僕、偉大な芸術家の寂しい最期ー(後)
僕の彼女の失踪に関してはかなり大規模な捜索活動が行われた。日本大使館の協力に加えて、現地警察も全面的に協力してくれた。彼女が地元で名物的な絵描きとして名を知られていたこともあり、犯罪に巻き込まれた可能性にも捜査の目は向けられた。彼らは周辺に連なるお土産屋のオーナーや、通りに並ぶ似顔絵家、そして地元住民への聞き込みを行った。その途中経過は被害者家族、つまりは彼女の家族を通して僕にも知らされた。日本大使館の職員も現地の日本人に連絡をとり彼女と交流のあった人物を探した。何らかの情報が得られれば、と尽力してくれた。それでも手がかりが見つかることはなかった。もちろん彼女の住んでいたアパートの捜索も行われた。僕も3度行ったことがあるアパートだ。争った形跡はなく、何かが盗まれている様子もなかった。クローゼットには3日分ほどの服がおさまるくらいのスペースが孤独なクレーターのように残されていた。
彼女の家族にも、そして僕にも、彼女が自ら姿を消してしまうような原因は思い当たらなかった。失踪の直前まで彼女はいつも通り電話をくれた。話す内容にも特に変化は無かった。おいしいベーカリーを見つけた。漢字を少し忘れてきている気がする。次はいつスペインに来てくれるの?そんな感じだ。
事件性を示す証拠がなかったにも関わらず、地元警察はずいぶん丹念な捜査を行ってくれた。しかし彼女は見つからなかった。そして4ヶ月で特別捜査は打ち切られた。もちろん捜索は今も継続している。動因される警察官の数が減ったのは事実だが、少なくとも誰かが彼女を捜索しているという事実は彼女の両親や僕を安心させた。
僕はとても混乱している。まるでピースが足りないジグゾーパズルに取りかかっているようだ。どこかしかるべき場所にピースは隠されている。いや、隠されているはずだ。そう望んでいる。そうじゃなければ余りにもひどすぎる。
状況がつかみきれていない。わからないことが多すぎる。必要な情報が決定的に不足している。どうして彼女はいなくならなければならないんだろう?いったい何があったんだろう?この6ヶ月間、僕は考え続けた。いくつかの仮定もたててみた。でももちろん答えはでなかった。それは彼女しか知らないことだからだ。
彼女がいないことが何を意味するのか未だにわからない。その事実はあまりに巨大すぎて、僕の視界からはみ出してしまっている。使い捨てカメラを使って、エンパイアステートビルディングの全景を収めようと苦闘しているようなものだ。そもそも彼女がいることが僕にとって何を意味していたのだろう。僕は彼女を愛していた。それは間違いのないことだ。自分のことのように、もしかしたら自分のこと以上に、彼女の身の上を心配していた。彼女の話であれば何時間でも聞くことができた。インターネット電話が普及してからは、10時間をパソコンの前で費やすことも珍しくはなかった。それでも時間をもったいないと思ったことなんて一度もなかった。僕は彼女と寝るのが大好きだった。つきあってから5年がたっても、彼女に対する性的な興奮が衰えることはなかった。彼女に出会ってから5年、僕は彼女以外の誰とも寝たことはないし、その可能性を考慮したことさえもなかった。僕が知る限りにおいて、そしてそれはかなり的を射ていると確信しているが、彼女にとっても同じことが言えたはずだ。
※
僕が「オオタニ」に行こうと店の扉を開けると、そこにはコリーが小さく座っていた。辺りを見回しても、そこに彼女の姿はなかった。
僕は小さく溜息をついた。
コリーが何か言った気がしたが、そんなはずはない。
僕はもう一度溜息をついた。