あたし、出陣する。
これじゃない。ぽいっ。
ああー、これは肩のとげとげいらないっ。ぽいっ。
なんでおっぱい強調してくるかなあこの服も。ぽいっ。
ちょっと良い服の用意を頼んだは良いけれど、あたしのセンスとはまるで合わないじゃないの。
んもう、この世界の女の人ってば、露出させてトゲトゲしてたらそれで良いって思っている節ない? あるよね?
鏡の前でお洋服をあてては、自分の胸のつるぺた具合にがっかりする。
でもまあないものはしょうがない。あと五年もしてみなさいよ。レースのブラジャーが似合うお年頃になるはず。それくらい見通すことが出来る男でないとあたしには相応しくないしね。
今夜はいよいよ、婚活パーティだからね。熊男の教育は相変わらずだし、名前もまだまだわかる気配はないけれど、まあいい今回は経験が大事。
髪を切った熊男はなんだかすっかり坊ちゃまだし、女の子としても、近づくのにためらうような見た目ではなくなった。清潔感、大事。そこは魔族だろうがなんだろうが、関係ない。多分。
でもまあ、嘘じゃあないよ。今の熊男なら、ちゃんと話しかけてくれる女の子もいるでしょう。
熊男ってば、臆病だけど、穏やかだし優しいし。
根気はないけど、身体能力は高いし。
それなりに? 見所あるはずだもんね。熊男の良さをわからない女の子だなんて、あたしは認めないんだからっ。だから、えっと――。
あーっ、ちがうちがう。駄目っ。
最近あたし何か調子悪いっ。
もうっ、今はあたし、自分の相手見つけるのに集中しなきゃいけないんだからっ。
婚活パーティ中に熊男を誰かに押し付けて! あたしはあたしで、やることやんなきゃいけないんだから!
オーケイまずは無心になろう。自分が可愛くなることに専念しようと、あたしはどんどん支度を進める。
……とはいえ、フリルたっぷり黒ベースのひざ下丈のドレス、最終的にこれ一択になるんだけどね。
本当は髪も巻きたいけど、ここにはアイロンも何もないし。仕方ないので編み込んでリボンで飾りつけてみる。
これでいいんじゃないかなって、最後にくるりと鏡の前で回って見せたところで、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「はぁい」
「ぼくだよ」
「熊男? どうぞ!」
丁度様子を見に行こうと思っていたところだ。
がちゃりと開いた扉に目を向けると、こざっぱりした様子の熊男が頭を掻いていた。
「いいじゃない!」
改めて見ると、やっぱり魔王様の息子なんだなぁって思う。以前は髪に隠して全然見えなかった顔も、すっかり見えるようになった。
愛嬌のあるくりくりお目目と、優しそうな表情は熊男らしくて、見ているとなんだか平和な気持ちになる。
「熊男もトゲトゲ着てたらどうしようかと思ったけど」
つい安心して、あたしは横に山積みになっている、脱ぎ捨てたトゲトゲの服たちに視線をむけた。
あたしが着なかった服を目にとめると、熊男も何とも言えない表情をしている。
「痛そうな服は、いやだ」
「そっか。熊男だもんね」
いつもより装飾が多めの、黒を基調とした衣装。ゆったりとしたフリルのシャツは、少し可愛くも見える。
ちょっとお洋服に着られている感は否めないけれど、これもまた愛嬌。以前のように野生児じみた様子ではないだけで、すごい成長に思える。
髪を切ってから、少しずつ、ちゃんとしたお洋服を着る練習もしたもんね。首元が苦しいのか、何度か手で触っているようだけど、すぐに慣れるでしょ。
落ち着かない様子の熊男は、相変わらず小動物みたいにも思えるから不思議。
でも顔が見えるようになって、少し、変わってきたきたようにも思う。あたしもちゃんと、彼の表情が分かるようになったし、彼も顔を上げるようになった。
「今日は、こんな服着てどうするの?」
