行き遅れ魔王様と幼なじみ執事 その2 前編
ニンカツと聞いて。
アイ○ツかな?アイマ○の類似かな?などと思い、作中で触れようと思いましたがメタなのでやめときました。
「ねぇ、ニンカツって知ってる・・・?」
私はいつものように執事に問いかける。
「・・・存じておりますが」
いつもは自信ありげに即答する執事の返事が、今日に限っては一拍あった。
これは自信ないのかしら・・・。
「・・・本当に?」
私はからかうつもりで、確認を取る。
「私の記憶違いでなければ、妊娠活動の略称でよろしかったでしょうか」
「・・・そうよ」
なによ、自信ないみたいだから知らないのかと思ったのに・・・。
せっかく出し抜けるかと思ったのに、まんまと肩透かしをくらいおもしろくない。
そんな私の気持ちを感じ取ったのか、意趣返しと言わんばかりに自慢気に返してくる。
「なんでも略すのはいかがなものでしょうか。原型をとどめていなかったり、意味が通じなかったりと略して便利どころか不便だと思うのですが」
・・・出た、執事の妙に年寄りじみたとこ。
変なところで説教臭いのよね・・・この娘。
これ以上喋らせると面倒だし、話を変えよう。
「それで、ニンカツの話なんだけど」
「なんでしょうか」
「実は私・・・・できちゃったの」
「・・・・はい?」
普段はおっとりとしてる執事だけど、男装中はすごいしっかりしてるのよね、この娘。
でも、男装中でこんなに呆けているのは初めて見たわね、そういえば。
新鮮味を感じ、冗談を続ける。
「今ね・・・二ヶ月目なの・・・」
私はお腹をさすりながらデタラメを述べる。
すると普段は能面のような顔の執事は次々と表情を変える。
男装中でこれほどまでに感情の変化を見せるのも珍しくておもしろいわね。
「そうですか」
執事は悲しげにうなずき、
「・・・それで、お相手はどなたでしょう?」
にこりと笑いながら問う。
「・・・え?」
「それで、相手はどなたでしょう?よもやお相手がわからぬ、などということはございませんよね。
仮にも王族たる魔王様がどこの馬の骨ともわからぬ男の子を孕んだなどと馬鹿げたことはないよね。
マオちゃんにふさわしい、とまでは言わないけど、少なくともそれなりの良家の出身じゃないと、結婚どころか先代様にも顔向けできないんだけど、マオちゃんは軽率にもそんじゃそこらの男と行きずりの関係になんかなってないよね?」
・・・やばい。
これはキレてる・・・わね・・・・。
仕事中は決して私を「マオちゃん」と呼ばない幼なじみの執事が私をそう呼び、かつ公私を使い分けるはずの彼女が、執事の時とプライベートの時の口調が入り混じった状態で問いただす。
普段は冷静な彼女も怒った時は我を忘れるらしく、今回もその予兆が見えている。
「・・・ごめんなさい。嘘です・・・」
私は早々に折れた。
「ねぇ、マオちゃん?どうしてそんな嘘を付いたのかな?
私、マオちゃんがそんな嘘を付くなんて思わなかったよ・・・悲しいなぁ・・・」
執事姿のまま、彼女は悲しむ。
いつもは決して見せぬそんな姿が私の今回の失態っぷりを物語ってるわね・・・。
「・・・本当にごめんなさい、その姿で取り乱すのが珍しくて、つい出来心で・・・」
そんな彼女の悲しみを汲みきれず、ついやりすぎてしまったのだとわかり、反省する。
「・・・もうっ、今度からそんな嘘はつかないでね?」
私の態度を見て、拗ねた口調でやんわりと私を諌める。
「うん・・・ごめんね・・・」
「はい。そんな魔王様には、次のお見合い相手を紹介させていただきます。
お次は隣国の、西の国の王子様ですね、18歳とのことです。」
襟を正した執事は、どこからか見合い写真を取り出し、語りだす。
「西の国の王様よりの薦めで是非、我が国の王子を婿に、とのことです」
「ほんと!?写真みーせーてー!」
「どうぞ」
私は執事から写真をかすめ取り、眺める。
「あら、随分イケメンね・・・!」
「そうですね。人柄なども大変良く、実力主義の西の国でも将来を有望視され、若くして次期国王と名高いそうですよ」
「・・・あら、でも西の国って・・・どこかで・・・」
