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音速の二回戦。蒼と桜の狼達

※視点が変わります


『さぁ会場も温まりまして二回戦! まずは破竹の勢いで登り詰めた現チャンピオン! 「風牙」の長狼(ちょうろう)、精霊獣の狗桜(クオウ)の入場ォオおおおおお!』

 一際強い喝采が沸き上がった。指笛まで吹く観客もいた。


 悠々と片方の入場口から現れたのは、民族衣装を着た背に届くローズピンクの髪を揺らした女性。イヌ科の耳と尾は彼女が紛れもなく精霊獣であることを示唆していた。

 自ら柵の中に入っても余裕を崩さないその凛とした佇まいと容姿は、席で見る者を魅了し闘技場の華になっているようだ。


『そして対するは一見華奢な少女にして同じく狼の精霊獣! ……お待ちください、えー、只今情報が追加で入りました。どうやらあの退魔士企業『北斗』の一員が飛び入り参加だそうです!』

 場内がざわつく。そして注目が狗桜(クオウ)とは逆の方角に注がれる。

 続いて入場するのは、似た耳と尾を持つ青みがかった白髪の少女。


『その通り名は天を駆け巡る雷鳴! 天雷(アマアズマ)がリングに降り立ったぁあああ!』

 白鷺(ハクロ)が真噛(マカミ)に与えた新たな称号。正式にS級退魔士の誕生が現場ではなく闘技場のリングの上でお披露目することとなる。


 二人が中に入るなり柵は閉じた。そして狗桜(クオウ)から言葉を投げ掛ける。


「よく逃げずに顔を出したな」

「当然。わたし、負ける気ない」

「随分吠えたものだ。御大層なあだ名を貰えて強くなったつもりか」

「なったつもりじゃない、なった」

「口先なら幾らでも言える。これでわたしが勝ったら分かっているな?」


 返事は黙秘。否定しないことで了承と受け取ったのか狼女は続ける。

「どうやら手心を加える必要はなさそうだ。後悔するなよ」


 狼達が向かい合い、睨み合い、そしてその時を待っていた。

『両者出揃いまして準備は万端といったところでしょうかっ、さぁ二回戦の幕が切って落とされます。試合開——』

 言いきる直前、ほんの少し早くコングが鳴る。


 二つの影がブレた。鞭をしならせたような甲高い音が響き渡る。

 一瞬で距離を詰め、無言で取っ組み合う狼の精霊獣達。先程の重厚な試合とは一転して、目にも止まらぬ挙動で戦闘が始まった。

『……し?』


 実況の間の抜けた声をよそに、幾度も接戦する真噛(マカミ)と狗桜(クオウ)。間近で見ていても殆どの人が目で捉えきれていない。

 体毛に覆われた腕を嵐のように打ち出す狼少女。それを狼女は潜り抜け、鋭い回し蹴りを放つ。少量の火薬でも仕込んでいると疑わしいほどの衝撃で真噛(マカミ)は吹き飛んだ。


 しかし、彼女は身体を捻り素早く立て直す。地を這うほどに姿勢を低くして、飛矢の如く突き進む。

 その勢いを乗せた殴打で今度は狗桜(クオウ)が後退した。忌々しそうに顔を強張らせ、跳ねる。

 脚を主体としたその動きは、しなやかで鋭い。主に腕力に秀でた真噛《マカミ》とは対極に位置していた。


 柵を跳ね、宙で交錯したり、転がるように倒してマウントを取ってそれを跳ね退けたり、試合運びは息をつく暇もない。

 衆目が思わず息を止めるほどの目まぐるしい移動と激突を繰り広げ、リング内で生身を打つ音だけが生じている。

 どちらも決定打が入らぬまま、攻防を続けて数十秒。


 ようやく、二人が距離を置いて一旦動きを止めたことで沈黙で凍り付いていたような時間が取り戻された。


『な、なんということだぁ~!? キャットファイトの次は、目にも止まらぬドッグファイト! これは凄まじい! お恥ずかしながらわたくし実況失格です! 今このリングで何が起こっていたのか説明出来ません! まだ一分も満たないのに非常に長く錯覚させられました! 狗桜(クオウ)選手もさることながら天雷(アマアズマ)に驚かされた! 「北斗」に選ばれているだけあって伊達ではなーい! チャンピオンと引けを取らない健闘です!』

