ベル先輩からの頼まれ事。初カラオケ
待ち合わせの場所は、いつもの喫茶店。
淡い銀のボブショート髪で中性的な少女が訪れる。ハーフパンツとチェックのシャツというメンズコーデ姿で、バックを肩に提げて席の前にやってくる。よく見なければ男友達が合流する光景に思うだろう。
「待ったかい」
「いえ、少し前に座ったばかりです、ベル先輩」
「此処のコーヒーは今日もお代わりするくらい美味しいから平気だよぉ」
「ダメですよリンコ! そういうことは言わないものです」
「その声、やっぱり白鷺さんでしたか」
「はい、浜辺ではどうも。今後ともお近付きになるでしょうから、よろしくお願い致します」
「そういえば『北斗』ではお世話になりましたね」
小鳩になった白鷺に向けて、ベル先輩は手を差し伸べる。翼で握手に応じた。
どちらの事情も、お互い承知している。今回それを踏まえての顔合わせになった。
それからあらためて彼女は俺に向き直る。
「せっかくの休日に呼び出してすまなかった」
「先輩の頼みとあらば構いません。それで俺に用件とは?」
「実は今、スランプに陥っていてさ。ボクのもう一つの顔を知っている君……いや、君達だからこそ頼めることなんだ」
それはパピリアとしての相談。素性を隠す先輩には、他に打ち明けられる問題ではない。
だからこそ、秘密を共有する俺達に話を持ち出したのだろう。
「歌を、聞いて欲しい。客観的になれる聞き手役として付き合ってくれないかな?」
身内に大ファンがいる手前、そのお願いを断るのは難しいことであった。
そんなわけで近くにあるカラオケバーに移動する。
しかしそこはアルコールありきで歌うことが主流である為か、昼間の内は閑散としていた。
更に店内の奥で用意された個別部屋を借り、精霊獣達はそれぞれ人の姿になる。
「ベルくん、どういう曲が上手く行っていないの? 新曲?」
「うまく行っていないというか、決めかねているところなんだ」
「決めかねている?」
狐巫女の質問に、先輩は事情を話し出す。
どうやらレコーディング会社の方で新しい試みを持ち掛けられ、その課題に今苦戦しているということ。
「実は今度カバー曲を作ることになっていて、既存の曲を選ばないといけないんだ。ある程度は会社の方が融通してくれるみたいだけど。決めかねているというのは、そういうことさ」
「それって好きな曲、パピリアの歌として出せるってこと!?」
「お恥ずかしながら他に頼れるような相手がいなくてね」
経緯を聞き尻尾を左右に激しく振る真噛の質問にベル先輩も頷いた。
その返答にファン二名は有頂天になった。
「ともかく、まずは歌って調子を少しでも上げてから試してみよう。その間にせっかくだから皆もどしどし歌って欲しい」
そう申し出を受けてはみたが、こんな舞台装置で初めて人前で歌うというのは俺達にとっては非常に難易度が高い。ましてやプロの歌手を前に披露するなんてハードルが高過ぎだろう。
しかし鈴狐達は躊躇うどころか乗り気であった。
「カラオケかぁ! んふふ初めてだなぁ! アルくんもやろうよ!」
「え、いや、大して知ってる曲もないしまだ遠慮しておくよ……」
様子を見てから考えよう、という姿勢を見せると、
「あるじ、意気地なし」
「それでは勿体ありませんよ。みんな歌わないと」
まさかの猛抗議である。逆風に立たされているのに気付く。
これは、自分だけが歌わないでいることを許されない流れだ。
「そんなこと言わずに試しにやったら楽しいって。ほい、じゃあこのデュエットソング歌おうねー」
「確かにその曲は知っているけど……あ、ちょ」
返答より早くタッチパネルに選曲が表示され、慌てふためく暇もなく音楽が流れ始めた。様子見も出来ず一番手にされた。
「パチパチー」
「二人とも頑張ってくださいっ」
「観念しろぉ♡」
二人の声援と共に鈴狐からマイクを手渡されながらぐいぐいと公開処刑の場へ立たされる。
戸惑いと羞恥も半々に、おどおどしていると早速音楽が流れ始めた。
「ほ、ほんとに歌わないと駄目? せめて少しだけ心の準備を——え、もう始ま……ああ、もう!」
どうにでもなれ。歌詞と音程を必死に思い浮かべ、勢いに任せて俺は息を吸った。
「思ったより、スッキリした……」
「やれば出来るじゃーん」
