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発動

 壁の魔法陣を完成させるまでの紆余曲折は、語るまでもないだろう。考えうる限りの失敗を積み重ね、気づいたら百日が経過していた。書斎ごと吹き飛びかけたのだって、一度や二度じゃない。その度に、書斎の床に刻んだ防護陣の発動で守り抜いた。


「これで、異空間に行けるんですね」


 不安げなイコンの声に、何とか微笑んでみせる。特にここ数日は、寝る間も惜しんで検証した。今の私は気力だけで立っている。少しでも油断すれば、イコンを持つ左手が緩んでしまいそうだ。

 イコンが消滅しかけた時に発動させた魔法陣の一部を、場所指定に組み込むアイデア。理論的には正しいことも、それがどんなに危険かも、最初から分かっていた。下手をすれば、また赤い泥に取り込まれておしまいだ。だからあえて試さなかった。けれどそれ以外の方法では、どうしても失敗する。これで異空間にいけなかったら、本当にやれることがなくなるのだ。

 それに気づいてしまったのが二日前。そこからの記憶は曖昧だ。結論(ゴール)が見えてしまったら、一気にそこへ辿り着きたくなるのが研究者の(さが)。どんな姿になろうとも、私の魂は変わらないらしい。


「詠唱でミスしては一大事です。一晩しっかり休んではいかがでしょう」


 イコンの言葉はもっともだ。だが、私はその言葉に頷かない。


「いいかいイコン君。現時点で、おそらく君の身体は無事であると仮定した。それは君の感覚の一部が生きていることから証明できている。だがね、いつまで君の身体がもつのか、我々に()(はか)る術はない」

「急いだ方がいいことは、よく分かっているつもりです。ですが、失敗なんかしたら本末転倒でしょう。先生が無事では済まなくなる」

「そうだね。あぁ、そうだとも。けれど私は……」


 君の光になる。

 そう言いかけたのを、寸前にやめた。

 私は恩着せがましくしたいわけではない。光という言葉は、彼をこんな姿にした責務を全うしなければならないという、それだけを意味するもの。わざわざイコンに言う必要はない。

 じゃあ、何を言えばいいだろう。

 自らの責務を果たす。

 彼を不安にさせないように。

 決して嘘をつかないように。

 少し考えて、言葉を決める。


「私が私であるために、今やらねばならないんだ。何としてもね」


 その返答にどれだけの覚悟があったか。彼が知る必要はない事だ。

 イコンは無言だった。少しの間待ってみたが、返答はない。


「イコン君?」


 しびれを切らして話しかけると、ようやくイコンは息を吐いた。


「先生自身の身の安全は、保障されるのですか?」


 ピンと張りつめた糸のように、きっぱりした声だった。きっと、私が同じ過ちを繰り返すのではと考えたのだろう。


「前科があるからね。信用できないのはわかるよ。けれど、もう大丈夫なんだ」

「であれば、改善した点を明確にしてください。僕でもわかるように」

「ああ、いいとも」

 

 (イコン)を左手で掲げ、右手で目の前に立体魔法陣を書く。親指以外で正三角形を四つ、親指で円を四つ書き、最後に五指で球面をなぞっていく。初めは白い線だったものが、黄色、橙、そして赤へと変化していく。


「この立体魔法陣はね、平面魔法陣の発動キーの役割をする」

「発動キー?」

「あぁ、そうだ」


 球面に呪文を書き加えながら私は答える。文字は薄赤い球面の上で、入れ墨のように白く浮かび上がる。


「発動を詠唱ではなく立体魔法陣で行う。そして立体魔法陣の始動は短い詠唱にする。これにより、実験の再現性を向上させることができるんだ」

「手で書く方が、言葉を考え唱えるよりも確実と言いたいわけですか。しかし、立体魔法陣は不安定ではありませんか? 通常の魔法陣を重ねて発動させてはいけないのですか?」

「それは無理だ。異なる平面で発動させても、平面魔法陣の効果は混線してしまう。それぞれの魔法陣によって定義された意味が揺らぐって事だ。だから片方は立体でなければならない。なに、立体魔法陣で定義するものを最小限にすれば問題ない」

「そう、ですか」


 まだ納得できないと言いたげなイコンの声を、小さな火花が遮った。立体魔法陣がアクティブになったのだ。


「さぁいくよ、イコン君!」


 立体魔法陣に呼応するように光を帯びる壁の魔法陣。それに向けて右手をかざし、私は叫ぶ。


「異界のかけ橋。門の守り手。この声、この魂に答えて我らが道を示せ!」


 立体魔法陣がぴかりと光り、壁の魔法陣の中央からつむじ風が吹き込む。書斎中のものが散乱していく。次いで壁が(まばゆ)く光り、赤黒い(もや)が床を覆った。


「あぁもう、信じますよ! 先生!」


 覚悟を決めた彼の声とともに、私は目を瞑って壁の魔法陣へと飛び込んだ。


   ***


 恐る恐る目を開く。足元から吹き上げる風は、今まで嗅いだことのない、少し生臭い匂いだ。自然と目線が下に行く。

 私達は、空の上にいた。

こんにちは。

はじめましての方ははじめまして。

そうでない方は、いつもお付き合い頂きありがとうございます。


やっと、やっっっっと、飛びましたね!

ここまで長かったなぁ……(しみじみ)。

ここからもまだつづくのですが、引き続きお楽しみ頂けましたら幸いです。


また一ヶ月ほど後に更新できることを楽しみに、執筆していきたいと思います。では、また。

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