宴会中の呼び出し。急転降下
戻った際には宴の席が設けられていた。地面には畳が敷かれ、そこに酒や肴の乗った膳が用意されている。誰でも自由に参加出来るらしい。
既に白鷺と真噛がそこに行儀正しく座っており、俺の姿を見てそれぞれ口を開く。
「あるじ、遅い」
「どちらに行かれていたんですか」
「ごめん、ちょっと……って白鷺こそいなくなっていたじゃないか」
ちょうど空いていた場所に座らせて貰う。
「リンコの晴れ姿はわたくしも他の場所で見ておりましたよ。初めて神楽というものを拝見しましたが、素晴らしかったです」
「うん、同じく。あ、リンコ姉来た」
「んあー、だるかったー」
そう言って肩に小狐が飛び付き、もたれかかる。くたびれた様子で鈴狐が戻ってきた。
「お疲れ様」
「もう堅苦しいのはおしまい。此処でゆっくりするー」
「巫女としてのお勤めはもうよろしいのですか?」
「だってこれ以上付き合う義理はないし、面倒くさいもん。抜けてきた」
先程の寡黙で神秘的な面持ちとは打って変わって、普段通りの彼女がいる。
聞きそびれてしまったが、神楽の舞を終えた直後に鈴狐はその場で神託を語ったそうだ。
といっても宇迦様が神視によって見た未来の警鐘を若干独自に解釈して宣言したのである。
「それでどうだった? アルくん達も見ていただろうから一応頑張ったけど」
「あ、うん。とても綺麗だったよ」
「でもリンコ姉、あるじ、途中でどっかに行ってた」
「マ、真噛!」
「ええー、どうしていなくなったのー?」
告げ口をされて、抗議の声を浴びる。今回は申し開きもなかった。
観念してその経緯について話し出すことに。
「葛葉って精霊獣なんだけど、会いに行ってきた」
「え! 私の妹と浮気!?」
「違う! そうじゃないんだけど……ねぇ、鈴狐が知る中で俺って以前あの子と会ったことある?」
「いやぁ、面識はないと思うけど……」
やはり彼女が鈴狐の妹であるのは間違いないらしい。というか浮気って何だ。
「何か、今日会うのが初めてじゃない気がして……」
「クズハはこの『神命』をいずれ牽引する立場で、これまでずっと此処に居た筈だよ。でも本当は神楽を舞う役割なんだけど今回は辞退したみたいで、私にも顔を出さないよ」
「あまり仲がよろしくないのですか?」
「それ以前の話だよ。昔から競わされていたからあまり触れ合う機会がなかった。そして次期宗主に選ばれたのがあの子。それもあって私は好きにやらせて貰っているから、感謝しているけど」
どうも複雑な間柄らしい。だから俺にも紹介しなかったのか。
となると、鈴狐によって引き会わされた線は低い。俺のことを知っていたし、面識はあったのは間違いないのだが。
ダメだ。どうしても思い出せない。忘れさせたと言っていたが、どんな出来事があったのだろう。
「何か言われたなら、気にすることないよ」
「……分かった」
少なくとも向こうからも関わるな、と言われた。ならば無理に干渉するべきではないだろう。
心の片隅にしこりだけが残ったが。
「皆、楽しんでおられるか。それと、そこにいたのかリンコォ」
「うげ!」
宴の席から来訪者がいた。彼女の父に当たる、白い狐人の稲荷だった。鈴狐が俺の頭を盾にするように隠れる。
「……まぁ良い。それよりアルフ殿、少しよろしいかな」
「俺ですか?」
彼が頷く。他が精霊獣しかいないだけに、人間違いをする筈もない。
「出来れば一対一で話をしたいのだが。時間を貰えないだろうか」
「アルくんに何する気?」
「儂を誰だと思っている。それとも一緒に説教の続きも済ませようか?」
「行ってらっしゃい!」
薄情にも肩から飛び去る小狐を尻目に、俺はその場を後にする。
場所は変わって滝のある立派な朱橋。飛沫が舞う月夜の下で俺と
「それで、話とは何でしょうか?」
「それは勿論他ならぬ、あの子のことだ」
あの子、というのが一瞬どっちなのか躊躇した。でも冷静に考えれば、あちらの中では葛葉との接点がない俺に振る筈がないと判断する。
まさか……と脳裏に不安がよぎる。
「鈴狐と俺の関係について、ですか……」
「そう身構えなくていただきたい。契約についてとやかく言う気はない。ただ、聞かれるのも少しこそばゆいのでな。ああでも言わねば離れなかっただろう。宴を邪魔してすまないと思っている」
「は、はぁ。そうですか」
