『北斗』の報告。天使のへそ曲げ
それから、報告の為に兄貴の車で『北斗』へ送迎される。
車から降りた俺に兄アレスは運転席越しで言った。
「まぁウチのごたごたに関しては、俺に任せておけよ。アリスとオヤジの方もフォローしとく」
「ありがとう」
「なぁに、今後はもしかしたらお前に頼ることだってあるかもしれないんだ。もちろんその時は報酬を弾んでやるさ」
「いいよ依頼なんてわざわざしなくても」
俺は、兄貴の申し出を断った。
「兄貴の頼みなら、無償で受けるよ。困ったことがあればいつでも呼んで。何処からでも駆け付ける」
「おいおいそれじゃあ『北斗』の閑古鳥が鳴くだろう。お前も立場が立場なんだ、きちんと通さないと駄目だぞ」
「そう、だけど」
「あまり軽はずみに言うもんじゃない。ま、気持ちだけは受け取っておく。じゃあな」
俺を諫め、気さくな兄は手を振って車を走らせた。マフラーの音が、夜の街に消えて行く。
『北斗』の中に入り、事件について白鷺さんに報告する。
「そうですか。本当に、お疲れ様でした。まさか普通のライブ会場で此処まで大事になるとは」
被害は騒ぎとは裏腹に軽微なものだった。いくつかの建物の損壊と、避難の際に混乱で軽傷を負った数名の客と鬼にやられて負傷した――命に別条はないらしい――警備が数人。
鈴狐が過半数の鬼を先に殲滅した成果である。
それに、あの天上位クラスの荒魂が出現していたにも拘らず、死者が出なかったことは奇跡と言っても良い。
「偶然とはいえ、私達が依頼を受けていて良かった。並大抵の退魔士どころか上位の精霊獣数体が束になっても、手に負えない案件だもの」
「……ヨト、ですが」
金髪碧眼の天使を連想させる少女は懐かしさと悲壮を滲ませる面持ちで呟く。白鷺さんにとっても、あの兎童女──夜兎──とは親しい間柄の精霊獣だったのだろう。
「由々しき事態ではありますね。彼女は元天上位の精霊獣。しかも聞いた話によれば瘴気をコントロールしていた。荒魂の異常発生、もしかすると」
「多分、あの子の仕業ね。アルくん達が精霊結界から鬼を呼び出すところを見たし」
「召喚以外の手段でこちら側に引っ張り出してくるとは、それもまた外法でしょう」
「分析も良いですけど、今後の動きが俺は心配ですよ」
二人のやり取りに俺は口を挟んだ。
弱った様子を見せた夜兎は流石にすぐにまた現れるとは考えにくい。しばらく潜伏していると見て良い。
「パピリアを狙っているようですから、神出鬼没である以上彼女を重点的にガードを固める必要が……」
「推測ですが、活動を自粛している間は呼び寄せられることはないかと。ヨトは精霊力を探知します。私もパピリアの歌を聴いた経験がありますが、彼女の歌には精霊力を籠められていますね。それが人気の秘訣なのかも」
「ライブに夜兎が呼び寄せられたのは、そういうことですか?」
恐らく前日にリハーサルがあったのだろう。その時にパピリアが歌唱に乗せていた精霊力の波長を頼りに寄ってきたのだ。まさかあの歌が、災厄を呼び込んでいたとは。
パピリアが覆面アーティストであったことと、夜兎が盲目であることは幸いである。蝶姫が世間の中に紛れて狙われ難いからだ。
そして一度姿を見せた以上、迂闊に向こうは捜索出来ない。
それで肝心のパピリアに対する警護の申し出であるが、事務所からはプライベートに抵触する都合上NGを受けたと言う。襲われたというのに悠長な話だが、誰も素性が分からない以上夜兎も見つけられないのだろうし、表立った活動を控えて隠匿していて貰えれば良いと妥協することに。
なら、こちらの動きとしては都市に警戒網を張るのが得策か。
「彼女の所属事務所の発表では、今回の事件でしばらくは活動を自粛するとのこと。それまでにヨトの問題を解決出来れば」
