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追憶。欠落していた出会い


 道着姿の小さな少年が、座り込んでいた。


「……もーいいかい」

「まーだだよ」

 何処かから聞こえる狐巫女の声に彼は顔に手を当てて数字を数えた。


「もーいいかい」

「もーいいよっ」

 その日、二人はかくれんぼに興じていた。鬼が少年で、彼女が隠れ役。

 と言っても、ただ遊んでいるわけではない。これも立派な修業の一環である。ただ目で探すというより、気配や微細な物音で相手の居場所を突き止める為の極意を会得する為、本気で隠れた鈴狐(リンコ)を探し出さなくてはならない。



 制限時間は夕方まで。その間に見つけられなければアルフの負け。

 緊張感を出す為にも罰ゲームも用意されている。掃除当番が増えるくらいだが。



「何処に隠れたのかな」

 鈴狐の精霊結界内は広大だ。声が聞こえたからと言って、近くにいるとは限らない。

 たくさんある木の上にいるかもしれないし、落ち葉の下に潜んでいる可能性だって在り得る。

 出来るだけ静かに、自然の中を闊歩する。大声で呼び掛けても返事がないので黙って彼女を捜した。


 そんな過程で偶然、祠の前に行き着く。

「あ、此処には近付いちゃダメなんだった。いけないいけない」

 咄嗟に引き返そうとする。警告した本人がそういう場所に隠れることはないと判断して。

 だが、少年は異変に気付いた。


「──ッ、誰かそこにいるのか!?」

 反応は祠にあった。正確にはその後ろで物音がした。

 誰かが隠れている。警戒しながら、ゆっくりと回り込む。未熟で戦闘経験がない彼だが、自分一人で立ち向かおうとしていた。


「鈴狐? 何か、小さくなった?」

 潜んでいたのは、狐の耳と尾を持つ巫女。だが少年が良く知る狐巫女にしては一回りも小柄で幼い。

 こちらの正体に気付くなり、緊張で強張っていた表情が憮然としたものに変わった。


「……違うわ、アタシは葛葉(クズハ)

