社長室に飛び込んだ。白鷺さんをとっさに引き寄せて下がる。
着地した侵入者は、ガラス片の散らばった床の上でゆっくり立ち上がる。
白を基調としたマントを翻し、長身の美青年。
外見を見るからに人型の精霊獣のようで、特徴的なのは長い金髪と耳の間に白い羽根が伸びていた。
今しがた不法侵入及び建造物損壊に問われてもおかしくない行動を起こした張本人は、悪びれた様子もなく輝く白い歯を見せる。
「やぁハクロ! 五年ぶりだねハクロ! いつ見ても小さくて可愛いらしいよハクロ!」
「……ハヤテ」
襲撃に警戒して後ろに控えさせていた白鷺さんは、その人物を知っている様子で前に進み出る。
すると、ハヤテと呼ばれたキザな青年も顔を輝かせて飛び込んでおいでと言わんばかりに両腕を広げる。
「迎えに来たんだ今回こそ結婚しよう!」
「お断りです」
「……フ、そうきたか! 今日はいつになくつれないんだね」
「そんなことより、修繕費いくらかかると思ってるんですか」
天使はそう言って笑顔を繕うが、いつになくその表情は引きつっている。
凄い。白鷺さんがこんなに嫌そうな顔するなんて。
子供がビルに落書きした時も部下が取引先に大ポカやらかした時も全然怒らなかった彼女が此処まで邪険にするところを見るのは初めてだ。
「ああごめんよ。人間界に来て少しでも早く君の顔が見たくて了承の確認なんてまだるっこしい真似は出来なかったんだ。ちゃんと弁償はするよ、菓子折りとボクの愛の手紙を添えて」
「後者は結構です。というか、許可が降りないのを分かった上で飛んで来ましたね?」
「ああ! 聡明な君がス・キ」
何というか、また濃ゆい精霊獣だなぁと傍目で見て思う。
そうしていると、何故か鈴狐が小狐姿で俺の肩に飛び乗った。いつの間にやら人型から姿を隠している。
その挙動に反応し、今しがた気付いたとばかりに青年はこっちを向く。
「……ああ、失礼。他にもいたんだね。驚かせてすまない」
「あの、どちら様でしょうか。白鷺さんとはどういった関係で?」
「フィアンセだよ人間の少年」
「嘘教えないでください!」
バッサバッサと背中の小さな翼を激しく振って抗議する彼女に「そう怒らなくて……ムキになる君もチャーミングだ」と諫めながらウィンクするハヤテと呼ばれた精霊獣。
「紹介が遅れたね、僕は隼手。『破軍』の君主にしてハクロと婚……分かったよそう睨まないでくれたまえ。精霊界の中でも名の知れた代表だと言えば分かるかな?」
『破軍』というのは俺にも聞き覚えがあった。精霊獣が形成する大きな勢力の一つで、その使節団が時折人間界に訪れ、表立って彼等と人の友好を持つ貴重な一族だ。
そして、そこは白鷺さんの出身であるということも。
「よろしくお願いいたします隼手さん。俺はアルフ・オーランと……」
「ああいや別に堅苦しく名乗らなくて構わない、そう会う機会はないだろうし覚えていられる保証が無いからね」
なんてこちらの自己紹介を遮られた。
「ん? そっちの犬と思わしき精霊獣の子もハクロの部下かな? 名前は?」
「犬じゃない狼! あと、あるじを差し置いて名乗る名前、無い!」
「そうなのかそれは失礼、君まさかこの少年の契約主かい? その姿になれる精霊獣が人に仕えるだなんて物好きな」
ムッと、真噛が反応するも肩の鈴狐が前脚を上げて制する。
鈴狐が隼手の前で小狐になっているのはやはりそういった関係なのか。
「まぁそんなことより、今日は挨拶に来ただけさ。そろそろ君を迎える準備が出来たことを報告しがてらに」
「準備、ですか」
「ああ! それはもう盛大な式を挙げる為の準備をね! 一族総出で華やかに、鮮やかに! 僕と君の最高の愛を表明できる場を用意するのさ!」
何処に忍ばせていたのか、後ろから豪華な花束を取り出して白鷺さんに差し出しながら言う。
しかしいりませんと、一蹴。持っていた手が、少し垂れた。
さっきからプロポーズに積極的だが、彼女の方は頑なに拒否一色だった。
「ふぅ、いつまで意固地になっているつもりだい? もう何十年もその調子じゃないか」
「貴方がどれだけ迫ろうと、戻る気はありません。『破軍』ではなく『北斗』がわたくしの居場所です」
「……やれやれ、君のおてんばにも困ったものだ」
受け取らない白鷺さんの代わりに花束を俺に押し付けて、破ったガラスの方へ歩いて行く隼手。
「近い内にまた来るよ。次は花束だけでなく……」
「本当に帰ってくださいそしてもう来ないで」
「ハッハッハッ素直になれない君の瞳に乾杯。それではさらば、ハッハッハッとぉォオオオオオオウッ!」
地上から数十メートルの高さのある場所から高笑いしながら飛び降りる男。
それから両腕を広げてスーパーマンのように都市群の中を滑空して彼は飛び去った。
嵐のような彼がいなくなった後、割れた窓から風が嫌に過ぎ去っていく。
「通報、しておきますか?」
申し出に、心底疲れた様子でボスは首を横に振った。
「アレはあんなでも精霊界のお偉いですから、無駄でしょう」
「私がこっちにいない間にまた変なのが代替わりしたねぇハクロ。先代より何と言うか、アレだねアレ」
「ほとほとに困り果てていたところです、アレには」
「アレ、気に入らない。あるじ、見下してた」
皆からアレ呼ばわりされる『破軍』の隼手の乱入によって、俺達はやむなく後片付けに回ることに。
「とにかく明るい話に戻しましょう。皆さん水着の用意などをして頂けると」
「私達は変化で十分だけど、アルくんはどうする?」
「うーん買いに行かないとなぁ」
「わたし、お店でデザイン参考にしたい。後で連れてって」
そんな『北斗』の慌ただしく過ぎ去ったこの出来事は、やがて大きな事態へと発展することを俺達は知る由もなかった。




