あたし、イケメンにモテる。
みなさん、こんばんは。
あたし、橋桁朱実。異世界で婚活頑張り中の十歳の女の子です!
……まあね。ついつい自己紹介したくなる程度には、あたしは混乱してるのよ。
ちょっと、聞いて?
こ……こいつぁ……あれじゃないですかね。
幻人界でも会ったことがあるけれど、っていうか、黒歴史ではあるんだけど。
この世界にもいるんですね、エルフ。いやちがう、これ、噂のダークエルフってやつじゃあありませんことみなさま奥様!?
どこからどう見てもかなり手の込んだ装飾品を身につけて、宝石? 魔石? がとにかくじゃらじゃら輝いている。髪も艶々で肌もつるすべ。
とにかく、かなりお金のかかってそうな身だしなみに、ついつい目が行くのは仕方のないことでしょう。
「朱実ちゃん、良かった、今日会うことが出来てーー」
ぱああああ、と、マリィってば心底安心したような顔をしてるけど、一体何。一体どういうこと!?
「ちょっと、熊男」
ぽんぽんと熊男の腕を叩いて、あたしを下ろしてと合図する。熊男も困惑した様子だが、素直にあたしのお願いを聞いてくれた。
「ちょ……マリィ、一体なんなのよ、これはっ」
「朱実ちゃんこそ。タナモロは? いつの間に大きなボディーガードに鞍替えしてるのさ」
「ボディっ!? 違うわよ、熊男はそんなんじゃ。ってか、タロー、昼くらいからどっか出かけちゃったのよ」
こそこそこそ。
あたしはマリィの裾を掴んで、顔を寄せ合ったまま情報を交換する。
取り残された二人に背を向けたまま、なるべく早い時間でこの状況を理解したい。
「で。マリィ、誰よあれ。あの超イケメン! ってかなんでアンタがここにいるのよ」
「僕の無事よりイケメン優先……やっぱり朱実ちゃん、本物だっ」
「は?」
「あ、いやいや。こっちだって、神と二人で奮闘したんだよ。扉をくぐったら朱実ちゃんたちはいないし、別のところに出たって神は言うし」
「はぁ? 鳥いるの?」
「あー、朱実大明神の怒りを買ってないかって、今は隠れてる。と言うか、神、この世界じゃ力が安定しないからって、空から見守ってる」
「なんて役立たず!」
「うーん、その物言いも、今は懐かしいなあ。ここでお見合いパーティがあるって聞いたからさ、間違いなく首謀者は君だろうって。本当に良かった、合ってて!」
心底安心した、とでも言いたげだけど、いやいやあたしは怒ってるからね?
異世界の扉くぐったら、ついてきてる様子もないし、これでも一応死にかけたし? 上空から落ちる恐怖、ちょっと味わってみる?
そんなわけで、恨み辛みはうずたかく。あたし、マリィを一回殴りたかったわけ。
……とはいえここは公衆の面前。しかも後ろにはあのイケメンでしょ? さすがにポカリとする姿は見せられない。
「で、だ。事情はどうあれ、僕たちは朱実ちゃんを身ひとつでこの世界に放り出したことになるだろう? ——きっと朱実ちゃんが怒ってるだろうからってさ、僕たちも僕たちで頑張ってたんだよ」
おや。
マリィもマリィで、己の立場はよくわかっていたみたい。
ちょっとやそっとの頑張りで許すつもりはないけれど、一体何だと言うのだろう。
「マリュウシオン。ちょっと、いいかい?」
マリュウシオン——ああ、そういえば、それマリィの名前か。
久しぶりすぎてすっかり忘れていた本名を呼ぶ男。その涼しげな声に、当然あたしははっとする。
なんと言うことでしょう。
これがダークエルフの声! いいじゃない。いいじゃない!
いや、あたしね。もちろん一番大事なのは富と権力と力なんだけど、観賞用はまた別って言いますか。目の前にイケメンイケボがいるのに、ソワソワしない方が無理だって言うのよね!
