咒天降臨。開戦
都市上空で鼓動が脈打つ。精霊界からやって来たそれは、ビル群に影を差した。
あらためて山のような巨体が降りてくるのを目の当たりにし、個々で相対出来る次元を超えていると実感する。大陸と闘うようなものだ。
高層ビルの屋上で集まった俺達は、手の届かない場所でただずむ物を見上げる。
「白鷺、アレを退魔の力で浄化出来る?」
「これほど大きな相手に試みたことがありませんので、何とも……」
「儂が万劫の時間を掛けて集めた瘴気に加え、恐らく奈落で大量に淀んでいた分も加算されておるに違いない。そう容易く行かんじゃろう。少なくとも限りなく弱らせねば」
「──それは、出来ない相談だがね」
破滅をもたらす存在から使者が遣わされた。天から落下した人の形は、同じビルの上に。
「やぁヨト。随分元気そうだな。はらわたを搔き乱された筈だが、もう塞がったのか」
気安く呼び掛けられた兎童女はキツい目つきで睨む。
俺達の前に現れたのは鬼の王咒天。
奴の器はやはり過去で出逢ったガベルさんその人だった。ただし肌は闇に染まり、南国の海を映した色をしていた筈の瞳は紗膜を通したように白く濁っている。
彼が前世の俺や鈴狐達の宿敵。その場に降り立っただけで針を刺すような圧力を受ける。その質はあまりに冷たく、無機質な印象を与えた。
「ベル先輩を何処にやった」
「今さっきまで同席していたよ。面会するかい?」
ところで君は誰? と首を傾げた所作をする。隙だらけなのにいつ攻め入ればいいのか測りかねる。
狐巫女が前に進み出た。
「こんな酷いこと……貴方の目的は何?」
「君のことは覚えている、狐。今更それを聞くのか、以前も話しただろう? 人間界への侵出と精霊界の主権を握ることだ」
「それを為して、どうしたいのですか」
天使も彼女に並び立つ。そして問い掛けた。
「貴方が差し向けた鬼はもう殆ど残っていませんよ。自分達の居場所を作る為なのであれば、やっていることに破滅的な側面しか見受けられません。どうして、不和を産むことばかり……」
「君には理解出来ないだろうけど、ワタシはこの歪んだ形の調和が嫌いだった。世界そのものが敵なのさ」
「敵?」
不敵な微笑を縁取っていた咒天の顔が、無表情へと変わる。
「居心地が悪いんだ。人間界と精霊界。かつて元々は同じ地平であったのに、精霊獣はより高次な存在──すなわち神霊獣として暮らしていたのに、ウカがその在り方を二分したせいでワタシ達は精霊獣へと成り下がり、人間という下等な生物が産まれ、もう半分の地に闊歩させている。知る者はもう限られているようだがね」
始祖なる者の神話を彼は語る。夢物語に思える話だが、宇迦様は実在している。
かつて『神命』の地を訪れた時、神なる獣と呼ばれた彼とのやり取りを思い出す。
『我等──精霊獣と人は元々ひとつだった』
『ひとつ、ですか。それは契約のことでしょうか』
『名残だ。へその緒のように本来はもっと今よりも深く、密接だった。獣も人もなく、等しい存在であった』
『契約が、名残……』
『この闇の来訪は二度目。我はそれを避けるべく、混沌と大地を断った。今、この世は対極図の如き調和で成り立っている』
あのやり取りだけではいまいち分からなかったが、咒天の行いにも起因する話だったのか。
「そうして都合よく理を改竄したウカは、ワタシ達鬼に疎まれるべく負の側面を押しやった。それを棚に上げて奴が唱えたのは、対等、平等、公平……どの言葉をとっても反吐が出るよ」
「お爺ちゃんにそんな意図はない。私も昔聞いたことがある、それぞれが自分で選んで有り方を選んだ結果だって。先人の鬼達だって、そういう有り様を望んだんでしょ?」
「見解の相違でしかない。末裔がそう受け取り、判断した以上はな」
故に、彼は喧嘩を売り続けた。あらゆる手段を用いて。
今度は向こうから歩みを始めた。間もなく、戦闘の火蓋が切られようとしている。
対話は、当然のことながら破綻した。生き物としての価値観、立場が異質でこちらとは相容れない。
「だからワタシは生き残りとして、本懐を遂げる。全てを道連れに、ね」
白銀の太刀を顕現させた。五対一。数の有利はこっちにあるが、羅角さんを一方的に屠った相手だ。それでも勝算は未知数。
そもそも、過去の英雄達が死闘の末に犠牲を伴ってようやく倒せたような敵を、俺で務まるかも怪しい。
でも、やるしかない。此処で止めなくては、先輩が、この都市が……地上がどうなるかも定かではない。
狐巫女は燃え盛る業火を産み、狼少女はけたたましい音で蒼電を纏い、天使は大きな翼で飛翔体勢に入り、兎童女は頭頂部の耳を大きな顎に変える。
「では開戦の幕を切ろう」
咒天は手に持った刃を横一振りで薙ぐと閃光が迸る。
合図の声もいらず、俺達は散開した。直後、
──ズズン、と何かがなだれ落ちていく。
眼下を見降ろしてその正体を知る。俺達の屋上の半分と、背後の高層ビルが斜めにズレた。バターみたいに綺麗に斬った。
間合いにも入ってないのに、この威力か!?
