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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界転移者の現実

作者: 雪時計

「──ここは?」


 青年が目を覚ますと、そこは一面真っ白の空間だった。

 前後は勿論、上下左右まで見渡す限りの白の空間。

 まるで真っ白のキャンパスに青年という一つの異物が紛れ込んだような空間であり、青年は見覚えのない場所に酷く狼狽しているようだ。


(ど、どこだここは!? お、俺はどうしてこんな所に──っな、なんだ! 眩しい!?)


 青年が記憶を掘り返そうとした瞬間、その事が合図だったかのように突如青年の目の前が光り輝き始める。

 あまりの眩しさに青年は腕で目を庇いながら身体を構えて、何が起きても良いように警戒をしている。

 やがて光の輝きが収まるとそこには髭の長い老人が立っており、突然現れた老人に青年は目を見開く。


「あ、あんた一体どこから……?」


 青年の言葉に老人は顔を一瞬顰めるが、突然の事に驚愕している様子の青年は気が付かなかったようだ。

 青年が老人の変化に気が付く前に老人は表情を戻すと、どこか申し訳なさそうな雰囲気を漂わせながら口を開く。


「突然こんな所に呼び出されてすまんと思っているのじゃ。しかし、先ずは儂の話を聞いて欲しいのじゃ」


 老人の言葉に青年は少し余裕を取り戻したようで、顎に手を当てて考え込む様子を見せる。

 そんな青年の様子を老人は申し訳なさそうな表情を浮かべ、青年の思考が纏まるまで待つ体制を取るようだ。


(ふむ……見覚えのない場所に、突然現れた神様らしき人物。……つまり、この状況は──まさか!)


 青年がある可能性に思い当たると徐々に驚愕の表情を浮かべていく。

 すると、その青年の思考を読んだかのように老人が青年を真っ直ぐ見つめて口を開く。


「実は、儂の手違いでお主を殺してしまったのじゃ。お詫びに異世界へ転移させようと思っておるのじゃ」


 老人の青年の考えを肯定する言葉に、青年は喜色満面の笑みを浮かべると腕を振り上げ歓声を上げる。


「よっしゃー! テンプレキタコレ! いやー、何かそうじゃないかとは薄々考えていたんだよな。あれ、じゃあ貴方ってもしかして神様?」


 青年の疑問に老人は髭を摩りながら頷く。


「さよう。儂はお主の世界を含め幾つかの世界を統治しておる神と呼ばれる存在なのじゃ」


 老人──神様の頷きに青年は益々深く笑みを浮かべると、小躍りしそうな姿で神様へまくし立てていく。


「じゃ、じゃあ! 俺はチートとか貰えるのか!?」

「ち、ちーと?」


 青年のチートという言葉の意味が良くわからなかったようで神様が首を傾げているが、青年はその様子がもどかしいのか頭を掻きながらイライラした様子でチートの意味を教える。


