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娘(前)

 まずは、私の親友である「彼」についての話をしよう。


 「彼」は優秀な旧魔法(エルダー)使いだった。そして学生の頃から天才の片鱗を見せていた。ただ、人に対し尊大な態度をとる癖があり、周囲からは疎まれていた。


 だがそんな「彼」も、私にだけは比較的大人しい物言いをしていた。きっかけは彼の放った光弾を私が弾き飛ばした事件にあるらしいが、正直私もよく覚えていない。とにかく、「彼」が私を認めたのは、そんな些末な出来事からだったのだ。

 私の方はどうかというと、初めは「彼」の性格に振り回される一方だった。だがそれも、慣れてしまえばどうという事もなかった。

 私は特出した才もない平凡な人間だったから、「彼」の有能ぶりに劣等感を感じた事もあった。けれど「彼」の良くも悪くも素直な性格を前にすると、そんな悩みが馬鹿らしく思えた。


 そうそう、私は昔から困った人を助けようとしてしまう癖があってね、同級生からは「幸福を与えるもの」なんて皮肉混じりの蔑称で呼ばれていた。私はそれが嫌だった。

 でもある時、私が学生に絡まれていたのを止めるために、「彼」が歌を歌ってみせた事があった。私の行いを讃える内容は聞くに堪えないものだった。けれど、彼なりの優しさに溢れた美しい歌だった。


 私達は互いに違うベクトルで不器用だった。だが私達なりに固い友情を育んでいた。それは「彼」が結婚し幸せな家庭を築いても、変わる事はなかった。


 *


 「彼」が召喚事故に巻き込まれて死んだと聞いた時、私はにわかには信じられなかった。あの万能の天才が召喚事故を起こすなどあり得ない。ただの悪いジョークだと。

 だがそれは現実だった。「彼」の家の一階部分は、事故の影響で()()()()()()()()()()()()()。瓦礫と呼ぶには大きすぎる板一枚、その上に行儀良く乗っかった家の二階部分、血の匂いが事故現場に残された。


 事故の詳細は結局分からなかった。だが、現場を見た私は確信した。「彼」とその妻が、二人がかりで事故の拡大を食い止めたのだと。

 本来ならば街一つ消し飛ばしたかもしれない召喚事故。何故そんな事故が起きたのかはわからない。けれど不測の事態だったに違いない。でなければ、あの天才がしくじる訳がないのだから。


 ――いや、天才の誤算はもう一つあった。被害を最小限に食い止めたために二階には全く影響が出ず、結果として、二階で寝ていた娘を孤児にしてしまった事だ。

 娘の名前はセラといった。親戚一同がセラを煙たがり、誰も引き取りたがらなかったという。それは皆「彼」の態度を快く思っていなかった事が原因に違いなかった。


 私は決意した。セラを養女として引き取り、独り立ちするまで「彼」の代わりに面倒を見る事を。


 *


 ここからはセラの話になる。

 セラを育てる決意はしていたものの、私は不安で仕方なかった。結婚すらしていない男が、いきなり五歳児の父親になってしまったんだ。不安にもなるだろう。


 結論から言うと、それは杞憂だった。セラは基本的に無口だったが、表情は豊かだったから反応がわかりやすかった。それに、私の言葉の意図をちゃんと汲んだ上で、意見がある時ははっきり言ってくれた。

 子供に気を遣わせてしまって情けない親だったとは思う。けれど、正直に言ってありがたかった。お陰で私は、セラとうまくやれていると実感出来たのだから。


 セラの頭の良さは、旧魔法の勉強でもよく発揮されていた。旧魔法に関しては読めない文字はなかったし、平面魔法陣による召喚もしっかり基礎を身につけていた。「彼」の残した著書や立体魔法陣についても、実践こそしなかったが概要は理解していたようだった。


 実技に関しては、私は低級精霊を呼び出す旧魔法しか教えなかった。だがそれでも、セラは私に隠れて上級精霊の召喚を習得したらしかった。私の目の届くところでは絶対に召喚しなかったけれども痕跡は残っていたから、そうだと思う。


 一番驚いたのは、あの砂糖壺だ。

 あれはただのガラス細工じゃない。セラが召喚した、精霊の抜け殻なんだ。「精霊の抜け殻を召喚するなんて可能なのか?」って言いたげだね? そうだ、全くその通りだ。だけどセラはやってのけたんだよ、私が見ている前で。


 あの時、セラは珍しく召喚に手こずっていた。今思えば、脱皮寸前の中級精霊を意図的に召喚しようとしていたのだろう。

 そもそも、召喚中に精霊の個体を選別するという発想が当時の私にはなかった。だから召喚の最中に脱皮が始まった時は、珍しい個体を召喚したなぁ、程度の事しか思い浮かばなかった。


