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代償(四)

 (イコン)の魔力が、触れた指先からひしひしと伝わる。皮膚を裂き、爪を貫かんとするそれは、明確な拒絶の意志だった。


「僕を慰めているつもりですか? だとしたら、全くもって先生らしくありませんね」


 硝子(ガラス)の破片のように繊細で尖った声からは、失望だけが感じ取れる。一番弟子、と言ったことが気に障ったのか。「怒り」の代わりに現れた負の感情というだけか。

 寂しくはあったが、動揺はしなかった。イコンの発言は十分に想定内のものだったからだ。それゆえ切り返しも用意している。()()と息を継ぎ、真顔で告げる。


「私が嘘をつけないのは、君もよく知っているだろう? 確かに、君はイコン君なんだ。旧魔法に捧げた数百年の人生にかけて、断言しよう」


 イコンは()()と黙り込んだ。私が相当な覚悟で発言していることを、理解したのだろう。

 私は(イコン)を机上に戻して流し台に歩み寄り、蛇口に手をかけた。澄んだ音を立てて流れ落ちる水は、少し冷たい。口に含むと、沸騰寸前だった頭がようやくクールダウンした。イコンとのやり取りを何百通りと考えていた頭は、何より冷却を欲していた。


「ならば教えてください。どこにあるんですか、その証とやらは」


 イコンの声はなお硬い。今の言葉で納得してくれれば良いと思ったが、そううまくはいかないか。

 一旦懐疑的(かいぎてき)になってしまった理性をニュートラルに戻すのは難しい。イコンは今、歪んだ理性と懸命に戦い、声にならぬ悲鳴を上げている。私の返答は彼を助けるものでなければならない。すなわち、本来の理性が納得できるだけの説得力と、歪みを戻せるだけのシンプルさ。


「君は言ったね。本になる前と今の自分が同一かの検証が不十分だと。けれど、話はもっと簡単なんだ。私と出会う前の記憶を、よく手繰ってごらん。できるだけ細やかに思い出すんだ。そうしたら、私の言いたいことが理解できるだろう」


 この場で考えうる最適解を、すらすらと述べる。自分でも腹立たしいほど自信たっぷりに。

 イコンは沈黙した。魔力は安定している。熟考に入ったのだろう。

 イコンが気にしているのは、自身の記憶が私の創作である可能性を否定しきれないということだ。だから過去を細かく思い出させて、私が適当に改竄(かいざん)した記憶の可能性を潰せばいい。ただそれだけ。私は詳細な過去を聞いたことがない。だからその記憶は、イコンだと証明する何よりの証となるだろう。

 ただ、過去を知らないという事実が彼の猜疑心(さいぎしん)を崩せるかは五分五分だった。私が知っているのは、小さい頃に親元を離れ、何かの(いさか)いで村人に追われてきたということだけ。だから問題となるのは、イコンの過去が具体的に想像可能なものかどうか。それによって、この答えは全くの無力にもなり得る。

 しかし、うちに来た経緯からして、彼の過去は普通ではない筈だ。旧魔法のことしか考えてこなかった男が、想像し創造できるほど易い過去ではない。その筈だ。


「……先生が改竄(かいざん)した記憶、という可能性は、ないですね。こんな趣味の悪いシナリオを細やかに書けるほど、先生は(すさ)んでいませんから」


 当たり、か。

 良かったと思う反面、これまで彼の過去に関わろうとしなかった自分を薄情だとも思った。思い出したくない過去を持つ身としては当然の対応。しかし、それがイコンにとって本当に良いことだったのか。もっと悩みとか聞いてやるべきだったのではないか。今更ながら、そんな風に考える自分がいた。


「それは誉めているのかい?」


 無邪気に聞いてみる。彼の過去については踏み込まない。今更すぎて踏み込めない。重い過去を背負っていることが察せられただけで十分だ。だからせめて、光らしくあろうと思った。光らしく、彼の皮肉を、行き場のない悲しみを、受け止めてやらねばならない。


「さあ、どうでしょう。どんな長所も、裏を返せば短所となる。先生のような方には分からないかもしれませんが、多少は後ろ暗い一面を持っていた方が、存外、楽に生きられるかもしれませんよ」


 イコンの声は、ほんの少しだけ刺々しさが解けたように聞こえる。彼に似つかわしくない生意気な言い方は、わざとだと直ぐにわかった。


「はは、そうかもしれないね」


 にっと歯を見せて笑ってみせる。

 私の闇は、確かに足元にある。深淵は深く、遠く、揺るぎなく、後戻りのできない漆黒。一歩でも間違えたら飲み込まれるのは自明の理。

 だがそれを、イコンに心配させてはならない。私は彼の光でなければならず、光が闇を内包する矛盾は許されない。

 イコンが自分の中に闇を見るならば、私はそこから救いあげる陽光なのだ。そう自分で定義した以上、それを貫くのが師匠の姿。それでいいんだよな?


「…… 陰陽(いんよう)互根(ごこん)、か」

「何か言ったかい?」

「いえ、何も」


 イコンの呟きを、私は聞かなかったことにした。

こんばんは。

今回は年内最後の最新話更新になりそうです。今年も読者の皆様には大変お世話になりました。来年もよろしくお願いします。

ところで、最近の私は、手洗いうがいをいつも以上に気をつけてやっています。そのおかげか、冬に頻発していた喉の痛みがいつもより軽い気がします。みなさまも、自分のペースでご自愛ください。

Twitterの方はときどき出没しますので、見かけたら気軽にお声かけくださると嬉しいです。では、また。

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