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代償(二)

 意識消失の原因をはっきりさせるまで、私は彼に旧魔法を使わせないことにした。更にイコンを監視する目的で、共に過ごす時間を意図的に長くした。トイレと風呂、寝る時以外はイコンを肌身離さず連れ歩き、彼に変化が起きないか、また意識消失しやしないか、そればかり考えていた。


「先生は、本当に隠し事が下手ですね」


 そう言われたのは、彼が意識消失してから一週間後。皿を洗い終えて棚にしまっている最中だった。さっと血の気が引く。


「何のことだい、イコン君?」


 やっとの思いでそう言った。声が震えないようにするので精一杯で、彼の方へ振り返る余裕はなかった。


「最近、僕を持ち歩くことが増えましたよね。それなのに話しかけても上の空。旧魔法のことに至っては、話題にすらあげようとしない。一週間前、僕が眠っていた件に関係があると推察しますが、どうですか?」


 彼の声が妙に刺々しく聞こえる。

 私は黙ったまま、棚の引き戸をゆっくり閉めた。ガラスに映った自分は子供の泣き顔そのもので、俯きそうになるのを何とかこらえた。

 イコンは小さくため息をつき、続ける。


「一週間前のあれ以降、僕は眠っていない。よく思い返してみれば、人間だった頃の睡眠とは少し異なる感覚だったように思います。あれは眠ってたんじゃなく、意識が絶えていたんですね?」


 カタ、カタ。

 引き戸が鈍い音を立てる。指先が小さく震えているのがわかる。

 そうか。

 やはり本の形態では眠らないのが普通なのだ。ならば一週間前の意識消失に疑問を持つのは自然なこと。彼にはもう隠し切れない。


「原因は書の力を使ったせい、ですか」


 少し迷って、静かに振り返り頷く。元々聡い子ではあったのだ。こうなるのは時間の問題だった。


「……知識を分け与えるのも良し悪し、だね」


 動揺を誤魔化すために、不敵な笑みを作って腕組みしてみせる。無様な姿を晒すわけにはいかない。

 本当はわかっている。私の授けた知識がなくとも、イコンはこの答えにたどり着いた筈だってことくらい。


「君の仮説は概ね当たっている筈だ。私達の知識の限りでは、意識消失の原因となりうるものは書の力しかない」

「やはり、そうですか」


 イコンの答えに、安堵のため息が漏れた。

 やはり私は、嘘や隠し事に向いていないのだ。こんなに重大なことが、気づかれたくなかったことが、あっさり見抜かれてしまった。そしてその重荷を下ろした今、私は少しだけ気楽になっている。事態は何も好転していないというのに。

 余計な労力を使う必要がなくなった私の頭は、途端に研究者としての思考回路を巡らせた。全く、私という奴はとことん現金な人間で、呆れてしまう。


「悪いが率直に聞きたい。君は他に、何を失った?」


 最重要事項。(わたし)の観察では目立った変化はないが、(イコン)側でしか気づけない変化があるかもしれない。隠す必要がなくなった今、それをしっかり把握しておかなければ。

 (イコン)の魔力が僅かに揺らいだ。だが旧魔法の発動ではない。おそらく、彼の動揺が魔力に現れたのだ。

 イコンは長く沈黙した。10分は経っただろうか。私の息づかいの音だけが部屋に響く。暖炉の火は赤々と燃えているのに、部屋の空気は重苦しく冷え切っていた。


「少なくとも、本になってから今までの記憶に、欠落はありません」


 慎重な彼の答え方に、不安を覚える。机上の(イコン)へと伸ばす手の先が、こんなに遠いとは思わなかった。


「本になる前の記憶には、欠落があるのかい?」


 (イコン)を抱え上げ、顔の前にかざす。


「それは判断しかねる話です。この僕が果たしてヒトだった頃のイコンと同一なのか。その検証が不十分じゃないですか。それを確かめる術はどこにもなく、よって今の僕は、本になってからの自分についてしか言及できません」


 それは違う、違うんだ。イコン君。

 そう言いたかった。彼が正真正銘、イコンであるという証明に必要なものは分かっている。証拠となるパーツさえ揃えば、それをイコンに見せる予定でいた。だがまだ足りないのだ。そのパーツが。

 私は奥歯を噛みしめることしか出来なかった。私の無言をどう捉えただろう、イコンは更に感情を失った声で続ける。


「僕として振る舞うのに支障を来す欠落も、今のところはありません」


 イコンは聡い子だ。旧魔法以外のことには疎い私に嘘をつくなど、造作もないに違いない。

 私は彼を顔の前に引き寄せた。


「これは重要な質問だ。私に気を遣って嘘をつくのだけは、絶対にやめたまえよ」


 すがるような、か細い声。自分が発したとは到底思えない声に、冷静に驚く。


「……そう、ですね」


 イコンの声はためらいがちだ。


「一つ、気づいたことがあります」


 先程より、ほんのわずかに熱をもった声。

 彼は今、固く閉ざしていた心の扉を開こうとしている。


「何だい?」


 重大な局面。こちらが発する言葉も、自然と慎重になる。

投稿が遅くなり申し訳ありません。年末に向け、リアルが忙しくなる時期ですが、ウイルスにやられないよう十分気をつけて活動しましょう。それではまた一ヶ月後にお会いできることを楽しみにしております。

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