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突撃!ベルの晩御飯。団欒の光と影



 カーデナルという姓には聞き覚えがあった。俺が先輩と対面した当初にフルネームを聞いた時も、この近辺で有名なお金持ちの家ではなかったかと頭によぎった。

 実際、その推察は的中していた。辿り着いたところで、目と鼻の先に灯りのついた豪邸が建っていたのだから。


「キャラじゃないのは分かるけど、そう引きつった顔をしないでくれ。君の実家だって同じくらい立派じゃないか」

「微塵もお小遣いを持ってる雰囲気出さなかったものですから」

「貯金に回しているんだ貯金に。とにかく入ろう」

 敷地の入口で固まる俺を促して、先輩は中へと導く。

 家族にはパピリアのことは内緒にして欲しい、という前置きに同意して。



「あらぁ! いらっしゃい、よく来たわねぇ」

「初めまして、アルフ・オーランです」

白鷺(ハクロ)です」

鈴狐(リンコ)だよー」

「まぁ、精霊獣? 挨拶出来るなんていい子達ねぇ。ソフィー・カーデナル。娘がお世話になっていますわ」


 扉を開けるなり、満面の笑顔で出来るえくぼが印象的な栗毛のご婦人が迎えた。

 シャンデリアの吊るされた広い部屋に案内され、ソファに座って休んでいるように勧められた。

 そうしてカーデナル夫人はベル先輩とキッチンに回った。その向こうで楽しそうに話を続ける。


「我が家のようにくつろいでいってね。もう少ししたらご馳走、振る舞ってあげるから」

「恐縮です。すいません、突然で」

「いいのいいのそんなこと気にしないで。貴方のことはベルから聞いていたから、一度招待したいと思っていたところなの」

 この家には一度も友達を連れて来たことがないとベル先輩は言っていた。だから尚更、同じ学校に通っている俺の来訪を大いに喜んでいるのかもしれない。



「アルフくんは今どちらに住んでいるの? 編入生なんですって? やっぱりその子達もベルの翠音(スイネ)みたいに何か出来るのかしら。ベルとはどんな風に知り合いに? この子学校の人と用事を作るようになったのは貴方の話題になってからなのよ。普段から一緒にいるの?」