「お恥ずかしながら、娘とはもう何百年もどう過ごしていたのかも想像出来ないくらい音沙汰がない。しかしどんな風に過ごしていたのか聞きたいのは山々だが、こうも齢を重ねてしまうと容易くないものでな。アレも表向きはいつも明るくあっけらかんとはしているが、しっかりやれているのか不安で……」
何てことはない話だった。純粋に親として、どうしていたのかが気掛かりで仕方がない。が、当人とは中々そういうことを話すのが難しい。きっと、どちらも素直になれないのだ。
「いいですよ」
思わず苦笑が入り混じってしまった。実は結構親バカなのかもしれないと考えると、不思議と親近感が湧く。
俺は自分がどのように狐巫女と出会い、そして今に至るまで起きたことを僭越ながら語った。
ちょっとした騒動や何気ない出来事まで、稲荷さんは何度も頷き時に感嘆の息を漏らしながら聞き入る。
「……そうか。毎日を楽しそうに出来ているのなら、その暮らしに文句も言うまい。それがあやつの選んだ生き方ならば」
「お世話になりっぱなしです」
「そう言って貰えるとありがたい。押し付けたこと、過ちだったかもしれんと思うようになったものでな」
「何を間違えたと?」
「あやつらの教育のことだ。互いを競わせ、どちらが宗主となろうといずれ一族を共に切磋琢磨して行けるように躾けてきたつもりであったのだが、裏目に出てしまった。リンコは外界へ出て行き、宗主として選ばれた妹のクズハとは殆ど交流などしなかった。きっとこの地に居た時は退屈で窮屈で仕方がなかったのだろう。これまで戻ってこなかったのがその証拠だ。貴殿といた彼女の活き活きとした表情は初めて見た」
懺悔を口にする。きっと、この話も彼女と契約を結んだ俺に聞かせたかったに違いない。
鈴狐の出生に大きく関わった彼が、叱りながらも後悔を胸に秘めていることを知った。
「どうか、今後もお傍においてやって欲しい。支えになってくれるのなら願ってもない。あの子はああ見えて、寂しがり屋だから」
「ちょ、そんな、こちらの方がむしろ頼み込まないといけない立場ですから!」
頭を下げられてしまった。慌てて顔を上げるように促す。
「鈴狐がいたから俺は此処までやってこられました。誇張抜きで、今まで生きていけたかも定かではありません。だから、感謝するのは俺の方です。許されるのなら、これからも共に生きて恩を返したい」
「良き契約者と巡り会えたようだ、あやつも」
袖の下が白毛に覆われた手を差し出され、俺は応じる。
「では儂はこのままウカ様に神楽が無事終わったことを報告に参ろうと思う。お一人でもよければ先に戻られるか? その後、皆の寝所も用意させようと思う」
「はい。それで大丈夫です」
そうして稲荷さんと別れた俺は、酒宴が続く場に戻ろうとした。
「アルフ」
茂みの奥から、誰かが俺を呼ぶ。
立ち止まり声のする方を見ると、小さな狐巫女がいた。葛葉だ。
「こっち」
言葉少なげに言うと、彼女は後ろへ下がって行く。見失わないように後を追った。
戸惑いつつも斜面やけもの道を通って、轟々と滝の音がする方へ近づく。
開けた先で彼女が待っていた。遥か高所に水がなだれ落ちる荘厳な光景が、広がっている。
神妙な面持ちで、顔を背けながら口を開く。
「此処は見晴らしがとても良い秘密の場所。さっきはごめん。頭を冷やした」
「……いや、そこまで気にしてないから」
「教えてあげる。貴方が何を忘れてしまったのか」
来て、と手招きされて俺は近寄った。
「この術には水が近くにある場所で色んな手順が必要なの。そのまま少しじっとしていて」
「それって時間かかる? 鈴狐達を待たせているから、今すぐじゃなくても……」
「心配いらないわ。今頃催しも始まっているし、お姉様なんか約束の油揚げに夢中になっているだろうから」
「そ、そっか」
確かにもう気にしないようにするつもりで、やはり心残りになっていた。早くこのモヤモヤを解消出来るというのなら、それに越したことはない。
俺の手を引き、間近で目と目が合う距離まで詰めた。滝が落ちていく傍らで、儀式を行う。
そこで、ふと疑問が生まれた。
「……何で、知っているの?」
「え?」
「鈴狐が油揚げに釣られて神楽を担った約束を、どうして顔も合わせていない筈の君が知っているの? 鈴狐は此処で一言もそんな話、していないよ?」
葛葉の顔から表情が消える。代わりに琥珀の瞳が据わった。
「君は──ッ?!」
反応に遅れる。少女の腕とは思えない力で引っ張られ、踏ん張りも利かずに崖から突き落とされる。
身を投げ出された俺は夜で底の見えない闇へと落ちていく。
やがて硬い水に身を打つ感覚と共に、意識が途切れた。