「凄い能力って事だよ、凄い能力! ったく、何で知らないんだ……今どきはテンプレじゃねーか」


 青年が悪態をつく姿に神様の頬が引き攣るが、そんな様子に気が付かない青年は老人へ向き直り口を開く。


「それで、俺はチートを貰えるんですか?」

「う、うむ。お主には好きな能力を一つ授けようと思っているのじゃ」


 老人の言葉に青年はあからさまに不機嫌な表情を浮かべると不満そうに口を尖らせる。


「はぁ? 一つとかケチじゃないですか? こちとら神様に殺された被害者ですよひ・が・い・しゃ! せめて能力三つぐらいにならないもんですかね?」


 青年の迫力ある脅しに神様は強く出れないのか、しどろもどろなりながら口を開く。


「そ、そうは言ってのお。能力の上限は規則で決まっておるのじゃ。それに、能力を二つ以上付けるとお主の魂が耐えられなくなって消滅してしまうのじゃ」


 神様の言葉に青年は一気に顔を真っ青にすると、冷や汗をかきながら乾いた笑みを浮かべると頭を掻く。

 青年の掌を返したかのような現金な態度に、神様は言葉もでないようで唖然としている。


「い、いやー。そうなるなら始めから言ってくださいよー。わかりました、能力は一つで良いです」


 青年の言葉に神様はホッと安堵の笑みを浮かべると何度も頷く。

 どうやら青年が我が儘を言わずに能力を一つでも良いと言った事が助かったようだ。


「わかってくれたようで何よりじゃ。それで、どんな能力にするのか決めたのじゃ?」


 神様の言葉に青年は暫しの間考え込んだ様子をしていたが、何かを思いついたのか弾けるように顔を上げると神様へ問い掛ける。


「な、なあ。俺が転移されて向かう世界って、魔法とかあったりするのか?」

「うむ、お主が行く世界には魔法が存在するのじゃ」


 神様の言葉に青年はガッツポーズを取ると鼻歌を歌い始めた。

 青年の唐突な意味不明な行動に神様は首を傾げていたが、青年は気にする様子もなく能力を何にするのか決めたようで機嫌良く神様へ伝える。


「俺の求める能力は決まったぞ! 俺は──無限の魔力を望む!」


 青年の告げた要望に神様は首を傾げて確認の意を取るも青年の能力はそれで良いようで、神様は一つ頷くとどこからともなく杖を呼び出した。

 突然現れた杖に青年は目を白黒しており、そんな青年の様子を尻目に神様は何事かを呟く。


 すると、青年を中心に幾何学的な魔方陣が青白い輝きを出しながら出現した。

 どこか幻想的な魔方陣に青年が目を奪われていると、やがて魔方陣の輝きは収まり溶けるように消えていった。


 怒涛の展開に青年が半ば呆然としていると、神様は満足そうに頷くと口を開く。


「うむ。これでお主は異世界へ行ったら魔力が無限になっておるのじゃ」

「マジで!? よっしゃー! 異世界が楽しみだ! 異世界へ行ったら何をしようか、やっぱりハーレムは定番だよなあ──」


 青年が機嫌良く呟く姿に神様は暫く黙って見つめていたが、やがて青年へ声を掛ける。


「では、そろそろお主を異世界へ送りたいのじゃが」


 神様の言葉に青年は意識を神様へ向けると笑顔で頷く。


「わかった! 色々とありがとな、神様!」

「うむ、ではお主の武運を祈っておるのじゃ」


 神様がまた何事かを呟くと青年を中心に先ほどは異なる魔方陣が出現する。

それは青年を包み込むと、異世界転移させたのだった。


 青年が消えた場所をじっと見つめていた神様は、やがて何か呟きを残して踵を返すと光り輝き消えてしまった。




『──どれくらい持つのかね、彼は』











 光の輝きが収まると、青年の視界には深い樹海が広がっていた。

 周りには見た事もないような気色の悪い木々が生い茂り、どこか不気味な静寂を漂わせている。


 樹海の景色に青年は一瞬身震いするが、直ぐに能力の事を思い浮かべると満面の笑みを浮かべて魔法を使おうとする。


(ついに、ついに来たか異世界! こんな不気味な場所何かとっとと出て行ってハーレムを作ってやるぞ! ……それにしても、本当に不気味な場所だな。神様ももっと街とかに転移してくれても良かったのに──っな、なんだ!?)


 青年が内心で悪態をついていると、突然背後から物音が聞こえて驚き身をすくめてしまう。

 青年が恐る恐る背後を振り向くと、そこには体長五メートルはある紅い狼が涎を垂らして青年を睥睨していたのだ。


(っひ! 何だあのでかい狼は!? こ、怖い殺される……そ、そうだ魔法!)


 狼の出現に青年は怯えていたが、直ぐに神様から貰った能力を思い出して不敵な笑みを浮かべると、狼へ手を向けて魔法を使おうとする。


「狼よ、俺の糧となれ! ファイアーボール! ……あれ? 何で出ないんだ? ファイアーボール! ファイアーボール! 何で、どうしてでないんだよ!?」


 何度も唱えるが一向に魔法が発動する気配がせず、青年は顔を真っ青にしながら何度も唱える。


 それもそうだろう。今までなかった物を突然与えられたとして、人は直ぐに使えるようになるだろうか?

 魔力にしろ能力にしろ、強大な力はそれ相応の鍛錬やリスクを受け入れてゆっくり慣らしていく物の筈だ。

 中には天才等という瞬く間に能力を掌握して使いこなす猛者もいる事にはいるが、あくまでもあれは一部の例外である。


 確かに、物語の主人公は直ぐに能力を使いこなしてかっこよく敵を倒すだろう。

 しかし、それはあくまでも物語の中での話だ。

 青年のようにチートを貰ったから魔法をいきなり使いこなす、と楽観的な考えをするなど虫の良い話なのだ。




 そんなある意味当たり前の事にも気が付かない哀れな青年は、狂ったように何度も同じ言葉を叫ぶ。


「ファイアーボール! ファイアーボール! 何で!? 呪文が違うのか!? 火の玉よ、敵を打ち砕け! ……これも違う! 炎よ燃えよ──っえ?」


 様々な呪文を唱えようと何度も右手を振り回す青年だが、不意に右手が軽くなったような感覚を感じて不思議に思い目を向ける。

 そこには、肘から先がなくなり血飛沫を飛ばしている青年の右腕と、血を滴らせている青年の右手を狼が咀嚼している姿が目に入った。


「ぁぁぁぁぁぁああああああああ! 痛い痛い痛い痛い何だこれ何だこれ何だこれ何だこれ!」


 脳が右手が消えた事を認識したのか、青年は突如感じ始める想像を絶する痛みに涙を流し、右腕を抑えて絶叫しながら地面を転げ回る。

 そんな青年の様子に、狼はどこか嘲笑うように態と音を立てて青年に存在を認識させる。


「──っひ! 来るな来るなくるなくるなくるなくるなぁぁぁぁぁぁ……!」


 青年は狼の存在を見ると酷く怯えて取り乱し、腕の痛み等気にせず樹海の中へ勢い良く飛び込む。

 狼はそんな青年に獲物を追い詰めるように、ゆっくりと後を追い掛けるのであった。











 走る。奔る。疾走る。

 とにかく少しでも狼から逃げようと青年は脇目も振らず走る。

 目の前も満足に見えない薄暗い樹海に、青年は足をもつれさせながらも懸命に狼から逃げ出していた。


(何で! 何だよ! どうして魔法が発動しないんだよ! あそこでかっこよくあいつを倒す所じゃないのかよ……っ! 痛い! ──そうだ!)


