私、バイトを始めます
バイト…楽しいよね!みんな稼げよ!そして遊べぇぇ‼︎
アルデヒド皇国を出国して一週間経った。
アル達は既に皇国を抜けた南側…連邦側の方向の森の中に差し掛かっていた。
「ねぇロム」
「はい?」
その森の中でアルとロムは焚き火を囲んで座っていた。
既に夜になっていて辺りは暗くなっていた。
「この後私、バイトしようと思う」
「へぇ………………へ?」
「いや、へ?じゃなくてさ、バイトしたいんだよね」
アルの言葉にこの世の終わりでも見たかの様な顔をするロム。
「な、何よ…?」
「アル?現実はそう甘く無いよ?大丈夫?ここは夢じゃ無いよ?」
「何かどんどん日増しに失礼になっていくね⁉︎」
「アルがそうしろって言ったろ」
う…と言葉を詰まらせるアル。流石に言い出しっぺなのでそれを覆す訳には行かない。が、アルとしてはあんなにピュアだった御者がこんなにフランクな青年になるなんて誰が想像する?
アルは兎に角ロムにバイトをする事を認めさせるために考えを巡らせた。
「なら、ロムも一緒にどう?」
「それは…それなら良いか?」
アッサリと承諾され、少し肩透かしを覚えるアル。
「な、なら良いよね?」
「うーん…まぁ良いか」
そう言って暫く話し合った後、毛布に包まり眠りについた。因みにこの毛布も以前売って得たお金で買ったものである。
翌朝、アルが目を覚ますと既にロムは目を覚ましていた。
「ロムおはよ」
「おはよう、アル」
軽く挨拶を交わし、毛布を畳み鞄に仕舞う。
そうして朝食にビスケットを軽くつまむと準備をしてロズヴェルク連邦皇国に歩みを進めた。
そして着いたロズヴェルク連邦皇国の北端の門。自分達の居たアルデヒド皇国の衛兵と違い、白の鎧ではなく緑の鎧に巨大な盾と軽めの剣を携えていた。
「そこの二人、止まれ」
「はい」
「分かりました」
門兵の一人が制止に入る。それを聞き、素直に従う。
「何処から来た?」
「隣のアルデヒド皇国から」
「何故?あの国でも働けるだろ?」
御尤もな意見を言う門兵。が、予め考えていた事をいけしゃあしゃあとアルは言う。
「いえいえ、こちらの国の方が警備は確実ですし何より商業ギルドの規模と質が違います…そうでしょう?」
「ま、まぁそうだな…それでお前達はこの国で働くのか?」
「いえいえ、訳あって私はこの国の近くの森で働きます」
「「森⁉︎」」
ハモる門兵とロム。しかし首を傾げながらアルは話を続けた。
「この近くの森の木は特殊で樹液から蜜が精製出来るんですよ」
そう、この近くの森の木は地球でいう楓と同じもので、その樹液を煮詰めれば所謂メイプルシロップになるのだ。
「そ、そんな事聞いた事ないぞ⁉︎」
「そうだぞアル!俺も聞いた事無いぞ⁉︎」
「うん、言ってないもん」
アッサリと認めるアル。最早門兵とロムは驚きと呆れで固まっていた。
「という訳で良いですかね?」
「あ、ああ…うん、良いよ」
色々と言いたそうな門兵は通した。もう一人の門兵はただ黙って見ていただけだが。
目の前に広がる巨大な街。
「へぇぇ…凄い広いね」
「アル、商業ギルドはこの奥らしい」
ロムはその見ていただけの門兵に商業ギルドの位置を聞いてから来たのか手には地図を持っていた。
「しかし中々良い人達だったね」
アルがニコニコしながら歩く。それに随伴する様にロムも歩みを進める。
やがて共通語で大きく『ロズヴェルク連邦皇国北端の街・ダブリル商業ギルド支部』と描かれた看板の白い建物に着いた。
中に入ると清潔にされた室内が見渡せた。アルとしては日本の市役所の様な構造で安心した。
『新規申し込みカウンター』とフリップのあるカウンターに二人は歩み寄る。カウンターには老人が座っていた。
「いらっしゃい。ようこそダブリルへ」