回避を選ばなければどうなっていたかを想像するとゾッとする。
仮面をかぶっていてよかったとつくづく思う。青ざめた顔を見られなくて済んだ。
すかさず鈴狐が牽制に炎の濁流を。気を取られている隙に雷速で横から回り込んだ真噛が接戦に挑む。同時に別方向から攻める。
片手で軽々と斬り上げた衝撃で炎の精霊魔法は弾かれ、空いた手は狼少女を見ずとも正確に殴打を受け止める。それでも、と畳み掛けた彼女のラッシュを悉く捌いた。
「ふむ、元気がいいな犬の子」
「犬じゃない狼ッ──!?」
王は既に次なる攻撃の動作に移り、凶刃が迫っていた。
が、手ごたえの悪い金属音が響き渡った。銀刀と真噛の間で光の幕が覆い、遮っている。
上空で白鷺は両手を前にかざしていた。彼女の結界だ。
そうしている内に肥大化した耳顎を交差して夜兎が叩きつける。腕を立てて防御した咒天の両脚が地面に沈んだ。
コンクリートの足場がぬかるんでいた。夜兎が指を組んでいたことからして、妖術を使って動きを封じたのだと推測。
その好機に俺も追撃に加わった。精霊力と勁の力を乗せた拳の突きを見舞う。
ビクともしない。同じ鬼である筈の羅角さんでも少しは利いた筈なのに
だが、そのまま密接の状態で波濤暗勁に切り替えた。二度目の衝撃で、奴の身体がのけ反る。
更に俺の後ろから腕が伸び、咒天の顔へと剛拳が刺さるように直撃。鈴狐の全力の突き。ぬかるみにはまっていた彼が吹き飛ぶ。
別のビルの壁面に大の字で身を打ち付けたところを、休む間もなく青き稲妻が真横に落ちた。
「蒼天大雷下!」
真噛の突進はビルを貫く。ガラスをまき散らしながら王は空を舞った。
俺は白鷺の手を借り、目まぐるしく移動する戦況について行く。三人の敏捷さは桁違いだ。
追いやられながらもぐるんと、宙で姿勢を立て直した咒天はただ静かに反撃に転じた。
手を前に出すと、無数の銀の針が空中で現れ、一斉に飛び出す。
しかもただ無差別に撃ち出されるのではなく、標的である俺達に向けて独自に指向性を持っており、生き物のように襲ってきた。
「付喪針千本通し」
「させません!」
白鷺は前方に先程のものと同じく結界を展開。膨大な数の針を弾く。
しかし突き抜けてくる物もあり、各自で回避や迎撃を余儀なくされた。
鈴狐は炎で撃ち落とし、俺も白鷺を守るべく真空・波濤暗勁で弾く。
当然、俺達に刺さらなかった針は看板に刺さり、信号機に刺さり、地面や建物に刺さるなどして周辺の地形を穴だらけにする。
道路に場所を移した両者は向き合う。鬼の王は投げ掛ける。
「小手調べとしてはまずまずだよ。そろそろ温まってきたかな」
まだ十二分に余力があることをちらつかせる。ハッタリではないだろう。




