精霊獣の珍騒動。暴かれた正体
「ちょっと見てくる」
「頼んだ」
安全を確認する為、鈴狐が偵察に向かいその場で待機する。
待つこと数分。
軽やかに舞い戻った狐巫女は、焦燥の気配を見せずに報告する。
「んーなんかねぇ、精霊獣の騒ぎっぽい」
「荒魂じゃなくて?」
「野良かなぁ。瘴気の残留は見られなかったから、退魔士の要請にはならなそう。ただの窃盗だよ」
「窃盗、精霊獣が? 何を奪ったんだ?」
「……あー、えーと、何だろうネ。私知らない、既に精霊獣の姿はなくなっていたから」
妙にはぐらかしているようにも見えたが、深刻な事態ではなさそうだ。
あの女性の悲鳴、一体何を盗られたのだろうか。
「あるじ、その精霊獣捜す?」
「いや、今は時間を割いてまでそっちにかまける訳にはいかない。危険が無いならパピリアさんを送るのが先」
それに俺達は人の命を脅かす脅威に対して調伏の為に動くが、都市の至る所にいる精霊獣と人との間で起こるトラブルを解消する為に逐一奔走する役職ではない。
ゴルフ場にワニが出るような騒ぎと同じで、然るべき部署に任せるのが得策だ。
「そ、そちらに向かわないのですか?」
「パピリア、さん」
だが、固めつつあった方針に待ったを掛けたのは蝶姫だった。
「差し出がましいようですが、貴方達三人であればこんな事件楽々と解決出来ると思いまして」
「いや、そんな簡単な話では……」
「分かっています、護衛と兼ね合いで動くのは流石に難しいでしょう。ですから私のことは後回しにしてもかまいません」
「それ前回も言いましたよね!? 今回こそ同じ流れにさせませんよ!」
何だろう、自分達が万能であるように思われているのか。
蝶姫は真剣な面持ちだった。まるで糾弾するように。
こういった第三者の出来事に際し、社会の都合を優先させてしまいがちなるのには仕方ないことだと割り切ってしまう俺は正しく無いと言いたげに。
「私の事情で困っている誰かを見過ごすなんて、遅れるより嫌です。助けに行ってあげられませんか?」
私も何かお力になれるなら喜んで協力しますから、と。
その彼女の肩から影が現れた。
「精霊獣を捜すのなら、考えもあります」
「その子は、貴女の精霊獣ですか?」
「え?」
振り返ったパピリアと顔を合わせたのは、黒毛の猿だった。
有無を言わさぬまま、突然彼女の襟に手を突っ込んだ。
「ヒャアアアアア!?」
「ウケケケケケケケぇ!」
「ちょっ、まさかコイツがさっきの!」
振り払うより先に、その猿は彼女の服の中から何かを抜き取り飛び去った。一瞬の早業だ。
宙を舞う奴と一緒に尾を引く水色の衣類。
「コラー! パピリアになんてことを! 返せこのエロ猿ー!」
「ウキョー!」
「あるじ、アイツから取り返してくる」
二人が先に都市の壁に逃げ込んだ痴漢猿を追い、蝶姫は両腕で胸を抱いて羞恥に座り込む。目のやり場に困りつつ俺は恐る恐る、
「と、盗られたのってもしかして」
「言わせないでくださいっ。ええ見事に引き抜かれましたよ!」
「す、すいません、まさか此処まで接近していたのに気配が無かったのでつい」
「……うぅ下着見られたぁ」
「あの、その、完全に見過ごしましたごめんなさい! とりあえず待ちましょう? このまま収録には」
「出来る訳無いでしょう!? ノノ、ノーブラで歌えって言うんですかぁ!」
「ですよね!」
その場に取り残され、気まずい雰囲気に。
だがうずくまって呻いてた彼女が突然立ち上がった。
やけくそ、そんな言葉が彷彿する。
「……行きましょう」
「ど、どっちに?」
「あの猿をとっちめに、です。貴方なら私一人抱えても動ける筈! 此処で待ってても仕方ありません」
不可能ではないが無茶苦茶な。剣幕に押されながら、俺は無言て頷く。
というか、少し遠慮がなくなった?
「では、鈴狐達と合流しましょう。失礼します」
肩と両足に手を回して、お姫様抱っこの格好に。軽い、これなら一人抱えても行ける。
「飛びます」
ビルの壁面を跳ね、俺達も猿の大捕物に参加した。
街中の眼下を探していると、離れたところでスーツ姿の狐巫女がこっちに戻ってきた。
「うう、ごめーん。見失った」
「鈴狐が取り逃すなんて、相当な逃げ足じゃないか」
「アイツ街中に隠れるの上手いし何よりすぐに見失っちゃうんだよ! 多分そういう能力持ってる」
先程の事件でまんまと逃げおおせたのも、パピリアの服の中に手を入れるまで誰も気付かなかったのも、気配を消して忍ぶのに長けた精霊獣故の仕業だったのか。
しかしそんな能力をこんなことに使うだなんて……あの女性もパピリア同様下着泥棒に遭ったからなんだろうなぁ。
一旦ビルの屋上でパピリアを降ろし、集合した。
「このまま街中をしらみ潰しに探すにしたって日が暮れる。別のところで騒ぎがあればそこに向かえば良いけど、今日中に起こる保証はないし」
「出来れば挟み撃ちにもしたいから常に見失わないようにしないと」
気配を隠せる奴を把握し続け至難の技。さて、どうしたものか。
「探索に適した精霊獣でもいれば、話は別だけど」
「あるじ、わたしとリンコ姉はそういうタイプじゃない」
「うん、分かってる。だから」
出来れば、そのまま互いに知らないフリで通して置きたかった。
でも、そうも言っていられない。他ならぬ彼女が困っている事態に陥ったのだから。
「そろそろ、俺に遠慮しなくても構いませんよ」
提案に蝶姫は息を吐いた。観念した様子を見せる。
「諦めたよアルフ」
「……やはり、そうでしたか」
「いつ気付いたんだい?」
眼鏡を取り、青い目が俺を見る。口調も声のトーンも変わっている。
「確証はありませんでしたけれど、色々やり取りをしていく内にもしかしたら、と」
「そっか。上手く演じていたつもりだったが、上手くいかなかったな」
紫の巻き髪に手をやる。そして、そのまま下へと降ろした。
ショートボブの銀髪が露になる。おしとやかだった表情も凛とした顔つきに変わった。
そこにいたのは、歌姫としてでなく俺の見慣れたベル・カーデナル先輩の姿が。
「えっ? ええ? パピリア?」
「やぁ真噛、アルフに契約した時にボクがいたのは覚えているかな?」
狼少女はその変貌に戸惑いを見せ、鈴狐はうんうんと頷く。さては、最初から知っていたな。
「バレたからには、遠慮なく」
先輩は、緑のイルカを呼び出した。彼女の精霊獣、翠音だ。
「猿の精霊獣を探してくれ」
「キキュ」
「先輩、精霊力を使うと夜兎が」
「ボク自身が発することがなければ問題無いだろう?」
宙を悠々と泳ぐイルカが、一度甲高い鳴き声を広い都市の街並みに響かせる。
翠音の特性は音にまつわるもの。エコロケーションで窃盗犯を特定させる。
「キュッ」
「見つけたらしい」
「よし、行こう! 先輩また失礼します」
「おほーお姫様抱っこ、アルくん大胆だねぇ」
「茶化さないでくれたまえ鈴狐君! 意識しないようにしていたんだ!」
四人は早速現場へ飛んだ。




