復讐の判断。矢面に立った男への求戦
「今になって考えれば、当時の私は見えない狂気に突き動かされていたのかもしれない。お前が姿を消してから、冷静になった私は自らの犯したことの大きさに気付いた。手遅れの話であったがな」
跪いた理由は、懺悔の想いをこの場に曝け出す為。
「お前との再会で、また感情の波が逆立つかと思っていた。憎悪が再びぶり返し、あの時の行いが己にとって正しいと思えるのかどうか常々考えたよ」
「……」
「結果、分からなかった。息子を勘当し捨てるという行為に正当な理由など無い。ただ、それで良かったのかどうかは今でも判断できない。ただ、私はあの頃身勝手な逆恨みでお前を……」
「もういい」
語り口を俺は打ち切った。それから、実の父親に立てと命令する。
「それで? 許して欲しいとでも言いたいのか?」
「いいや。許される行いではないからな。求めるのなら謝罪に応じるというだけだ」
「それは本心からではないだろう?」
「ああ」
誤魔化しもせず、ゼムナスは首肯した。
「もう、お前を家族と認知出来ていないからだろうな。だから、他者にすまないと非を感じているのではないかと推測している」
「……お父さん」
その場に崩れたアリスは茫然とゼムナスを呼ぶ。
「そんなの、酷い……酷いよ……産まれた時から息子だって思えなかった? 兄さんが、お母さんを殺したように思っていた? 何も悪いことをしていない兄さんが、ただ私達と髪の色が違うというだけで……こんな……」
彼女は想像したに違いない。もし兄ではなく自分が黒髪だったのなら、あるいは二人が黒髪であったのならまた事情が変わっていたのだろうかと。
「そうだ。惨く、残酷な行為であっただろうな」
「本当に勝手な人」
アリスの背に立つ鈴狐が口を挟む。その声は、普段以上に低かった。
「子孫がそんな理由で実の子を蔑ろにしたと聞けば、さぞアルファロランは嘆くでしょう。貴方に親を名乗る資格はない」
「だから父としてではなく人としての懺悔をしている。今この場で再会出来たのは貴殿の養育の賜物だな」
「……何、その減らず口。ふざけるな」
真噛が前に出て大きな狼へと姿を変え唸る。
この狼少女が一番、境遇に共感出来るのだろう。同じように役立たずと吐き捨てられ、打ち捨てられた身だからだ。
「切り捨てられる側の気持ち、分かるかっ! 考えたことあるか!? あの苦しさを知っているのか!? 勝手なことばかり言って! ぬけぬけと……!」
「だが、それが私の全てだ。好きなだけ狭量と思え」
「お前ェえええええええええええ!」
怒りに駆られ、俺に代わって飛び出そうとする銀狼に反応してか、ゼムナスの肩から紅蓮の業火が噴き出した。彼自身の意思ではない。
甲高い鳴き声と共に、炎は動物のシルエットを象っていく。真噛を阻んだのは、彼の精霊獣。
それはさながら不死鳥だった。目視でも上位クラスと判別できる。燃え盛る怪鳥は大きな翼を広げて主を守ろうと威嚇していた。
「炎鳳、逸るな」
「真噛、待った」
制止の声は同時だった。不死鳥はゼムナスの背後に降り、大きな銀狼は一度踏み留まる。
「止めないであるじ! コイツぶっ飛ばさないと……!」
「一方的に襲うのは駄目だ。コイツはただ痛みを経験するというだけでは心を折らない」
「でも!」
「何より、自分で話つけなきゃ意味ないだろ。ただ気持ちは分かる、何事もなく終わらせる気はないよ。だから少しだけ待ってくれ」
渋々ながら、狼少女の姿に戻り彼女は後ろに下がった。
娘に悲しまれ、狐巫女に軽蔑され、狼少女の怒りを買う。
大の大人が切り返す言葉もなく彼女達の矢面に立たされている。潔いと言えば聞こえは良いが、無様で目も当てられない状況だった。
「煮るなり焼くなり好きにすると良い。その資格がお前にはある」
「そうだな」
聞けば、コイツは一時は俺と同じように退魔士を志した経験があるとのこと。そしてその背中に控える上位の精霊獣は見せかけではないだろう。
冷静に、奥底で燃ゆる感情の炎を制御する。
そうか。理解したくもないが、この男があの日どうして俺をあそこまで排他しようとしたのかがこれでハッキリした。
俺のせいで母親が死んだ。俺を庇わなければ助かっていたかもしれない。そう彼は言う。
朧気ながら覚えている母さんとの記憶。
その最後は、幼少の俺を強く抱擁した後に酷く大きな衝撃があったことだった。多分、事故の瞬間だった。
あれは、俺を命を賭して守ろうとした行為だったのだろう。
この男はそれを呪いだと言い放った。母さんの想いを、蔑ろにした。
共感なんてしてやれない。
でも、それでも下劣で邪悪な想いに駆られての凶行ではないことを知った。
それならば必要なのはけじめだ。
「ゼムナス、どんな仕打ちも甘んじて受ける気なんだな?」
「ああ」
「なら俺と闘え。俺はアンタの到達出来なかった高さに到達したことを直接知らしめてやる」
求めたのは、決闘。私刑なんてしたところで気が晴れるものでもない。
けれども俺になコイツを乗り越えている証明が必要。乗り越えることこそが最後の関門だ。
両者は精霊獣も使役する。炎鳳と真噛が対峙する──彼女の強い申し出があった──ことになり、俺はゼムナスとやり合う。
「鈴狐、刀を一本出してくれ」
「いつもの素手でやらないの?」
「それはゼムナスにだ。奴の私室に飾っているのを記憶に残っている」
柏手を打った狐巫女の手元に、鞘に納められた一振りの日本刀が現れた。それを父に放る。
受け取ったゼムナスは躊躇いなく抜刀。偽物ではない真剣の鋭利さを確認する。
「これはハンデか」
「条件を揃えただけだ。俺は無手が自然体。アンタは武器を持っているのが自然体なんだろ」
「……良いんだな? 長らく振るっていないとはいえ、これは相当な業物。斬れるぞ」
「自分の心配をしていろ」
そうか、というゼムナスは淡々と現状に従うだけで感情が読めない。
「それって、何処まで、やるのよ」
打ちひしがれていたアリスは、最悪の結果を想像して震えた声で言う。
「まさか殺し合う訳じゃないよね……? 仮にも、親子同士で……!」
「決着の付き方にもよる。どちらかが敗北するか、力尽きるまでだ。本気でやる」
青ざめる少女の口は、何度か開閉したが言葉を出せなかったようだ。もう、口出しを出来る段階ではない。俺とゼムナスを止められないと悟っているのだろう。
距離を一度離れ、両者が向き合った。傍らで狼少女と不死鳥が睨み合う。
最終確認に向こうがおもむろに一言尋ねる。
「条件は参ったと言うか、戦闘不能か。生死は問わないということで間違いないか?」
「手を抜いてみろ、その時こそ遠慮なく──殺す」
あまり使わない強い言葉を皮切りに、俺の方から火蓋を切った。
合図は不要。不意打ちにならないようにする気遣いなど与えない。
真噛と炎鳳が動き出し、ゼムナスは刀の長い刀身を縦に構えた。