「どうも」
「初めまして」
挨拶を交わす三人。ついでだが、ロムとしてはその老人の声が想像以上に若くて驚いていた。
瞬きすると老人は居なくなっていて代わりに幼い少年が座っていた。
「で、登録するんでしょう?」
「あれ?」
「少年…いつの間に?」
唖然とする二人。
再び瞬きすると若々しい青年が座っていた。
「はい…これ記入してくれ。あ、後俺はここの受付のドッペルゲンガーだ。ドっさんと呼んでくれ」
ドッペルゲンガー…オリジナルとは別に存在するもう一人の自分。それを知っている二人は更に固まった。
「え?ど、ドッペルゲンガー?」
「は、はは…そんな馬鹿な…そんな御伽噺の生き物がいるはずがないですよ…?」
アルとロムは乾いた笑いを零しながら現実逃避していた。しかしドっさんと名乗ったドッペルゲンガーは気付けば二人に分かれていた。
「「俺らはお前達であってお前達では無いんだよ?」」
「あれ?」
「ふ、増えた?」
と、ぼやけているとドッペルゲンガー二人は途端にアルとロムの姿になった。
「…あれ?私?」
「おかしいな…何で目の前に可愛らしいアルと俺が居るんだ?」
目を擦る二人。しかし二人のドっさんは欠伸を一つすると眠そうに紙をトントンと指で叩くと一言。
「取り敢えず…書け」
「残業後で眠いんだよ」
二人にそう言われ慌てて書く。書き終わったものを出した時、ドっさんは一人になっていて元々の老人になっていた。
「ホッホッホッ…了解了解…ほいっと」
くしゃくしゃにその紙を丸めて一息息を吹きかけるとボンっと紙に火が付きメラメラと燃え上がる。火が消えるとそこには二枚のタトゥーが置いてあった。
「「腕出しな」」
再び二人に分かれたドっさんはアルとロムの腕を取るとその二の腕にタトゥーシールを刷り込む。
シュウ…と煙が上がったと思うとそこには綺麗なカードの様な様々な事が記載されたタトゥーが刻まれていた。
「「コレがあればレジ打ちの時にレジ用の魔道具を統括して動かせるし、ここでの記録更新でも楽に行えるぞ」」
驚きと初めての経験でタトゥーを眺める二人に説明をするドっさん。
「…はっ⁉︎そうだ!」
何か思い出したかの様にアルがドっさんに顔を向ける。
「この辺でバイト出来るところはありませんか⁉︎」
「バイト…ね。うーん…と、あったあった。レストランの皿洗いとホールスタッフ、一ヶ月。これ位かな?この街は栄えているから余り求人が出ないんだよ…飽和的に足りてるからね」
また一人になっているドっさんが丁寧に説明と案内をした。アルとしては人数や募集要項よりバイトがあった喜びの方が大きかったが。
「そこで!」
「アル⁉︎もう少し考えた方が…」
「良いロム?チャンスは自分から掴みとるのよ」
「本当に貴族とは思えない発言ですよね」
苦笑いで突っ込むロム。アルはひたすらニコニコしながらドっさんの返事を待つ。当のドっさんは何か小さな水晶板を取り出して電話していた。
この水晶板も魔道具の一つで所謂スマートフォンの様なものだ。しかし、アルデヒド皇国は魔法などを禁忌として扱っていたのでこの様な技術は王族などを除くと殆どの人が知らなかった。勿論ロムもそうである。
アルは元々ゲームで知っていたので余り驚いてはいないが。
「よし、喜べ」
「どうでしたか⁉︎ドっさん‼︎」
アルが食い気味に掛かる。それをどうどうと宥めながら話を促すロム。
ドっさんは少し身体を椅子の背に凭れさせながら答える。
「丁度足りて無いから来いってさ」
「やった!」
「良かったね」
アルは大喜びし、ロムは何とも言えない顔をしていた。
アル達は荷物を持つとドっさんからもらった地図を元にそのレストランへと駆けて行った。
使い込むと後々困るから頑張れよ?