声のした方向を見ると、こちらを見下ろして目を細める、涼しげな表情がそこにある。
んふあ……いいわねえイケメンは正義だわねえ。胸元のプレートが読めないのが悔しいよ。だって、相手の身分や職業も、本当は書いてあるはずでしょう? ちっともチェックができないじゃない。
「君が、朱実だね? 僕はアルフランデ。アルフと呼んでくれて良い」
「アルフ……?」
「そう。マリュウシオンに教えてもらってね。人という種族の、小さな女の子がいるって。聞いていたとおりだ。小さくて、とても可愛い」
「……っか、……それくらい、知ってるんだからっ。あ、じゃなくって、ええと」
突然の可愛い宣言に戸惑うのは、仕方が無いことだと思う。
ちょっと待って? 何あたしこのイケメンに褒められてるの?
いや、あたしが可愛いのは今更なんだけど。それが分かる男がいて、しかもイケメンで、なんだかお金も持ってそうで? これってつまり、どう言うこと……!?
「朱実ちゃん。アルフ様は、隣領領主の息子なんだ」
「……っ」
マリィが自慢げに耳打ちしてきた内容に、あたしは狼狽えるしかなかった。
きっとアルフの大きなお耳には聞こえていたのだろう。あたしが驚愕したことを知って、実に楽しそうに目を細めている。
「えっ……隣領の公子さまが、なんで、こんなところに……」
「ふふ、そりゃあ、正式に招待してもらったからね。私もお嫁さん募集してるしね——うん、小さくて可愛いなあ。ほら、おいで、朱実」
「うっ」
眩しい。眩しいよダークエルフのくせに! あ、いや、本当にダークエルフかどうかはあたしには判断できないけど。でもまあそんな素敵な笑顔を見せられたら困るに決まってるでしょう!?
っていうかさ、あたしを小動物か何かと勘違いしてないかなあ?
いや、幼女は武器。武器だよ? 全力で使うよ?
でもまあこうもストレートに親しみを持たれて、あたしはどう反応して良いのかわかんなくなるのって仕方ないじゃない? ……うん、有り体に言えば、慣れてないのよっ。悪い!?
アルフへの返答に困ってあたしが目を白黒させていたら、急に胴を掴まれてびっくりする。
片手で握られるこの感覚。久しぶりにこんな掴み方されて、あたしは上を見上げた。
「朱実、いこう」
「えっ。あ。ちょっと、熊男——!?」
少し困ったような顔をして、熊男はあたしをそのまま抱え込んだ。やがてさっきと同じお姫様だっこの状態になって、マリィもまた驚きに目を丸めている。
そんな彼らを置き去りに、熊男は横をすり抜けた。
ちょっと待って、そう言うのに、熊男は聞きいれてくれる様子なんてなかった。
***
「朱実、もう、帰ろう?」
「だーめっ。熊男ってば、今、始まったばかりじゃない」
結局、パーティが始まっても、あたしと熊男は一緒にいた。
可愛い女の子たちが寄ってきても、熊男は見向きもしなかった。ただただ、あれを食べるか、これは好きかとあたしの側を離れない。
——こんなつもりじゃなかったんだけどな。
婚活パーティとはいえ、ここの世界の人が馴染みやすいよう、バイキング形式のパーティにしてみた。
最初は自分たちに割り当てられたグループ同士で自己紹介。フリータイムを挟んで、グループチェンジ——みたいな流れでさ。
完全にフリーにしてしまうと、結局は顔見知り同士で集まっちゃうし、新しい出会いは求められないものね。
最初は心配だからって、あたしと熊男は同じグループにしてもらったんだけど、今、ちょっとどうしたらいいかわかんなくなってる。
隣のテーブルで談笑しているアルフがさ……なあんか、ちらちら、あたしの方を見てくる気がするんだよね。
いやまあ、当然っちゃあ当然なんだけど。あたし、可愛いもの。でも、でもだよ? いざ本当に可愛がられちゃうと、ついつい裏を探りたくなっちゃうってのもあって……うんまあ、あたしはただの人間だし? 今日ここに来るまで話したこともなかったのに? なんであたしに興味を持ったのか、とか?