「でも、いつ解決するかは分かりませんよ。夜兎が次現れるのに数年以上掛かるとしたら……」
「ううん。そう長くはないよ、彼女はそこまでこの世にはいられない」
鈴狐が俺の危惧した悪い予想を払拭するように否定した。
「ヨトが血を吐いていたのを見てたでしょ? アレはガタが来ている証拠。荒魂化の影響だね」
指摘で思い出した。荒魂は元来、長く生きていられない存在。人より寿命の長い精霊獣であったとしても、たちまち自分に命を食い尽くされる。
「騙し騙しに瘴気を抑えて長年生き長らえてきたんだと思うけど、あの様子だとそれも限界。1年持つかどうか……」
「鈴狐の言う通りだったとすると、追い詰められた時に何をしでかすかを危惧すべきかも」
「いざ騒ぎになれば、わたくし達が出ます」
「そう、ですね。天上位が三人いればこの都市も守れる筈」
羅角さん、白鷺さん、そして鈴狐と心強い味方がいる。
「それだけじゃない。わたし、忘れないで」
一緒に話を聞いていた真噛が主張する。
「うん。まだ俺達は天上位の次元より一歩後ろにいるけど、ついて行けるようにもっと強くなろう」
「次、後れを取らない」
ふんすと狼少女が鼻息を荒くしていた様子に苦笑する。トラウマにならないようで何よりだ。ああいう実戦の場で圧倒される経験を契機に、闘えなくなる退魔士も少なくない。
「ところでアルフさん、もう少しお時間よろしいですか?」
「はい、え? ……あ、あの、なんでしょう」
椅子から立った白鷺さんは、見上げるようにして俺の顔を覗き込んだ。俺は戸惑いを隠せずにいる。
「もしかして他に何かありませんでしたか。今の貴方は先日よりも酷く弱っているように見えます」
「と言っても、特に怪我をした訳でも無いし、そんな消耗する程体力も使ってませんよ」
「肉体の方ではありません。激しい心労で打ちのめされた後のような、そんな表情をしてますよ」
じぃっと見つめる彼女から視線を逸らした。目を合わせていると心の奥底を見透かされてしまいそうな気がする。
白鷺さんには、父との対面をしたことを報告していない。今回の事件とは直接関係がある訳ではないことと、心配を掛けたくないからだ。
知れば間違いなく俺をそこに送り出したことに責任を感じるだろう。この人はそういうことにまで自分の心を痛める人だ。
「貴方はわたくしの大事な社員です。何かお悩みがあるなら、解決するのに力になりたいのです」
このまま嘘を貫き通すのは不可能。なら、
「……正直に言いますと確かに色々、ありました。夜兎とは別件で」
「なら……」
「でも大丈夫です。もう立ち直りに向かってますから」
やんわりと断った。白鷺さんは閉口する。
「お気持ちはありがたく頂戴します。気を遣って貰っていて申し訳ないくらいですね。もっと俺なんかより陰鬱になってる人のお悩みを聞いてあげてください」
「……」
彼女の唇が横一文字から、ちょっぴり逆Vの字になっているように見えた。あれ? 失礼なこと言っただろうか?
「だ、だから白鷺さんが心配しなくても大丈夫ですよ。鈴狐と真噛が支えてくれていますか……」
「そう、ですか。ごめんなさい」
「え? 別に謝ることでは」
「いいえ、差し出がましいことを言ってしまったので謝ります」
言うなり、天使はそっぽを向いた。何故か、へそを曲げるような反応だった。
ホワイ? というアイコンタクトを求めると狐巫女はやれやれと肩を竦めた。真噛も俺と同じで意図が分からず首をひねる。
「とにかく今日はお疲れでしょう。ゆっくり休んでください」
今後のことは追って話すと言われ、帰宅を勧められるので俺はそのまま退社することに。俺には再び学校生活が待っている。




