下校前の秘め事。狐JKの膝枕
昼食を味が良く分からないままご馳走になり、今日はこの後受ける専攻も無いので帰ることにする。
ダリオも補修に追われ、ベル先輩はまだ授業があって別れる。俺は一人──いや、一人と一匹になった。
今は、何の気力も湧かない。打ちのめされたままで『北斗』に赴いても迷惑だろうか。
「アルくんちょっと待って」
肩で鈴狐がそのまま下校しようとする俺を制止する。
「一体何?」
「あそこに行こう」
促され、あまり生徒が立ち入らないさきほどの屋上階段へ。
何と、子狐はその周囲に人気が無いことを確認するなりどろんと人の姿に変身した。
「じゃーん、制服バージョン」
「ええっ」
「やっぱりこういうコスプレは場所を選ばないと映えないよねー」
コスプレって言いきっちゃったよ。
パン、と彼女が柏手を打つと何処からともなく座布団が出てきた。
この学校の女子生徒を真似した装いで俺の前に。そして座布団を敷いた段差に腰かけ、スカートの上を叩く。
「では、久しぶりに膝枕をしましょう」
「此処で? 何でいきなり……」
「早く元気を取り戻してもらう為だヨ。契約主を励ますのも精霊獣の役目」
「初めて聞いたんだけど。良いよ、別に」
「そんなこと言わずにほりゃっ」
「うわっ」
一度立ち上がり、両手で頭をがっしり掴んで強引に自分の懐に持って行く。そうして太腿の柔らかい感触が後頭部を包む。
「懐かしいねぇ、数年前まではこうやってアルくんの顔を覗き込んでいたら一日が過ぎたもんだ」
「それだけで過ぎてないよ」
「そうだっけ。まぁ何でもいいや」
俺の頭を乗せてご満悦に鑑賞する制服姿の狐巫女。
「ねぇ鈴狐」
「んー?」
「俺の判断、間違ってたかな」
アリスとのすれ違いは、ある意味では俺の本意でもある。事情を知らせるということは、彼女の家庭環境が崩壊することを危惧したからだ。
だから、罵られることも仕方ない。憎悪や怒りを向けられるのも甘んじて受けよう。
そう割り切ったつもりだった。だが、頭ではそう整理していた筈なのに、感情の揺れ幅を抑えられない。
「前にもアルくん言ってたよね。余計な騒ぎを起こしたくないからあの子に事情は黙っているって」
「うん」
「正しいかどうかは過ぎてみないとねー、これから次第だよ。でも、それでアルくんが辛い目に遭ってたら本末転倒だと思うの」
「皆が丸く収まるなら、それでいいじゃないか」
「私が良くないのー。あんまりやられっぱなしだと私が全部アリスに言っちゃうぞ」
「それは勘弁してよ」
「なら、いずれは解決する努力をすべきだよ。いつまでも被害者側に耽溺してたら許さないもん」
解決法。誤解を解くべきなのか、それとも……
「肝心のアルくんはどうしたい?」
「妹の気持ちを尊重するよ。何か助けてほしいと思っていたら手を貸すし、二度と関わりたくないと思っているなら身を退く」
「そう。相変わらずまぁ自分を過小評価し過ぎで。まぁそこがアルくんの悪いところでもあり、良いところでもあるけどね。他人をそれだけ大切に見ることが出来るってことなんだから」
「……」
「とりあえずね、優しいとなぁなぁにするのは別だということは覚えておいた方が良いよ」
「……うん」
慈しみながらも諌める。昔からこれが狐巫女の教育法。
何だかんだで不覚にも癒されてしまう。これで元気を取り戻していく自分はチョロいんだろうな、と思いながらしばらくして身体を起こす。
「ありがとう鈴狐。もう大丈夫」
「これ、家に帰ったらマカミにもやって貰ってね。学校では出られないんだからさ。言えば喜んですると思うし」
「結構恥ずかしいんだけど」
「全く、その通りですよ、公の場で破廉恥な」
第三者の声に俺達は仰天した。狐巫女の察知が何時にもなく鈍いせいで気付くのに遅れる。
いつの間にやら階下でオルタナ先生が見上げている。鈴狐の正体を知っている彼女で良かった。勘の良い生徒だったら面倒なことになっていたところだ。
「降りて来てください。用が無いならそこはあまり立ち入ってはならないところです」
眼鏡女教師はそう言って俺達を促す。
「ごめんなさーい、どろん」鈴狐はそう言いながら小狐の姿に戻り、俺の肩に乗る。
「すいません先生。どうしてこちらへ?」
「美術室に用がある途中で話し声が聞こえたもので、注意をしに来たのですよ。アルフさんはともかく、貴女様とあろう御方が迂闊に人目につく場所で御姿を晒しになるのは褒められたものでありません」
「えへへ」
溜め息を吐き、やがてオルタナ先生は廊下の壁際にポツンと置いてあった美術資材の元に。
途中まで運んで来たと思わしき、彫りの深い顔立ちをした男性の石膏像。等身大で重さも馬鹿にならなそうなそれは3体あった。
「丁度よかった。この中のひとつをあちらまで運んでいただけますか?」
「良いですけど他は?」
「まとめて私が運びます」
俺ならまだしも数十キロはあるものを先生一人がふたつも?
一見か弱い女性にしか見えない彼女は、左右に並んだ石膏像の屈強な腿に当たる部位を持った。腕ではなく、手で。
次の瞬間。中身は発泡スチロールでも出来ているかのように、軽々と2体を同時に持ち上げた。俺は唖然とする。
「さあ、残りをお願い致します」
ケロッとしながらオルタナ先生は先導する。俺も慌てて持ち抱えるが、やはり重量は生半可ではなかった。何でこんなのを同時に持って平然と歩いているんだ?
答えは、肩にいる精霊獣が知っていた。
「オルタナはラカクのやつと契約しているからねぇ」
「羅角さんと? それとどういう関係が?」
「精霊獣との契約では、結んだ精霊獣が高位の存在になってくると契約者にもある程度の恩恵を受けることがあるのさ」
それは以前も聞いたことがある。下位や中位だと、全く変化がなかったり微々たるものだったりするという話だった。
しかし、オルタナ先生はあの天上位の鬼と結んでいる。それはつまり、
「ラカクの怪力の一部が伝達しているんだろうね。認めるのも癪だけど、ラカクは精霊獣の中でも随一の力を持っている。単純なパワーで言えば、最強だね」
「……その恩恵が、アレだと」
なるほど。一度まみえたから分かるが、羅角さんの力の片鱗というのであればこの芸当も何らおかしい話ではない。
「力という面ではマスターの天下ですが、天金様には数多の魔法や技がありますからね」
「鈴狐と羅角さん、どっちが強いの?」
素朴な疑問に、フフンと小狐は鼻を鳴らす。
「重要なのは、アルくんがどっちに勝って欲しいかだよ」
「私は一応マスターですね。あ、こちらに置いて頂ければ結構です」
ドスンと音を立てて、オルタナ先生は彫像を降ろした。
そんな返答ズルいな。決まっているからだ。
まぁ、仲間同士──険悪だが一応は──で本気で闘うこともないだろうから優劣をつけること自体が浅慮だった。
明日は、いよいよパピリアのライブ。