 脱皮の姿は、それはもう美しかったよ。あの場面だけで論文一つは書けただろうね。今思い返しても、映像記録に残しておかなかった事が悔やまれる。

 我を忘れて見入っていると、半球状の抜け殻が机の上へと転がり出た。そこでようやく、私はセラが凄い召喚をしてみせたのだと気がついたよ。


 召喚の遺残物は特殊な魔力を帯びていて危険な場合が多い。けれど、その抜け殻からはそういったものは感じられなかった。害がないと判断した私は、簡単な魔法で抜け殻に細工を施し、砂糖壺の形に整えてやったんだ。セラの功績を残すために。


 セラはとても喜んでいたよ。頰を紅潮させ、顔いっぱいに笑顔を浮かべて、砂糖壺を大事そうに抱えていた。


 私達は確かに幸せだった。けれど、そんな幸せは長くは続かなかったんだ。


 あれは、セラが六歳になったばかりの時の事だ。

 彼女が足を動かしにくそうにしていたんだ。段差のないところで転びかけたり、ドアに足を挟んで泣き喚いたりした。

 私はすぐにただ事ではないと直感した。旧魔法に限らず、魔法を使いすぎて身体に変調を来した子供の話は何例か報告されていたからね。気づいてから二日後に、旅支度を整えて魔法医学の専門医に診て貰ったんだ。


 医師の話では、やはり魔法の使いすぎが原因だろうとの事だった。だが、神経系の機能低下を主な症状とするこの病気には、魔法を辞める以外の根治的治療はないとも言われた。私とセラにとっては、余命が半年もないと宣告されたも同然の衝撃だった。


 ああ、イコン君には理解しがたい感情かもしれないね。そうだな、空を飛ぶために生まれた鳥が翼をもがれたようなものさ。

 魔法はどんな人間でも扱える可能性がある。けれど魔法使いの一族に生まれた者にとって、魔法は身体の一部と言っても過言ではない。私達にとって、魔法を辞めさせられるというのは手足を潰されるに等しい事なんだよ。


 それでも、責任もって育てると決めた一人娘だ。その命には代えられない。私はセラに、魔法を使わないように言いつけた。断腸の思いだった。本人が一番辛い時期に、そんな酷な事を言わなきゃならない自分が恨めしかった。


 セラは、初めは大人しく言う事を聞いてくれた。でも魔法の勉強はやめられなかったんだろう。私に隠れて旧魔法の本を読み、自分なりに知識を積んでいた。私もきつく言うのが忍びなくて、勉強だけならと見逃していた。それがいけなかった。


 病気を診断されてから半年で、セラは自力で起き上がる事が出来なくなった。それに、感情豊かだった可愛い顔は能面のように動かなくなった。

 身体を満足に動かせないショックもあったのかもしれない。でも多分、勉強のついでにこっそり召喚を試していたのだろうと思う。だから病状が悪化していたんだ。


 日に日に娘は弱っていった。それでも娘は旧魔法の勉強をやめようとはしなかった。むしろ私が取り上げようとすると、なけなしの力で私に爪を立ててきた。それに、無表情のまま涙を流すんだよ。私が甘いせいもあるけれど、あれはやはり見ていられなかった。


 私は、一刻も早く娘を治療しなければと決意した。医師が匙を投げている以上、自分で治療法を調べるしかなかった。

 今と違って、その頃にはインターネットはなかったんだ。だから調べる方法はかなり限られていた。私は旧魔法以外の魔法や錬金術も含め、各所から本をかき集めて研究した。

 そのうち、セラの看病にも支障が出るようになった。私はセラの看病を昼間だけ訪問看護師に頼み、その時間を使って研究にのめり込んだ。


 やがて、私は一つの可能性を見つけた。旧神(ジ・エルダー)の中に、魔力の流れを正して生命エネルギーへ置換できるものがいるのではと思い至ったんだ。


 私は強い精霊や神の召喚魔法は好まない。旧魔法を安全に使える可能性が著しく低下するからね。でもそれ以外に娘を助ける方法がないとなれば、話は別だ。危険を承知の上で、私はその可能性に賭ける事にした。


 旧神の召喚は、精霊のそれと比べて難易度が高い。召喚の際は月の満ち欠け、天候、気温、湿度などの条件を揃えねばならない。そして魔法陣はより複雑になるし、呪文もより長く詠唱する事になる。これだけ多数のファクターを管理するとなると、失敗する確率も自然と跳ね上がるものだ。イコン君は、どんな理由があろうと旧神の召喚に手を出してはいけないよ。


 ……ああ、この私が全力を賭しても、娘の病気を治す事は叶わなかったんだ。

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