 青年が何かを思いついたようで、走りながらなくなった右腕に左手を向ける。


(きっと俺には攻撃魔法の適正がなかったんだ。だったら、ここはお約束で凄い回復魔法が使えるに違いない!)


 ある意味現実逃避ともとれる考えで、青年は祈るような気持ちで呪文を唱える。


「──ヒール! な、何で回復しないんだよ! ヒール! ヒール! ヒール!」


 しかし、無情にも──いや、当然と言うべきか。青年は回復魔法を発動する事もできなかった。

 何故発動しないのか、と青年は号泣しながら何度も何度も回復魔法を唱える。


「ヒール! リジェネ! 俺を癒したまえ! 何で何で何で!? 知らない知らないこんな事知らない! ヒール! ヒー──っ!」


 叫びながら走っていたからか注意が散漫していたようで、青年は木の根に躓いたのか転んでしまう。

 身体中を泥だらけにしながらも慌てて青年は左手で踏ん張り起き上がろうとするが、右脚の感覚がないことに気が付き顔を青ざめる。

 恐る恐る足に目を向けると、足首から下がない自分の右足と、後方に何か(・・)を咀嚼している狼がいつの間にか青年のすぐ側にいた事に気が付いた。


「は、ははは……もうだめだ」


 痛みの許容範囲を越えたのか足の痛みは感じないようだが、もう逃げる気力も失せたようで青年は顔を絶望に染めながら力なく項垂れる。

 そんな青年に逃げるのを諦めたと思ったのか、狼はゆっくりと青年へ近づいていく。


(俺は何を間違ったんだろう……チートを望んだから? 神様に失礼な事をしたから? 魔法なんて望んだから? それとも──)


 青年が最期に見た光景は牙から血を滴らせながら、大きく口を開いた狼の姿だった。











「──何じゃ。もう死んだのか、詰まらんのう」


 青年が先ほどまでいた白い空間に、青年が神様と呼んだ老人が胡座をかき浮かんでいた。

 老人はどこかつまらなそうに頬杖をつくと、不貞腐れたように呟く。

 すると、老人の背後が光り輝き、光が収まると一人の絶世の美女が無表情で姿を現した。


「──また、魂を異世界へ飛ばして遊んでいたのですか」


 どこか呆れた雰囲気を滲ませて呟く美女に、老人は背後を振り向くと不機嫌そうに口を開く。


「何じゃ、また小言なのじゃ?」


 老人の言葉に美女はため息を零すと、首を横に振り口を開く。


「また姿を変えていたのですか。これで何度目ですか」


 美女の言葉に老人は目を瞬かせると、思い立ったのか手を叩き笑みを浮かべる。


「おお! すっかり忘れてたのじゃ! ──と、これで良いかな?」


 老人が何かを呟くと老人の姿が瞬く間に変化していき、最終的にはどこか軽薄的な笑みを浮かべている少年へ変貌した。

 老人──いや、少年は自分の姿を一通り眺めると満足そうに頷く。

 少年の様子に美女は無表情に一礼をした後口を開く。


「それで、何故また魂を呼び出すような事をしたのですか?」


 美女の言葉に少年はどこか決まりの悪い表情を浮かべると冷や汗をかき始め、しどろもどろになりながら口を開く。


「そ、それはあれだよ。最近、彼がいた世界では『てんぷれ』というのが流行っていてね。その流れに僕も乗ってみようと思ったのさ」


 少年の言い訳に美女はため息をつくと、どこか責めるように少年をジッと見つめる。

 美女の視線に少年は目を泳がせ決して合わせようとしない。


「その為に、まだ寿命が残っている魂を連れてきたのですか。しかも、殺した等と嘘を吐いてまで」

「そ、それはだね……ごめんなさい」


 美女の視線に負けた少年は惚れ惚れするような謝罪を美女にする。

 その使い慣れた謝罪の様子から、少年が謝る事はそう珍しくないようだ。

 少年の謝罪に美女は暫く見つめていたが、やがて何かを思いついたのか薄く笑みを浮かべて口を開く。


「……まあ、良いでしょう。その代わり、本日のおやつは抜きです」

「そ、そんな! 待って、それだけは待って! お願いだからそれだけは──」


 そう一方的に告げると美女は消えてしまい、少年は顔を絶望に染めると慌てて美女の後を追いかけていった。




 誰一人いなくなった白い空間は、どこか不気味さを醸し出していた。

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