「犬じゃない狼」

「犬ではない狼だ」

 同時に二人が否定する。


 とはいえ今のところ実力は拮抗。どちらも一歩も譲らずまだ余力を残していた。

「なるほど確かに少しはやるようだ。あの時は生意気にも手加減していたというわけか」

「……」

「だが、互角と思われているのはシャクだ。気に食わん」


 彼我の差をハッキリさせよう。そう、宣誓した。

 何故か狗桜(クオウ)は構えを解く。力を抜くように。


 同時に空気が変わった。否、厳密に言えば空気の流れが変わった。

 狼女を中心として密室の会場内に風が吹き荒れる。徐々に勢いを増したかと思うと、身の周りに逆巻き始める。


 そして、彼女は地から足を離した。浮き上がった。

 まるで手品のショーのように重力から解き放たれた姿に、真噛(マカミ)も目を奪われる。



「飛脚転身(ひきゃくてんしん)」

 それから狗桜(クオウ)は空を蹴って前進する。地を駆ける速度となんら変わらない挙動を見せた。

 そのまま助走を乗せた蹴りを反応に一歩遅れた狼少女はどうにか両腕で受ける。

 全身に響く衝撃に顔をしかめながら、反撃に転じた。


 無防備な胴体目掛けて、重いストレートが決まる。完全に届いた筈だった。

 が、受けた狗桜(クオウ)の身体は予想外な反応を見せる。

 後方に追いやられるのではなく、まるで独楽のようにその場で回った。横合いに力を流されていた。

 その回転を利用して、狼女は今一度足を伸ばす。カウンターが真噛(マカミ)の頭に迫る。


「がはッ!?」

 見えない爆発が起きたように、狼少女が薙ぎ倒される。殴られた筈の狗桜《クオウ》は何事もなかったように、ふわりと地面スレスレを浮遊している。

 頭を振りながらも何が起こっているのか分からず混乱する真噛(マカミ)は、這いつくばった態勢で敵を見上げる。


「立て。これで終わりな筈はないだろう」

 歯を食いしばり、狼少女は立ち上がる。

「まだまだ!」


 めげずに突進した真噛(マカミ)はひたすら攻撃に比重を置き始めた。

 しかしヒラヒラと落ちる木の葉のように、狗桜(クオウ)は殆ど動作を見せずに身体が拳の数々を避けていく。掠めるだけで芯に届かない。


 攻めあぐねた真噛(マカミ)に対し、時折隙を見て反撃を加え始めていく。風の唸りと生々しい肉を打つ音が暫く辺りに飛び散っていた。

 攻防一体の技術に為す術もなく、真噛(マカミ)は追い詰められていく。



※

「化勁(かけい)の類だね、いなしと捌きの応用」

 分析をする鈴孤(リンコ)の言葉が、傍らで聞こえる。

 それなら俺もある程度は習った。敵の攻撃を受け流す技術で、完全に会得すれば如何なる衝撃も無に帰すことが出来るという。


「見た感じ衝撃を遠心力へと転換している。技術とは別にそれを成り立たせる為にどうやってかは知らないけれど重みをほぼゼロにして、打撃から逃れている。かなり厄介だし、物理攻撃が主力のマカミにとっては天敵だよ」

「でも、それじゃあ自分の攻撃に重みが入らない筈じゃないか」

「うん。だから一瞬だけ重みを戻したりあるいはその力と勢いを相手から貰っているんだよ。武芸者はよく知っていると思うけれど、本来どんな格闘術も地に足を着けた動きを念頭に置くよね? アレはその前提を覆している」


 ピンと来ない理屈だが、かなり高度なことをやっていることだけは分かる。

 そして、肝心なのは打開策が思いつかないことだ。

 彼女には鈴孤(リンコ)のような強力な精霊魔法をいくつも保有しているわけでもなく、俺が扱う暗勁(あんけい)といった特殊な攻撃を持っているかどうかを知らない。

 ただの肉弾戦では手も足も出ない相手に、どうしたら……


「あの子なら大丈夫よ」

「アリス?」

「だって私と約束したんだもの、絶対負けないって」

 妹の言う通りだ。他ならぬ契約者の俺が不安になってどうする。


 きっと真噛(マカミ)ならこの状況を打開する筈だ。俺が修業していた頃、学校に行っていた時も密かに何かをやっていたことは知っていた。もしかすると、こうなることが分かっていたのかもしれない。

 だったら、必ず逆転の一手を打ってくれる。



 そしてそれから一分後、リング上でその期待に狼少女は応えることに。

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