私、シナリオ進めます
出来ました!偶に言葉汚いけど女の子…純乙女だよ!
清々とした顔でアルベリアは階段を降りていた。
彼女は実際は転生者である。
前世の名は湯布院 香奈、二十二歳だ。喫茶店のマスターだ。
彼女は平々凡々に暮らしていたが、ある日店の食材を仕入れに出掛けた時不運にも通り魔と遭遇してしまった。
「な、何ですか⁉︎」
「お姉さん、良い肌してるねぇぇ…」
通り魔の男はそう言いながら歩み寄ってきた。そして耳元で一言。
「死んじゃえ」
「え?」
気が付いた時には腹に深々とナイフがつきたっている。膝から力が抜け、仰向けに倒れる。
通り魔の男はその上に馬乗りになりナイフを何度も何度も突き立てる。
やがて香奈が動かなくなると飽きたように立ち上がりナイフをプラプラしながら歩き出した。
「へへへ…死んだ…死ーんだぁ♪」
通り魔はそう歌いながら何処かへ行った。徐々に冷えていく身体。流れ出す血液。
「まだ…死にたく無いよ…」
そう呟き目から光が消え、呆気なくこの世を去った。
こうして湯布院香奈という女性は死んだのだ。そして転生した事を知った彼女はこの世界が自分のハマっていた乙女ゲーム『皇国恋物語〜無限ラヴァーズ〜』に酷似した世界だと知り驚いた。
何より彼女が転生したのはその中で悪役として名を馳せたアルベリア・S・ケルベルトだった。
「マジっすか…」
いきなり人生ハードモードに突入したが、この時香奈は思い出した。この世界がゲームのシナリオ通りに進むのならやがて異世界…自分のいた日本から少女が一人転移してくるはずである。なぜならその少女こそこの話のヒロイン。要なのだ。
「私は喫茶店をしたいし、何より政治とか貴族とかそういうドロドロしたものはどうでも良い…むしろお断りだ…ならその娘に全部シナリオ通り進めて貰えば…」
こうして彼女の計画は粛々と進められていった。そしてお待ちかねの断罪シーン。
その断罪シーンが終わった時彼女は本当に心の底から安堵し、ユミ…ユミ・タカハタ日本名高幡由美に感謝した。
「はあぁ…疲れた…後はシナリオ通りなら家から勘当されて一人悲しくなり自殺する事になっている…ならそこまで進めましょ」
無表情にそう独りごちながら歩いていく。やがて自分の家の家紋のついた馬車に着いた。そして御者台に座る目の前の馬車の御者に高飛車に命じる。
「帰るわ。早く出してちょうだい…鈍いわよ!愚図!」
「は、はひ‼︎」
いつも悪役のフリで虐めていただけあってビクビクしながら命令を聞く御者。
彼はこの後ストーリー上だと可哀想ということで、ヒロインが引き取り、皇子達御用達の御者となる筈なのだ。
…それなら今の状況を我慢してもらわなきゃ。私も心から凄い辛いしね…
などと一人で心の中で詫びながらアルベリアは悪役を突き通す。
揺れる馬車の中で流れる外の景色を眺めた。もう時期この景色も見納めなのだ。
勘当された後は何処に行こうかな?いっその事山奥にでも作ろうかしら?
そんな事を考えているガタンと鳴り、屋敷に着いた。
降りた時、突然御者に手を掴まれた。ストーリーに無い展開に固まるアルベリア。
「話しなさい…御者の分際で何をしてるのです?」
悪役令嬢として嫌みたらしくそう言うと何か噛みしめるように御者は声を絞り出した。
「貴女は…演技が下手です」
「…演技?」
突然自分の行動を当てられ心の中ではプチパニックを起こしながら無表情に淡々と首を傾げる。
「貴女は私達を卑下なさる時、必ず右手を左手で握る。この癖は貴女が悲しんでいる時、泣いている時しています」
「⁉︎」
「何故…何故悲しみながら私達を卑下なさるのですか?」
「何のことですの?」
「貴女は聡明で賢い…恐らく人には言えない事があってその為にわざわざこんな事をなさっているのでしょう?」
あまりにも的確に当てられ図星になる。少し顔を歪めて御者に問う。
「ではそうだとして貴方は何故私を止めなかったの?」
「貴女のその悲しみの努力を…無駄にしたくなかったからです」
「じゃあ何で今こうして止めてるの?」
「こうでもしないと貴女が消えてしまいそうで…そう思うと怖くなって…」
アルベリアはこの御者には嘘は通じないと悟ると馬鹿ねと優しく微笑み、空いている手で軽く御者の頭を撫でた。御者のサラサラの髪が揺れる。
「確かに私は今日をもって消えるでしょう…でも悲しまないで?と言っても悲しむのは貴方だけでしょうけど」
「っ…!」
「でもね、私はやりたい事がある…どうしても…ここから出て行ってでも…国を出てでもやりたい事があるの。だからその時に貴方をもう一度御者として雇いに行くわ」
「アルベリア様ぁ…‼︎」
御者は握っていた手を更に握り締め、アルベリアを抱きしめその場で嗚咽した。
その背中を撫でながらアルベリアはこの御者は何としてでも喫茶店が出来た暁には雇おうと密かに決意した。
そして屋敷の前には顔を赤くして激怒している父と母が居た。正直、この二人の所為で原作アルベリアもあんなクズに育ったのだろう。
「アルベリア…お前は何て事を…‼︎」
「離れなさい!高々平民風情が私の娘に抱き付くなんて…吐き気がするわ!」
予想通りのリアクション。御者は身を固める。しかしアルベリアとしては香奈としての本心に気付けたこの御者を馬鹿にするのは許せなかった。
「煩いですよ…ピーチクパーチクと」
「な…⁉︎」
「貴女…⁉︎」
これ見よがしに御者を抱き寄せる。顔がアルベリアの胸に埋まり、鼻腔をくすぐる女性特有の甘い匂いに御者は驚きと初めての体験のあまり顔を赤くしている。
「おおおお嬢様⁉︎」
「これは私の所有物よ?お前達が口出しするな‼︎」
アルベリアは声を張り上げた。その言葉に顔を更に赤くして怒る父と青筋を浮かべる母。
「婚約破棄した出来損ないが私の娘を語るな‼︎」
「語ってねぇよボケが‼︎」
「とっととそこから離れなさい‼︎御者の癖に…」
「ババアは引っ込んでろ‼︎私のものに口出しすんなっつったろが‼︎聞こえてねぇのか⁉︎あ⁉︎」
アルベリアの怒りは最高潮に達していた。言葉もどんどん汚くなる。
その汚い言葉のあまり母は顔を青ざめさせ、父は遂にアルベリアの願い通りのことを言った。
「貴様の様な我が家の恥は要らん!とっとと消え失せろ‼︎」
「どうもありがとうございます!父上‼︎」
悪意と皮肉をたっぷり込めてそう告げ、御者を引きずる様にして屋敷を後にした。
この事が後々面倒事の種となるのをアルベリアはまだ知らなかった。
お楽しみに!