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真噛との真契約。モフれ、狼少女

「おかえり」

 言うなりその人物は初対面の俺の胸に抱きついてきた。

「誰!?」人違いか何かだろうか? 戸惑う俺をよそに獣耳少女はスリスリと頬擦りする。どういうこと? 初対面のスキンシップにしては密接過ぎない?


「あ、アルくんおかえりー」

 奥で今度こそ狐巫女姿の鈴狐(リンコ)が顔を出した。ということはやはりこの女の子は彼女と別人だ。


「この子知り合い?」

「そうだよ、いきなりくっつかれてビックリした? するよねー、んふふふ。というか、アルくんも知ってるよ」

「ええー全く記憶にないって!」

「んもう、その子はマカミだよマカミ」

真噛マカミィ?!」


 戸惑いは仰天に変わる。あの狼が、人の象りを持つようになるとは想像だにしなかった。

 眠たげに開かれた青い瞳が、俺をじっと見上げている。


「中位から上位の精霊獣になった、って認識で合ってるの鈴狐リンコ

「そう、この数日で飛躍的に成長したんだよ。元々伸びしろはかなりあったみたいで、今まで環境に恵まれなかったんだろうねぇ。伸び悩んでたところをちょちょいと揺すったらこの結果。まぁアルくんが契約主だからっていうのもあるけどー」

 意味深な狐巫女の言葉。彼女が証明の為に狼の姿に戻ると、体格は一回り大きくなっていたことを確認。寮の中では狭くて行動し辛そうなサイズだ。

 一陣の風を引き起こしてすぐに人の姿に変わり、どうだとばかりに鼻息を鳴らす。


 精霊獣は成長する。下位にあたる個体が中位になり、中位にあたる個体が上位になる例は度々報告されている。しかし、たった数日の山籠もりでこんな変化を及ぼすとはびっくりだ。


「あるじ」

 真噛マカミが俺をそんな風に呼んだ。どうやら犬社会に則した主従関係に近いものを構築し始めているみたいだ。

「わたし、成長したの嬉しい?」

「ま、まぁ喜ばしいことかな。凄いよ」

 にゅっ、と口元を緩めた少女は後ろの尻尾を激しく動かした。感情が顔よりそっちに出るらしい。


 それから真噛マカミに先導され、部屋の中に入った。取り込み中の俺に代わって、狐巫女が買い物袋を冷蔵庫に持って行く。

 ソファに腰かけると狼少女は対面の席ではなく空いていた隣に寄ってきた。当初よりすごく懐かれている気がする。

「あるじ、手を出して。右手」

「別にいいけど……わっ」

「匂い、覚える。ほんとはずっと、こうしたかったの」


 言われるがままに差し出すと、彼女は俺の片手を両手でとり、慈しむように頬に寄せる。

「この手、わたしは痛いことした。あるじに謝りたかった」

 すぐにそれは俺が手を差し伸べた時、抵抗に牙で傷付けたことを言っているのだと察する。真噛マカミ自身もあれからずっと気にしていたようだ。



「あの時は怖がってたんだ、仕方ないよ。ほら、もう傷も残ってないしさ」

「でも痛い記憶、残ってる。それは簡単に消えない。わたしもそう」


 いくら傷を癒そうとも、蒼狼の中で折檻された過去は無かったことにはならない。問題は乗り越えたかどうかである。

「今度は優しくする。いっぱいいっぱい、もっとたくさん」

 まっすぐに告げられた感謝の想い。俺は少しくすぐったくなって目を逸らした。嫌な気分になるわけがない。


「あーそれでなんだけどね、アルくん。マカミが上位精霊獣になったから、普通の契約が仮契約の状態に切り替わってるんだ。時間が経てばいずれ契約は自然に解けると思うよ」

 思い出した様子で、狐巫女は指摘した。ランクが上位以上になっていくと、召喚した時と同様それ以上の契約をしなくてはならない。この狼少女も例外ではないようだ。


 俺は提案する。

真噛マカミはどうしたい? このままいけば自由の身だよ。上位にもなれば独立したって大丈夫だろうし、精霊界にだって自力で帰れるだろう」

「……あるじは?」

「俺? うん、契約したからには責任はいくらでも持つ気だよ。どちらを選ぼうとも俺は真嚙マカミの意志を尊重する。別の契約主を探したいなら手伝うし……」

「いや」強い拒否を、示した。



 持っていた手を己の心臓の鼓動を伝えるように胸元へ置いた。「ちょっ」とどぎまぎする俺に構わず真噛マカミは続けた。

「わたし、選ぶ。あるじに仕えるって決めた。救ってくれたあるじでないと嫌。傍にいたい。いさせて」

「そんな大袈裟な」

「真契約、やだ? わたしいらない?」

 切なそうな上目遣いで質問されては、折れる他なかった。方針は決まっていく。


 先に契約していた鈴狐リンコに確認をとると「それはもちろん賛成だよ。リンコ姉って呼んでくれるんだもん」と快諾。障害はなにもない。

「じゃあ真噛マカミ、俺でよければ結ぼう。どうすれば良い? また頭に手を置くの?」

「ちょっと違う。此処、触って」


 犬耳の生えた部分を指し、頭をこちらに近付ける。

「いっぱい優しくして。それで成立」

「撫でれば、良いの?」何だか鈴狐リンコの時より緩いなぁと思う。深い信頼を表明させる行為なのだから、どんな条件を決めるのかは自由だけど。


 俺はその少し青みがかった白髪に触れた。そして掻き分けるように指をくぐらせたり、要望から耳元をこねくったりした。

 真嚙マカミは目を瞑ってされるがままにしていた。背中で尾が踊る。

 彼女が良いと思うまで、俺はそうして撫で続ける。

 1分経過。


「どう?」

「まだ」

 少しの接触ではダメらしい。もうしばらくやってみよう。彼女も気持ち良さそうにしてるし。


 5分経過。

「……まだ?」

「もっと」

 思ったより、時間が掛かるな。やはり真契約ともなれば契約した時のタッチとは打って変わって、深い親密的な接触を交わす必要があるようだ。


 10分経過。

「ねぇ真噛マカミ

「もっとぉ」

 真噛(マカミ)はトロンとしたまま、撫で続けることを要求する。いや、何かおかしい。いつになったら、終わるんだ?


 20分経過。

「二人とも御飯出来たよ。真噛(マカミ)も食べたいって言ってたから用意してあるぞー」

「……さすがに契約出来たよね、もう済んでるよね? そろそろやめない?」

「もう少しだけぇ」

「ま、まいったなぁ」

 もはやただ甘えられているだけだと分かり、困り果てる。好意によるものだから拒絶し難い。


 手が疲れ始めたところで、鈴狐リンコの介入によりようやく解放される。既に真契約は成立していた。つまるところ彼女の個人的な欲求だった。


 それにしても、これで人型になる精霊獣が二人。ただ、この狼少女は小狐のように小型化がまだ出来ない為、学校といった場所で顔を出す時はその狼としての姿でいるか俺の中に控えているようにしておくことで話は決まった。


 でないと、人型精霊獣なんて大騒ぎになる。この事情を知らせるのは白鷺ハクロさんだけで良いか。引きとったことを知っているベル先輩とダリオには悪いけど、内緒にしておいた方が無難だろう。


 

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