けたたましいドラムの効果音が鳴り、画面上で採点が行われた。まずまずの得点。
なるほど、これで点数を競うわけか。皆が楽しむのも分かる気がした。
次はわたしと、いつの間にやら選曲予約をしていた真噛が入れ替わり、アップテンポな曲を歌い出す。
次に穏やかで静かな曲をリクエストしていた白鷺がドキドキしながらその場に立った。
それから、大本命であるベル先輩の番が回ってくる。
声音に精霊力を乗せると周囲への反響具合が良くなるらしいが、密室では関係ないし件の問題から使用を控えている。であれば歌うだけなら大丈夫な筈。
「じゃあ、持ち歌で行こうかな」
やはり、プロは桁違いだった。目の前で披露された声はあまりに洗練されていて、聞いている者の手を止めさせるほど魅了させる。
「くぬぅ……! 何でだ!?」
しかし、一曲を終えた彼女は何故かしかめっ面を見せている。その視線は表示されたスコアにあった。
「九十三点? 先輩とてもいいじゃないですか」
「おかしいじゃないか! 本人の声による本人の曲だぞ! もっと高くても良い筈なのに!」
「あーよくあるみたいだねぇ、あくまで機械が用意した音程だからピッタリ再現すればいいという話じゃないんだって」
「博識だな鈴狐くんは。では精霊力を乗せなかったからか……いや、録音を考えると関係ない筈……ええい、やはり杜撰な再現を! 絶対満点とってやる……!」
「ベルさん、ベルさん、目的変わっていませんか?」
「無理だよ白鷺、この人がこうなると止められないんだ」
ダリオとコンシューマーゲームで争った時もそうだったけど、結構負けず嫌いなんだよなぁ……
鈴狐達は鈴狐達で「いいぞー頑張れー!」と発破を掛けているし、これは大分長丁場になることが窺えた。
実際、日が暮れてしまった。数時間に渡りカラオケ店を満喫した後、ようやく外に出る。
「ごめん」
暗くなった空を見て、そう素直に反省の弁を口にしたのは過半数を歌っていたベル先輩。流石に喉もちょっぴり枯れたご様子。
「謝ることはないですよ。俺も楽しかったから」
「そう言ってくれると、助かる。いや、本当に助かった。おかげで参考になったよ」
「これくらい御安い御用だよぉ」
そこには紆余曲折もあったが彼女は調子を取り戻したようで、錯誤の末にカバー曲も決まった。
「とはいえ此処まで付き合って貰ったのに、今日はこれでさよならなんて、気を咎めてしまう」
言って、ベル・カーデナルは一考する仕草を見せた。
それから携帯電話を取り出し、何処かへ連絡を始めながら提案を持ち出す。
「ちょうど夕食の頃になるからね。ウチで御馳走するよ」
「え、それは……」
「友人を招くだけさ。それくらいのことはさせてくれないかな」
「いやぁ、悪いですよ」
「言っただろう? 何も埋め合わせしないなんて、それこそ悪いと」
厚意は嬉しい限りだが、それはとても気が引ける。それは決して先輩の自宅へ行きたくないというわけではない。むしろどんなところか気になるくらいだ。
でも、だって、仮にも女の子の家に上がり込むなんて非常に不味いではないか。
躊躇していると、返答より先に通話が始まる。
「遅くなってすいません。母様、今帰ります。実は今友人といまして、はい。一緒でも構いませんか? ……はい。そうです。……まぁ、そうなりますね。……か、母様? 何を……あ、いや、そんなに張り切らなくて大丈夫ですから」
「先輩?」
「そうです、普段のままで構いません……あの、……ああ、はい。では帰ります」
電話を切り、ちょっと口に酸っぱい物でも含んだような顔で言った。
「許可は貰ったよ、大歓迎だそうだ。ただ、悪い人達じゃないからどうか戸惑わないで欲しい」
話を聞く限りだと、もうすでに向こうでは俺を出迎える準備が着々と行われているようだ。
これで断ったら彼女の面目は丸つぶれになるのが目に見えている。
けれども、本当に良いのだろうか?
「せっかくですから、行きましょう」
こそっと肩にいる小鳩化した白鷺から後押しを受けた。
「いや、いいんだよ? 別に無理しなくて。本当に気が向いたらで構わない。気を遣わせたら元も子もないし。もし良かったら、という話だからさ」
少し悩んだ末、その申し出に対して俺は結論を出す。
「お邪魔して、よろしいですか?」