「騎士国家として有名ですね。元々国内外に敵が多く、治安も悪い弱小国家でしたが、30年ほど前に現在の王が即位するなり国内を見事にまとめあげ立て直し、国外からの侵略者を撃退すべく騎士団を作ったそうで。それもかなりの強さらしく、近隣諸国に敵なしとその名を轟かせているそうですよ」
「へぇ~、凄いのね~・・・一代で国を立て直すなんて」
「そうですね。先代の王様も人柄がよく、民衆には人気があったのですが、その人の良さを貴族らに食い物にされていたらしいですよ。
そこで貴族制度を廃止し、実力主義とも呼べる騎士制度を設けたそうで」
「へぇ~、でもそれって貴族も黙ってなかったんじゃない・・・?」
「まぁ、そうですよね。それでも手腕で黙らせたらしいですよ」
「へ、へぇ~・・・かなり強引な力技みたいねぇ~・・・」
かなりの力押し、ってことだったのかしら。
騎士って言えば聞こえはいいけど、結構体育会のノリなのかしら・・・。
写真の中の線の細い男の子からはそんな王様の息子に見えず、ふと気になった。
う~ん、でも・・・さっきの噂だけじゃなく、西の国ってどっかで聞いたことあるような・・・
私の煮え切らない反応を、渋っているものと思ったのか、執事は確認を取る。
「どうされますか、魔王様。この縁談、断ってもよろしいですが」
「う~ん・・・いいわ、受ける!イケメンだしね!」
「かしこまりました。ではお受けします」
「で、どんな作戦で臨めばいいかしら!?参謀殿!」
「・・・はぁ。今回のお相手は王族の方ですし、前回のようにお淑やかなお嬢様でよろしいかと。
ただし、前回のようなはしたない真似はくれぐれもなさらぬように」
執事は呆れた口調で言う。
はしたないって・・・そんなことないと思うんだけどなぁ・・・。
その言われように納得がいかないけど、有能な執事のいうことだし、そうなのかもしれない。
私はしぶしぶ従うことにした。
「お待ちしておりました、王子様。
我が主、魔王様の元へご案内させていただきます」
なるほど、これは手強そうだなぁ・・・。
実力主義の西の国で次期国王と言われるだけあって、王子からは隙が見えない。
白兵戦ならばそれなりに自信はあるけど、いざ戦闘とならば容易に勝てる気はしないなぁ・・・。
「失礼ですが、その前に腰の剣をお預かりしてもよろしいでしょうか」
前回の勇者のようにお見合いを勘違いする輩は最近は増えている。
もし魔王様を傷つけるようなことは万が一もあってはいけない。
「・・・すまない、剣は騎士にとって魂。そう安々と他人に預けるわけにもいかないんだ、このままではダメだろうか」
王子は一考し、返答する。
「それは・・・」
「絶対に魔王殿を傷つけるような真似はしない、騎士に誓って。
だからどうか、頼む」
王子は真っ直ぐに私を見据える。
私は真意を伺うべく、その目を正面より見つめる。
・・・この人なら、大丈夫かな。
「わかりました。それでは、魔王様の元へご案内します」
今回は王族ということもあり、最上階に。
ただ今回も前回と同じように私の幻覚の魔法で花畑に見えるようにしている、魔王様の演出だ。
質量も匂いも伴うものなので、その場にいれば大体のものは騙される。
術者である私の意識が途絶えたり、内部から強い干渉を受けてしまえば消えるものだが、魔王様以外にそうそう消されるものでもない。
そして、花畑に王子を案内し、魔王様と対面させる。
花畑を見渡し驚き、魔王様を見つけた王子は息を呑む。
「ほう・・・」
無理もないと思う、女である私ですら彼女の美しさには息を呑む。
「ようこそいらっしゃいました、王子様。
此度はよろしくお願い致します」
「お初にお目にかかります、魔王様。
改めて名乗らせていただきます、西の国の王子です」
「これはこれは、ご丁寧に。
私は当代の魔王を務めさせていただいております、魔王です」
魔王様は純白のスカートをつまみ、優雅に一礼する。
王子はその所作に見とれていた。
「どうかなさいましたか、王子様」
魔王様に声をかけられた王子はハッとなり、
「・・・いえ、すみません、つい呆けてしまいました。
噂に違わぬ美貌ですね、本当にお目にかかれてよかった」
「まぁ、お上手ですこと」
二人して笑い合う。
悪くない雰囲気だと思う。
魔王様は前回のように先走る真似は今のところはないし、
王子も魔王様に対してまんざらでもない様子。
魔王様と王子、まさしく美男美女が並び立つ姿は映える。