「あのー、何と言いますか……」

「母様、一度にそれほど質問しても彼が戸惑いますよ」

 返答に困っていると、ベル先輩が助け舟を出してくれた。



「あら、ごめんなさい。つい浮かれて知りたいことがどんどん湧いて来ちゃって」

「あまり困らせないでやってください」

「そうね、貴女のボーイフレンドにがっつき過ぎちゃったわ。許して頂戴」

「ち、違うっ。ボーイフレンドじゃなくてぇ! ただの友人です!」

 物音が立つほどよろめいて、先輩は抗議の声をあげる。

 その流れが、凄く居た堪れなくてとりあえず俺からも「先輩には、とてもよくして貰っているだけですから……」とフォローを入れた。


「そうなの。早とちりしちゃったわ」

「ほんとに、アルフが困っていますから。あまり紛らわしいことは……」

「でも男女の友人関係ってずっとは成り立たないと思うの」

「お母様ァっ!?」


 母様に「お」が付く程動揺を示し、バンと台を叩いている。近くなので聞こえなかったフリが出来ず、誤魔化そうと部屋の壁や天井に視線を彷徨わせる。

 テーブルの上に降りた小狐と小鳩達はそれぞれニヨニヨって感じとクスクスって感じの笑いを漏らしていた。他人事だと思ってこの状況を楽しんでいるな……


 しかも、俺にとっては運が悪いことに更なる事態に見舞われた。

「ソフィー! ベルゥ! 仕事切り上げて帰ったぞぉおお! 男連れて来ただとぉおおおおお!?」

「ああもうっ父様までぇ……! 母様! まさかボーイフレンドを招いたと連絡したんですか!?」

「勘違いしちゃってうふふ」

「うふふじゃありません!」


 玄関からドタバタと駆けこむ物音が聞こえ、白髪交じった黒髪の中年男性が居間に慌ててやってきた。疑いようもなく、彼女の父親だ。

「早いお帰りね、アナタ」

「お、お邪魔して——」

「お前がアルフかァあああああ!」

 凄い剣幕で掴みかかった大黒柱に、先輩が制止の大声を出し、夫人はまぁ大変と緊張感のない呟きを漏らす騒ぎへと発展した。



 そうして事情の説明と父親を一旦冷静にすべく俺は二階への避難をよぎなくされる。

「此処にいてくれ! くれぐれも! 私物には触れないよう!」

 口早で言いつけるベル先輩により俺は押し込まれた。

部屋の中に取り残され、茫然と立ち尽くす。如何に言い繕っても女生徒の部屋で、だ。


「入ってて、良いのかなぁ」

 流石に背徳感というか倫理観によるものか、悪戯に調べ回ることに拒否反応が出る。

 先輩の部屋は、広さに反して寝具と最低限の家具だけで少しこじんまりした印象があった。


「おっ、アルくん見て見てー」

「あんまり部屋をジロジロ見たら先輩に悪いよ」

「そうですよリンコ。如何に貴女でも怒られてしまいます」

「机の上だけだよぉ。ほら、コレ」


 言ってそこに置いてあった写真立てに目が留まった。複数の写真がまとめられている。

 階下の両親と浮かない表情をした銀髪の幼い少女が映った一枚が特に目立つ。

「この頃のベルくんは女の子みたいだね」

「いや、元から女性ですから。それを言うなら女の子らしいでしょう? やっぱり少し怒られた方がよろしくありませんか」


 なんて問答を聞き流しながら、一緒に眺めていた俺は違和感を覚える。

まず左右の肩にいる二人の言う通り、ベル先輩と思しき当時の少女の外見が今と少し異なっていた。髪を少し伸ばし、ワンピースを着ている。今では考えられない服装だ。

 そして、家族三人を並べて初めて浮かぶ疑問。彼女と二人は何だか……



「アルフ、もう大丈夫だよ。本当にすまなかった、騒がしい両親で」

「先輩、あの」

「……ああ、それか」


 一旦戻ってきた彼女は、写真を見つめる俺の姿を見てさして気にした様子もなさそうに話し出す。しかも疑問の核心を。

「ボクが二人のどちらにも似ていないって思ったかい」

「いや、そんな、別に」

「気遣わなくて良い、責めているわけじゃないから。理由は単純明快だ、ボクはこの家に引き取られたからなんだよ。父様母様には昔、同じ年代の子供がいたらしいけど病気で亡くしてしまったんだって。そうして初めてこの家に来た時撮った写真が、それさ」

「本当のご両親はー?」

「さぁ? 物心ついた時には孤児院にいたからね」


 小狐の直球な質問に対しても開け広げに答え、血の繋がりがないことを示唆する。まさか、養子だったなんて。

 むしろ、恥じるどころか誇らしく思うように二人のことを語る。

「血縁のある方を『本当の両親』と言ったが、ボクからすればこっちが本物だよ。今のボクがあるのも、二人と出会えたからだ」

「……すいません」

「だから謝ることじゃない。こうして話が出来る仲がいるのはむしろ良いことだ。ちょっと格好つけたみたいで、こそばゆいけど」

 そう言ってベル先輩は、そろそろ降りようと促す。



 食事の時間は長いような短いような一時だった。

 大黒柱のグスタフ・カーデナルはことの経緯をようやく理解していながらも、若干牽制気味に圧迫を掛けて色々聞いてきた。「娘と君はどういった知り合いなのか」「普段は娘とどんなことをしているのか」といった感じで、ほぼ俺と先輩の関係について根掘り葉掘りである。

 冷や汗たらたらな場面もあったが、ベル先輩と夫人に諫められ誠意を以て返答をしていく内に「くれぐれもベルと仲良くしてやってくれ……友人としてだぞ」と一応の和解に至った。


 カーデナル家の温かな食事と団欒話に混ざり、俺もちょっとした身の上話をして話題に花を咲かせることが出来た。

 ベル先輩の言った通りどころか、とても善い人だと思えた。



「泊まって行ったっていいのよ?」

「さ、流石にそこまでご迷惑をお掛けするわけにはいきません! けど、とても美味しかったです」

「当然だ。ウチの家内が揮った手料理が不味いわけないというか言ったらぶっ飛ばしてやろうかと」

「父様……」

「冗談だ冗談!」

「本当に、温かかったです。とても懐かしい感じがしました」

 似てはいなくても、かつての母の味を思い出す。

 その返事に、先輩の父は咳払いをした。


「……また、次来る時は事前に連絡を入れなさい。でないと今夜のように四人分も用意出来るか分からないからな」

 是非、と俺は感謝の言葉を述べながら頷いた。



 ※



「じゃあ、彼をそこまで送って行きます」

「ベル、いっそ貴女が泊まりに行っても構わないのよー?」

「泊まりませんッ!」

「そこまで許した覚えはないぞ! 貴様ウチの娘に——」

「送ってもらうだけ! 送ってもらうだけですから!」

「鈴狐ちゃんも白鷺ちゃんもまたいらっしゃいねー?」

「バイバーイ」

「お邪魔しました」


 逃げ去るように夜の路地を駆ける男女二人。ぼんやり灯りに照らされた玄関口で夫妻は片や手を振り、片や腕をまくって追う仕草をアピールしながら見送った。

 それからカーデナル夫人のにこやかな顔があっという間に曇り、そして悲嘆に呻いた。


 ベルの父は神妙な顔つきで、ハンカチを取り出す妻を支える。

 つい先ほどまでの時間が幸福であったのは間違いないだろう。しかし、その反面罪悪感が今になって押し寄せる。



「間違いないな。まさか今になって……」

「……あ、あの、あの子が、無事、生きていた。生きていてくれて良かった……! でも、どう、どうしたら!」

「ソフィー大丈夫だ。自分を責めるな、お前は何も悪くない。いや、誰も悪くない」



 夫妻はそんな動揺を娘にも気取られぬようにしていた。あまりにも大きなショックがあったことを隠していた。

 その引き金は、アルフという少年が我が家に訪れたことだった。

前々から確認したかった疑惑はやがて、確信に変わり出す。



「行方不明になって六年。よりにもよって二人がこんな形で出会うとは」

 運命とはあまりに皮肉で酷なものだと、男はぼやく。



「……何て説明しましょう。私達が実は……」

「よせ。とっくに過ぎた話だろう。もうあの子が自分達の娘なんだ。彼じゃない。今更申し出ても、本人は戸惑うだけだろう」


 今、彼は穏やかに暮らせている。そして娘も。引っ掻き回して幸せになれる者などいない。

「見守って行こう。自分達に出来ることはそれだけだ」

 知らずにいられるのならそれに越したことはないと、グスタフ・カーデナルは結論付ける。



 当初の二人は、アルフ・シェークリアを我が家に迎え入れるつもりであったという過去を。

 そして彼が行方をくらましたことで養子を一度諦め、後日代わりに彼女を引き取っていたという経緯を。


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