とはいえ、熊男の動きは少しぎこちない。
普段なら、もうそろそろ授業が終わる時間帯。
それなのに、改まった服装をさせられたから不安に思ったのだろう。熊男はおっかなびっくりといった様子で、あたしに訊ねた。
「うん。そろそろ次の段階に入ろうと思ってね」
「次?」
「婚か……ええと、お見合いパーティ」
「えっえっ」
「はい、待とうね」
予想通りの反応だった。
お見合いパーティという単語を聞いた瞬間、熊男は慌てて部屋を出て行こうとするが、そうはさせない。
はしっと彼の左腕を両手で掴んで、にっこりと笑ってみせた。
「逃げないの」
「いやだ。怖い」
「でも、今日のパーティは熊男と仲良くなりたいひとばかりいるのよ?」
「そんなのいらないよ」
「あのねえ」
この歳までどうやって、お城の人たちが彼のパートナーを探してきたのかは知らないけれど、お見合いと言う言葉には頑なに首を振っている。
ひどい人見知りだから仕方ないと言えばそれまでなんだけどさ。
こほん。あたしは咳払いをひとつ。
まずは熊男の先入観をなんとかしないといけないようだ。
「あのね。熊男、これはチャンスなのよ」
「チャンス?」
「そ。熊男はもう結婚適齢期なんでしょう? ご両親の身分からして、勝手に婚約者決められちゃうことも十分ありえるじゃない?」
「うっうっ」
思い当たりがあるようだ。
彼の表情が曇ったのを確認して、あたしは続けた。
「でも、パーティだったらさ。パーティに出てきた女の子みんなの中から自分で相手を探せるわけ。親が勝手に連れてくるのとは全然違うでしょう?」
「――パーティ出てきた子? みんなの中から選んでいいの?」
……おや? 熊男ってば、話題に食いついた。
女の子を選ぶ、なんて殊勝な言葉が出てきたわよ奥さま!
なになに、熊男ってば女の子みんなが怖いわけではないのかな。おっかなびっくりな様子は相変わらずだけど、森の小動物程度で逃げ出していた熊男の言動とは思えない。
「当たり前じゃない。でも、選ぶだけじゃだめなのよ。相手も熊男を気に入らないといけないんだからね?」
「うっうっ」
「優しく――はできるか。熊男だもんね。じゃあ、後は、女の子の前で怖がらないようにしないと」
そ。敵前逃亡だけは本当にやらかしそうだから、今のうちに釘を刺しておかないとね。
……実は、今日は朝からタローの姿が見えないから、捕まえるのも難儀しそうなのよね。
って、タローってば一体どこ行っちゃったんだろ。てっきり熊男のとこにいるのかと思ってたんだけど、一緒にいる様子もないしね。
――こんな大切な日にいないとか、後でゲンコツなんだから。
「今日、逃げないでちゃんと会場にいられたら、後でいっぱい褒めてあげるからね」
……もちろん、なかなか高いハードルなのは分かってるんだけどね。
案の定、目の前の熊男はうっうっと言葉に詰まっている。
逃げたい気持ちが大きくなっているのだろう。ぶるぶると体が震え始めたようだけど、熊男を逃がすつもりはない。
ふふ。これは、パーティ始まるまで手が離せないパターンね。
ぎゅう、と掴んだ手にあたしなりの力を入れると、熊男はまん丸なお目々をもっとまん丸にした。
あーうー、と言葉に詰まって口を開け閉めした後、困ったようにもう一方の手で頭を搔く。
「……朱実も、パーティ来るの?」
「もっちろん! だってあたしはあたしでっ……じゃない。ええと。熊男の教師なんだから! 当然見守っているわよ!」
「そっか」
まずいまずい。
自分の相手見つけるため、とか本音言っちゃいそうだった。
でも、あたしが出ることが分かったからか、熊男もかなり安心できたようだった。とろんとその目を細めたのがわかって、あたしだってどきっとする。
いやいや、ちょっとタンマね。なんで、見つめ合うだけであたしがドキドキしなきゃいけないのよ。おかしいでしょうこれ絶対!
