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娘(後)

 病気を治せる力を持つであろう旧神(ジ・エルダー)は、最高難易度に位置する召喚魔法を必要とした。本来であれば不可能とされる魔法だ。

 私は旧魔法は勿論、旧魔法以外の魔法や錬金術、自然科学等の知識をも総動員させ、不可能の要素を埋めていった。砂の一粒一粒を積んで山を作るような作業だった。


 最終的に魔法陣と呪文を形にするまで、半年しか費やせなかった。娘の病状による時間制限が、重い枷になったんだ。それでも私は諦めなかった。だってそうだろう。私自身が、娘の笑顔を取り戻す最後の砦なのだから。


 半年のうちに、娘はただ息をするのも苦しいほど衰弱した。もし、セラを診察した医師に診せに行ってたらこう言われただろうね。「なぜ放っておいたんだ」と。

 そんな言葉を聞きに行くために病院に行く気は無かった。魔法とセラが共存できる治療法を、病院が提示出来ない事は分かっていたから。


 それでも今以上に容体が悪化してしまうのはまずい。機械に繋いで延命処置を取るしかなくなれば、娘は二度と笑顔にはならないだろう。それは私の中の「彼」が許さなかった。


 召喚に最適な日時が決まってから、私の行動は早かったと思う。近くの養鶏場まで走って鶏の血を買い求めた時は、変な顔をされたが気にならなかった。

 セラの布団と同じサイズの布を用意し、私は半日かけて魔法陣を書き上げた。手は鶏の血でべとついたし、蝋石は何本折ったかわからない。それでも私は魔法陣を書きあげた。もちろん、防護陣も準備した。


 召喚に選んだその日は、綺麗な満月が出るとの事だった。私は魔力を効率よく魔法陣に集めようと思った。月光が反射してセラの布団を照らすよう、部屋の鏡の位置を調整したんだ。娘は苦しそうに呼吸しながらも、私の作業をじっと見つめていた。


 月が上り、時間が迫った。私は掛け布団をめくり、魔法陣を書いた布をセラの足に掛けた。セラの足の位置に魔法陣が来るように調節し直し、呪文を再確認する。鏡の位置も、ベッド下の防護陣も大丈夫だった。


 セラは小刻みに身体を震わせていた。私はセラの頭を優しく撫でてやった。


「大丈夫、お前の身体をちゃんと元に戻してみせる。安心するんだ」


 そうして、私は詠唱を始めた。魔法陣が徐々に光を帯び、月光が部屋中の魔力を活性化させていくのがわかった。

 詠唱を絶え間なく紡ぎ、私は右手で立体魔法陣を書いた。左手で平面魔法陣のエネルギーをコントロールしながらの作業は、神経をすり減らした。背筋を汗がとめどなく伝い落ちた。


 平面魔法陣の発動が済み、後は立体魔法陣を完成させればいいというところまでこぎつけて、不測の事態はおきてしまった。


 神経を研ぎ澄ませて立体魔法陣を書くために、私は目を瞑っていた。異変に気付いたのは、娘のうめき声が小さく聞こえたからだ。咄嗟に目を見開き、私は息を飲んだ。

 娘の足は()()()()()()()()()()()()()()()()。かわりにそこにあったのは、赤黒い粘液が湧き出る沼だった。その粘液は娘の身体を取り込むように絡みつき、娘の身体はその沼に沈みつつあった。


 私は躊躇なく沼に手を突っ込んだ。焼きごてを当てられるような痛みが身体を走った。焦げた匂いもあったかもしれないが、気にする余裕などなかったから定かじゃない。

 自分の身体さえ焼け融ける感覚はどうしようもなく悍ましく、吐き気がした。それでも娘の身体をすくい上げる為にできるのは、それしかなかったんだ。


「失敗か? いや、考えるのは後だ、先ずは防護陣をアクティブに……よし、足を再構築する立体魔法陣を……」


 うわ言のように呟きながら、私は娘の足をかたどって立体魔法陣を書き始めた。額の汗は止まらなかった。


「早く……早くしないと、取り返しがつかなくなる!」


 立体魔法陣を書いているそばから娘の身体は溶けていく。そして自分の身体も泥に沈みつつあった。だが魔法陣を書く手は止められない。同時に詠唱すべき呪文も考えていた。焦る心が、骨だけになった手を震わせた。