いやいやいや、馬鹿な考えは捨てなさい、朱実。
これはチャンスよ! アルフってさ、本来ならばあたしの理想にがっちり合った、最高の男じゃない!?
格好いいし、身分はあるし、お金持ってそうだし、十分力持ってそうだし……その上、その上だよ!? なんかわかんないけど、向こうも、あたしのこと気にしてくれているみたいだし!?
だから、あたし、ここで熊男の面倒見てちゃ、いけないのよ!
チャンスがあるのに自分から行かないなんて、そんな臆病者にあたしはなりたくない。
あたしに相応しい男がそこにいるのに。欲しい未来がそこにあるのに。手に入れないなんてあり得ないのに……!
カランカラーン。
悶々としていると、会場中に鐘の音が鳴り響く。
「それでは会場の皆さま、今から、一時会場を開放致します。次の鐘の音まで、ご自由に、どうぞお好きな方とお話しください」
あっという間にフリータイムだよおおおおお!
行かなきゃ! 行かなきゃいけないのに行かなきゃ……!
「熊男、あたし」
「行っちゃ駄目」
「ううっ」
そんなくりくりお目々で見つめるのは反則だから熊男っ!
ついつい離れがたくなっちゃうじゃないやめてよ熊男っ!
あたしが熊男の監視をしてるんじゃなくて、熊男があたしの監視をしてるっていう不思議な状態にどう対応して良いのかわからない。熊男の回りに女の子たちも群がってきているのに、熊男ったら全然そっち見ないんだもん。熊男の馬鹿ぁ!
完全に後ろ髪引かれてしまって悶々としていると、あたしのテーブルの前にスッとグラスが置かれた。
ルビーのように鮮やかなジュース。細長い指に目が釘付けになって、それを持ってきた者の方を見る。
「ようやくまともにお話しができるね。朱実」
「——アルフ」
にっこりと、微笑む彼の顔はやはり極上の美形だった。
ぐらりぐらりと心が揺れるのは、許して欲しい。
ちょっと待って、でも、ほら。心の準備が必要なんだからさっ。
あたしがわたわたしているのも楽しいのだろうか。ふふ、と彼は優しく微笑んで、手を差し伸べてくる。ちょっと向こうではマリィがシャドウボクシングのポーズをとってるのが目に入って、彼なりに応援してくれているのだろうとも思うわけで。
……でもちょっとまってマリィ? アンタ完全に楽しんでるわよね?
熊男のことも、完全にタローの代わりって勘違いしたままなのだろうか。
あたしが今、どう言う気持ちでここにいるのかまったく分かってないあたり、マリィはやっぱりマリィだった。
オーケイマリィ。アンタ一生女の子にモテない。賭けてもいい。
熊男とアルフの間に挟まれて、居心地の悪さがハンパない。
熊男があたしの肩に手を添えるのが分かって、ますますどうしていいのか分からない。っていうか、なによ熊男ったら。何であたしの邪魔ばかりするかなあ。
「魔公子どの。朱実をお借りできませんか?」
魔公子どの。……アルフにもそう呼ばれているけれど、相変わらず違和感ハンパない。っていっても、確かに熊男は名前がまだないもんね。他に呼び方がないから仕方が無いんだろうけれど。
「だめ。今日は、僕と一緒にいる」
「ちょっと、熊男! それじゃあ練習にならないって」
「練習なんかいらないよ、朱実」
拗ねたような顔つきに、心がぐらぐら揺れるのがわかった。アルフとは話してみたい。ううん、話さなきゃ。あたしの望む未来のために、ちゃんと話さなきゃいけないのに。
なんでかな、どうしても熊男の側を離れがたい。
なんだかんだ、今まで一緒に頑張ってきて、情が湧いたと言えばそれまでなんだろうけど。でも——。
「魔公子どの? 今日はあなた方の国が主催のパーティですよね? このパーティは新しい出会いを求めるためのもの。主催者がそのような様子では、皆、困惑してしまいますよ」
もっともなことを言われてしまって、あたしはうううと声を漏らした。
熊男だってそう、珍しく、苛立ちでその目を細めているのがわかる。
「ねえ、熊男。アルフが言っていることは正しいわ。アンタこそ国の代表なんだから、ちょっとは見本にならないと」
ため息をついて、あたしは席を立った。さりげなく差し出されたアルフの手に、おずおずと手を伸ばす。
優しく触れられしまい、心臓がどうにかなりそうだが、あたしは動揺を顔に出さないように努めるしかない。
「うっうっ」
あたしの言葉に、熊男もなんと返したら良いか分からなくなったらしい。正面からあたしに否定されて、その瞳が揺れる。
熊男が後ろにひいた瞬間、アルフに強く手を引かれた。
「わわわっ」
「おっと失礼。朱実。今夜は月が綺麗だよ。外に見に行かないか」
「……うん」
頷いて、出入り口の方向へ目を向けた。
ぐっ!