ただ、やっぱり私個人の感情としてはおもしろくないけど・・・。
縁談は順調だ。
王子は父である王や、騎士たちが治める国をさぞ気に入っているのか、
自国の自慢を語っている。
「・・・ですので、ぜひとも魔王様にも見ていただきたい」
「まぁ、それはそれは、ぜひ見てみたいですわ」
魔王様は時折会釈し、聞き手に回っている。
「ところで・・・」
今まで目もくれなかった私にチラチラと視線を向ける。
「執事がどうかなさいましたか」
不思議に思った魔王様が問う。
「いえ・・・その、いつまでおられるのか、などと思いまして」
なるほど、気を利かせろということね・・・。
「これは大変失礼いたしました」
「ですが、すみません、王子様。執事は私の近衛でして、片時も側を離れることを許してませんの。
どうしても、と仰るならば退出させますが・・・」
魔王様はあざとく、しおらしい態度で上目遣いで王子様を見つめる。
「魔王様がそう仰るのならば・・・」
王子は渋々理解を示すが、私が気に入らないのかチラチラとまだ見ている。
私はそんな王子を見ぬふりをし、
「申し訳ありません、王子殿」
一礼をして従事する。
マオちゃん・・・。
円満な縁談の途中にも関わらず、それに亀裂をもたらしかねぬ主人の気遣いに嬉しくなった。
しかし、今はまだ職務中であり、喜ぶわけにもいかない。
ましてや王子は未だに不快感を露わにしているのだから。
それから王子の目配せは回数が露骨に増えている。
「やはり、退出、させますか・・・?」
魔王様も気づいていたのか、改めて問う。
「い、いえ・・・」
王子は悲しそうな魔王様にはいとは言えず、たじろぎながら答える。
場には微妙な空気が流れ、私はふとテーブルの上のティーカップに目を向け、王子のカップが空だと気付き、淹れようとすると、気まずい空気をごまかそうとしたのか、ティーカップに伸びた手と私の手が触れ、すると・・・
「触れるなっ!」
「痛っ・・・」
「しーちゃんっ!?」
一瞬何があったのかわからず、気がつけば私の服の裾が切れ、腕には小さな傷があった。
それに気づいた魔王様が即座に立ち上がり、私に寄る。
見れば、王子が抜剣し、私を切りつけたようだった。
「しーちゃん、大丈夫!?」
「はい、対したことはございませんので・・・」
「王子様、一体何を!?」
魔王様はキッと王子を睨めつける。
私もその視線を追い、王子を見ると王子は親に叱られるのに怯えた子供のようになり、
「ぼ、僕は・・・お、お前が悪いんだっ!
下等な魔族の癖に僕に触ってっ!
調べたぞっ、出自の分からぬ孤児のくせに魔王様に気に入られたからって僕に触れてっ!
思い違いも甚だしい、魔族がっ」
「っ・・・」
どこでそれを。
私が記憶のない孤児で、魔王様に拾われたのはかなり昔のことで、それこそ幼少の頃に遡ることだ。
魔王様が即位するなり居城を移したので今の城内でもそのことを知るものは少ない。
知っているのは私達に先代魔王様、それに古参の従者の数えるほどなのに・・・。
「それだけ・・・?」
「は・・・?」
狼狽えて弁明する王子を、魔王様は変わらず見つめている。
それこそ射殺さんとする目で。
「それだけでしーちゃんを傷つけたの・・・?」
私を支えてくれていた魔王様は立ち上がり、王子の眼と鼻の前に立ち、ジッと王子の目を見つめている。
「ひっ・・・」
「ふざけないでっ!」
「なっ・・・」
魔王様はヒールでカツンッと地面を強く足踏みし、大きな音を出す。
私の魔法に強引に干渉し、幻覚魔法を断ち切ったのだ。
すると、即座に本来の何もない無機質な石畳の部屋に逆戻りし、
「こ、ここは・・!?」
今まで花畑にいたと思っていた王子は急な部屋の様変わりに驚き、きょろきょろと見渡している。
「私の大切なしーちゃんを傷つけるのみならず、同族を下等呼ばわり?
しまいにはしーちゃんの傷を抉ってやれ孤児だのなんだのとよくもまぁ言ってくれたわね?
この娘は私の友達で、姉で、妹で、大事な家族よ!そのしーちゃんを侮辱することは私が絶対に許さないっ!
下等な魔族?力で私達に劣る、数だけの人間がそんなに偉いの?あんたの上等な血筋がそんなに凄いの?
私にとってあんたたちの上等な血なんかよりも、この娘の一滴の血が惜しいわよっ!