「葛葉……?」

「アンタ、この精霊結界の中にいるってことはもしかしてリンコ姉様と契約している人間? 大きな声を出して驚かさないでよ」

 そう言って立ち上がり、腰に両手を当てる。ちょっぴり不遜な態度だ。


「それにしても、これが人間か。初めて見るわ」

「えっと……初め、まして。どうやって此処に来たの?」

「莫ッ迦ねぇ! そんなの決まっているじゃない。この祠は『神命』の地に繋がっているから通ってきたのよ。何か封印されていたけど、アタシの力にかかれば……」

「おーい鈴狐! かくれんぼ中断しよう! しんめい? からお客さ……!」

「ちょ、ちょっと待ちなさい莫迦! 見つかっちゃうじゃない!?」


 素直に呼ぼうとしたアルフを葛葉は慌てて制止する

 草陰に追いやられ、一緒に潜む形になった。

 鈴狐からの返答や反応もないまま少しして、彼女はふぅと息を吐いた。

 あらためて頭と頭が擦れる程の密着状態に気付き、「いつまでくっついているのよ!」と顔を押しやられた。



「何で隠れる必要があるの? 君、鈴狐の妹なんでしょ? そっくりだし」

「……き、気まずいから」

「どうして?」

「何でもいいでしょ、もう! お忍びで下見に来たんだからそれじゃあ意味がないの。抜け出したことがバレたら大目玉なんだから!」

 突き放すように言いながらも、事情を丁寧に説明する小さな狐巫女。


「じゃ、行くわよ」

「え?」

「え? じゃないでしょう。案内役がいるなら利用するのは当然よ。光栄に思いなさい、この葛葉様に一時だけでもお付き人になれるのだから」

「素直に道が分からないと言えば良いのに」

「五月蠅いわよ!」

「そういうことなら仕方ない。いいよ、付き合ってあげる。鈴狐には悪いけど隠れていて貰おうかな」

「そこはお付き合い致します、でしょう。全く、これだから人間は……」

 ぶつくさ言った彼女の反応によって、話は決まった。


「何処から見たい? 広い自然は見慣れている? 住居や川床、倉庫とかあるけど」

「その前に教えなさい」

「何を?」

「名前。人間にだってちゃんとあるでしょう?」

「そうだね。自己紹介がまだだった。僕はアルフ、よろしくね葛葉」

「様をつけなさい」ぷいとそっぽを向きながらも、否定を口にはしなかった。



 せせらぎが絶え間なく続く渓流を通り過ぎた二人は、色んな場所を見て回る。

 良く鍛錬に利用していた丸太群のある広場や、狐巫女と寝食を共にしたお社、お気に入りの絶景スポットといった数々を案内する。

 それと一緒に此処での生活をアルフは語った。


「殆ど自給自足で暮らしているんだ。枝豆や豆腐とか」

「豆ばっかりねぇ。他に何を食べるの?」

「油揚げに厚揚げ、湯葉……あとはおからとかきな粉とか。もやしもよく食べるよ」

「それも全部大豆じゃない」

 呆れた調子ながらも、彼女も話に耳を傾ける。

 住居を見終えて鳥居の階段を降りながら、やり取りは続く。


「まぁ別に何でもいいけど、それでこの精霊結界にはアンタとお姉様以外誰もいないの?」

「そうだよ。事情もあって僕は此処で修業中なんだ」

「ふーん」

「葛葉こそどんな暮らしをしているの? あの祠は何処と繋がっているの?」

「それを知ってどうするの」

「知りたいだけさ、精霊獣が沢山いる外をまだ見たことがないから」

「……似たような所よ。皆引き籠って、くだらない決まりに縛られている」

「そう、大変なんだね」



 徐々に身の上を打ち明けてくれるようになった彼女であったが、詳しい話については出し渋っている。少年も意図を汲み取って、それ以上の詮索は控えた。

 そして話題作りに徹して、アルフは己の暮らしを語り出す。


「似たような所かもしれないけれど、僕は修業や鈴狐から色んなことを教わる毎日で飽きないよ。夢を叶える下積みの真っ最中なんだ」

「夢?」

「今は未熟で非力だけど、いつかは退魔士として人々を守りたい。そして、見返したい人がいる。英雄を目指しているから」

「英雄って、お姉様達と契約した人間が呼ばれたような? アンタもそれになるって?」

 即座に頷くなり、葛葉は「へぇ」と鼻で笑う。アルフもムッとする。



「これでも大真面目なんだからね」

「ちょっとぼくちゃん夢見過ぎじゃないかしら」

「そんなのやってみないと分からない」

「ふふーん、どうかしらねぇ。そんな風に誰でもなれたら苦労しないわ」

「なるよ、僕は必ず」

「必ずなんて、あり得ないけどぉ」

 意固地になる少年が面白いのか、葛葉がからかう。


「意地悪な子だなぁ。これで実現したら葛葉の立つ瀬がないよ」

「こう見えてアンタの何十倍も生きているんだけど?」

「じゃあ年の功でも見せてもいいんじゃないかな」

「だったら年長者らしく褒美をあげましょう。たとえ案内役の小間使いにも相応の対価を与えるのが目上の人間の務めだもの。視て(・・)あげるから感謝しなさい。神視の力でね」

「それって占い? 僕を蔑む都合の良いこと言いそうだなぁ」

「インチキだとでも思ってるのね。莫ッ迦ねぇ!」



 自信満々にロリ狐巫女は腕を組んだ。

「アタシが持っている神視はそんな眉唾な物じゃないわ。一族で宗主の次期後継として選ばれたのも、直系だからというだけじゃなく才ある者のみが扱える極めて稀有な力があるからよ!」

「何それ」

「森羅万象の因果を視ること。空間と時間を超越して過去と未来の光景を知覚するのよ。具体的に言うと主に予知や想起といった霊視が出来るようになり、アタシ達の一族は両世界のあらゆる分岐点を僻地からでも観測し続け……」



 解説していてもますます理解から遠のく少年が首を傾げるのを見て葛葉は説明をやめた。

「口で言うより、実演した方が早いわね。まず本物であるかどうか証明する為に、アンタの過去でも見てやろうかしら」

「そんなことが出来るの?」

「毎回確実に出来るわけじゃないわよ。でも、試すだけなら減るモンじゃないから。さぁ、そこに立っていなさい」


 言って、ロリ狐巫女と少年は向き合う。

 葛葉は深呼吸のあと口を閉ざし、瞼を閉じた。



 ゆっくりと目を開けた彼女の琥珀の瞳が光を発していた。正面のアルフの顔に目掛け、真剣な眼差しで凝視する。

「うわぁ。葛葉、目がキラキラ光っているよ。黄金みたいだ」

「少し黙って」

「……はい」

「今日は、とても調子良いみたい。すぐに視られそうよ」

 彼女の雰囲気が変貌もあって少年も固唾を呑んでその成り行きを見守っていた。


 するとニヤリと彼女はえくぼを作り出す。恰好の弱点を見つけたように、悪い薄笑いを浮かべていた。


「へぇー。六歳になってもおねしょしてたんだぁ」

「ちょ、ちょっとー!?」

「寝る時にクマのぬいぐるみを抱いてたのぉ? 男の子なのに?」

「や、ややや、やめてったら! 本物だって分かったからそういうのあげつらわないでよ!」


 アルフは顔を真っ赤に染めて頭をブンブン振った。言い当てられたことを否応なしに認めた。

 やがて、ほんの少し葛葉の眉がピクリと動いた。表情にやや苦々しい物が含まれていく。


「……お父さんに、捨てられたの」

 少年は頭に衝撃を受けたように、呼吸を止める。

 ただちに彼女は神視を中断しようと再度目を閉じた。


「ごめんなさい」

 そう謝っても、時すでに遅し。少年の心を不意打ちのトラウマが抉る。

 アルフの面持ちが俯き、影を落としていく。立っていられなくなったのか、その場に座り込んでしまった。


 だが、それは精神的な要因ではなかった。異変が起きていた。

 苦悶を漏らし、少年はうずくまる。

「アルフ! どうしたの!? しっかり──ッ!?」

葛葉は二重の意味で驚愕を露わにした。


「っ……ぁ、が……! うぐぁ!」

「アルフ……、その目……何で?」

「な、何……? 頭がヘンな……」

「どうして、どうしてアンタが……!」

「…………苦し……頭の、中が、溶けそう(・・・・)……!」



 不調を訴えながら辛うじて顔を上げた少年の黒い筈の双眸に、変化が反映されていた。

 アルフが苦しみ、そしてその瞳に琥珀の光が湛えていたことに葛葉は戸惑いの声をあげる。彼女の瞳の輝きも止まらない。


「アタシと共鳴してる……! 何でアンタにも神視の力が宿っているのよ!?」

「……うあ、ああああああああああああああああ!」

 遂に堪えきれず、少年の絶叫を皮切りに、


「納めなさい! アルフ! 今すぐ! アル──」

 ──二人の視界と意識が、混線し、反転した。


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