ちょっと遠くでマリィがウインクをして、親指を上に立てているのが目に入る。
ちょっとマリィ、アンタいい加減空気読めるようになりなね。何してやったりな顔をしてるのさ。
もう! マリィの馬鹿っ! 熊男の馬鹿っ!
なんであたしがこんなに困らないといけないのよっ。——なんて心の中で叫ぶけれどもね、ついつい何度も、元いた席を振り返ってしまう。
そこには、呆然とあたしを見つめたまま立ち尽くしている熊男の姿があったから。
***
会場を抜けて、外の空気が吸える場所へ出たところ、すっかりと暗くなっていた。
そういえば、こうやって夜に外の景色を見ることなんてなかったなあ。こっちにも月は浮かんでいるらしいけれど、今まで見慣れなかったものが見えて、あたしは何度か瞬いた。
魔王城をすっぽりと包みこむくらい大きな影。大きな月も半分を覆い隠してしまっている。
何これ一体何があるの!? と思いきや、その影が伸びる方向を見て、あたしは驚愕した。
「背高木……」
いつか熊男に登らせた、恐ろしい成長を見せていた一本の巨木。あり得ないスピードで育っていたその木は、まるで大きな山のように、その枝を四方八方に伸ばしている。
洞窟と一体化しているこのお城に届くほどにその枝を伸ばした木は、もはや世界樹と呼ぶのに相応しい。
想像を絶するとはこのことだ。
「すごいよね——毒の沼のせいで、沼の内側には植物は育たない。こんな場所で、外から緑が押し寄せるなんて」
「いやいや、いつの間に育ったのよ」
いくら何でもおかしいでしょ。こないだまではこんなのじゃなかったわよ?
もともと常識が通用しない世界だとは思っていたけれど、この成長の早さはありえなくない?
信じられない風景にあわあわしていると、すっとあたしの腰に手が回される。
「さて、行こうか」
「へ?」
何が? なにを? どこに? 誰が?
アルフの言葉の意味が分からなくて瞬いていると、彼は実に楽しそうに笑みを浮かべる。
「だって、朱実。私のお嫁さんになるんだろう? 今すぐ連れて帰ってあげるよ。若くて、可愛いうちにね」
……。
…………。
……………………。
えーーーーーーーーと。
思考が停止したのは許して欲しい。
いろいろ間がすっ飛ばされすぎてて言葉が出てこない。
いや、あの? 今日は婚活パーティはパーティであってですね。あの、単に出会いの場の提供でして?
あの、わたくしも未成年であるが為にですね。お持ち帰りは? ご遠慮……っちょーーーーーー!!!!
いろいろ断りの言葉を考えている最中なのに、あたしの足は浮遊する。
問答無用で抱え込まれたかと思うと、そのままアルフは大空へと飛び立った。
だからっ、だからだから、駄目だって。
ヤメテーーーーーッ!!!!




