第2話 依頼人
[第2話]依頼人
ー夜の新宿歌舞伎町ー
昼間とは打って変わって、華やかな世界に変貌する夜の新宿歌舞伎町。
色とりどりのネオンが瞬き、人それぞれの思惑が渦巻く、妖艶でスリリングな街。
今日も大勢の、色々な思いの人々でごった返している。
そんな中、繁華街の裏路地の薄暗い袋小路では、青年がチンピラ3人に因縁をつけられていた。
「テメェ!どう落とし前つけてくれるんだよ!あぁ?」
チンピラ3人の中でリーダーらしき、ガタイのいいゴリラの様な奴が吠える。
「ちょっと肩が触っただけじゃないスか」
ひょろっとしたメガネの気の弱そうな青年が、小さくなって反論する。
「ちょっと肩が触っただけだぁ?コイツはこんなに痛がってんだぜ?」
「イタタタタッ!」
体重100kgはあろうかと思われるブタの様な子分その1が、大げさに痛がる。
「こりゃ~ひで~や!コイツの肩、脱臼してますぜ、アニキ!」
痩せて猫背のハイエナの様な子分その2が、ブタの子分その1の肩を擦りながら言った。
「だから触っただけですって。」
「なんだと~!」
リーダーのゴリラの様な奴が、メガネの青年の胸ぐらを掴んで吠える。
「わ~ごめんない、ごめんなさい。」
「1発殴られね~と分かんね~ようだな!」
リーダーのゴリラが拳を振り上げる!青年が目を閉じる。
「ん!?」
青年は、拳がなかなか来ないので恐る恐る目を開けて見ると、ゴリラの振り上げた腕を、後ろから掴んでいる男がいた。
「テメェ何しやがる!」
ゴリラがその男の腕を振りほどこうとするが、びくとしもない。
「謝ってんじゃね~かよ。許してやれよ。」
男は、掴んだゴリラの腕をそのまま背中に回してひねり上げた。
「イテテテテッ!」
男は、そのままゴリラの背中を蹴り飛ばす!
揉んどり打ってひっくり返るゴリラ。
ブタが男の顔を見てハッとして、ゴリラに耳打ちをすると
「チキショー!覚えてやがれ!」
と言って、ゴリラとブタとハイエナは一目散に逃げていった。
「時代劇かっつーの。」
「あ、ありがとうございました!」
メガネの青年は、深々と頭を下げて言った。
「いいって事よ。あ、そうだ。また何かあったらここに来な。探偵事務所やってんよ、俺。」
そう言うと、ポケットから名刺を出して青年に渡した。
青年はその名刺を見て
「キャバクラ『キャンディーズ』。蘭ちゃん?」
「間違えた。こっちだ。」
キャバクラの名刺を引ったくると、違う名刺を渡した。
青年はその名刺を見て
「はぎのめ探偵事務所?」
「おぎのめ!荻野目探偵事務所!困った事あったらここに来い!じゃあな。」
片手を上げながらフラフラと歩いて行く男の後ろ姿を、青年は見送った。
翌日
「グッドモーニングエブリバデー♪」
ボッサンは、選挙カーから手を振る立候補者の如く満面の笑顔で、事務所のドアを開けて入ってきた。
今日は二日酔いではないらしく、妙に明るい。
「何がグッドモーニングよ!もう昼だっつーの!そんな事よりボッサンにお客さんよ!」
レミは、可愛いミニのワンピース姿とは裏腹に、鬼嫁の如く仁王立ちでボッサンに言った。
すると、ソファーに腰かけていた男が立ち上がって、ペコリと頭を下げた。
「あ、昨日のメガネ青年。どした?またイジメられたか?」
ボッサンは、コートをハンガーに掛けながらメガネ青年に聞いた。
「あ、昨日は危ない所を助けて頂いてありがとうございました。今日伺ったのは、頼みたい事がありまして。」
メガネ青年は直立不動で答えた。
ボッサンは、メガネ青年の向かいのソファーに座り、
「まあ座れ。で?何を頼みたいんだ?」
メガネ青年は、ソファーに座ると神妙な面持ちで喋り始めた。
メガネ青年の名前は、池谷拓也。あだ名は『いけっち』。17才。
独り暮らしをしている2つ上の兄貴の鉄也が、三日前、携帯に電話した時、
「今日で暴走族をやめる。」
と言ったのを最後に、連絡が取れなくなったのだと言う。
アパートに行っても留守だし、携帯にも出ないし、警察で捜索願いを出そうとしたら、
「暴走族?その内帰ってくるだろ。心配するな。」
と言われて追い返されたらしい。とは言え、やはり心配なのでここに来たと言う事なのだ。
「これが兄貴の写真です。それでお金なんですが、これしか無いんですが…どうですか?」
いけっちは、写真と1万円を出した。
ボッサンはその1万円を、いけっちのポケットに戻した。
「兄貴を見つけてからでいいよ。」
いけっちは深々と頭を下げた。
レミがいけっちの前にコーヒーを置いてニッコリ微笑むと、強張っていたいけっちの顔が緩んだ。
「暴走族って、絶滅危惧種に属するよな。」
ボッサンが腕を組んで染々言った。
「いけっち、その暴走族何て言うん?」
オッパイが後ろから聞いてきた。
いけっちが振り返って言った。
「『ミッドナイトサンダー』って言ってました。」
それを聞いてユオが、
「ミット無いと損だぁ?野球のクラブチームか!」
「そうそう。ミット持ってないと買わなきゃいけないから損だよね~!って、ちゃうわい!」
と言って、ユオの頭をこずくオッパイ。
「ミッドナイトサンダー!どんな耳してんだお前は!」
ボッサンが呆れ顔で言った。
「ボッサン。その暴走族知ってますよ、俺。土曜の夜に晴海埠頭で集会やってますよ。」
「なにゅ~ん?アオイ知ってるんか。よし、お前一緒に来い。集会に乗り込むぞ!」
ボッサンが立ち上がって指をポキポキ鳴らすのを見て、アオイはポリポリ頭をかきながら、
「え~!まじスか?」
「私も行く~♪」
レミが立ち上がって手を上げる。
「レミはダメ~。ピクニックじゃないんだから。」
「ちぇ~。」
レミが口をとんがらして座る。
「今日は土曜だな。おっし、今晩行くぞ!」
張り切っているボッサンを、いけっちは心配そうに見守っていた……