だから、熊男は。ちがうんだって、もー、あたしのばかっ。
うっかり髪の毛を切らせちゃったせいで、よく表情が見えちゃうから対応に困る。すごーく困る。
気まずくてあたしは俯いた。それから、今度はちゃんと、彼の小指を握り直して、前を向く。
「手を繋ぐのはパーティ会場までね。いい、熊男? 絶対ゼッタイ約束なんだから、ね?」
***
そんなわけで、ついに開催。婚活パーティ!
熊男なんかに、頭占拠されてたまるものですか。弾けるわよっ、あたし!
って、テンション上がっているのはあたしだけではない。どうやら、ネズミ男もだったらしい。
なんでアンタが元気なのよ、と小一時間問い詰めたいが、きびきび働いてくれてるからよしとしよう。
ネズミ男はノリノリで、声を拡張する魔法を使用しては、参加者を会場へと誘導していた。アイツってば既婚者らしいけれど、何であそこまでやる気なのかなあ、って思ってたんだけどね。
……オーケイ、その理由、わかりました。
「パパがいつも、お世話になってます」
あたしと熊男の前でペコリとお辞儀したちいさなモンスター。
ネズミ男と良く似た大きな耳に、ちぎれそうなほどのイヤリングをぶら下げて、キラキラ宝石をいっぱいつけたローブを身に纏った女? うん。多分女、が、ひとり。
「ええと?」
「リカディオの娘、エレシィです」
声が高いし、服装の感じからもやっぱり女だったらしい。参加者の為に用意させた胸元の名前プレートも、あたしには読めないもんね。名乗ってもらえて助かった。が。
「リカディオ?」
「ほら、あそこの――」
エレシィが指を指したところで、あたしは理解した。
おおっと、ネズミ男、リカディオなんて小洒落た名前だったのね。てっきり五兵衛とか田子作とかそんな感じだと思ってた。
あたしが納得したところで、エレシィはもじもじあたしの方を――いや、正確にはあたしの頭上を見つめていた。
ほんのりと頬が染まっていることから、成る程その意味があたしにだってわかる。
「魔公子様」
「ぶっ」
「……魔公子様と、お話できて、エレシィ嬉しいです」
ついつい魔公子って呼び方に吹き出してしまったけれども、エレシィはなかなかに真剣らしい。
「今宵は、お顔が良く見えるのですね」
きっと初めて見るであろう魔公子こと熊男のご尊顔に大いに喜んでいる。
ああ、熊男の顔を見せたのは確かにあたしの功績だけどね。エレシィ、アンタ、ちょっと黙ろうか。
あたしを無視して、なに勝手に熊男に話しかけてるの? 今はね、あたしが熊男の手を繋いでるわけ。そこにちょっかい出して来るなんていい度胸じゃないの。
っていうか、小さくて護ってあげたくなるタイプっていうの? それを利用してもじもじしてるんじゃないわよ。熊男がうっかり可愛く思っちゃったらどうするのよ。
ああ、もう情けない。
あたしは心は大人の女なんだから。これくらい、大人の余裕でひらりとかわしたいのにさ。何よ何よ。まったくもって楽しくないじゃない……。
ふつふつ怒りが湧いてきて、気がつけばあたしは熊男の指を強く握りしめていたらしい。朱実、と声をかけられて、ようやくあたしはそのことに気がつく。
「魔族も、モンスターも、いっぱい。怖い?」
「え……ええ?」
熊男も熊男で何を勘違いしたのだろう。エレシィそっちのけで、あたしの顔を覗き込んできた。
あたしが目を丸めると、何を心配したのか、あたしを軽々と抱き上げる。
「っ……ちょっ……!」
って。あ――――ー! あ――――ーっ!!
待って待って熊男。あの、ですねえ! あたし今、すんごい格好になってるんだけどお気づきですか熊男さん!?
急に視界が高くなってびっくりする。これ、俗に言うお姫様だっこという奴ではないでしょうか奥さんっ!