あまりにもふざけたこと言ってると・・・全員、殺すわよ?」
「ひっ・・・」
魔王様の静かな、それでも怒気を含んだ剣呑な声に、瞳に氣圧とされ、王子はたまらず尻もちを付く。
「消えなさい」
「ひぃっ・・・」
「マオちゃん・・・」
腰が抜け、動けぬ王子にまだも凄むマオちゃん。
見ればわかることなのだが、すっかり我を失っている。
「消えなさいっ!」
「ひ、ひぃっ・・・」
パチンッ
みっともなくあがく王子を、指を鳴らし転移魔法で国へ返す。
「マオちゃん・・・」
「しーちゃん・・・ごめんね・・・」
床に座り込んだ私に視線を合わせ、抱き寄せる。
「ごめんね、しーちゃん・・・ごめんね、痛かったよね・・・」
感情が昂ぶっているのか、先程までの怒りはすぐに悲しみに変わっていた。
「ううん、大丈夫だよ、マオちゃん・・・ありがとね」
「ごめんね・・・傷、見せて・・・」
何に対してごめんねなのか、マオちゃんは何も悪く無いというのに。
それでもずっと私に謝り続ける。
「大したことないよ。大丈夫だから」
私は抑えていた手を離し、切り傷の走る腕をマオちゃんに見せる。
マオちゃんはスッと指で傷を撫で・・・
「痛っ・・・」
「血がまだ出てる・・・」
「マオちゃん!?汚いよ!?」
「んっ・・・ちゅるっ・・・んぅっ・・・」
私の腕の傷口を含み、血を吸い続ける。
「しーちゃんのだもん、汚くなんかないよ・・・んっ」
「マオちゃん・・・」
私は落ち着かない気持ちと手持ち無沙汰を落ち着かせるために、私の腕にしがみつき傷口の血を吸い続けるマオちゃんの頭を撫でる。
しばらくすると、マオちゃんが口を離し、
「血、止まったね・・・」
とろんとした目で私を見上げて言う。
「そっか、ありがと、マオちゃん。ほら、血、吐き出して」
私は空いてる手でポケットのハンカチを差し出すが、
「えへへ・・・飲んじゃったぁ・・・」
子供のイタズラのように、あどけなく笑う。
「・・・もう、汚いって言ったのに・・・」
私はそんなイタズラを優しく怒る。
「だって、しーちゃんのだもん、汚くなんかないよ・・・」
「もう・・・」
「しーちゃぁ~ん・・・」
甘えた声で私を呼ぶ。
「ん・・・ほら、疲れたね。寝ていいよ」
腕にしがみついていたマオちゃんをそっと離し、姿勢を正してからいつものように膝枕をする。
「んぅ~、し~ちゃぁ~ん」
「はいはい」
ねだるマオちゃんの頭をそっと撫でる。
「ん~、おやすみ~」
すると、満足気に目を細め、すぐに眠りにつく。
「おやすみ、マオちゃん」
「・・・どうしよう、変態なのかな、私・・・」
マオちゃんが寝たのを確認してから、ふと口に出す。
傷を負ったマオちゃんの患部を治療と称して舐めたことはある。
その血を汚いなどと思ったことはないし、血をどうこうしたことはない。
ただ、小さな傷ばかりなので、少量の血なのだろう、その血を吐き出した覚えはない。
そうなると唾液と一緒に飲み込んでいたのだろうけど・・・。
私の血が、しーちゃんの身体の中に・・・。
そう思うと言いようのない興奮を覚えた。
父も母もわからぬ、得体のしれない私の身体だけど・・・。
汚いと言った私の血をマオちゃんは飲んでくれた。受け入れてくれた。
私の血が今もマオちゃんの体内にあって・・・。
それが私の全てを受け入れてくれたような気がして、たまらなく嬉しかった。
そのことになぜか女としての興奮を覚える。
おかしいと思う、倒錯的な興奮だとわかっている、だけど・・・。
得体のしれない私の血を尊いと言ってくれた。
私以外の多数の人間より大事だと言ってくれた。
私のことでものぐさで、滅多に怒らない彼女が激しく怒ってくれた。
私のために・・・。
それが本当に、本当にたまらなく嬉しくて。
あどけない寝顔の彼女が本当に愛しく思える。
「やっぱり、私って変態なのかなぁ・・・」
彼女ならば、マオちゃんのためならば、なんでもできる、そんな気がして。
彼女のためならば変態でもいいかもしれない。
そう思ったら顔が自然と綻ぶ。
「今なら、いいかな・・・」
私たち以外に誰も居ない、今ならば、と思う。
「・・・だめだ、寝ようっと。おやすみ、マオちゃん。また起きたら、ね」
私はそう呟き、マオちゃんの唇にキスをし、眠りにつく。