 娘は顔を歪め、目に涙を浮かべていた。首まで泥に浸かった私は、娘を前に泣いていた。


「そうだよな、こんなに痛いんだもの。お前は泣いていい。未熟な魔法使いの娘にさせてしまって、こんな不甲斐ない親で、本当に、すまなかった」


 全身を泥に覆われ、感覚はすでにない。


「くそ、せめて娘だけでも……」


 意識を失う直前、娘の声がどこかで聞こえた気がした。


 *


 私が目覚めたのは、悍ましい一夜が明けた朝だった。窓から差す光が、部屋の惨状をくっきりと浮かび上がらせた。

 部屋中には赤黒い染みが飛び散り、髪の焼けた時に出る嫌な臭いが鼻をついた。だが部屋の中は荒れてこそいても、大きく損壊した箇所は見当たらなかった。

 私はすぐに飛び起き、娘の姿を探した。ベッドの上には乾きかけた赤黒い染みがあるばかりで、扉と窓は内鍵がかかったままだった。


「……なぜ私は生きているんだ?」


 顔から血の気が引いた。自分に魔法を使ってしまったのだろうかとも考えた。だがそれはおかしい。私は確かに、娘の身体を修復する魔法陣を書いていた筈なのだから。詠唱が不十分だった事も考え合わせて、私が助かる選択肢だけはありえない。


 私の足は、自然と鏡台へと向かっていた。鏡の中の自分を見て、私は愕然とした。

 私の顔は若返っていた。セラを引き取った時、私は五十歳位だったと思う。だが鏡の中には、三十代程度の自分がいた。その代わり、全体的に灰色がかっていた髪は、くっきり黒髪と白髪に二分されていた。


 私は確信した。娘の身体を代償に、私は生きながらえてしまったのだと。

 恐らくは、娘の身体を再構築する途中、私の身体と立体魔法陣が反応し誤作動してしまったんだと思う。再構築するのは娘の身体ではなく、私の身体だと。そしてその代償として、娘の身体が使われたのだと。


 私は声も上げられず嗚咽した。丸一日は部屋にうずくまったままだった。

 娘の死に際は、彼女の両親の圧死よりも残酷なものとなった。その原因を作ったのは私。責めは私にある。

 私の背後で、「彼」が怒りと悲しみの眼を向けて佇んでいるような気がしてならなかった。


 やがて涙が枯れ、私はぼうっとした意識のまま、部屋の隅にあったロープを手に取っていた。そしてそれをドアノブに括り付け、作った輪の中に自分の首を通した。


 ああ、私は死ぬつもりだった。娘を助けられなかった自分に生きている資格はないからね。

 でも、できなかった。今の自分が死んでしまったら、私は娘を二度殺した事になるんじゃないか? そんな考えが頭をよぎったら、もう駄目だった。


 その後も私は首をくくろうとしたが、その度に失敗した。娘の命を奪っておきながら、女々しい事をしていると思うだろう? 本当にそうだよ。私は結局、罪を抱えて生きながらえてしまったんだ。「彼」の幻覚に苛まれながらね。


 今でもたまに、娘を殺した日を夢に思い出す。そういう日は決まって、枕元に「彼」の幻覚が見えるんだ。私は布団を頭から被ってじっと目を閉じる。けれど悪夢や幻覚が気になって眠れる訳がない。そうやって、今日みたいに体調を崩すんだ。

 これでわかったかい。私は、君に心配される資格などない人間なんだよ。

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