オーケイオーケイ、心が追いついてないよーあたし。
ちょっと待って何こんなことになってるの!?
目の前のエレシィも口をぽかんとあけたままで、何も言えなくなっちゃってるよ。うん、あたしもだからね!
内心大騒ぎのあたしをよそに、熊男は会場から出て行こうと、進行方向を逆にする。
「ちょっ……! ダメ、ダメ熊男! まだ始まってすらいないんだから!」
「でも、朱実怖がってる」
「へ? 怖がってなんかないから! あたしたちの席に行くのよ、熊男!」
さっき黙り込んでいたからなのかな。何をもって怖がってると判断したのかはわかんないけど、熊男にそれを言われたくないわよっ。
あたしがぺちぺちと彼の頭を叩くと、渋々熊男は、足を止めた。で、あたしにせっつかれるまま、自分たちに割り当てられた席を探しに、再び人混みの中へと入ろうとしてくれる。
そうして、名残惜しそうなエレシィの横も素通りして、あたし自身エレシィから視線が離れてようやく気がついた。
……あれ?
熊男。あんた、なんだか、めちゃくちゃ見られていませんかね!?
女の子という女の子に、注目されまくってませんかねえ!
そういえば、そうだった。魔公子(笑)熊男は、お見合いというお見合いを全て敵前逃亡した、魔王の息子だった。
のああああ! この世界の女、意外と見る目あった! 熊男の存在狙ってた!
でもまあ、熊男は見た目がこうだから、受け入れられる女子は――って、ああ! 熊男、今、見た目悪くない! ちょっと愛嬌すらあって取っつきやすい。なんてこった!
いやいや、でもちょっと待て。熊男は臆病だから――って、駄目だ! この子ってばあたしと一緒にいたら、人混みの中でも耐えられるようになってきていたんだった。あたしの教育完璧すぎた!
だめじゃん!
熊男ったら。どう考えても今日の人気ナンバーワンじゃないのおおおおおっ!!
あたしが頭を抱えていると、やっぱり大丈夫? と、熊男は心配そうにあたしの方を見つめてきた。
あ、もしかして熊男、この女の子たちの視線にあたしが怖がったとでも思ったのかな。
見つめ返してみると、いつもより強ばった顔がそこにはある。なるほど、やっぱり臆病心は健在らしい。
でも逃げずにいるってのは、あたしがちゃあんと手を繋いで……じゃないね、大人しく抱きかかえられているからかなあ。
――そういえば、手を繋ぐのは会場までって言ってたけど、結局中まで一緒に来ちゃった。
これじゃあ熊男の練習にはならないかも。でもでも、逃げないだけ、成長したって思って良いかな、とか、あたしはちょっとだけ自分に都合の良いことを考えたりとか……。
……あ――――、はい。嘘。
ほんとのこと言うと、今、悪い気持ちじゃないの。
女の子たちから羨望の眼差しっていうの? 向けられているのってやっぱり最高……じゃなくってさ。
ええと、その。正直言いますと。ハイ、なんて言うか、熊男と一緒だと落ちつくって言うか。熊男はやっぱり、あたしが一緒にいてあげないとって言うか……その。
ええい!
だから! 違うんだって! 熊男と一緒にいるためにあたしは婚活パーティ開いたつもりなんか……!
あたしは! 新しい男を探しにねっ……と、キョロキョロ周囲に視線を走らせた瞬間、懐かしい声があたしの耳に届いた。
「いた――――!!」
「?」
「いたっ! 朱実ちゃんっ! 良かったっ!」
名前を呼ばれ、熊男と一緒に、声のした方を振り返る。
そしてあたしは目を丸めた。
そこにいたのは、あまりに懐かしい優男。ぱっとしない優柔不断な表情は相変わらずで、気の緩んだようなマリィがいた。
隣には、黒髪とんがり耳で褐色肌。あたしの人生で出会ったことないようなほどの超イケメンを連れて――。




