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召喚準備

「こっちだ!」


 少年は新二の右腕を引っ張り、大百足とは逆の方向へと駆け出した。そして屋上の端までくると、新二を乱暴に床へと放り投げ踵を返した。


「痛でっ‼︎」


 顔面から床へ叩きつけられた新二は、擦りむいた頬をさすりながら顔を上げた。その視線の先には、左手で大百足を指差す少年の背中が――そして、割けんばかりに開かれた大百足の口があった。


旧印エルダーサイン隔壁パーティション!」


 大百足は牙を剥き出し、凄まじい風圧と共に襲いかかった。だが少年の詠唱と指の方が僅かに速かった。


――グウォンッッ‼︎


 鈍い音が空気を揺らした直後、大百足は少年の一メートル程先に頭を落としてのたうち回った。見えない「魔法壁」に阻まれた、という事なのだろう。額から吹き出す汗を拭い、新二は腹の底から息を吐き出した。


「ひとまず時間稼ぎ出来た。だが隔離セパレートはともかく、隔壁パーティションの方は長くはもたない。今のうちに大百足を封じる手だてを考えなくてはな」


 暴れ回る大百足を睨みつけながら少年はそう言った。微かに震えたその声には、焦りと苛立ち、そして緊張が如実に現れていた。


「ミハイル先生はそのまま隔離セパレート隔壁パーティションを保持して下さい、あいつは僕が何とかします!」


 新二の左手から上がった声に、少年はかぶりを振った。


「顕現した者達を完全に退けるには旧神ジ・エルダーを召喚するしかない。だがその魔法陣に必要な血液と蝋石、どちらも手持ちがないんだ。イコン君、この意味はわかるだろう?」


 僅かの沈黙をおいて、左手の声は非難がましい呆れ口調に変わった。


「かつて僕は、沢山の道具を鞄に詰め込んで先生のお供をしていました。想定外の事にも対応出来るように用意していたからです。それなのに先生ときたら、未だに最小限の物しか持ち歩かない上に、出先では寄り道ばかり……そんなんだから、不測の事態で困る事になるんですよ」

「う、うるさいイコン君! 門を探知する事に長けた旧魔法エルダー使いはね、戦闘に備えて召喚道具を持ち歩くという発想にはならないんだよ! その前に全て終わるんだから!」

「よく言いますね、間に合わなかったくせに」

「こんの……本当に君は口答えばかり……」

「今は言い争ってる場合じゃないでしょう。ですよね、魔力がない方の先生?」


 再び目眩を覚えかけていたところへ唐突に話を振られ、新二は必要以上に目をぱちつかせた。それを肯定の意と読み取ったのだろう、左手はそれみたことかと言いたげに指をひらひらと動かした。


「ほら、こちらの先生も呆れてしまってるじゃないですか、ミハイル先生の大人げなさに」


 その言葉に少年は顔を真っ赤にして振り返り、わなわなと肩を震わせた。彼は何か言いたげに口を開いたが、新二と目が合うと軽い舌打ちを残して口を噤んだ。


「今はそんな事より、召喚魔法の事を考えなくては。魔力のない先生も手伝ってくれますか?」

「新二と呼んでくれ。『魔力のない先生』じゃあ、ただの能無しに聞こえる」

「わかりました、シンジ。で、どうなんです?」

「……俺には魔法の事はさっぱりわからんが、手伝える事があるなら言ってくれ。時間がないんだろう?」


 新二は仕方なくそう答えた。内心、自分の手に余るこの状況から一刻も早く手を引きたかったが、この「左手」がそれを許す筈はない。それならば協力する姿勢だけでも見せた方が得策だ――そう新二は考えた。


「ありがとうございます! シンジ先生!」


 「左手」は心底嬉しそうにそう言った。そして協力的な新二の態度が余程意外だったのか、少年はへの字に曲げていた口を緩め、ぽかんとした。しかしすぐに咳払いすると、彼は鋭い視線を床へと落とした。


「イコン君は知ってると思うが、召喚を行う為には新鮮な血液と蝋石で魔法陣を書かなければならない。だがその二つを用意する為には、隔離セパレートを一度解除し、誰かが外からその二つを持ってくる必要がある」

「解除は駄目です!」


 「左手」の返答は早かった。


隔離セパレートを解除してしまっては大百足の動きを封じるのが難しくなります。この世界への影響を最小限に抑える為には、隔離セパレートを解除せずに魔法陣を発動させるしかありません」

「だからその為に血と蝋石を用意する必要があると何度……言え……ば……」


 苛立ち混じりの少年の言葉は途切れ、彼の表情は焦燥から驚愕へと変わった。


「まさか、イコン君⁉︎」

「今は他に、方法がないでしょう?」

「駄目だ、駄目だイコン君‼︎ 禁術を使うなんて! 旧神ジ・エルダーへの誓約を汚す行いだよ、それは!」


 気色ばむ少年を前に、話が全く見えていない新二は黙って困惑するしかなかった。

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